注文は少ないけど問題が多い料理店【脚本】


     3月末日
ラーメン屋兼探偵事務所「幸楽」。
     お客さんのいない店内でアルバイトの孝祐が掃除をしている。
     扉がゆっくりと開いて一人の女性・茉莉がそうっと顔を出す。

孝祐 「あ、いらっしゃいませ! どうぞお好きな席に。」

     店内の様子を窺いながらカウンター席に座る茉莉。
     水とおしぼりを茉莉に渡す孝祐。続いてメニュー表も渡す。

茉莉 「あの! ここって【幸楽】ですよね!・・・探偵事務所って聞いてたんですけど・・・
違うんですか?」
孝祐 「そうですよ。ウチ、ラーメン屋兼探偵事務所なんです。・・・もしかしてそちらの用事でしたか? 申し訳ございません。店長は生憎今買い出しに出かけておりまして・・・。あ、もしよろしければラーメンはいかがですか? ただお待ちいただくのも申し訳ありませんから・・・。もちろんお代は結構です。」
茉莉 「え? いや、でもそんな・・・悪いですよ。」
孝祐 「気にしないでください。丁度今、他のお客様もいないことですし。遠慮は無用です。」

     孝祐の笑顔に圧される茉莉

茉莉 「じゃあ・・・お言葉に甘えて・・・」

     メニュー表を開く茉莉
     そこには大きく「シェフの気まぐれラーメン 七七七円」と書かれているのみ。

茉莉 「あの! このメニュー表、【シェフの気まぐれラーメン】しか載っていないんですけど・・・」
孝祐 「ああ!そうでした。お伝えし忘れていました。ウチは店長の方針で【シェフの気まぐれラーメン】しかメニューがないんですよ。」
茉莉 「・・・そうなんですか・・・。」
孝祐 「【シェフの気まぐれラーメン】でよろしいですか?」
茉莉 「えぇ・・・まぁ・・・サービスですし・・・。」
孝祐 「かしこまりました。少々お待ちください。」

     カウンターの調理場へ行き作業を始める孝祐。
     「カップヌードル」を取り出し、フィルムをはがし、蓋を開け、お湯を注ぐ。

茉莉 「【シェフの気まぐれラーメン】って、まさかカップラーメンの事じゃないですよね?」
孝祐 「お客様、ご心配なく。こちらはカップラーメンではなく【カップヌードル】ですから。」
茉莉 「そういうことじゃないです!市販のインスタントラーメンをお店でそのまま出すってことがあり得ないって言ってるんです!」
孝祐 「大丈夫です。ちゃんと器に入れ替えてお出しいたしますので。」
茉莉 「だからそういう・・・!」

     店の扉が開き、両手に買い物袋を持った楽太郎が入ってくる。

楽太郎「おーう。今帰ったぞー。」
孝祐 「あ、店長。お帰りなさい。」
茉莉 「楽兄ちゃん!!」
楽太郎「あ? ・・・ってお前、茉莉か? 久しぶりだなぁ~!」
茉莉 「そんなことより楽兄ちゃん! このお店、どういうつもりでやってるの!」
楽太郎「うおぅ・・・なんかすげぇ怒ってんな・・・。孝祐、お前何したんだよ?」

     楽太郎、カウンターの中に入る

孝祐 「僕は別に何も・・・お待たせしました【シェフの気まぐれラーメン】です。」
茉莉 「これよ!コレの事よ!」
楽太郎「何?うちのラーメンがどうしたの?」
茉莉 「何が【シェフの気まぐれラーメン】よ! 市販のカップラーメンお客さんに出すラーメン屋がどこにあるのよ!」
孝祐 「・・・茉莉さん、ごめんなさい。貴女を怒らせるつもりはなかったのですが・・・。これが、今の僕に出来る精一杯のおもてなしなんです・・・。」
楽太郎「孝祐! お前は悪くない! 悪くないぞ! 悪いのは人の想いを踏みにじるこの女だ!」
茉莉 「わかったわよ! 食べるわよ! 食べればいいんでしょ!」

    【シェフの気まぐれラーメン】を一口食べる茉莉

茉莉 「・・・!?」

    そのまま引き込まれるように無言でラーメンを食べ続ける茉莉。
    ハッと我に返り、驚きの表情で孝祐を見る。

孝祐 「いかがですか?」
茉莉 「・・・なにこれ・・・どういうこと・・・すごく・・・おいしい・・・。」
孝祐 「ありがとうございます。」
茉莉 「え!?本当にどうなってるの? 一体何をどうしたら・・・」
楽太郎「【シェフの気まぐれラーメン】だぜ。気まぐれに作ってるだけだ・・・ホラよ。」

     楽太郎、茉莉にコーヒーを出す。

楽太郎「食後のサービスだ。ま、飲めよ。」
茉莉 「楽兄ちゃんのコーヒー・・・懐かしいな・・・。」

     コーヒーを飲む茉莉

楽太郎「あ、そうだ孝祐。2階の空き部屋なんだが、悪いがすぐに掃除してくれねぇか? コイツ、俺のいとこなんだけどよ、4月からこっちの大学に通うんで、ウチで下宿することになったんだ。」
茉莉 「あ、ご挨拶が遅くなってすみません。 安東茉莉です。よろしくおねがいします。」
孝祐 「喜多嶋孝祐と申します。よろしくお願いいたします。では、僕は失礼して、空き部屋の掃除に行ってまいります。」

     孝祐、店の奥へ引っ込む

茉莉 「あ! 私も手伝います!」
楽太郎「ちょっと待て! ・・・茉莉、あのな、話がある。」
茉莉 「何?」
楽太郎「お前、ここで働く気はないか?」
茉莉 「やだ。」
楽太郎「即答!? 早っ!」
茉莉 「じゃ、私行くから・・・」
楽太郎「ちょいちょいちょい待て! 何故だ! 理由を聞かせろ理由を!」
茉莉 「こんな楽兄ちゃんの変なこだわり丸出しの訳わかんないところで働くより、もっとオシャレでわくわくできるところで働きたいの。じゃ、そういうことだから」
楽太郎「待て待て待て! あのな、お前・・・バイト先のアテはあるのか?」
茉莉 「ないけど。ま、バイト先なんていくらでも見つかるでしょ。」
楽太郎「甘い! 甘いよお前! お前の地元はどうか知らねえけどな、こっちじゃそんなコネもない奴がすぐにバイトに採用されると思ったら大間違いだぞバーーーーカ!!」
茉莉 「え?そうなの?」
楽太郎「そうだ! 不況の影響で就職どころかバイトですら簡単に決まらない・・・。一部のカネとコネを持つエリート共が苦労もなくぬくぬくと仕事にありつく一方で、俺たち一般市民は働くことすら・・・生きることすらままならない!」

     楽太郎の話の途中で丈が店にやってくる。楽太郎は話に夢中で、茉莉は楽太郎の異様な迫力に圧されて気付いていない。
     丈、店内の空いている席に座り二人のやり取りをなんとなく見ている。

楽太郎「お前のような【アイスクリームにメープルシロップと蜂蜜をぶっかけてさらに練乳に浸してみました】的なくそ甘ぁい考え方じゃ、バイトなんか見つかるわけがねぇんだ! それどころか、バイトが見つからなくて困っている弱みに付け込んで、怪しげな連中がお前を言葉巧みに誘い込み、気付けばクソやっすいバイト代で風俗みたいな店で働かされる羽目になる! そうなったら俺は・・・! 俺には、お前を守る責任と義務がある!! だからおとなしくウチの店でバイトするのが一番・・・!」
丈  「・・・成程。そういうオチか。」
楽太郎「げぇっ! 丈!? お前いつの間に!?」
丈  「客が来たことにも気づかんのかこのポンコツ店長が。」
楽太郎「んだとてめぇこの野郎! ご注文は!」
丈  「いちいち聞くなこのポンコツラーメン店長。いつも通りだ。【シェフの気まぐれラーメン】ラーメン抜き。」
楽太郎「たまにはラーメン食えよ!」
丈  「いやだね。」
楽太郎「・・・ちっ!」

     カウンターに行き作業を始める楽太郎。

茉莉 「・・・あの・・・あなたは・・・?」
丈  「この店の常連客、とでも言っておきましょうか。」
楽太郎「別に来なくてもいいんだよ! 毎日毎日!」
丈  「俺が来なきゃ誰が来るんだよこんな店。」
楽太郎「お前な、嫌味言いに来たのかラーメン食べに来たのかどっちだよ。」
丈  「ラーメン食べに来たのではないことは確かだな。」
楽太郎「バカかお前は! ココはラーメン屋だぞ! ラーメン食えラーメン!」
茉莉 「あ、そういえば【シェフの気まぐれラーメン】ラーメン抜きって・・・。」
丈  「ああ、それはね・・・。」
楽太郎「こういうことだよ。」

     丈にコーヒーを出す楽太郎。

楽太郎「ウチは食後に必ずコーヒー出してるからな。」
丈  「僕はこの男のコーヒーだけは認めているんです。だからこのコーヒーが飲めればそれでいいんですが、メニューにコーヒーはない・・・。」
茉莉 「だから・・・ラーメン抜き。」
丈  「そういうことです。」
楽太郎「・・・茉莉、お前もうこっちはいいや。向こう行って孝祐手伝ってやれ。」
茉莉 「え、あ、うん。わかった。」

     茉莉、荷物を持って奥に引っ込む
     丈、カバンから資料を取り出す。

丈  「・・・今日の分だ。」
楽太郎「ありがとよ。いつも悪いな。」

     資料に目を通し始める楽太郎。

丈  「幸田・・・。」
楽太郎「? ・・・どうした?」
丈  「トモの事なんだが・・・。」
楽太郎「トモ? トモがどうした?」
丈  「この春から高校生になるんだ。」
楽太郎「・・・そうか。もうそんな時期か。」
丈  「でな、高校生活に慣れたら・・・ココで働きたいらしい・・・。」
楽太郎「・・・え・・・!? 何で・・・?」
丈  「俺も詳しくはわからん。だが、トモはトモなりに、過去を乗り越えようとしているんだろう。」
楽太郎「・・・そうか。 ・・・丈。」
丈  「何だ?」
楽太郎「・・・すまん。」
丈  「お前が謝ることじゃない。こっちの事はこっちに任せろ。だから、お前はお前のやるべきことをやれ。」
楽太郎「・・・そうだな。」
丈  「トモの件についてはまた何かあれば相談する。じゃ・・・またな。」

     丈、店から出ていく。一人店内に残された楽太郎。
     ゆっくりとカウンターに戻り、カウンター内から写真立てを取り出し見つめる。
     そこには楽太郎、丈、友子、幸の楽しそうな姿が写されている。

楽太郎「・・・どこに行ったんだよ・・・バカ幸・・・。」

     暗転。


     5月・GW最終日
     お客さんのいない店内で一人カウンターで作業をしている孝祐。
     茉莉が大きな荷物を持って店内に入ってくる。

茉莉 「ただいまー!」
孝祐 「あ、茉莉さんお帰りなさい。どうでした、1ヶ月振りの実家は?」
茉莉 「お母さんのご飯が前よりおいしく感じた気がした。あ、孝祐さん! ハイ、コレ!」
     
     茉莉、お土産をカバンから取り出し孝祐に渡す。

孝祐 「ありがとうございます。おいしそうですね。」
茉莉 「あ、よかったら今食べちゃいます? お客さん丁度いないですし。」
孝祐 「いつもの事ですけどね。」
茉莉 「じゃ、私荷物置いてくるついでに楽兄ちゃんも呼んできますね。」

     茉莉、荷物を持って奥に引っ込む。

孝祐 「あ、茉莉さん! 店長ですけど今は・・・!」

     丈が店内に入ってくる。

丈  「なんだ、ひょっとして幸田はいないのかい?」
孝祐 「いらっしゃいませ丈さん。そうなんですよ、生憎今店長出前に出ておりまして・・・。」
丈  「出前に? そうか・・・どうしようかな。」
孝祐 「もしよかったら店内でお待ちになりますか? 丁度今、茉莉さんが実家から戻ってきたところですし。」

