死のスマホウォーク
「警告。時速四キロを下回っている。歩幅を維持し、画面を注視せよ」
無機質な機械音声が、僕の耳元で響いた。
ここは果てしなく続く、アスファルトの直線道路。
「歩きスマホ根絶法(公共空間安全確保法)」の施行から約一年後、僕は再犯者として捕えらた。数日後には改善の見込みがない「重症者」と判断され、海外の有名な小説をもとに考案されたらしい、この『デス・スクロール』に強制参加させられることとなった。
ルールは単純にして凄惨だ。支給されたスマホで、指定されたSNSのタイムラインをひたすらスクロールし、動画を再生し、画面を見つめたまま、歩き続けなければならない。
時速四キロ以下に速度が落ちるか、画面から三秒以上目を離せば「警告」となる。警告が四回重なれば「アカウント削除」――すなわち、道路脇に控える自動防衛ドローンから放たれる実弾によって、その場で射殺される。ゴールはない。生き残りの最後の一人になるまで、この歩行は終わらない。
僕の隣を歩いていた男が、かすれた声で呟いた。
「クソ、バッテリーが……」
画面を見つめる彼の顔が、青白い光に照らされている。歩きスマホに慣れていたはずの現代人でも、二十時間を超える連続歩行は肉体を容赦なく破壊する。男は足をもつれさせ、スマホを取り落としそうになった。視線が一瞬、地面に落ちる。
「警告一回。画面から視線が外れた」
ドローンが男の頭上で不気味にホバリングした。
「うるさい! 画面なんて見てられるか、前が見えないんだ!」
男は発狂したように叫び、前方にあった電柱に激突して転倒した。スマホが手から滑り落ち、アスファルトの上で画面が粉々に砕ける。
「警告二回。速度低下。警告三回。画面喪失。警告四回――」
乾いた銃声が響き、男は二度と動かなくなった。係員が手際よく死体を道路脇へ片付け、衣服からまだ使えるモバイルバッテリーを回収していく。僕たちはそれを見ることすら許されない。ただひたすら、目の前の五インチの画面をスクロールし続ける。
夜が明け、再び太陽が照りつける。
百人以上いたはずの参加者は、すでに数人にまで減っていた。画面の向こうでは、美味しそうなグルメ動画や、可愛い猫の映像が流れ続けている。かつては退屈しのぎだったはずのコンテンツが、今や命を吸い上げる悪魔の道具に見えた。ブルーライトで網膜は焼け付くように痛む。足の感覚はとうに消え、ただ機械的に一歩を繰り出すだけだ。
ふと、前方から鈍い音がした。最後のライバルだった女子高校生が、脱水症状で意識を失い、画面を見つめたまま前のめりに崩れ落ちた。ドローンの銃声が、静寂を切り裂く。
「競技終了。生存者一名。ルールに則り、社会復帰を許可します」
機械音声が僕の勝利を告げた。僕は歩みを止め、ようやくスマホをポケットにしまおうとした。しかし、腕が硬直して動かない。
僕は顔を斜め下に向けたまま、電源の切れた暗い画面に映る、自分の虚ろな顔をただじっと見つめ続けていた。
