喰命御前試合(しょくめいごぜんじあい) 1
徳川三代将軍・家光の直命により、江戸城吹上御庭に血風が吹き荒れる。
集められたのは、表の歴史には決して残らぬ八人の狂刃。勝者に与えられるのは「天下無双」の誉れと望む限りの富。敗者に待つのは、ただ無慈悲な死のみ。
死合の鐘が、いま鳴り響く。
第一試合:隻腕の無頼剣 vs 音無しの毒蜘蛛
御庭の中央、白砂が敷き詰められた闘技場に二人の影が立つ。
一人は、「隻腕の無頼剣」と恐れられる無敗の剣豪、斑目一真(まだらめ かずま)。身の丈ほどもある巨大な斬馬刀を、残された左腕一本で軽々と肩に担いでいる。酒臭い息を吐きながら、不敵に笑った。
「御前試合だか何だか知らねえが、天下の将軍様の前で首を刎ねられる気分はどうだ?」
対するは、「音無しの毒蜘蛛」の異名を持つ隠密忍者、千代雛(ちよひな)。小柄な体を黒装束に包み、仮面の奥の瞳だけを冷酷に光らせている。両手の指先からは、陽光を反射して怪しく煌めく極細の鋼線――「絡繰糸(からくりいと)」が伸びていた。
「……喋る肉塊が。上様の御前を汚すのは、お前の返り血だ」
「始めぃ!」
審判の合図と同時に、千代雛の姿が掻き消えた。
激しい風の音。斑目の周囲に、無数の鋼線が瞬時に張り巡らされる。それは触れるだけで肉を削ぎ落とす、死の蜘蛛の巣だった。
「忍法・千筋縛り(せんすじしばり)!」
虚空から千代雛の声が響くと同時に、鋼線が一斉に収縮し、斑目の身体を締め付ける。身動きを封じられた斑目の衣服が裂け、赤い血が白砂に滴り落ちた。
「捕らえた。これで終わりだ、隻腕の野良犬」
上空から突き立てられる、毒を塗った苦無(くない)。
しかし、斑目の笑みは消えていなかった。
「犬じゃねえよ。俺は……飢えた狼だ!」
斑目は残された左腕に全筋力を集中させ、担いでいた斬馬刀を強引に一振りした。引き絞られた鋼線が、斑目の肉に深く食い込む。だが、それを上回る圧倒的な「剛力」が、鋼の糸を力任せに引き千切った。
バチンッ、と金属の弾ける轟音が響く。
「なっ……鋼線を手力だけで!? 狂っているのか!」
驚愕に目を見開く千代雛。着地の瞬間、彼女の足元がわずかに揺らいだ。
その一瞬の隙を、戦場を生き抜いた狼が見逃すはずはなかった。
「ただ、速く、重く、叩き斬る!」
斑目の踏み込みが、白砂を爆発させるように吹き飛ばす。隻腕から繰り出された斬馬刀の一撃は、風を裂き、真空の刃となって千代雛へ襲いかかった。
千代雛は瞬時に身代わりの術を試みようとしたが、斑目の放つ凄まじい殺気――「剣圧」に身体がすくみ、指先が動かない。
「絶技――『一ノ太刀・修羅穿ち』!!」
斬馬刀が閃く。
金属が激しくぶつかり合う音の後、静寂が御庭を支配した。
千代雛の仮面が左右に割れ、地面に落ちる。彼女の身体は、放たれた一撃の衝撃波によって遥か後方へと吹き飛ばされ、そのまま動かなくなった。首筋に薄皮一枚を残し、刀身は止まっていた。
「勝負あり! 勝者、斑目一真!」
将軍・家光が席から立ち上がり、激しく手を叩く。
斑目は巨大な刀を再び肩に担ぎ、血の滴る腕を拭うこともせず、ニヤリと笑った。
「次だ。次のイカれた野郎を連れてきな。俺の斬馬刀は、まだまだ血が足りねえ」
