双頭の性 第十場 午餐のステージは雨に濡れて。

ことしの梅雨は長いとテレビが言った。じつは関東地方は四日前から梅雨に入っていたとも言った。じつは入っていただなんて何なのよと思ったが、私は雨の日を人が言うほど嫌いではなかった。
子供の頃、北に向かった窓から雑木林にまっすぐ雨が降りそそぐのを見ていると、私はいつの間にか雨と同化し、雨の奥にもの言わぬ自分がもうひとりたたずんでいるように感じたものだった。
そんなことはほんとうは感じない方がよいのかもしれなかった。ほかの子供たちのように単純にぬかるみの中を長靴で走りまわるか、雨はいやだとわめいている方が健康的だったのだろう。しかし私は人に忌み嫌われる雨が降り始めると、嫌われ者同士、仲間はずれ同士の親近感で、雨に寄り添われているようなぬくもりさえ感じたのだった。
その雨だった。
もう四年で六十歳になるというこのいまも、雨との関係はずっと変わらなかった。
私は雨の中、アコとある程度以上のつきあいをしていたと思われる性同一性障害の人たちを念のためひとりずつ訪ね歩いた。
ただし、この作業は三日間だけにしようと最初から決めていた。四日目、六月十三日にはもう森の午餐に備えて買物をしなければならなかったし、この三日間で話せた人とだけ縁があったということなのだ。それ以外の人とは話せなくても多分結論は変わらないだろう。それが私の考えだった。
会うと私は率直に尋ねた。
「アコに自殺をすすめられたことはなかったの。遠まわしにでも、直接的にでも」
三日間で七人と話ができた。七人ともが答えた。あったと。
やっぱりだった。
アコは自分の死を孤独にしたくなかったのだろうか、できるだけ多くを道連れにしようとしていたのは明らかだった。
次の質問。
「で、あなたはどうなの。死ぬ気なの」
いつかはそれを真剣に考えるときがくるでしょうね。でも、いまじゃない。
三人は十代、四人は二十代の前半だった。七人には、まだ生きてみたい人生がそれぞれに残っていた。それに、後れた日本の法律だって、自分が年とるまでにはさらに変わるだろう。手術自体もずっと容易になる。世間の見る目だってもっともっと良く変わるかもしれない。そうなれば晴れて社会の一員になれる。
「そうなる…なるはずでしょ? ね?」
すがるように、ひとりは言った。
私は応えなかった。そんな期待にすがりつけるのは、自分の美しさを確認しようと覗いた鏡に、いてほしい自分が映っている間だけのことよ、とは言えなかった。
やがてあの子にも、自分の姿を映し出すものは鏡であれ電車の窓であれショーウインドーであれ、あわてて目を背けるようになる日が来る、それを私は知っていた。

旧中山道追分宿。現在は軽井沢町追分。
六月十四日、私、大館博は森の午餐に出発した。
この午餐は単なる葬式ではなく、アコによって創作され、演出された連続自殺劇のフィナーレにほかならないこと、さらにその舞台で私を死に誘うために、麻々をも巻きこんでいること。それがわかっても、私はまだなお午餐を実行しようと追分へと向かった。
死ぬ気でいるのではなかった。
そうではなく、いまとなってはこの午餐のテーブルこそ、死後になって浮かび上がったアコの正体と対峙する生々しい機会に思えたからだった。
私は、アコのもくろんできた死を一品一品テーブルに並べ、アコの操った生死と、もう何年も自分自身の隣に座っている死とを、あらためて重ね合わせてみるつもりだった。
重ね合わせてみたって、多分どうなるものでもないだろう。今の私が別な私に変わるわけではなかろう。それはわかっている。しかし、桜井さんまで深く巻き込んで…というよりも、むしろ桜井さんに手を引かれるようにして、ここまで事態を進めてきたのだ。アコの養っていた暗い沼の淵まで歩を進めてもいいのではないか。そういう気がした。そこにこそ、その泥水の中にこそ、その汚泥の底にこそ、私の知らなかった石原和彦は棲んでいるのだから。

信濃追分の信号のY字路を右にとって、国道18号線の裏側をしばらく行くかたちになる1キロ足らずの道が、追分宿の趣をいまだにとどめる一帯だった。出発したときも雨、道中も雨、そして着いたときも雨。
追分は濡れた集落だった。
それは、足もとから霧雨がたち昇ってくるせいだけではなかった。
車が用心してやっとすれちがえる道の脇には、昔ながらの旅籠を思わせる濡れた視線の旅館があり、時代に濡れた骨董屋があり、堀辰雄の湿った咳が聞こえてくるような質素な文学記念館が木立の奥にひっそりとあった。
浅間山への古い登山道入口、本陣のあと、郷土館、浅間神社。追分ではそれらがすべて、だんだん色濃くなる樹々の後ろで背中を丸め、声をたてずに面を濡らしているようなのだった。
めざす山荘はすぐにわかった。
黒ずんだ火山岩を積みあげた門柱に、教えられたとおり「(株)ボンルパ・蒼月山荘」という表札と、所番地を書いた白いプレートが埋めこまれていた。門扉はなく、たるんだチェーンが一本渡してあるだけ。私は桜井に言われていたとおり、200メートル先の骨董屋で名前を告げた。
「はいはい。桜井さんから電話をちょうだいしておりますよ。はい、どうぞ」
鍵を受け取った。オーナーが自分は行かないで第三者にだけ使わせるとき、いちいち鍵を送ったり返したりする手間を省くために考えられた方法だった。
錆びた重たい、4メートルほどのチェーンをはずし、車を乗り入れ、またチェーンをかけ、落葉松林の間の砂利道をS字型に20メートルほど進むと玄関に着いた。
霧雨は大気に溶けて胸の奥まで濡らしていた。
私は鍵をあける前に家の周囲を回った。白い漆喰の壁にこげ茶色の柱の縦の線がきいている民芸調の外観だった。高さは二階建分あるが、二階に部屋はないらしく、窓がなかった。急勾配の樋のない大屋根が何本もの大樹と接していた。
玄関の反対側にまで回り込むと、広々としたテラスがあり、そこははるか浅間山にまで続く古びた森を臨んでいた。
どこがこの家の境界なのかはわからなかった。左右を見ても隣家は見えなかった。門からのアプローチの落葉松林は、多分、人間の手によってつくられたものだろうが、このテラスの接する森は、おそらく浅間山のできた時からあるものにちがいなかった。それほどに太い、枝を10メートル四方にも張った大樹が互いに覆いかぶさり、濃い雨の匂いを閉じ込めていた。

