牙を授かりし者たちの詩:イワンの亡霊編 第13章

【第13章】計略

六号向島線へ入ると、隅田川沿いの桜が夜の闇を美しく彩る様子が
視界に入ってくる。

対照的に、その向こうでスカイツリーが機械的で美しくも冷たい光を
夜空に放っている。

優斗はそんな景色には目もくれず、ただ静かにセルゲイの言葉を反芻していた。

「今、この国は桜の季節らしいな。
美しい雪を、貴様は私の愛する弟の血で赤く染めてくれたが……
今度は桜の美しい花弁を、貴様の血で赤く染め上げる番だ。よく覚えておけ」

優斗は手にしたタバコを灰皿で捻り潰した。

「急ごう夜桜。これ以上、あいつの好きにさせるわけにはいかない!」

『了解です!』

――

「離れて!」

「写真撮らないで!」

羽田空港の発着ロビーには係員の怒声と、黒山の人だかりから生まれるざわめきが
ずっと響いている。

セルゲイが空港に爆破予告をしてからすでに1時間が過ぎようとしていた。

羽田空港は先日、セルゲイが関西空港で起こした爆破騒ぎで、すでに厳戒態勢
だったが、羽田空港へ更なる爆破予告が届き、予告通りに不審なスーツケースが
発見されたため、文字通り蜂の巣を突いたような騒ぎになっていた。

問題のスーツケース周辺には立ち入り禁止のロープが張られ、警備員が
野次馬を制し、係員がひっきりなしに早足で動き回っていた。

突然、立ち入り禁止ロープが張られ、フライト時刻が未定になったせいで
発着ロビーはごった返している。

「ロープに触らないで!」

「ここで立ち止まらないで」

警備員の必死の制止も、搭乗客と野次馬を散らすには足りていなかった。

「なんで飛行機飛ばないんだ!」

「あのロープ……何?」

そんな空港に、優斗たちが到着した事で事態はようやく動き出そうとしている。

――

『優斗さん、これは振動で爆破するタイプのようです』

夜桜が到着早々、素早く人だかりに割って入り、スーツケースを調査し始めた。

念のため、安全な距離まで離れた優斗とは、優斗の脳内デバイスを介し
会話をしている。

「という事は、すぐ爆発する事はない……?」

『はい、迂闊に移動したり持ち上げたりしなければ、ですが』

「解除は出来る?」

『ええ、10分下さい』

手際よく作業に取り掛かる夜桜を見ながら、警備員のリーダーと思しき人物が優斗に話しかける。

「あ、あの……乗客たちは、このままで大丈夫でしょうか……」

警備員は相変わらず消えない人だかりを気にしていた。
ざわめきは優斗たちが来る前よりも少し大きくなっている。
もっとも、ざわめきが大きくなった原因は、後から来た優斗たちだったが……。

「ああ、ご心配なく。彼女に任せておけば何の心配もありませんよ。
この様子だと、皆さん言う事を聞いてくれないのでしょう。このままで構いません」

振動式の爆発物ということは、この時点で優斗と夜桜しか知らない事だった。

「はぁ、面目ない……」

警備員は力なく答えた後、一番の懸念を優斗に投げかける。

「じょ、女性が、しかも一人で……大丈夫なんでしょうか」

優斗は軽い溜息を一つ吐きながら答える。

「彼女は普通の人間ではありません、ご心配なく」

素っ気なく答えた優斗は手持ち無沙汰になり、タバコを咥えようとしたが――

「こ、ここは禁煙です!」

警備員に一喝され、流れるように作業をしている夜桜を、ただ仕方なく見ていた。

10分後――

『優斗さんっ、解除終わりました!』

一仕事終えた夜桜が通常モードに切り替わり、優斗へ報告をする。

「お、早かったね」

『いえいえ、時間通りですよっ』

ここで、優斗の表情がスッと変わった。

「で――
もし爆発してたら、被害はどのくらいになりそう?」

『んー……
まあ、ここの人全員あの世送りにして、さらにお釣りが来てたでしょうね』

「となると……
やはり、花火ってのはこいつか」

『そう思いますよ?』

「そうなるよなぁ……」

納得しかけた優斗だったが

「んー……」

思案顔の優斗の元へ夜桜が戻ってきた。

『優斗さん?』

「何かおかしい……」

『えー?
爆弾も、わ・た・し・が解除しましたし、けが人もいなかったし、
任務完了でいいと思いますけど?』

「いや……規模は十分だと思うけど、これが最後だとしてわざわざ爆弾仕掛けたって
予告するかな?これが失敗したら、あいつの言う花火ってやつは上がらないだろ?」

夜桜は少し首を斜めに傾け、腕組みをして、優斗に倣って思案顔を作った。

『そう言われたら……そうですねぇ。
わざわざ言わないですよねぇ……』

「作業が素早く終わったからスルーしそうになったけど、あんな分かりやすい場所に
爆弾を置いたのはなぜだ?」

『ああ、そう言えば……』

「しかも……新潟港で見たあいつは、新しい荷物を受け取った直後だったみたいだし。
あの時、俺たちが見た荷物はもう使ったのか?」

『それは不自然ですね……
そうなると――
まだセルゲイは何か隠してる……?』

優斗の目が大きく見開かれた。

「夜桜! まだ終わってないぞ!
セルゲイにしてやられた!」

第13章 完