喰命御前試合(しょくめいごぜんじあい) 3
第二試合の余韻が冷めやらぬ中、吹上御庭に地響きが鳴り響く。地を揺らして現れた巨体に、観客席からどよめきが沸き起こった。
第三試合:人喰い山嵐 vs 紅蓮の貴公子
西方から現れたのは、「人喰い山嵐」と忌み嫌われる巨漢、岩厳(がんげん)。身の丈は八尺(約2.4メートル)を超え、全身が獣のような濃い体毛で覆われている。丸太のような腕で担いでいるのは、巨大な鉄塊とも言える身の丈以上の鉄棒だ。
対する東方から優雅な足取りで歩み出るのは、「紅蓮の貴公子」と称される美青年、如月冴十郎(きさらぎ さじゅうろう)。端正な顔立ちに不敵な笑みを浮かべ、両手には朱漆で塗られた二本の美しい槍――「紅蛇(こうだ)」と「漣(さざなみ)」を携えている。
「おいおい……将軍様の前だってのに、ずいぶんと毛深い珍獣が紛れ込んだもんだ」
冴十郎が二本の朱槍を軽やかに回し、挑発的に微笑む。
「ガアアッ! 喧しいわ色男! その綺麗な顔、ひき肉にしてやるわ!」
岩厳が怒号とともに鉄棒を地面に叩きつけると、白砂が爆発したように弾け飛んだ。
「始めぃ!」
先手を取ったのは岩厳だった。
その巨体からは想像もつかない瞬発力で地を蹴り、冴十郎の頭上から鉄棒を振り下ろす。
「死ねぃ!」
ドゴォン!
凄まじい破壊音。冴十郎がいた場所の地面が大きく陥没する。しかし、冴十郎は紙一重で真横に跳び、すでに空中で体勢を整えていた。
「大振りだな、大男」
着地と同時に、冴十郎の二本の槍が閃く。
右の槍「紅蛇」が岩厳の喉元を突き、左の槍「漣」がその脇腹を狙う。左右から同時に迫る、目にも留まらぬ高速の連撃。
だが、岩厳の「肉体」もまた、常軌を逸していた。
キィン! キィン!
槍の刃が岩厳の皮膚に触れた瞬間、金属音が響く。全身の濃い体毛と鋼のように鍛え上げられた筋肉が、防具の役割を果たし、冴十郎の鋭い突きを浅い傷に留めたのだ。
「がははは! 蚊が刺したほども効かんわ!」
岩厳は傷口から血を流しながらもニヤリと笑い、そのまま肉体ごと冴十郎に体当たりを敢行する。
巨体の体当たりを受け、冴十郎は後方へ大きく吹き飛ばされる。空中で見事に着地したものの、その口元から一筋の血が伝った。
「……なるほど、ただのデカブツじゃない。その毛皮、大層な硬さだ」
「次は生かさん!」
岩厳が再び鉄棒を大きく振りかざし、突進してくる。その姿はまさに狂った猪そのもの。避ければ闘技場の壁まで破壊されかねない威圧感。
しかし、冴十郎の目は冷静だった。
「どんな獣にも、皮の薄い『急所』はある」
冴十郎は二本の槍を十字に交差し、極限まで身を沈めた。
岩厳の鉄棒が、冴十郎の脳めがけて振り下ろされる、まさにその刹那――。
「双槍絶技――『紅蓮・蛇咬(じゃこう)』」
冴十郎の身体が、岩厳の懐へと滑り込んだ。
一本目の槍「紅蛇」が、岩厳の振り下ろした鉄棒のわずかな隙間を縫い、その「右目の眼窩」を正確に貫く。
「ぎゃああああッ!?」
激痛に叫ぶ岩厳。だが、冴十郎の攻撃はこれで終わりではない。
返す刀ならぬ、返す左の槍「漣」が、叫ぶために大きく開かれた岩厳の「口内」から、喉奥へと深く突き刺さった。
一瞬の静寂の後、どおん、と山が崩れるような音を立てて、巨漢・岩厳が白砂の上に倒れ伏した。ピクリとも動かない。
冴十郎は二本の朱槍を美しく振り、刃についた血を払うと、乱れた前髪を指先でそっと上げた。
「野蛮な獣の相手は疲れるね」
「勝者、如月冴十郎!」
美しき槍使いの勝利に、会場からはため息のような歓声が漏れる。これで勝ち残ったのは、隻腕の無頼剣・斑目、心眼の抜刀斎・神楽木、そして紅蓮の貴公子・如月。御前試合は、さらに熾烈な頂上決戦へと向かっていく――。