     茉莉が戻ってくる。

茉莉 「孝祐さん、楽兄ちゃんいないんだけど・・・って、丈さん!?」
丈  「やぁ、茉莉君。お帰りなさい。お邪魔しているよ。」
孝祐 「茉莉さんすみません。今、店長出前に行っているんですよ。」
茉莉 「え? 出前? この店出前もやってるんですか?」
孝祐 「この店の【出前】は外での探偵の仕事の事を指すんです。内容はいなくなったペットの捜索から、浮気調査、さらには花見の席取りから引越しの手伝いまで色々幅広くやっています。」
丈  「ちなみに孝祐君、幸田は今日は何の仕事をしてるんだい?」
孝祐 「確か・・・2丁目の石黒さんちのベランダに蜂の巣ができたとかで、それを処分しに行ってます。」
茉莉 「あ、そうだ! 丈さんちょっと待っててね。」

     茉莉、急いで奥に引っ込み、お土産を持って戻ってくる。

茉莉 「ハイ、コレ! お土産です。」
丈  「え? 僕に? ・・・ありがとう。嬉しいよ。」
茉莉 「じゃあ、せっかくだし、楽兄ちゃんいないけど3人でおいしく頂いちゃいましょう!」
孝祐 「あ、僕お茶淹れますね。」

     カウンターに移動し、お土産のお菓子を広げる茉莉と丈。
     孝祐はお茶を用意する。

茉莉・孝祐・丈「いただきます。」

     それぞれめいめいお菓子を食べ始める。

茉莉 「そういえば、そこの商店街にすごい人だかりができてたんですけど・・・あれどうしたんですか?」
孝祐 「ああ、あれは映画の撮影をやってるらしいです。おかげで商店街が賑わっているみたいで町内会長さん大喜びでしたよ。」
丈  「・・・にもかかわらず、この店は相変わらず閑古鳥が鳴いている・・・と。」
茉莉 「・・・なんか切ないですね。」

     丈の携帯が鳴る。

丈  「ん? ・・・失礼。もしもし大和ですが・・・。」
茉莉 「孝祐さんは撮影の様子とか見に行ったんですか?」
孝祐 「買い出しの時にちらっと遠くから見たくらいです。」
茉莉 「じゃあ、楽兄ちゃん戻ってきたら一緒に見に行きましょう!」
孝祐 「いえ、僕はいいので、店長と見に行ってくださいませんか?店長、絶対気にしているのに、気にしていないふりを一生懸命しているので・・・茉莉さんから誘ってあげてください。きっと喜ぶと思います。」
茉莉 「孝祐さんの頼みじゃ断れないですね。しょーがない!連れて行ってやるかぁ!」
孝祐 「宜しくお願いいたします。」
茉莉 「でも、孝祐さん。もっと自己主張した方がいいですよ。いつも自分のこと後回しで楽兄ちゃんの事ばっかり優先させてるように見えるから・・・。」
孝祐 「いえ、僕は自分の事はいいんです。あの人の役に立つことが、今の僕のすべてですから。」
茉莉 「孝祐さん?」
孝祐 「僕には、店長と出会う前の記憶がないんです。この名前も店長が付けてくれたもので、本当の僕の名前じゃない。そんな僕をあの人は家族同然に接してくれて、居場所を与えてくれた。だから僕はあの人の恩に報いたいんです。」
茉莉 「孝祐さん・・・。」
丈  「・・・わかりました。では、お待ちしております。(電話を切る)孝祐君、茉莉君すまない。ここで人と会う約束をしてしまった。ちょっと騒がしくなるかもしれないが・・・いいかな?」
孝祐 「僕は構いませんよ。」
茉莉 「私も別に・・・」
丈  「そうか、申し訳ない。ありがとう。」
孝祐 「では、残念ですがお土産パーティーはここまでですね。茉莉さん、残りは奥の部屋にとりあえず置いておきますね。」

     孝祐、お土産のお菓子類をまとめて奥の部屋に持っていく。

茉莉 「・・・あの、丈さん。」
丈  「? なんだい?」
茉莉 「丈さんは・・・孝祐さんの記憶の事って・・・?」
丈  「彼が記憶喪失だということかい? 知ってるよ。」
茉莉 「孝祐さんの事・・・楽兄ちゃん、調べたりしてないのかな・・・?」
丈  「・・・僕はただの客だからね。そこまではわからないな。」
茉莉 「でも、おかしくないですか? 探偵なのに、身近にいる、身元が分からない人の事も調べずに放っておくなんて・・・!」
丈  「・・・過去を失くしてしまった方が、幸せになれるかもしれない。そういう人だって、世の中にはいるのかもしれない・・・。」
茉莉 「丈さん・・・それって一体どういう・・・?」

     外から悲鳴に近い大勢の女性の歓声が聞こえる。

孝祐 「どうしたんでしょう? 何か急に騒がしくなりましたね。」
丈  「・・・そろそろ来るな。二人に頼みがある。今から来る客が店内に入ったら、即座に店の入り口の扉の鍵を閉めてもらいたい。」
茉莉 「え? 何でそんなこと・・・?」
丈  「理由はすぐにわかる。」

     悲鳴に近い歓声がだんだん大きくなる。
     店の扉が開いて一人の客(泪)が店内に入ってくる。

丈  「鍵を閉めて! 早く!」

     店内に入って来ようとする大勢の女性ファンを必死に締め出す孝祐、茉莉、丈。
     何とか扉を閉めて、鍵を閉める。店外からは女性ファンの大ブーイングが聞こ
える。

茉莉 「一体なんなのこの騒ぎ・・・。」
泪  「全てはこの私が美しすぎるが故・・・ご容赦頂きたい、レディ。」
茉莉 「え? ・・・あ、あなたは!? え?もしかして?ええっ!?俳優の・・・桜志眞泪さん!?」
孝祐 「茉莉さん、この方ご存じなんですか?」
泪  「・・・ちょっと待ちたまえ。君、この私を知らないというのかい? 本当に日本人かい?」
孝祐 「すみません。僕ちょっと記憶喪失でして。」
泪  「・・・そうか、悲しいな。他の事はともかく、私の事を忘れてしまうなんて・・・。だが、大丈夫だ。忘れてしまったのならもう一度記憶に焼き付けておくといい。この【桜志眞泪】という世界に唯一無二の存在を!」
孝祐 「はい。覚えておきます。」
泪  「素直でよろしい。・・・さて、大和先生。貴方が話していた探偵というのは、彼の事かい?」
丈  「いや。申し訳ないがまだ戻ってきていないんだ。・・・もう少し待てるかな?」
泪  「・・・そうですか。撮影の合間を縫って抜けてきたのであまり長居は出来ませんが、では、少しだけ待ちましょう。」
孝祐 「丈さん、店長に電話してみましょうか?」
茉莉 「あ、私が楽兄ちゃんに連絡します! 孝祐さんは泪さんに・・・。」
孝祐 「え? あ、そうですね。失礼しました。」

     茉莉、携帯を取り出し、電話をかける。
孝祐、水とメニュー表を用意し、泪と丈のところに戻る。
孝祐、水とメニュー表を泪に差し出す。

孝祐 「ただ待っていただくのも申し訳ないので・・・よかったらラーメンでもどうですか? もちろんお代は頂きませんので。」
泪  「必要ない。私は生まれたころから、一流のシェフによる食事をずっと与えられてきた。どこの馬の骨ともわからない君ごときが作ったラーメンを食べるなんて、想像しただけで悪寒が走るよ。。」
孝祐 「・・・そうですか。残念です。」
丈  「泪君。」
泪  「大和先生、このような見るからに三流以下の店に入り浸っているなど・・・悪趣味にもほどがある。とても一流の人間の振る舞いとは思えない。見損ないましたよ。」
丈  「そうかい。」
泪  「・・・時間の無駄だった。こんなところにいる位なら、撮影現場にさっさと戻った方がよさそうだ。 ・・・失礼する。」
茉莉 「待ってください! ・・・さっきから黙って聞いてれば・・・なんなんですかアナタ!」
泪  「(ため息)・・・何か?」
茉莉 「確かに、この店は得体も知れないし、実際お客さんもほとんど来ないです! でも、だからってこの店で一生懸命ラーメンを作り続けてる孝祐さんの事までバカにされたくない!」
泪  「一生懸命頑張るだけでラーメンの味が良くなるなら、世の中のラーメン屋は皆三ツ星レストラン級だ。一流とそれ以外の者には生まれた時から才能という名の絶対的な隔たりがある。」
茉莉 「じゃあ、孝祐さんは一流の人間です。ラーメンを食べればわかります。」
泪  「戯言を。この様な寂れた店で埋もれているような人間が、一流のはずがない。」
茉莉 「一流は一流を知るって言うけど・・・アレ違うんですね。それとも、もしかして貴方が一流じゃないから、孝祐さんが一流じゃないってわからないのかしら?」
泪  「レディ・・・口を慎みなさい。それ以上は私に対する侮辱とみなしますよ。」
茉莉 「ふざけないでよ! 自分は侮辱されたら嫌なくせに、人は侮辱してもいいっていうの!」
丈  「まぁまぁ茉莉君、少し落ち着きたまえ。」
茉莉 「でも!」
丈  「泪君。僕は君が将来の演劇界を背負って立つような人物だと見越して、君の悩みを解決したいと思ったのだが・・・とんだ見当違いだったようだ。肩書きや目に映るものしか見ていない君のような人間が、人の心を打つ一流の俳優になどなれるはずがない。」
泪  「何だと・・・!?」
丈  「君と話すことは何もない。帰りたまえ。」
孝祐 「待ってください!・・・僕がいけなかったんです。自分の店を否定されたのに、僕は何も言い返すことをしなかった。その結果・・・僕は、自分の大好きな場所に、今の自分に泥を塗った! ・・・最低だ。」
泪  「だから何だというんだ。君の選択は間違っていない。下手に不味いラーメンを出して私の逆鱗に触れるよりよっぽどね。」
孝祐 「貴方の逆鱗に触れるかどうか・・・僕のラーメンを食べてから判断していただきます。」
泪  「何だと!?」
丈  「フッ・・・そう来なくてはな。言われっぱなしはカッコ悪いよな、孝祐君。」
茉莉 「孝祐さんなら大丈夫だよ! 幸楽のラーメンの味、アイツにガツンと味わわせてやって!」
泪  「勝手に盛り上がっているところ悪いがね、これ以上の時間の無駄は御免こうむるといっているんだ! 不味いとわかっているものをなぜ食べなくてはならない! 冗談じゃあない!」
楽太郎(声のみ)「ちょっと待ったーーーーーーーー!!!」

     楽太郎の声が店の入り口、扉の向こう(+茉莉の携帯電話)から聞こえる。
     一同の視線が入口に集まる。ドアノブが回るが鍵がかかっているため扉は開か
ない。

楽太郎(声のみ)「あれ?あれっ?なにこれ?開かない!?あれぇ~?」

     ガチャガチャとドアノブが必死に回る音。
     無言で顔を見合わせる3人。茉莉がすたすたと鍵を開けに行く。
     扉が開いて楽太郎が入ろうとするが泪のファンに遮られてなかなか入れない。
     やっとの思いで中に入り、急いで扉と鍵を閉める楽太郎。

茉莉 「楽兄ちゃん、今さら何しに来たの?」
楽太郎「あ! 茉莉お前なぁ、人に電話しておいてほったらかしにするんじゃないよ! 寂しいだろうが!」
茉莉 「こっちはそれどころじゃなかったの!」
楽太郎「知ってますぅ~。お前が間抜けにもずーっと通話状態にしておいてくれたおかげで、今までの会話はぜーんぶ筒抜けでした~!」
茉莉 「はぁ!? だったらもっと早く帰ってきなさいよ! バカ兄!」
楽太郎「帰ってきてました~! もっと早く着いてました~! ただ出るタイミングを窺ってただけですぅ~!」
茉莉 「はぁ~! 何よそれ!」
泪  「・・・大和先生。もしかしてあの人が・・・。」
丈  「・・・ああ、幸田楽太郎。君に紹介しようとしていた男だよ。」
泪  「やはり時間の無駄だった。こんな薄っぺらい男に、私の悩みが解決できるはずがない。」
楽太郎「おい待てよ、イケメン親の七光り俳優。」
泪  「・・・何・・・? 貴様、もう一度言ってみろ。」
楽太郎「だってそうだろうよ。一流一流言ってるけどよ、おめぇの周りのその一流は誰が用意したんだよ?てめぇは自分の親が決めたルールがなきゃあ何にもわからねぇ、何にも決められねぇ、空っぽの人間なんだよ。違うか?」
泪  「なっ・・・! そんなことは・・・!」
楽太郎「ないって言うなら、ここで証明して見せろや。ちゃんと自分の五感で味わったもんで、美味いとか不味いとか言ってみろよ。そしたらてめぇが空っぽじゃねぇって認めてやる。」
泪  「・・・そこまで言うならやってやるさ。ただ、その男が作るラーメンが不味かったら、どうしてくれる?」
楽太郎「好きにしろや。なんならこの店閉めたっていいぜ。」
泪  「その言葉、忘れるなよ。」
楽太郎「おう、任せとけ。」

