死闘すぎて滅! 1
地下闘技場の湿ったコンクリートに、二つの怪物の影が落ちていた。
一人は、日本古流柔術「黒鉄流」の当主、岩蔵源十郎。御年五十を超えてなお、その肉体は鋼の塊そのものだ。もう一人は、シベリアの軍隊格闘術「システマ」を極め、暗殺の現場を生き抜いてきた男、アレクセイ・ポポフ。金髪の巨躯には、感情の機微すら浮かばない。
「始めいッ!」
合図と同時に、アレクセイが前進した。構えはない。両腕をだらりと下げ、まるで行進でもするかのような自然体。だが、次の瞬間、鞭のようにしなった左拳が、岩蔵の顔面を捉える軌道で放たれた。骨を砕く重撃。
フッ、と岩蔵の巨体が揺らいだ。
岩蔵は衝撃をまともに受けない。黒鉄流の極意「柳流し」。打撃のベクトルを首の傾きと膝の抜きの連動だけで無力化し、そのままアレクセイの差し込まれた左腕を絡めとった。
「捕らえたぞ、若造」
岩蔵の太い指が、アレクセイの手首の骨を軋ませる。このまま腕をへし折る——観客がそう確信した刹那、アレクセイの肉体が奇妙に波打った。関節という関節が、まるで骨がないかのように弛緩する。岩蔵の渾身の握力から、ぬるりと腕が抜けた。呼吸による筋肉の超弛緩。
アレクセイはそのまま、ゼロ距離から右の掌底を岩蔵の鳩尾へ突き入れた。
ドムッ!
鈍い音が地下室に響く。波打つ振動が岩蔵の背中にまで突き抜けた。内臓を揺るがす「震脚」に似た浸透撃。岩蔵の口からどす黒い血が溢れる。しかし、岩蔵の目は死んでいなかった。それどころか、狂気じみた歓喜に濡れている。
「肉を切らせて骨を断つ……。これだ、これだよ!」
岩蔵は吐血しながらも、アレクセイの胸ぐらを掴んで引き寄せた。頭突きだ。ゴツン、と凄まじい硬球同士が衝突したような音が響く。アレクセイの額が割れ、鮮血が視界を染める。
怯んだアレクセイの懐へ、岩蔵が深く踏み込んだ。狙うは黒鉄流奥義「巌崩し」。相手の重心を完全に掌握し、天地を逆転させる絶対の投げ技。
だが、アレクセイもまた、死線をくぐり抜けた達人。投げられる刹那、自ら跳んだ。岩蔵の首に両脚を絡めつけ、重力を味方につけて極限のチョークスリーパーへと移行する。
首を絞め上げるアレクセイ。それを外そうと、壁へ向かって突進する岩蔵。
二匹の飢えた狼の死闘は、まだ始まったばかりだった。
