ドワーフの魔術師とエルフの狂戦士 6
冷徹に静まり返る祭壇の上で、「真理の天秤」が微かに揺れている。背後では、エルウィンが同族の暗殺者たちを相手に、狂乱の宴を繰り広げていた。
「ガハハ! ほら、どうした! 聖域の連中がそんな腰抜けの矢で、私を殺せると思っているのかッ!」
刃こぼれした巨大な大剣を振り回し、血を浴びるほどにその速度を増していくエルウィン。しかし、多勢に無勢。彼女の肩や脇腹には、すでに数本の魔力の矢が深く突き刺さっていた。
「……バルドゥル! さっさと計算を終わらせろ! 私の『沸点』がもたねえぞ!」
バルドゥルは天秤の前に立ち、古の数式を編み上げていた。天秤の左皿には、ドワーフの意地と歴史が詰まった兄の戦鎚を。そして右皿には、自らの分身とも言える水晶の杖を置く。
「……数式展開。概念の等価交換を開始する」
天秤が眩い光を放つ。そして、神の如き厳かな声がバルドゥルの脳内に響く。
『ドワーフの血の呪縛を解き、純粋知性の種族へと再定義するか? その代償として――仲間の命を捧げよ』
バルドゥルの指先が止まった。
この天秤は、願いが大きければ大きいほど、願う者にとって最も価値のあるものを対価として要求する。彼にとって、計算を乱し、非合理の極致でありながら、常に隣で笑っていたこの女の命が、いつの間にか「全ドワーフの進化」よりも重いものになっていた。
「……フッ、やはり計算は不可能だ。感情という変数は」
バルドゥルは自嘲気味に笑うと、術式を根底から書き換えた。
「天秤よ! 私はドワーフの進化など求めない! 代わりに、私の全ての『魔法』と『知性』を対価として差し出す!」
『望みは何か?』
「――あの好戦的なエルフの傷を癒やし、その『狂戦士の呪い』を抑え込むほどの、絶対的な肉体の頑強さを与えろ!」
瞬間、天秤が激しく回転し、置かれていた鎚と杖が粉々に砕け散った。彼の眼鏡の奥から、数字の輝きが消えていく。代わりに、凄まじい衝撃波がエルウィンを包み込んだ。
「なっ……!? なんだ、体が……軽い、いや、鉄のように固いぞ!?」
矢傷が一瞬で塞がり、エルウィンの肌は、エルフのしなやかさを保ちながらも、ドワーフのそれをも凌駕する「金剛石」の強度へと変貌していた。
「さあ、エルウィン! 計算は終わりだ! あとはお前の得意な『非論理的な暴力』で片付けたまえ!」
バルドゥルは、「ただの髭の長いおじさん」のような表情で叫んだ。
「……はっ、無茶苦茶しやがって! 合理的でもなんでもねえな、お前!」
新生したエルフの狂戦士は、最強の矛(大剣)と最強の盾(不死身の肉体)を併せ持つ怪物となっていた。暗殺者たちの放つ矢は彼女の肌に触れた瞬間に砕け散り、彼女が踏み込むたびに神殿の床に亀裂が入っていく。
数分後。そこには、静寂と、バラバラになった暗殺者たちの死体、そして呆然と座り込むバルドゥルの姿があった。
「おい、バルドゥル。お前、せっかくの賢い頭を捨てちまったのか?」
エルウィンが血を拭いながら歩み寄る。バルドゥルは空っぽになった頭を抱え、困ったように笑った。
「……ああ。もう複雑な数式は思い出せん。二人の宿代を計算するのにも、一時間はかかりそうだ」
「そうか。なら、これからは私が計算してやるよ。……獲物の数と、ぶっ飛ばす敵の数くらいならな!」
エルフの腕に抱え上げられ、バルドゥルは笑い声を上げた。
魔法を失ったドワーフと、不死身を得たエルフ。二人の旅は、ここからまた、よりデコボコで、より理不尽なものへと続いていくのであった。
