喰命御前試合(しょくめいごぜんじあい) 2
第一試合の興奮が冷めやらぬ中、白砂の闘技場に張り詰めた緊張感が漂う。第二試合の呼び出しの声が響いた。
第二試合:心眼の抜刀斎 vs 腐肉喰らい
東方から現れたのは、「心眼の抜刀斎」と呼ばれる盲目の剣豪、神楽木一徹(かぐらき いってつ)。両目を白い布で深く覆い、古びた竹杖のような仕込み杖を静かに突いて歩く。その足取りには一切の迷いがなく、周囲の風のざわめき、観客の呼吸すらもその耳で捉えていた。
対する西方から歩み出るは、「腐肉喰らい」の異名を持つ狂気の剣士、黒羽厳庵(くろば げんあん)。彼が帯びる刀――妖刀『骨吐き(ほねはき)』は、鞘から放たれるだけで周囲の空気を赤黒く歪ませていた。厳庵がニタニタと歪んだ笑みを浮かべる。
「盲目の骸骨が、俺の『骨吐き』の錆になりに来たか。この刀に触れたものは、鉄だろうが肉だろうが、すべてドロドロに腐り落ちるぞぉ……」
一徹は表情一つ崩さず、仕込み杖の柄にそっと右手を添えた。
「……耳障りな男だ。お前の不浄な気配、すべて耳が拒絶している」
「始めぃ!」
動いたのは厳庵だった。
「ひはははっ! 腐れ散れッ!」
厳庵が妖刀を大きく振るうと、刃から放たれた黒い霧が波となって一徹へ押し寄せた。それは触れた白砂を一瞬で黒く変色させ、泡を立てて溶かすほどの強力な「腐食の呪気」。
一徹の耳が、空気を裂いて迫る液体と霧の微細な摩擦音を捉える。
「ふん」
一徹は跳んだ。目が見えぬとは思えぬ軽やかな身のこなしで、呪気の波を紙一重でかわす。しかし、厳庵の真の狙いはその着地際だった。
「逃がすかぁ!」
厳庵の追撃。妖刀が放つ禍々しい一閃が、一徹の仕込み杖の鞘をかすめる。
ジジジ……!
一徹の武器である仕込み杖の木肌が、触れた瞬間から墨のように黒ずみ、ボロボロと崩れ始めた。
「おっと、気づいたか? 俺の刀を受ければ、お前の武器は形を保てん。防ぐ手立てはないぞ!」
一徹は数歩下がり、崩れかけた仕込み杖を見ることなく、ただその「音」を聴いていた。
木が腐り、繊維が破壊される微小な音。このまま刀を交えれば、自らの命である刃まで溶かされる。
刀は交えられない。防ぐこともできない。
ならば、「触れられる前に、一撃で断つ」のみ。
一徹は残された健全な柄を握り、深く腰を落とした。完全な無音の構え。
達人の集中力が極限に達した瞬間、闘技場から一切の雑音が消えた。厳庵の荒い息遣い、心臓の鼓動、そして――妖刀の刃から滴り落ちる「腐食の液滴」が砂に落ちる音だけが、一徹の脳内で立体的な地図を結ぶ。
「無駄な足掻きを!」
厳庵が妖刀を振りかざし、一徹の首を刎ねんと突進する。
刃が届く、まさにその刹那。
「神速――『明鏡止水・鴉(からす)』」
カツン。
それは、刀が鞘を離れ、再び収まるまでの一瞬の音だった。
厳庵の突進が、一徹の目の前でピタリと止まる。
「……なぁ……にを……」
厳庵の目が驚愕に見開かれた。彼の持つ妖刀『骨吐き』が、根元から綺麗に両断され、地面に落ちていく。そして、彼自身の胸元からも、斜めに一本の赤い線が走った。
一徹の居合いは、厳庵の刀の「刃の厚みが最も薄い破綻点」を、音だけで見抜き、腐食が伝わるよりも速い「音速の踏み込み」で叩き切ったのだ。
崩れ落ちる厳庵。
一徹は静かに仕込み杖を引いた。触れた先端は完全に腐り落ちていたが、その刀身だけは、一点の曇りもなく冷たい光を放っていた。
「勝者、神楽木一徹!」
第二試合が終わり、将軍・家光が満足そうな笑みを浮かべる。血生臭い御前試合の舞台は、さらに混沌の渦へと巻き込まれていく――。