     泪、席に着く

楽太郎「孝祐ぇ! ・・・いけるよな?」
孝祐 「・・・はい。楽勝です!」
楽太郎「よし。」

     孝祐、調理場に向かう。
     調理場につき次第作業を始める。

楽太郎「・・・さて、そんじゃ俺もそろそろ準備しますか! ・・・あ、お前はどうする?」
丈  「いつものだ。」
楽太郎「だからラーメン食えよ、お前はよ~!」

     楽太郎、調理場に行き作業を始める。

楽太郎「あぁ、それとそこの優男。だまされたと思ってその水一口飲んでみな。それとも・・・怖いのかい? お・ぼっ・ちゃ・ま・くん。」
泪  「いちいち下らない挑発を・・・!」

     グラスに口をつけ、水を一口含む泪。
     その味に思わずハッとなり、グラスを思わず見つめてしまう。

楽太郎「どうした? ただの水だぜ。」
泪  「水・・・? これが・・・?」

     引き込まれるように水を飲み干してしまう泪。
     信じられないといった様子で、グラスを見つめる泪。
     そこへ、調理を終えた孝祐が、ラーメンを持ってやってくる。

孝祐 「お待たせしました。【シェフの気まぐれラーメン】。今日はチキンラーメンをベースに仕上げてみました。」
泪  「・・・からかっているのか?」
孝祐 「それは、食べていただければわかることです。」
泪  「・・・。」

     泪、静かに割り箸を割り、ゆっくりとラーメンをすする。

泪  「! ・・・馬鹿な・・・インスタントラーメンがこんなに美味い筈が・・・。」
楽太郎「『美味い』っていったな、今。」
泪  「いや!違う! そんな・・・そんな筈が・・・!」

     もう一度確認するようにラーメンを食べる泪。

泪  「何故・・・何故だ・・・どうして・・・。」
楽太郎「なぁ、お前のいう一流って何なんだ? 何で決まるんだ?」
泪  「それは・・・世間での評価が・・・」
楽太郎「ホラな。お前は自分の感性と価値観で判断することを放棄してんだよ。いつだって人に認められているものでなければいいとしか言えない。世の中にはよ、誰に評価されてなくったって素晴らしいモンや美味いモンがあっちこっちに溢れてんだ。そんなこともわかってねぇお前が人の心を打つ演技なんて百年早いんじゃねぇの。」
泪  「・・・私には・・・この仕事は向いていないということか・・・。」
楽太郎「んなこと言ってねぇよ。もっと自分自身が感じたこと、思ったことを大事にしてやれよ。くだらねぇ他人の評価なんかでモノを計らずにもっといろいろ体験してみろよ。そしたらよ、いろいろ見えてくるんじゃねぇの?」
泪  「自分自身・・・。」

     無言で残りのラーメンを食べる泪。スープも一滴残らず飲み干す。

泪  「・・・シェフ。」
孝祐 「・・・はい。」
泪  「すまなかった・・・私が間違っていた。美味しかったよ。ご馳走様。」
孝祐 「泪さん・・・ありがとうございます。」
楽太郎「おいおい、ちょっと待て! まだ終わりじゃねぇよ。これもまだ残ってんだからよ。」

     泪と丈にコーヒーを出す楽太郎。

泪  「・・・これは?」
丈  「そうか。泪君はコーヒー飲んだことないんだったな。」
茉莉 「じゃあ、ちょうどいいじゃないですか! 人生初コーヒー。」
孝祐 「飲んでみてください。きっと、世界が広がりますよ。」
楽太郎「どした優男。得体の知れないものは飲めねぇか?」
泪  「(軽く笑って)・・・まさか。」

     コーヒーを飲む泪。
     飲み干した後、まぶたを閉じて顔を天井に向ける泪。
     その目からは一筋の涙が。

楽太郎「どうだい、初めてのコーヒーの味は?」
泪  「大和先生・・・ありがとうございます。今日この店に来ることができて本当に良かった。」
丈  「そうか。それはよかった。」
楽太郎「おいおい、味の感想はどうなんだよ。」
泪  「・・・このコーヒーの味に負けない、深い演技ができるようになりたい・・・そう思いました。」
楽太郎「そうかい。ま、せいぜいがんばれや。」
泪  「・・・また来てもいいですか?」
楽太郎「リピーターは大歓迎だ。いつでも来い。」
孝祐 「お忙しいと思いますが、頑張ってください。また来ていただいた時も最高の一杯でおもてなしできるよう、僕も精進します。」
茉莉 「・・・なんか、色々生意気なこと言ってすみませんでした。頑張ってください! 応援します!」
泪  「ありがとう皆さん。では、失礼します。ご馳走様でした。」

     泪、店を後にする。

楽太郎「・・・はぁ~。やれやれだぜ。孝祐、お茶。」
孝祐 「はい。」
茉莉 「あの・・・ずっと気になってたんですけど、大和『先生』って、どういうことですか?」
楽太郎「あれ?言ってなかったっけ? コイツ小説家なんだよ。」
茉莉 「そうだったんだ・・・先生って言うからてっきり学校の先生か何かだと思ってた。」
丈  「あまり先生と呼ばれるのは好きではないんですが・・・。」
茉莉 「そうなんですか?『大和先生』。」
丈  「茉莉君。」
楽太郎「たまにはラーメンも食べてくださいよ~『大和先生』。」
丈  「黙れポンコツ。」
楽太郎「んだとコラァ!」
茉莉 「はいはい、喧嘩しないの!」
孝祐 「お待たせしました、お茶です。」

     暗転


     7月中旬
     泪がブログやTV、書籍などで幸楽の事を紹介したため、幸楽にはそれまでが
嘘のようにお客さんが来るように。
     営業時間も終了し、最後のお客さんが店を出る。

楽太郎「・・・はぁ~・・・疲れた~・・・。孝祐、お茶ぁ~。」
孝祐 「はい。」
茉莉 「それにしてもすごいね、芸能人パワーって。」
楽太郎「本当だよ。ビックリだ。」
茉莉 「でもさ、もうすぐ夏休みでしょ。楽兄ちゃん、このままでいいの?」
楽太郎「あ? 何が?」
茉莉 「人手だよ。今でさえ3人じゃ回ってないのに、夏休みに入ってお客さんが増えたとしたら・・・。」
楽太郎「・・・でもなぁ・・・。」
茉莉 「何、どうかしたの?」
楽太郎「いや、実はよ。前に一度求人出したことあんだよ。でもな・・・そんとき来たのは完全に泪目当てのミーハーばっかだったからよ・・・。」
孝祐 「お待たせしました。お茶です。」

     孝祐、楽太郎と茉莉にお茶を出す。

楽太郎「おう。ありがとな。」
茉莉 「でもさ、もうそんなことも言ってられないんじゃない?」
孝祐 「そうですね。たとえ泪さん目当ての方であっても、仕事はきっちりしていただけるのであれば僕は別に大丈夫です。」
楽太郎「・・・背に腹は代えられんか・・・よし、じゃあバイト募集かけるか!」
勇(声のみ)「その話・・・ちょっとまったーーーーー!!」

     勇。勢いよく店内に駆け込んでくる。

勇  「楽太郎アニキー! 漢(おとこ)・丹波勇!修行の旅からただ今戻ってまいりやした! オイラがいれば百人力!やっぱり丹波、百人乗っても大丈夫! どうぞこの身が粉になるまで、消しカスになるまで、使ってやっておくんなせぇ!!」
楽太郎「・・・ぅわぁ~。絶妙のタイミングで最高にめんどくさいのが帰ってきやがった・・・。」
茉莉 「・・・誰?この人?楽兄ちゃん?」
勇  「楽『兄ちゃん』!? ・・・どういう事っスかアニキ! まさかオイラ以外の人間と義兄弟の盃を・・・?」
楽太郎「いや、あのな、こいつはただのいと・・・。」
勇  「・・・テメェこのクソアマぁ! オイラのアニキに何しやがった!? テメェ如きがアニキと義兄弟の契りを交わすなんざ只事じゃあねぇ・・・。何かが・・・何かがあるはずだ・・・。考えろ・・・考えろ勇・・・いや!考えるんじゃない!感じるんだ勇!! ・・・はうあぁっ!わかった・・・わかってしまった・・・謎は全て解けて真実はいつも一つだった! ・・・テメェ!色仕掛けだなぁ!女であることを最大限に利用してアニキに近づきそして・・・そして・・・あ、あ、あぁ・・・アニキぃーーーーーーーーー!!!!」
楽太郎「うるせぇよ!疲れてんだから静かにしろバカ野郎!」
孝祐 「勇くん、茉莉さんは店長のいとこですよ。」
勇  「テメェ、そんな重要な情報は早めに知らせろバカ野郎! ・・・すんませんでしたー!!」

     ものすごい勢いで茉莉に土下座をする勇

茉莉 「え・・・え~と・・。はぁ・・・。」
勇  「アニキの身内の方とはつゆ知らず、数々のご無礼・・・すんませんでしたぁー!!」
茉莉 「大丈夫ですよ。私別に怒ってませんから!」
勇  「姐さん・・・アンタ、こんなクズみてぇなオイラを許してくれるってぇいうのかい・・・アンタ・・・女神様や・・・ビーナスの誕生や!美の化身やぁ!!」
茉莉 「・・・あの、孝祐さん。この人何なんですか?」
孝祐 「丹波勇くん。高校時代に絶体絶命のピンチを店長に助けてもらったそうで・・・それがきっかけで店長に弟子入りしようと思って高校辞めて店に入り浸るようになったんです。」
茉莉 「えぇ!?高校辞めちゃったんですか!」
勇  「たりまえっすよ! あんなかったりぃとこなんか行くだけ時間の無駄っす! それよりもアニキとこの店で熱い時間を過ごす方がよっぽど燃えるってモンっすよ! この店には浪漫がある・・・そんな気がメチャメチャするんすよ!」
孝祐 「店長。勇くんバイトで雇うんですか?」
勇  「バッカ、今さら何聞いてやがんだ。んなもん二つ返事で採用に決まってんだろ?」
楽太郎「嫌だ。雇わない。」
勇  「そんな馬鹿な~!? 何で!何でだよアニキぃ!」
楽太郎「ウザい。」
勇  「えぇ~!?一言で片づけられた!?」
孝祐 「・・・でも、勇くんくらい元気とやる気がある人もなかなかいないですよ。」
勇  「そうだよな!な!」
茉莉 「確かに、最初はびっくりしたし、なんか怖い人かなって思ったけど・・・でも悪い人じゃなさそうだし・・・。」
勇  「姐さん! もっと言ってやってくださいよ!」
楽太郎「確かに、コイツが悪い奴じゃないのは俺もよーく知ってる。でもな・・・コイツ悪い奴じゃないけどタチの悪い奴なんだよ!」
勇  「どこがっすか!」
楽太郎「前あったのは、店の前通りがかった通行人無理やり脅して店内に連れてきたよな?他にもお客さんにメンチ切ったり、店内でいちゃつくカップルに無言でプレッシャーかけたり、孝祐のいない間に勝手にラーメン作ろうとしたり、腹減ったら店の冷蔵庫から勝手に食べ物漁って食べたり、ヤンキー仲間のたまり場にしたり、いきなり店内で喧嘩おっぱじめたり、まだまだあるけど全部言わなきゃダメか?あぁ!?」
茉莉 「それは・・・酷いね。ダメだね。」
勇  「いや、それオイラ本当にマジ反省してるっす! だから修行の旅に出て・・・そしてオイラ生まれ変わったんす!」
茉莉 「修行の旅って・・・何してたの?」
勇  「日本全国のおいしい店を巡って巡って・・・そこで一番うまかった店の大将にみっちりしごいてもらったんす。だからどうか、オイラをこの店の料理人として雇ってください!」
孝祐 「店長・・・。」
茉莉 「楽兄ちゃん・・・。」
楽太郎「・・・一度俺たちにそれを作って出してみろ。俺たち3人が全員納得のいく味だったら・・・お前を雇ってやる。」
勇  「押忍!」
楽太郎「何日いる?」
勇  「・・・三日・・・いや二日で十分っす。」
楽太郎「半端なモン出しやがったら二度とウチの店の敷居はまたがせねぇからな。」
勇  「押忍! ・・・アニキ。」
楽太郎「何だ?」
勇  「『敷居をまたがせねぇ』ってどういう意味っすか?」
茉莉 「・・・出入り禁止にするよってこと。」
勇  「マジっすか!?やっべぇ!ぜってぇ負けらんねぇ! ・・・こうしちゃいらんねぇや!じゃ、また明後日来ますんでヨロシク!」

