蜜の罠
都内の大学で心理学を教える高坂(43)は、変化のない日常に退屈を感じていた。そんな彼の前に現れたのが、ゼミ生の美咲(21)だった。
彼女はどこか浮世離れした美しさを持っていた。授業中、最前列で高坂をじっと見つめるその瞳には、吸い込まれるような深淵があった。
ある日の放課後。「先生に少し相談したいことがあります」と、美咲が薄暗い教授室を訪ねてきた。
「私、先生を見ているといつも胸が熱くなって、授業に集中できません。……私みたいな不真面目な生徒、先生はお嫌いですか?」
至近距離で囁かれる言葉に、高坂の心は激しく揺れ動いた。これを境に、二人の密かな交流が始まった。高坂は彼女の美貌と若い肉体にのめり込んでいったが、それと引き換えるかのように、彼の体調は目に見えて悪化していった。
一ヶ月が過ぎる頃には、高坂は鏡を見るのが恐ろしくなった。肌は艶を失って枯れ木のようになり、歩くことさえままならないほどの倦怠感に襲われる。一方で、美咲は会うたびに不思議と輝きを増し、その瞳はより一層深く、鮮やかになっていくようだった。
ある夜。ホテルで美咲がシャワーを浴びているとき、高坂はベッドに置かれた彼女のバッグから手帳がはみ出ていることに気づいた。それとなく手に取り、悪いと思いつつも中身を確認すると、そこには驚愕の記録が並んでいた。
手帳には、過去に若くして衰弱死を遂げた著名な実業家や研究者たちの写真がびっしりと貼られ、その横には「採取完了」という奇妙な赤文字と日付が記されていた。
……これは何だ?
今まで感じたことのない恐怖に震え、喉がカラカラに乾く。ここから早く逃げよう。そう思い、立ち上がった高坂は、背後に気配を感じて凍りついた。
「先生、それ見ちゃいました?」
振り返ると、そこには月光を浴びて真珠のように発光する、シャワーで濡れた裸の美咲が立っていた。彼女の微笑みは冷たく、抗いがたい力で高坂を拘束した。高坂は成すすべもなく、残されたわずかな気力さえも吸い取られていくのを感じた。
翌朝、高坂は幽霊のような足取りで自宅へ帰り着いた。髪は白く染まり、顔は深い皺に覆われ、まるで80歳の老人のような姿に変貌していた。すべてを失い、死を待つだけの身となった彼は、ソファに崩れ落ちた。
その時、テーブルの上に置かれたスマートフォンの通知が光った。それは、最近仲が冷え切っていた妻からのメッセージだった。
『あなた、今日も遅いの? 実は最近、大学の若い学生さんと仲良くなっちゃって。私、不思議なくらい元気なの。今夜は彼と食事してくるから、遅くなるわね』
添付されていた写真には、以前より何十歳も若返ったように美しくなった妻と、その隣で静かに微笑む、驚くほど肌の綺麗な「若い男」が写っていた。
