フリー・ゲイズの逆襲

街頭の監視カメラが牙を剥き、歩行中に画面を見つめただけで「排除」されるディストピア。人々は前だけを向き、ロボットのように整然と行き交う。

これが「歩きスマホ根絶法(公共空間安全確保法)」が施行された街の日常だった。

その冷徹な秩序の裏で、暗躍する組織があった。地下レジスタンス「フリー・ゲイズ(自由な眼差し)」。彼らはいつの日か、誰もが周囲の目を恐れずに歩きながらスマホを操作できる世界を取り戻すため、密かに活動を続けていた。

「……今夜の作戦を伝える」

薄暗い地下の廃駅。
リーダーの拓海が、集まったメンバーに古いタブレットの画面を示した。

「ターゲットは渋谷中央通り。あそこは新型の『歩行姿勢検知AIカメラ』が導入され、完全に自由が奪われている。だが、我々が開発した特殊なホログラム装置を使えば、120秒間だけカメラの死角を作れる」

メンバーの一人、新入りの翔が緊張した面持ちで手を挙げた。

「拓海さん、本当にやるんですか? 見つかれば……一発で『デス・スクロール(死の歩きスマホ)』行きですよ」

拓海は静かに微笑み、自分のスマホを取り出した。

「翔、なぜ俺たちが命をかけるか忘れたか? 歩きスマホはただの怠惰じゃない。移動の自由、情報の自由、そして日常の隙間に広がる無限のエンターテインメントの自由だ。それを奪った体制に……俺たちは屈しない!」

作戦が始まった。

深夜の渋谷。
拓海はコートの襟を立て、雑踏に紛れた。胸ポケットには、カメラの電波を乱すジャミング発信機を仕込んでいる。

定刻。
翔が遠隔でホログラムを作動させた。街頭カメラのランプが一瞬、緑から不自然な点滅へと変わる。

「今だ!」

拓海はポケットからスマホを取り出した。画面の光が、彼の飢えた瞳を照らす。

彼は歩いた。一歩、また一歩。視線は画面に釘付けだ。

流れてくる他愛のないSNSの投稿、友人からのメッセージ、くだらない動画。歩きながら自分本位にそれらを消費する背徳感と、圧倒的な全能感が拓海の身体を駆け巡る。前を見ずに歩くスリル、これこそが人間らしい泥臭い自由の証明だった。

「あと30秒! 早く画面を閉じてください!」

イヤホンから翔の焦った声が響く。死角の限界が近い。

拓海は最後のメッセージを打ち込んだ。

『我々は歩きながら、未来を見る。』

送信ボタンを押した瞬間、スマホをポケットに滑り込ませ、何事もなかったかのように顔を上げた。直後、カメラのランプが冷酷な赤に戻る。

作戦は成功した。地下アジトに戻った彼らは、SNSに刻まれた「歩きスマホからの投稿」という奇跡のログを見て、静かに拳を突き合わせた。

彼らの戦いは、あまりにも小さく、傍から見れば滑稽かもしれない。しかし、抑圧された世界で「視線を下げる自由」を守るため、彼らは明日もまた、危険な街へと歩き出す。