     勇、勢いよく出ていく。

茉莉 「何か・・・台風みたいな人だね。」
孝祐 「そうですね。」
楽太郎「・・・はぁ・・・マジで疲れた・・・。孝祐、茉莉。とりあえず晩飯にしようぜ。」
孝祐 「わかりました。では後程。」
茉莉 「じゃ、あとでね。」

     孝祐、茉莉、奥に引っ込む。
     ため息をつき、ゆっくりと椅子から腰を上げる楽太郎。
     おもむろに冷蔵庫に向かい、冷蔵庫からコーラ(ビン)を取り出す。
     コーラを飲む楽太郎。
     そこに丈がやってくる。

楽太郎「もう閉店時間過ぎてますよ、お客さん。」
丈  「悪いな。相談事なんだ。」
楽太郎「・・・どうした?」
丈  「これを見てくれ。」

     カバンから1枚の書類(履歴書)を取り出し、楽太郎に渡す丈。

楽太郎「・・・トモは・・・本気なのか?」
丈  「・・・ああ。」
楽太郎「じゃあ・・・俺が逃げ回ってる訳にもいかねぇよな。」
丈  「幸田・・・。」
楽太郎「トモに、閉店時間過ぎてからならいつでも面接するから来てくれって伝えてくれ。」
丈  「わかった。」
楽太郎「・・・丈。」
丈  「・・・何だ?」
楽太郎「トモは・・・今のこの店を見て、どう思うかな・・・?」
丈  「泪君のブログでこの店の現状はなんとなく知っているようだ。孝祐君や茉莉君にも興味を持ったらしく色々と質問されたよ・・・。」
楽太郎「そうか・・・。」
丈  「トモは・・・俺たちが思っているよりずっと強いのかもな。」
楽太郎「・・ああ。」
丈  「じゃ、悪かったな。」
楽太郎「待てよ! コーヒー・・・飲むだろ?」
丈  「・・・今日はいい。ありがとう。」

     丈、店を出る。
     履歴書を見つめる楽太郎。
     暗転。


     二日後。
     決戦の時。
     テーブル席に座っている楽太郎、孝祐、茉莉。
     そこに出来たての料理を運ぶ勇。
     その料理は・・・【ビーフカレー】である。

勇  「さあ、どうぞ召し上がりください!」
茉莉 「勇くん、幸楽って何屋さんだっけ・・・?」
勇  「嫌だなぁ・・・ラーメン屋に決まってんじゃないっすか! 何言ってんすか!」
茉莉 「勇くんが修行した店って何屋さんなの・・・?」
勇  「カレー屋っすよ! そこのビーフカレーがマジ美味くって超ヤバかったんすよ!」
茉莉 「ラーメン屋さんとかは行かなかったの・・・?」
勇  「行きましたよ! でもやっぱこのビーフカレーの味を超えるラーメンはなかったっすね。」
茉莉 「勇くん、あのさ・・・。」

     笑いをこらえていたがこらえきれなくなった楽太郎と孝祐が突然大爆笑する。

楽太郎「まぁまぁ茉莉よ。折角勇が作ってくれたんだ、四の五の言う前にまずは食べてみようぜ。」
孝祐 「そうですね。・・・食欲をそそるこのにおい・・・早く食べてみたいです。」
茉莉 「・・・二人がいいなら別に・・・食べたくないわけじゃないし・・・。」
楽太郎「それでは、せーの!」
楽太郎・孝祐・茉莉「いただきます!」

     一口食べる三人。表情がみるみる変わって・・・。

楽太郎・孝祐・茉莉「美味しい!!」
茉莉 「すごい・・・本当に美味しい・・・すごいすごいすごいよ!」
孝祐 「素晴らしい・・・食材が完全に調和して絶妙なハーモニーを奏でています・・・この味は・・・感動すら覚える・・・。」
楽太郎「勇! おかわり!」
勇  「あいよ!」

     楽太郎から空の器を受け取り、ご飯とカレーをよそう勇。
     楽太郎に二杯目のカレーを渡す

茉莉 「それにしても・・・すごいよ勇くん! ただの変な人かと思ったらこんな美味しいカレーを作れるなんて・・・見直したよ!」
勇  「ヘッ・・・姐さん、そんなに褒めても何も出やせんぜ・・・。照れるじゃねぇっすか。」
楽太郎「そんなに褒められてねぇよ。お目出度い奴だな・・・。」
勇  「アニキ!どうっすか!? オイラのこの熱い熱意! ガンガンに伝わったっすよね! ね!!」
楽太郎「・・・ま、確かに半端な気持ちじゃあ、こんな美味いカレーを作れるようにはならんわな。」
勇  「アニキ!!」
茉莉 「それじゃあ・・・。」
楽太郎「しゃあねぇな。約束だ。雇ってやるよ。明日から早速頼む。」
勇  「うおぉぉぉぉぉ~!! アぁーニぃーキぃーーーー!!」

     号泣しながら楽太郎に猛烈な勢いで抱き着く勇。

楽太郎「うわぁっ!うぜぇ!離れろテメェこの野郎!」
茉莉 「あー!!」
楽太郎「なんだよ急にでけぇ声出しやがって・・・。」
茉莉 「勇くんて厨房担当になるんだよね・・・?」
楽太郎「そりゃまあ、もちろん。カレー作ってもらわなきゃいけねぇし、元々コイツ接客向きじゃねぇしな。」
孝祐 「どうかしましたか?」
茉莉 「接客相変わらず私一人しかいないじゃん!」
楽太郎「そうなるな。」
茉莉 「そうなるな、じゃないよ! そもそも私、ここで働くって言った覚えないのになぜか働かされてるし!」
楽太郎「バカ、家の手伝いすんのは住んでるもんの務めだろうが。」
茉莉 「手伝いのレベル超えてるよ!」
楽太郎「バイト代一応出してるし別にいいだろ?」
茉莉 「良くない! 友達と遊ぶ暇もどんどん無くなってるし、バイトだって出来な・・・」
楽太郎「じゃあ、家賃払うか?」
茉莉 「・・・すいませんでした。」
孝祐 「でも、茉莉さん一人ではあれ以上の人数のお客様を相手にするのはやはり限界があるのでは・・・? せめて接客担当であと一人は最低でも必要なのではないでしょうか?」
茉莉 「そうだよ・・・私一人じゃもう限界だよ~・・・。」

    店の入り口の扉が開き、丈が入ってくる。

丈  「幸田・・・今いいか?」
孝祐 「丈さん? 珍しいですねこんな時間に。すみませんが今は営業時間外・・・。」
楽太郎「いや、いい。 ・・・来たのか?」

     無言で頷く丈。

楽太郎「そうか・・・わかった。・・・呼んでくれ。」

     一度店外へ出る丈。
     ほんの少し時間があって友美を連れて戻ってくる。

楽太郎「・・・久しぶり、だな・・・トモ。」
友美 「・・・お久しぶりです、楽太郎さん。」
勇  「ああ!?んなちっせえ声じゃ何言ってるかわかんねぇよ!もっと腹からでっけぇ
声で・・・!」
丈  「丹波君、少し黙っていてくれないかな・・・!」
勇  「おおう・・・小説家の先生、久しぶりだってのに手厳しいじゃねぇか・・・。」
楽太郎「まぁ、立ち話もアレだし・・・座るか。」
友美 「・・・はい。」

     テーブル席に座る楽太郎と友美
     丈はカウンター席に座り二人の様子を見ている。
     孝祐が冷えたお茶をテーブル席に持っていき、友美に差し出す。

孝祐 「良かったら、どうぞ。」
友美 「・・・ありがとうございます。」
楽太郎「孝祐、悪いが茉莉と勇と一緒に席を外してくれないか。」
孝祐 「・・・はい。わかりました。」
楽太郎「頼む。」
友美 「・・・あ・・・あの・・・!」
勇  「断る!」
孝祐 「え?」
楽太郎「はぁ?」
茉莉 「ちょっと、勇くん!」
勇  「そいつ、ウチでバイトしたい希望者なんすよね?」
楽太郎「!?」
勇  「おい女、そうなんだよな! ウチで働きたくて面接受けに来た・・・そうだよな
ぁ?」

     頷く友美

茉莉 「そうなんだ! ・・・え、でも勇くんどうしてわかったの?」
勇  「姐さん、オイラの目は節穴じゃねぇっすよ・・・オイラの感が、そう言ってたんす! 真実はいつも考えるんじゃあない、感じろって・・・じっちゃんの名に懸けてね。」
茉莉 「えーと・・・うん。良くわかんないけどすごいね。」
勇  「アニキ! オイラはついさっきアニキから幸楽の大事な厨房を任された・・・。料理長として!この店にそいつが働く資格があるかどうか!オイラは見極めねばならんのですよ!料理長として!」
丈  「料理長じゃないよね?彼。」
孝祐 「ここで働くことになったのは事実です。勇くんのカレー美味しいですよ。召し上がりますか?」
丈  「カレー?・・・面白いね。頂こうか。」
孝祐 「はい。」
勇  「つう訳で、オイラもこの面接立ち会わせてもらうっす! この女がアニキの店で働く資格があるかどうか見極めさせてもらう!」
楽太郎「・・・テメェは・・・勝手なこと言ってんじゃ・・・」
友美 「大丈夫です! ・・・楽太郎さん、私は大丈夫です。それに・・・この方の仰ってることはもっともなことだと思います・・・。」
楽太郎「トモ・・・。」
友美 「あの・・・! 私・・・水村友美と言います・・・。高校1年生です・・・。宜しくお願い致します・・・。」
勇  「丹波勇! アニキの一番弟子兼料理長だ! ヨロシク!」
茉莉 「安東茉莉です。宜しくね友美ちゃん。」
友美 「あ・・・はい・・・。」
孝祐 「喜多嶋孝祐です。宜しくお願い致します。」
楽太郎「・・・トモ・・・まず最初に、どうしてもこれだけはお前に聞かなきゃいけない。」
友美 「・・・はい。」
楽太郎「・・・本当に、ウチでいいのか・・・?」
友美 「・・・はい。」
楽太郎「色々思い出して・・・辛くなるかもしれない。それでも・・・。」
丈  「・・・。」
楽太郎「いいのか・・・トモ。」
友美 「・・・わかりません。お父さんのこと思い出すと今でも胸が締め付けられるし、涙も出ます・・・。でも・・・いつまでもここから逃げたままでいたくないんです・・・。」
楽太郎「トモ・・・。」
友美 「・・・だってここは・・・私の・・・家だから・・・。」
茉莉 「え・・・?」
楽太郎「・・・。」
丈  「・・・。」
友美 「・・・だから・・・だから私はまたここに戻ってきたい・・・。楽太郎さん・・・貴方がお父さんと幸さんがいなくなってからもこの場所をずっと守り続けてくれていたのはわかります。だから・・・私も前を向かなきゃって・・・。あの頃に戻ることは・・・もうできないけど、この場所で、お父さんとお母さんが作った笑顔になれる場所を守り続けている人の力になりたい・・・そう思ったんです・・・! だから・・・だから・・・!」
勇  「もういい。」
友美 「・・・はい。すみません・・・。」
勇  「謝るんじゃねぇ! あんたは何も悪くねぇんだ! 胸を張れ!」
友美 「え・・・?」
勇  「採用だ! 採用! 当たり前じゃねぇか! 文句のある奴はオイラが全員ぶちのめしてやる!」
茉莉 「勇くん・・・。」
楽太郎「・・・お前が決めることじゃねぇよ。じゃあ、俺が反対だったらお前は俺をぶちのめすのか?」
勇  「アニキ!?」
友美 「楽太郎さん・・・お願いします!今更かもしれませんがどうか・・・!」
楽太郎「頭上げろトモ。自分で言ったじゃねぇか・・・ここは、お前の家だってよ。お前がお前の家に戻ってくる・・・それの何が悪い。」
友美 「・・・楽太郎さん・・・わたし・・・。」
丈  「そういう事なら、ウチにある君の荷物をまとめていかなくてはね。」
友美 「丈さん・・・ありがとうございました。」
丈  「・・・礼なら無用だよ。いや・・・礼を言うのはこちらの方だ。トモ・・・ありがとう。」
友美 「そんな・・・私は別に何も・・・。」
楽太郎「・・・ところで、丈。お前何食べてんだ・・・?」
丈  「見てわからないのか? カレーだ。」
楽太郎「そんなもん見ればわかるわ! お前ラーメン食べねぇくせにカレーは食うのかよ!」
孝祐 「すみません店長。美味しかったものですから丈さんにも是非にと思いまして・・・。」
茉莉 「そうだ! 友美ちゃんも食べてみなよカレー! すっごく美味しいから! 勇くん。」
勇  「合点承知の助ぇ!」

