その恋、詰み
高校生の将棋大会決勝戦。
静まり返った対局室で、高校2年の藤崎創(はじめ)と、幼馴染の城ヶ崎美羽(みう)は盤を挟んで向かい合っていた。
「……お願いします」
互いに一礼し、戦いの火蓋が切られる。
創の心臓は、さっきからうるさいほどに脈打っていた。もちろん、優勝がかかる決勝戦の緊張もある。しかしそれ以上に、目の前で真剣に盤面を見つめる美羽の姿に、どうしようもなくドキドキしていたのだ。
(いつもはあんなにお調子者なのに、今は全然目が合わない……)
美羽の端正な横顔、指先が駒に触れるたびに微かに揺れる髪。そこから微かに漂う、甘いシャンプーの香りが創の思考を狂わせる。幼馴染としてずっと一緒にいたはずなのに、高校に入ってから、彼女は急に「一人の女の子」として創の心を支配するようになっていた。
パチ、と美羽が鋭く銀を繰り出してくる。攻め時を心得た、彼女らしい強気な一手。
だが、その瞬間、創は気づいた。美羽の指先が、ほんの少し震えていることに。そして、彼女の白い頬が、夕暮れの教室のようにほんのり赤く染まっていることに。
(美羽も……緊張してるのか?)
いや、それだけではない。時折、美羽の視線が盤面を外れ、じっと創の顔に向けられる。目が合いそうになると、彼女は慌てて視線を盤面に戻し、パタパタと手で顔を仰いだ。
(待てよ、これって……もしかして……)
「美羽、お前……もしかして俺のこと――」
「ちょ、ちょっと創! 対局中に喋らないでよ!」
美羽はますます顔を真っ赤にして怒る。その甘酸っぱい空気に、創の脳内は完全に将棋どころではなくなった。彼女も自分を意識している。両想い。勝負の結末なんてどうでもよくなるほどの幸福感が、創の胸を満たしていく。
「……『詰み』、です」
美羽が小さく、しかしはっきりと告げた。
創がハッと盤面に目を落とすと、いつの間にか自分の玉将は退路を断たれ、完全に逃げ場を失っていた。恋の妄想に囚われている間に、美羽は見事な即詰みの手順を築き上げていたのだ。
「あ……負けました」
創が頭を下げると、美羽は「ぷっ」と吹き出し、それから満面の笑みを浮かべた。
「やったー! 初優勝! 創、後半あからさまに集中切れてたでしょ?」
「う、うるさいな。それは、お前の顔が真っ赤だったから……」
ドサクサに紛れて創が本音をこぼすと、美羽はきょとんとした後、いたずらっぽく笑って自分のポケットからお菓子の袋を取り出した。
「実はね、対局直前に激辛ハバネロチョコ食べちゃってさー。口の中が火を噴くほど熱くて、ずっと顔が火照って震えが止まらなかったの。創も食べてみる?」
美羽のピュアな瞳が創を捉える。
創はガックリと肩を落とし、盤上の自分の王様を見つめながら、心の中で静かに呟いた。
(……俺の恋心まで、完全に詰まされました)