一周し終わると、私はなぜか自然に身震いをしてしまった。寒いわけではなかった。が、この家は、あるいは霧雨の森の中のこのきょうという日は、何か冷たいものが心と肉体の隙間に忍び入ってくるようなのだった。
(早く雨戸をあけよう。家の中に光を入れ、火を使い、湯気をたてよう)
玄関扉をあけ放しにしてスイッチを探し、私は家の中に入った。玄関とその奥を仕切るドアをあけると、とっさには何十畳あるのかわからないほど広いリビング・ルームに出た。右の奥には暖炉があり、左の手前はオープン・キッチンになっていて、壁面には大型冷蔵庫と食器棚。電子レンジや炊飯器などの置かれたカウンターがL字型にあった。中央に十人以上は楽に食事できそうなダイニング・テーブルが据えられていた。
フローリングの床にスズメバチの死骸が点々と落ちていた。上を見た。屋根の形に斜めに組み上がった天井のどこにも、巣は見あたらなかった。雨戸を閉めきったこの家のどこからスズメバチは入ってきたのかわからなかった。一匹や二匹ではない。ざっと十数匹は死んでいた。
私はリビング・ルームの雨戸をあけ、自然の光を入れた。自然の光といっても空は大樹が覆っているため、それは煙ったような緑色をした光だったが。
他の部屋の雨戸も手早くあけた。リビング・ルームの対角線上に六畳と八畳の和室がひとつずつ。あとは風呂、トイレ、洗面所のコーナー。とてもシンプルな構造だった。
トイレと風呂場を覗くと、黒光りする、後足が「くの字」の虫が何匹も跳ねまわっていた。多分コオロギの一種だろう。その近くを見たこともない蜘蛛が何匹も、細い長い脚をテントのように張って、丸い小さな胴体を浮かせて走りまわっていた。
私はそれらのすべてを平然と見下ろし、足もとに来た一匹の巨大なコオロギを手のひらに握り込むと、洗面所の窓をあけ外に投げ捨てた。
コオロギは丸くした手のひらの中で棘のある脚を突っ張り、跳ねたが、私は眉ひとつ動かさなかった。性別適合手術をする前なら、そんなことはできなかった。が、睾丸を取り、陰茎を取り、膣をつくり、性を改造される肉体のあげる悲鳴を聞いているうちに、生命を目の下に見て平然とわしづかみにできる、私はそういう人間に生まれ変わっていた。

料理の材料を車からおろし、冷蔵庫に入れた。冷蔵庫の三分の一は、缶ビール、缶ジュース、調味料、冷凍したハム、ベーコン、肉類などですでに埋まっていた。私は自分の持ってきた物といっしょにならないよう棚を整理した。その中に瓶詰のいちごジャムがあった。白い紙が巻いてあり、「白雪姫」と書いてあった。手造りのジャムらしかった。
(白雪姫って、小林道太のことかしら)
首の動脈を切って、血を噴き上げて死んだという。それともジャムにつけた名前が、たまたま白雪姫だったのか。ジャムの名前が白雪姫というのも妙なものではあったが。
(いずれにしろ大したことじゃないわ)
どうでもよかった。それより、スズメバチの死骸を片づけるため、掃除機を探した。玄関横のクローゼットをあけようとして、壁に貼ってあるメモに気がついた。
雷が近づいたときの注意。帰るときの戸締まりの注意。掃除のしかたやゴミの分別方法。シーツや枕カバーのクリーニングの頼み方などが書いてあった。来たらすぐ、布団乾燥機でその夜に使う布団を乾かすように、とも書いてあった。
「以上のこと、よろしくお願い致します。オーナー敬白」
この雨ではオーナーの注意書にいますぐ従った方がよさそうだった。
掃除より先に布団を乾かすことにした。押し入れをあけ、いちばん上にあった一組の布団と、クリーニング店のビニールに包まれたシーツと布団カバー、枕カバーを出した。敷布団を広げ、シーツで包み込み、掛布団にカバーをかけるため、畳の上に広げた。
鮮やかな牡丹の花の模様だった。緑の中に濃いピンクと白と赤。そのまま屏風絵になりそうな見事な色づかい。見事な図柄だった。私は布団の正面に回って、あらためて眺めた。
よく見ると、もう一色あった。濃い茶色。点々と、花の美しさの飛沫のように。右上の赤い牡丹のまわりに。よほど気をつけないとわからない。
私は見えにくくなった目の焦点をその茶色、いや赤黒い飛沫に結びなおした。
(何…なんなの、これ…もしかしたら…うそっ)
うそ、ではない。血らしかった。古い血だった。
私は頬を凍らせ、たまらず裸足でテラスに飛び出した。