勇、友美の分のカレーをよそって友美に渡す。

勇  「・・・ホラよ、食ってみな。あまりの美味さに元気百倍だぜ。」
友美 「・・・いただきます。」

     友美、カレーを食べる。

友美 「・・・美味しいです・・・とっても。」
勇  「ヘッ・・・なんでぇ、ちゃんと笑えるじゃねぇか。」
丈  「幸田、今回は丹波君に一本取られたな。」
楽太郎「ああ・・・バカはこれだから恐ろしいや。」
友美 「・・・あの、楽太郎さん。」
楽太郎「ん?どうしたトモ?」
友美 「あの・・・久しぶりに・・・飲みたいです。楽太郎さんのコーヒー・・・。」
楽太郎「・・・待ってろ。とっておきのコーヒーを淹れてやる。」
丈  「幸田、俺の分も忘れずにな。」
勇  「あ、オイラも遠慮なく頂きます!」
茉莉 「じゃあ、私ももらおうかな。孝祐さんもどうですか?」
孝祐 「え? 僕は・・・。」
茉莉 「折角だからみんなでいただきましょうよ。ね! 楽兄ちゃん孝祐さんの分もね~!」
楽太郎「わかったわかった! みんなまとめて用意するからちょっと待ってろ!」

     賑やかな店内。
     暗転。


     宴の後
     店内に残って片づけをしている茉莉とそれを手伝う丈。

茉莉 「丈さん、ありがとうございました。後は私一人で大丈夫ですから・・・。」
丈  「そうかい。騒がしくしてすまなかったね。」
茉莉 「いえ、そんなことないです! ・・・あの・・・。」
丈  「なんだい?」
茉莉 「友美ちゃん、ココが自分の家って・・・。」
丈  「ああ・・・。ここはもともと彼女の暮らしていた家なんだ。ここは本来はラーメ
ン屋でも探偵事務所でもない。喫茶店だったのさ・・・。」
茉莉 「え?」
丈  「トモの・・・お父さんとお母さんがやっていた、小さいながらも温かくって優しい、お客さんの笑顔があふれる喫茶店。僕は常連客として毎日のように足を運んではここで時間を過ごしていた・・・。」
茉莉 「楽兄ちゃんはその喫茶店と何か関係が・・・?」
丈  「幸田はこの店のアルバイトとしてここで働いていたのさ。あいつの淹れるコーヒーはそのころから美味しくてね。トモのお父さんもすごく褒めていたよ。」
茉莉 「楽兄ちゃんの実家も喫茶店なんです。楽兄ちゃん、小さいころから『僕がこの店を継ぐんだ』って見よう見まねで勝手にお店でコーヒー作ってはおじさんに怒られてたんですよ。」

     冷蔵庫から缶コーヒーを2本出す茉莉

茉莉 「あの・・・缶コーヒーですけど、よかったらどうですか?」
丈  「ありがとう。いただくよ。」

     テーブル席に座る茉莉、丈。
缶コーヒーを開けて一口飲む丈。

茉莉 「その・・・友美ちゃんのご両親は・・・?」
丈  「・・・お母さんは病気でね・・・もともと体が弱かったらしくて。お父さんは・・・。」
茉莉 「? 丈さん・・・?」
丈  「・・・事故に遭ってしまって・・・それで。」
茉莉 「・・・そうだったんですか・・・。」
丈  「僕の家族がトモと遠い親戚にあたることもあって、天涯孤独になったトモをウチで引き取ることになった。店は幸田が何とか周りを説得してお金をかき集めて買い取ったんだ。そして今に至る・・・ってところかな。」
茉莉 「そう・・・ですか・・・。」
丈  「茉莉君・・・どうかしたかい?」
茉莉 「いや・・・私、ここに来てもう3か月経つのに・・・全然この店の事何にも知らないなぁ・・・って。楽兄ちゃんの事も10年前と何にも変わらないって思ってたけど・・・そうじゃなくて。私の知らない楽兄ちゃんがちゃんといて、私の知らない悩み抱えてて・・・。当たり前のことかもしれないけど・・・なんか急に距離を感じたっていうか・・・。楽兄ちゃん、何にも話してくれないから・・・。」
丈  「・・・好きなのかい、幸田の事が。」
茉莉 「昔、ちょっとだけそういう時期がありました。でも勇気を出して告白したら『お前はそういう風には一生見れない。だから無理!』って・・・。ひどくないですか?」
丈  「フッ・・・アイツらしいな。」
茉莉 「別に今はもう好きとかそういうんじゃないんですけど・・・でも、放っておけないんです。強がって一人で何でも出来る振りして何でもやっちゃうんですけど、でも危なっかしくて・・・。優しいからすぐなんでも抱え込むくせに、人の事は全然頼ってくれない。」
丈  「そうだな。確かにその通りだ。」
茉莉 「いつも助けてもらってばかりだったから、だから今度は・・・私が力になりたいんです。誰かの力になっている楽兄ちゃんの力に。」
丈  「・・・。」

     丈、缶コーヒーを飲み干し、カウンターへ向かう。
     カウンター内から写真立てを取り出し、じっと見つめる。
     意を決したように、顔をあげる丈。

丈  「茉莉君。」
茉莉 「はい?」
丈  「こっちへ来てくれないか。君に見せたいものがある。」

     カウンターに向かう茉莉。
     写真立てを茉莉に渡す丈。

茉莉 「これは・・・?」
丈  「5年前、この喫茶店でトモのお父さんに撮ってもらった写真だ。」
茉莉 「え、これ楽兄ちゃん?こっちが丈さん? うわぁ~二人とも若い~。この子は・・・。」
丈  「トモだ。」
茉莉 「やっぱり! かわいいなぁ~。まだ小学生の頃ですよね。この真ん中の女の人
は・・・?」
丈  「・・・相原幸。当時の僕たちの中心にいた人だ。」
茉莉 「この人は・・・今は・・・?」
丈  「・・・わからない。今、どこで何をしているのかも・・・生きているのか、死んでいるのかさえ・・・わからないんだ。」
茉莉 「この人との間に、一体何があったんですか?」
丈  「詳しいことは僕からは言えない。ただ、彼女がこの場所に戻ってこないことには、トモも、幸田も、きっと前には進めない・・・そう思うんだ。」
茉莉 「・・・丈さんも・・・じゃないんですか?」

     写真立てを丈に返す茉莉。

丈  「・・・そうかもしれないな。」

     写真立てをカウンター内に戻す丈。

丈  「では、これで僕は失礼するよ。コーヒーご馳走様。ありがとう。」
茉莉 「あの! ・・・今の話、孝祐さんや勇くんは・・・?」
丈  「多分、知らないよ。僕から二人に話したことは無いし、幸田はきっと自分からは話さない。」
茉莉 「どうして、この話を私に・・・?」
丈  「・・・君の幸田の力になりたいという想いを聞いたら、話しておいた方がいいような気がした。そんな所かな。」
茉莉 「丈さん・・・ありがとうございます。」
丈  「茉莉君、トモと、幸田の事・・・よろしく頼む。」

     店を出ていく丈。
     カウンター内から写真立てを取り出し、じっと見つめる茉莉。

茉莉 「相原幸さん・・・か。 ・・・あれ?・・・気のせいかな・・・どこかで見たような気がする・・・。」

     暗転。


     回想・二年前。
     雨の強く降っていた秋のある日の出来事。
     ずぶ濡れの孝祐を抱えて、楽太郎が店内にやって来る。
     孝祐を投げ出す楽太郎。ブツブツ言いながら奥に引っ込む。
     バスタオルを二枚持ってきて、一枚を孝祐に渡す。

楽太郎「ホラよ。風邪ひくぜ。」
孝祐 「・・・。」

     受け取らない孝祐。

楽太郎「お前なぁ!助けてやったんだからちったぁ感謝しろよ!」

     バスタオルを丸めて孝祐に投げつける楽太郎。
     バスタオルが当たる。楽太郎を睨みつける孝祐。

孝祐 「僕は死にたかったんだ!それなのに・・・それなのに・・・なんで邪魔するんだよ!」

     バスタオルを丸めて楽太郎に投げつける孝祐。
     バスタオルが当たる。

孝祐 「勝手なんだよ! 助けて欲しい時には誰も助けてくれないくせに! なんでこんな時だけ・・・くそっ!くそっ!くそっ!くそおっ!」

     泣き崩れる孝祐。
     落ちているバスタオルをおもむろに拾う楽太郎。
     ゆっくりと孝祐に近付く。
     孝祐の前に立ち、泣き崩れる孝祐を見下ろす楽太郎。
     バスタオルを丸めて両手で思いっきり孝祐目がけて投げつける!

孝祐 「!?」
楽太郎「うるせぇーッ! 男がピーピーピーピー泣きわめくんじゃぁないッ!」
孝祐 「・・・痛いな・・・。何するんだよ・・・!」

      孝祐を思いっきり蹴り飛ばす楽太郎。

孝祐 「ぐっ・・・。」
楽太郎「死にてぇんだろ・・・だったらちょっとぐらい我慢しろや。すぐ楽にしてやっからよ!」

     孝祐の首を絞める楽太郎。
     孝祐の遠のいていく意識とリンクするかのようにゆっくりと暗転していく。
     遠くから救急車のサイレンの音が聞こえる・・・。

友美(声)「孝祐さん・・・? 孝祐さん・・・!」

     現在・9月中旬・朝9時。
いつのまにか寝ていた孝祐。友美に起こされる。

孝祐 「・・・ここは・・・?」
友美 「あの・・・悪い夢でも見ていたんですか・・・? すごい・・・うなされていましたし・・・。」
孝祐 「夢? ・・・僕は眠ってしまっていたんですか?」
友美 「あの・・・大丈夫ですか・・・?」
孝祐 「大丈夫ですよ。・・・では、店長のところへ差し入れに行ってまいります。戻ってくるまでお店の事、宜しくお願い致します。」

     お弁当を持って出ていく孝祐。
     不安なまなざしで見送る友美。

友美 「孝祐さん・・・大丈夫かな・・・?」

     勇が勢いよく店内に飛び込んでくる。

勇  「おはざーっす!」
友美 「・・・あ・・・おはようございます。」
勇  「おうトモ! おはよう!」
友美 「・・・。」
勇  「・・・。」
友美 「・・・・・・。」
勇  「・・・・・・。」
友美 「・・・・・・・・・。」
勇  「なんか言えよ!」
友美 「す、すみません・・・!」
勇  「あ、いや悪い・・・そういうつもりじゃなくてよ・・・。」

     カウンター奥から茉莉がやって来る。

茉莉 「勇くん! 友美ちゃんいじめちゃダメでしょ!」
勇  「姐さん!違うんすよ!」
茉莉 「友美ちゃん大丈夫? 何か変なことされてない?」
友美 「あ、はい・・・。大丈夫です。」
勇  「あれ? そういえばアニキとイモ野郎の姿が見えねっすけど・・・。」
友美 「あ、楽太郎さんは昨夜から泊まり込みで出前のお仕事です・・・。孝祐さんはそこに差し入れを持っていくってさっき・・・。」
勇  「ヘッ! あの金魚のクソ野郎め!四六時中アニキにベタベタしやがって気持ち悪い。」
茉莉 「勇くんだって同じ様なもんじゃん。・・・ていうか、前から気になってたんだけどさ・・・なんで孝祐さんだけそんな変な呼び方してるの?」
勇  「自分の名前も思い出せねぇ根性なしの名前なんか呼びたくないっすね。」
茉莉 「あ、そっか・・・【孝祐】って楽兄ちゃんがつけた名前で、孝祐さんの本当の名前じゃないんだったね。」
勇  「ああ!いまいましいあの名無しの権兵衛野郎が!アニキ直々に名前をつけてもらった・・・だと・・・?なんてうらやましい!くそぉーっ!」
茉莉 「なんだ。ただのやきもちじゃん。」

     友美、クスリと笑う。
     そこに泪が素子と共に来店する。

茉莉 「いらっしゃいませ!・・・あ、泪さん、お久しぶりですね!」
泪  「すまないレディ・・・私と会えない間寂しかったろう?」
茉莉 「友美ちゃん、お水とメニュー表お願い。では、お席にご案内いたしますね。」

     テーブル席に泪と素子を案内する茉莉。
     そこに友美が水とメニュー表を持ってやって来る。

友美 「あの・・・ご注文お決まりになりましたら・・・お声掛けください・・・。」
泪  「ありがとう、可愛いお嬢さん。」
素子 「ありがとうございます。」
友美 「え・・・あ・・・失礼します・・・!」

     逃げるようにカウンターの茉莉のところに戻る友美。

素子 「ふふ・・・本当にかわいらしいお嬢さんですね。」
泪  「・・・おや?」
素子 「どうかなさいましたか?」
泪  「久方ぶりに訪ねてみれば・・・カレー、か。・・・シェフめ、なかなか味な真似をしてくれる。シェフ!私はビーフカレーを頂こうか!」
勇  「あいよぉ!」
泪  「ム! 何だ貴様は? 何者だ!?」
勇  「・・・知らざぁ言って聞かせやしょう・・・アニキの為にこの魂を捧げ、今では幸楽の料理長としてこの厨房を預かった・・・。アニキの一番弟子! 丹波勇たぁ、オイラの事よぉ!」
泪  「・・・人類史上最大の生ける伝説。演劇界の永遠の至宝。レジェンドオブレジェンド【桜志眞泪】・・・覚えておきたまえ。」

     なぜかがっちりと握手を交わす勇と泪。

勇  「・・・やるじゃねぇか色男・・・。」
泪  「貴様こそ・・・只者ではないようだな・・・!」
勇  「実はアンタのファンなんだ・・・サイン・・・もらってやってもいいんだぜ・・・!」
泪  「お安い御用だ・・・一枚でも、二枚でも・・・好きなだけ書いてやっても構わんよ・・・!」
勇  「いい度胸だ・・・アンタのその意気に免じて、最高のカレーを食わせてやるよ・・・!」
泪  「それは楽しみだ・・・。その言葉、忘れるなよ・・・!」

     泪と睨み合いながらゆっくりとその場を離れようとする勇。

素子 「お待ちください!」
勇  「あん?」
素子 「・・・真司さん・・・ですよね?」
勇  「ちげぇよ。オイラは丹波勇。さっき名乗ったばっかじゃねぇか。」
素子 「嘘をつかないでください!」

     勇にビンタをする素子。

勇  「いたふっ!」
素子 「二年前・・・貴方が突然いなくなってから、私がどれだけ心苦しい日々を過ごしていたか・・・。本当に・・・本当に・・・!」

     泣き崩れる素子。

友美 「この方は・・・真司さんという方が本当に好きなんですね・・・。」
勇  「そんだけ好きなら間違ってやるなよって気もするけどな。」
茉莉 「うん。そうだよね。・・・ねえ、泪さん。」
泪  「なんだい?ビーフカレーがもう出来たのかい?」
茉莉 「この流れでよくその言葉が出てくるね。違うよ。お連れの方の人違いがとんでもなく激しいんだけど、泪さんからも別人だって説明してもらえないかな?」
泪  「そこまで頼まれては致し方ないな・・・私にかかればその程度の事は朝飯前だ。レディ!この私の美しく華麗なるその雄姿、しっかりとその目に焼き付け・・・げふっ!」

     満面の笑みの茉莉にぶんなぐられる泪。

茉莉 「早くしてくれないかな。ぶんなぐるよ。」
友美 「茉莉さん・・・もう殴ってます・・・。」
泪  「やれやれ・・・。料理長、ビーフカレーを頼んだよ。とびきり上等なものをね。」
勇  「アイサー!」
泪  「素子嬢、顔をあげたまえ。彼は私の言っていたシェフではない。貴女の勘違いだ。」
素子 「・・・泪君・・・私を騙したのですか・・・? 貴方がこのお店に真司さんがいると言っていたから、私はそれを信じて・・・! ひどいです・・・ファンだったのに・・・デビューしてからずっと応援していたのに・・・!」

     泪のブロマイドを鞄から取り出し一枚一枚破り捨てる素子。

泪  「あぁっ! 何という事を! やめたまえ! こら! やめろ!」
素子 「真司さん・・・私はどうすれば貴方に・・・うぇ~ん・・・。」

     再び泣き崩れる素子。

泪  「・・・ハッハッハッ。」
茉莉 「何が朝飯前だ。全然ダメじゃねぇかコラ!」
友美 「それにしても・・・この方の仰る【真司さん】って・・・」
素子 「真司さん!? 貴女、真司さんの事ご存じですの?」
友美 「え!?・・・いや・・・その・・・。」
泪  「落ち着きたまえ素子嬢。貴女が言っていた真司さんらしき人は・・・」
勇  「あのスットコドッコイだろ。多分よ。」
茉莉 「スットコドッコイ・・・? あぁ!孝祐さんの事!?」
泪  「その通りだともレディ! シェフは一体今どこに? この場を納めることが出来るのは彼しかいない!」
茉莉 「それが・・・さっき出かけちゃって・・・。すぐ戻ってくるとは思うんだけど・・・。」
泪  「聞いたか素子嬢。真司さんらしき人はこの店にはいるのだが、今は出かけていてこの場にはいないそうだ。」
素子 「そうだったんですか・・・そうとは知らずご迷惑をおかけいたしました。」
茉莉 「いえ・・・。あの、失礼ですが貴女は一体・・・。」
素子 「結城素子と申します。以後、お見知りおきを・・・。」
泪  「彼女はあの結城グループ社長のご令嬢でね。私の古くからの友人の一人なのだよ。」
勇  「マジっすか!? すげぇ! めっちゃお嬢様じゃないっすか!」
友美 「あの・・・真司さんという方とはどういう・・・。」
素子 「真司さんは、私の幼馴染で、婚約者でした。でも、二年前、彼は約束された地位も名誉も捨て、自分の道を歩いていくと言いました。。そうして、彼は・・・私の前からその姿を・・・うぇ~ん・・・。」

泣き崩れる素子

茉莉 「えーと・・・つまりどういう事?」
泪  「真司さんというのは、神宮寺グループの次男坊、神宮寺真司さんの事なのさ。彼は将来素子嬢の伴侶として、結城グループの後継者になる予定だった。だが、彼はフランス留学時に料理を創作する喜びに目覚めてしまい、日本に戻った時に『これからは料理人として生きていく』と宣言したそうだ。結城家は彼に失望し、素子嬢と別れるよう強要した。そして、神宮寺家も彼の愚かな行為に激怒し、彼が料理人になることをどんな手を使ってでも潰すと宣言した。そして、彼は忽然と姿を消した・・・という訳さ。」
茉莉 「でも、なんで孝祐さんが、その真司さんっていう人だって思ったんですか?」
素子 「・・・ブログを見たんです・・・泪君の・・・。」
友美 「ブログの画像で孝祐さんを見て・・・ということですか・・・?」

     うなずく素子。

茉莉 「あの・・・素子さん、ちょっと聞いてもいいですか?」
素子 「はい?」
茉莉 「もし、本当に貴女の言うように孝祐さんが真司さんだったとして、その・・・真
司さんをどうするつもりなんですか?」
素子 「もちろん、連れ帰りますわ。お父様やおじ様たちは私が何とか説得して許していただけるように致します。私の人生のパートナーは真司さんしか考えられませんもの。」
茉莉 「孝祐さんは・・・今、記憶を失っています。きっと貴女の事も過去の出来事の事も忘れています。それに・・・孝祐さんは今のこの店での暮らしが好きで・・・ここから離れるなんてきっと考えられないと思うんです。だから、たとえ孝祐さんが貴女の言う真司さんだとしても、せめて記憶が戻るまでは・・・待ってほしいんです。」
素子 「ご心配には及びませんわ。たとえ真司さんが記憶を失っていようとも、結城グループが総力を挙げて真司さんの記憶を戻してごらんにいれますわ!」
勇  「その必要はねぇかもよ。」
茉莉 「勇くん?」
勇  「姐さん、オイラずっと引っかかってたんだけどよ、アイツほんとに記憶喪失なのか? アイツが記憶喪失って、アイツがただ自分でそう言ってるだけで、ほんとは違うんじゃねぇのか?」
茉莉 「なんで孝祐さんがそんなこと・・・あ・・・!」
泪  「レディ、どうかしたかい?」
茉莉 「前に、丈さんが言ってた・・・『過去を失くしてしまった方が、幸せになれるかもしれない。そういう人だって、世の中にはいるのかもしれない・・・。』って。やっぱり丈さん何か知ってるんじゃ・・・!」
友美 「茉莉さん・・・私、丈さんに連絡取ってみましょうか・・・?」
茉莉 「うん、お願い。私は孝祐さんと、あと楽兄ちゃんにも連絡取ってみるね! 丈さんが何か知ってるなら、楽兄ちゃんが知らないなんてことはないはずだもの・・・!」
勇  「さてと・・・。じゃあ、オイラはそろそろカレー作るかな!」
泪  「頼む。」
茉莉 「素子さん、今から孝祐さんと、事情を知ってそうな人たちを集めるんで、申し訳ありませんがそれまで待ってていただけませんか・・・?」
素子 「構いませんわ。ですが・・・一つだけ注文がございます。」

     真剣な眼差しで茉莉を見つめる素子。

茉莉 「・・・何ですか・・・?」
素子 「私もビーフカレーをお一つ、お願いできますかしら?」

     暗転。


     回想・二年前。
     雨の強く降っていた秋のある日の出来事。
     孝祐の首を絞めていた楽太郎。首から手を離す。
     せき込む孝祐。

楽太郎「やーめた。めんどくせぇ。」
孝祐 「・・・何だって・・・。」
楽太郎「怖かったろ?」
孝祐 「!?」
楽太郎「死ぬの、怖かったろ? 死にたくないって思っただろ?」
孝祐 「・・・違う! 僕は・・・僕は・・・!」

     孝祐、耐えられずに泣き崩れる。
     バスタオルを拾って孝祐に被せる楽太郎。

楽太郎「思いっきり泣きたいだけ泣けよ。そしたら少しはスッキリすんだろ。」

     カウンターに向かう楽太郎。号泣する孝祐。
     楽太郎、カウンターで作業を始める。

孝祐 「・・・僕は・・・ただ、やりたいことを言っただけなんだ・・・。」
楽太郎「ふーん。で?」
孝祐 「でも・・・僕にはそれが許されなかった・・・! 愛する人も、夢も奪われて、踏みにじられて・・・家の都合の為だけに生きていくなんて僕には耐えられない・・・!」
楽太郎「そうだな。」
孝祐 「僕はもう何もかも失ったんです・・・。生きていても死んでるのと同じなんです・・・。」
楽太郎「それは違うな。」
孝祐 「・・・え?」
楽太郎「お前にはまだその命がある。命があれば未来もある。未来があれば夢も希望も愛も・・・また取り戻せる。そういうもんさ。」
孝祐 「・・・。」
楽太郎「お前の本当にやりたいことって何なんだよ? 死ぬことじゃねぇだろ?」
孝祐 「・・・僕は・・・料理が作りたい・・・。食べてくれる人たちが心から笑顔になれる・・・そんな料理を作りたい・・・。」
楽太郎「それな、死んだらできねぇんだよ。でもな、どんなにしんどくても諦めなきゃ出来るようになる。」
孝祐 「・・・だけど・・・僕には・・・。」
楽太郎「よし・・・出来た。」

     楽太郎、テーブル席にコーヒーを持っていく。

楽太郎「オラ、ここ座れ。俺のおごりだ。黙って飲めよ。」

     孝祐、ゆっくりと立ち上がり、テーブル席に向かう。
     テーブル席に座る孝祐。
     孝祐、静かにゆっくりとコーヒーを口に運ぶ。

孝祐 「僕も・・・このコーヒーみたいにあったかい料理が作れるようになりたい・・・。」
楽太郎「なれるさ。・・・諦めなければ、な。」
孝祐 「・・・あの・・・折り入ってお願いがあります・・・。」
楽太郎「金なら貸さんぞ。」
孝祐 「僕を、この店で雇ってください! 何でもします! お願いします!」
楽太郎「・・・ウチ、喫茶店みたいなナリしてるけどよ、探偵事務所なんだ。だからよ、
お前さんの要望には応えられねぇ。悪いな。」
孝祐 「・・・そうですか・・・。」

     落ち込む孝祐。

楽太郎「・・・ただよ。最近カップラーメンとコンビニ弁当ばっかりの暮らしにも飽きてきたんだ。住み込みで飯作ってくれる助手なんかがいてくれると・・・助かったりするんだがな。」
孝祐 「・・・え・・・・?」
楽太郎「どっかにいないもんかねぇ・・・そういう暇な奴。」
孝祐 「います!ここにいます!僕、暇です!」
楽太郎「ヘッ・・・調子のいい奴だな。さっきまで死ぬとか言ってたくせによ。」
孝祐 「貴方が言ったんじゃないですか・・・諦めるな、生きろって。」
楽太郎「そうだったな。・・・幸楽探偵事務所・所長代理の幸田楽太郎だ。ヨロシク。」
孝祐 「・・・僕は・・・。」
楽太郎「あー!いい、わかった名乗らなくていい。お前の素性なんかにゃ興味はねぇ。今までのお前はさっき死んだ。だからこれからは新しい自分でやりたいことやってきゃあいいさ。」
孝祐 「はい!宜しくお願い致します!」
楽太郎「・・・腹減ったな。早速で悪いが飯作ってもらっていいか?」
孝祐 「はい!喜んで!」

     カウンターの奥に引っ込む楽太郎。着いていく孝祐。
     回想終了。照明が変わる。
     現在・9月中旬・午後3時。
     店の入り口には【準備中】の掛札。店内には誰もいない。
     奥から茉莉が出てきて、準備中の掛札を外そうとするが、途中で勇に止められ
る。

勇  「姐さん、今日はもういいっすって! 休みにしましょうよ!」
茉莉 「勇くん、私はもう大丈夫だから、ね。」
泪(声)「そう!ここは私に任せたまえ!」

     泪、派手なエプロンを身に纏い奥から登場。
     奥から心配そうに友美も出てくる。

友美 「茉莉さん・・・本当に大丈夫ですか・・・?」
茉莉 「みんな大袈裟だって、大丈夫だよ。たかだか腐った卵と腐ったトマト投げつけられただけだよ。」
泪  「・・・本当に済まなかったレディ。まさかあのような暴挙に出る輩が私のファンにいようとは・・・済まない。」
茉莉 「なんで泪さんが謝るんですか?泪さんがやった訳じゃないじゃないですか。私なら大丈夫です。へっちゃらです。」
泪  「レディ・・・。」
茉莉 「ホラみんな、こうしてる間にもお客さんが来るかもしれないんだよ。私の心配してる暇があったら準備準備!こんな状態楽兄ちゃんが見たらみんな怒られちゃうよ。」

     店の扉が開いて、丈と桃香が店内に入ってくる。

丈  「準備中の掛札が扉にかかっていたが・・・どうかしたのかい?」

     人の気配を感じた素子が、奥から猛スピードで飛び出してくる。

素子 「真司さん! 私は・・・私はこの瞬間をどれだけ・・・!」
茉莉 「素子さん待ってください! この方は孝祐さんじゃないです!」
素子 「わかってます・・・真司さんなんでしょう!」
茉莉 「そうじゃなくて!」

     丈、素子の前に歩み寄り、名刺を差し出す。

丈  「初めまして、大和丈と申します。。」
素子 「これはご丁寧に・・・結城素子と申します。先程は失礼を致しました。」
丈  「事情はだいたい伺っております。早速そのお話をしたいところではありますが・・・申し訳ございません。先約がありますので、それが済むまでお待ちいただいてもよろしいでしょうか?」
素子 「先約・・・ですか?」
桃香 「お話の最中に失礼いたします。」

     桃香、丈と素子の話に割って入る。

桃香 「結城素子さん、お噂はかねがね伺っております。私、【おいちゃんラーメンチェーン】の代表取締役社長を務めております及川桃香と申します。」

     素子に名刺を差し出す桃香。

素子 「あぁ・・・貴女が最近噂になっているラーメンチェーン店の・・・。」
桃香 「結城グループのご令嬢が私の事を御存知とは・・・光栄です。」
泪  「ところで大和先生、先程先約とか仰られていましたが・・・。」
丈  「ああ、それは・・・。」
桃香 「私が、この店のラーメンを一度食べてみたいと、大和先生にお願いしたんです。」
茉莉 「え!?」
丈  「・・・どうしたんだい、茉莉君?」
茉莉 「・・・それが・・・孝祐さんまだ帰ってきてなくて・・・。」
丈  「そうか・・・まいったな。」
桃香 「大和先生、どうされました?」
丈  「及川社長・・・申し訳ございませんが、ラーメンを作れる者がただ今不在でして・・・残念ですが後日改めてご来店頂くというのは・・・。」
桃香 「ここはラーメン店なのに、ラーメンを求めてご来店されるお客様の事は何も考えていない。そういう事なんですね・・・?」
茉莉 「違います! そんなことありません!」
桃香 「では、ラーメンを作っていただけますか?」
茉莉 「それは・・・。」
桃香 「・・・ラーメンを食べたいという注文に応えられない。それでラーメン屋ですって・・・。私たちが真剣にやっていることをバカにしないでもらいたいわ。」
茉莉 「バカになんかしてません!それは孝祐さんのラーメンを食べればわかります!だから・・・だからお願いです! 孝祐さんが戻るまで待って頂けませんか! お願いです!」

     土下座をする茉莉。
茉莉の後に続いて土下座をする友美。

丈  「トモ・・・!?」
友美 「孝祐さんが戻ってくるまで待ってください・・・お願いします・・・!」
勇  「あー! 畜生め!!」

     土下座をする勇。

勇  「アイツの事なんかで頭下げたくねぇが・・・オイラからも頼んます! アイツはへなちょこっすけど、アイツの作るラーメンはへなちょこなんかじゃないっす!だから・・・お願いします!」
泪  「友よ・・・君たちだけに、辱めを受けさせはしないぞ!」

     華麗に、美しく土下座をする泪。

茉莉 「泪さん!?」
泪  「桜志眞泪の俳優人生を懸けて、一言言わせて頂こう・・・シェフの作るラーメンには、お客様に対する深い愛情がある。この店まで足を運んだなら、シェフのラーメンを食べて帰るべきだ。絶対に!」

     大きくため息を一つつく桃香。

桃香 「・・・あなた達の言うとおり、きっとその方の作るラーメンは美味しいのでしょう。ですが、今のようにその方が不在の時はどうするつもりですか? お客様一人一人にこうやって頭を下げて回るのですか?」
茉莉 「・・・それは・・。」
桃香 「たった一人にこの店の全てを背負わせて・・・それで果たしてずっとやっていけるのかしら?」
勇  「一人じゃねぇ!料理長のオイラがいる!」
桃香 「では、あなたにお願いがあります。・・・ラーメンを作ってください。」
勇  「いや、オイラはカレー・・・。」
桃香 「あなたがラーメンを作らないと仰るのであれば、私は今すぐ帰ります。」
勇  「それは困る!」
桃香 「では・・・お願い出来ますね?」
勇  「・・・やってやるさ! 漢・丹波勇!アニキに捧げたこの命を燃やす時は今この時よぉ!」

     カウンターに向かう勇。あとを追う茉莉、友美。

茉莉 「勇くん、どうするの・・・?」
勇  「わかんないっす! でもやるしかないっす!」
茉莉 「孝祐さん、作り方とかレシピみたいなもの残してくれてたりとかしないよね・・・?」
友美 「・・・あ!あります! 茉莉さん、レシピあります!」
茉莉 「友美ちゃん、それ本当?」
友美 「・・・確信は持てないです・・・。でも・・・私の予想が当たっていれば・・・きっと・・・。待っててください!探してきます!」
丈  「待て、トモ!」

     奥に行こうとする友美を呼び止める丈。

丈  「・・・それは、アレの事を指しているのか?」

     頷く友美。

丈  「わかった。ならば僕も手伝おう。」
友美 「ありがとうございます!」

     丈、友美、奥へと引っ込む。
     水を持って桃香の元へ向かう茉莉。
     テーブル席に座っている桃香に水を差しだす茉莉。

茉莉 「申し訳ございませんがもう少々お時間を下さい。すみません・・・。」
桃香 「・・・いいでしょう。でもあまり長くは待てないわよ。」
泪  「ご心配には及びません。私がその間、桜志眞家代々に伝わる秘伝の芸を・・・」

     勢いよく店の扉が開き潤一が駆け込んでくる。

潤一 「茉莉! 大丈夫か!?」
茉莉 「潤くん!?どうしてここに?」
潤一 「たまたま桜志眞泪のツイッター見てたら、茉莉がひどい目にあったって・・・。」
茉莉 「泪さん・・・いちいちそんなことまでつぶやかなくても・・・。」
泪  「やってはいけないことはやってはいけないと言わねばならんだろう? それより
もレディ、この者は?」
潤一 「茉莉の彼氏だよ。・・・今はまだな。」
茉莉 「潤くん、『今はまだ』ってどういうこと? 私、前から言ってるよね。私は潤くん
とずっと一緒だよって。」
潤一 「・・・どうかな・・・お前だってかっこ悪いって思ってんだろ?今の俺の事をよ。」
茉莉 「そんなことないって言ってるじゃん!」
潤一 「口では何とでも言えんだよ!」

     潤一の怒声が店内に響き渡る。

潤一 「そうやって、俺に優しくすることでさ、優越感を得てんだろ? 『私はかわいそうなあなたに優しくしてあげてるのよ。こんな私が彼女で良かったでしょ?』そう言いたいんだろ?え?そうなんだろ?」
茉莉 「違う・・・! ・・・違うよ・・・。」

     瞳に涙を浮かべて、俯いてしまう茉莉。

潤一 「・・・あ~あ~! いいよな、女はさ。そうやって泣いちまえば全部男のせいに出来るもんな! そうだよ!俺のせいだよ!全部俺が悪いんだよ! ・・・満足かよ!あ?満足かって聞いてんだよ!」
勇  「・・・もう我慢ならねえ・・・!あのクソ野郎!」
素子 「わかりましたわ!」
勇  「なんだよ急に!」

     潤一を指さす素子

素子 「あの方は・・・真司さんではありませんわ!」
勇  「あんたは引っ込んでろ! ・・・おいこのクソ野郎!テメェ、よくも姐さんを・・・!」

     カウンターから勢いよく飛び出して潤一を殴ろうとする勇。
     だが、泪に止められる。

勇  「泪っち!? 何で止めんだよ!?」
泪  「お客様の前だぞイサムーン。それに・・・君の手は人を傷つけるためではなく、料理を作るためにある。そうではないのか?」
勇  「けどよ・・・!」
泪  「レディ、君も君だ。お客様の前で見せるべきは涙ではなく笑顔だろう?一度下がって頭を冷やしたまえ。素子嬢!レディを奥の部屋へ!」
素子 「あ、はい。かしこまりましたわ!」

     素子に連れられて奥に下がる茉莉。

勇  「泪っち! 何だよあの言い方! あれじゃ姐さんが悪いみてぇじゃ・・・」
潤一 「あ?じゃあ俺が悪いって言うのかよ? 勝手に泣かれて困ってるのはこっちなんだよ。」
勇  「てめぇ!」

     勇、潤一を殴ろうとするが先に泪が潤一を殴る。

潤一 「いっつ・・・何すんだよ!」
勇  「泪っち!?」
潤一 「芸能人が一般人殴っていいのかよ! 謝れよ!」
泪  「・・・。」
潤一 「謝らねぇんだったらマスコミとか警察に言ったっていいんだぜ?『僕は桜志眞泪
に暴行を受けました』って!」
泪  「・・・。」
潤一 「ホラ、謝れよ! 土下座して謝れよ! 早くよ!」
泪  「・・・。」

    土下座をする泪

泪  「・・・すまなかった。」

     爆笑する潤一。
     携帯を取り出し、土下座をする泪を撮る潤一。

潤一 「ああ、そうだ。こんなもんですむと思ったら大間違いですよ~。ちゃんと慰謝料
貰わないと。それくらい当然でしょ!」
泪  「・・・いくら払えばいい?」
潤一 「そうだな~・・・一千万円?とか?出せるでしょ?」
泪  「ああ。たかがそれだけで済むならお安い御用だ。」

    起き上がり、潤一を思いっきりぶん殴る泪。

潤一 「な・・・何すんだよ・・・!」
泪  「一千万円払えば許してくれるのだろう? ならば私は、一千万円払う代わりに貴
様を気のすむまでぶん殴る!」

    もう一度潤一を思いっきりぶん殴る泪。

潤一 「・・・いってぇ・・・アンタ、こんなことしてタダですむと思って・・・。」
泪  「この程度で痛い? ・・・笑わせるな。レディの受けた心の痛みはこんなものではない!」
勇  「泪っち・・・。」
泪  「恋人をそんな風にいたぶって何が楽しい? 貴様のような奴が彼女の恋人だと・・・? 冗談ではない!」
潤一 「うるせえな・・・アンタに何がわかんだよ! 生まれた時からちやほやされて、何の苦労もなく成功したようなアンタに俺の何が!」

     店の扉が開く。楽太郎と孝祐が帰ってくる。

楽太郎「うるせぇーっ! 店の外まで聞こえる大声でわめき散らしてんじゃねぇぞ馬鹿どもがぁ!」
孝祐 「・・・店長、店長の声が一番大きいです・・・。」
楽太郎「他のお客さんに迷惑になるだろうが!喧嘩するなら外でやってこい!」

     泪と潤一を店から追い出す楽太郎。
     店内の桃香に気付く楽太郎。

楽太郎「桃香さん・・・どうしてここに?」
桃香 「大和君がたまたま私のところに取材に来たのよ。それでこの店の話になってね。」
楽太郎「・・・。」
桃香 「でも、驚いたわ。ラーメンを注文したら作れるスタッフがいないって断られたんですもの。」
孝祐 「申し訳ございません!今すぐに作らせて・・・」
桃香 「その必要はありません。そこの彼がラーメンを作ってくれることになっていますから。」
楽太郎「勇が・・・?」

    奥から友美と丈が戻ってくる。

友美 「勇さん! ありました!」

    友美の手には古ぼけた一冊のノートが。

楽太郎「トモ・・・それは!?」
友美 「楽太郎さん・・・ごめんなさい。どうしてもこのノートの力が必要なんです・・・! 勇さん、これを使ってください!」
勇  「お、おう・・・。」

    友美からノートを受け取る勇。

友美 「私も手伝います。早く作りましょう!」
勇  「・・・おう!合点承知!」

     カウンター内で作業を始める二人。

楽太郎「・・・どういうつもりだ?」
丈  「あのノートの事を最初に言ったのは俺じゃなくトモだ。」
楽太郎「そのことだけじゃねぇ! ・・・なんで桃香さんをここに・・・?」
丈  「及川社長がここに来たらまずいことでもあるのか?」
楽太郎「それは・・・。」

     一杯のラーメンを持って桃香のところへ行く勇。

勇  「お待たせしやした・・・【シェフの気まぐれラーメン】漢・勇バージョンっす!」
桃香 「ありがとう。・・・いただきます。」

     静かにラーメンを食べ始める桃香。

桃香 「時間、温度、水と麺やスープ、具材の相性を徹底的に突き詰めて市販のラーメンの持てるポテンシャルを最大限に引き出している・・・。さすが天才・相原幸の研究の成果といったところかしら。」
楽太郎「・・・研究なんかしてないっすよアイツは。ただ暇つぶしに自分の好きなモンをとことん美味くする方法を探してただけです。」
友美 「及川社長は・・・幸さんの事ご存じなんですか?」
桃香 「あの子は私の後輩なの。幼稚園の時から大学に至るまでずーっと同じ学校に通ってた。私はあの子に何故か妙に気に入られてて・・・何かあるたびに先輩、先輩ってからまれていたものよ。」
勇  「おい!さっきからみんなで何の話してんだよ! おいナガネギ野郎! お前その何たらとかいう奴の事知ってんのかよ!」
孝祐 「いえ・・・僕も存じ上げません。すみません・・・。」
桃香 「さて・・・長居をしてしまったわね。今日のところはこれで失礼するわ。」

     桃香、店を出ようと出口に向かう。
ふと出口前で立ち止まる。

桃香 「・・・ああ、そういえば・・・二年前、フランス料理界で騒がれてた期待の新星がいたわね。確か名前は【神宮寺真司】・・・だったかしら。」
孝祐 「・・・!?」
桃香 「もしそれが貴方だとするなら・・・がっかりだわ。フランスの美食家たちさえうならせた料理人が、こんなところで他人のレシピにただ従ってインスタントラーメンをお客さんに出してるだけだなんてね。」
孝祐 「・・・僕は・・・。」
桃香 「失礼。貴方は喜多嶋孝祐さん、でしたね。今の言葉は忘れてください・・・では・・・。」
孝祐 「・・・僕は・・・僕はただレシピ通りにラーメンを作ってるだけなんかじゃない! 最初このレシピを見て、このレシピ通りにラーメンを作った時・・・衝撃だった。ただのインスタントラーメンにここまでこだわって、ここまで味を引き上げることが可能なんだって思ったら・・・わくわくしてきた。だから、僕はこのレシピのさらに先を行きたいと思った! 自分の手で、インスタントラーメンという食材をもっともっと突き詰めたいと思った! 僕はこのレシピ通りに作ったラーメンをお客様に出したことは一度もない! 僕の・・・料理人・神宮寺真司としてのすべてを出し切った、このレシピを超えるラーメンを出してるんです!」
桃香 「・・・でしょうね。」
孝祐 「・・・え?」
桃香 「幸のレシピ通りのラーメンでは、美味しさを味わうことができても、人の心を動かすことは出来ない・・・。貴方のラーメンを食べた人たちの貴方を語る様を見れば、きっと貴方がただレシピに従ってラーメンを作っていないということは明白よ。」
孝祐 「だったら・・・どうして・・・?」
楽太郎「バカ。嵌められたんだよ。お前はよ。」
孝祐 「嵌められた・・・?」
楽太郎「そこで聞いてんだろ?お嬢様よ。」

     奥で隠れてやり取りを聞いていた素子が出てくる。

孝祐 「・・・素子さん・・・。」
素子 「真司さん・・・。」
桃香 「おせっかいが過ぎかしらね。・・・あ、そうだ幸田君。次来た時は貴方のコーヒーも忘れずにいただくわ。じゃ、ご馳走様。」

     桃香、去る。

孝祐 「・・・。」
素子 「・・・真司さん・・・。」
丈  「孝祐君・・・いや、真司君。君はいつまでも自分を偽って、埋もれていくべき人間ではない。過去と向き合い、乗り越え、前に進むべきだ。本来の自分で。」
孝祐 「・・・僕はただ甘えていただけだったんです。神宮寺グループという大きな後ろ盾に。でも、そんなこと一切関係ないたった一人の人間になっても・・・僕はちゃんと生きていくことができた。大切なものたくさん見つけることができた。・・・だからこそ、そんな今の自分を誇っていられるからこそ、その証として・・・僕は喜多嶋孝祐でいたいんです。」
丈  「だが、君は神宮寺真司なんだ。過去を乗り越えたというのなら、なおさら、神宮寺真司として、本来の自分のあるべき場所で自分の人生を戦うべきだ。」
孝祐 「丈さん、僕は神宮寺の肩書なしで、一から始めてみたいんです。そして・・・この幸楽を世界中のどの料理店よりもお客様の笑顔であふれる店にしてみせる。それが、神宮寺真司であり喜多嶋孝祐である、僕の夢なんです。」
丈  「孝祐君・・・。」
素子 「真司さん・・・いえ、孝祐さん。」
孝祐 「素子さん・・・僕は・・・。」
素子 「貴方のラーメンを、私に食べさせていただけますか?」
孝祐 「・・・かしこまりました。」

     孝祐、カウンターに立つ。
     いつもよりも静かに、だが力強くラーメンを作る孝祐。
     それを見守る楽太郎、丈、友美、勇、そして素子。
     孝祐渾身の一杯が出来上がる。
     素子が静かにカウンター席に着く。
     水をグラスに注ぎ、素子に出す孝祐。
     そして、優しく、静かにラーメンの器を素子のもとへ・・・。

孝祐 「お待たせいたしました。【シェフの気まぐれラーメン】でございます。」

     素子、出されたラーメンを優しく愛おしげに見つめる。

素子 「いただきます。」

     素子、ラーメンを食べる。
     順調に箸が進んで行くが、次第にそのスピードがゆっくりになっていき、やが
て止まる。

友美 「素子さん・・・どうかされたんですか・・・?」
素子 「・・・なんでも・・・なんでもありませんわ・・・。」

     素子の瞳には涙が浮かぶ。
     あふれ出る涙をこらえながら、ラーメンを再び食べる素子。
     ラーメンを食べ終え、箸を置く。

素子 「ご馳走様でした。お代は・・・?」
孝祐 「受け取れません。ずいぶん長くお待たせいたしましたので、お代は結構です。」
素子 「そうですか・・・。それでは、失礼いたしますわ。」

     席を立ち、出口に向かう素子。

友美 「素子さん! ・・・いいんですか・・・? これで本当にいいんですか?」
勇  「トモ! 余計な口はさむんじゃねぇ!」
友美 「でも勇さん! 素子さんの気持ちはどうなるんですか・・・?ずっと孝祐さんを思い続けた素子さんの二年間は・・・。」

     泣き出す友美。
     楽太郎がトモの頭を優しくなでる。

楽太郎「大丈夫だトモ。あいつは・・・その思いにしっかりと応えたよ。あのラーメンでな。」
友美 「・・・え・・・?」
素子 「かわいらしいお嬢さん、店長さんの言うとおりですよ。孝祐さんが何も言わなくても、ラーメンがちゃんと教えてくれました。孝祐さんの、まっすぐな思いを・・・。」
孝祐 「素子さん・・・僕は・・・。」
素子 「待っています。貴方がその夢をかなえるその日を・・・待っています。」
孝祐 「必ず・・・迎えに行きます。」
素子 「・・・はい。」
勇  「あ! そうだアニキ、コーヒーをお嬢さんに・・・。」
楽太郎「バカ野郎。あの最高の一杯の後に出せるコーヒーなんかねぇよ。」
孝祐 「店長・・・。」
楽太郎「つーわけで、俺のコーヒーは次来た時のお楽しみだ。また来てくれよな。」
素子 「よろしいのですか?」
楽太郎「当り前よ。いつでも来てくれ。」
素子 「ありがとうございます。では、御機嫌よう・・・。」

     去り際に見つめあう素子と孝祐。
     微笑みあう二人、そして素子が去っていく。

孝祐 「みなさん・・・すみません。僕の事でいろいろご迷惑おかけしました。本当に申し訳・・・。」
勇  「うるせぇ! オイラたちは仲間だろ? いちいち水臭いんだよ、おめぇはよ。・・・あ! そうだ姐さん! アニキ、姐さんが大変なんすよ! とにかく、姐さんをみんなで慰めにいきやしょう! おら、トモ! 孝祐も! 行くぞ!」
友美 「え?」
孝祐 「え?」
勇  「何ボーっとしてんだよ!ほら行くぞトモ!孝祐!」
孝祐 「・・・はい。」

     微笑む友美。
奥に引っ込む勇、孝祐、友美。
丈も行こうとするが、楽太郎に阻まれる。

楽太郎「・・・お前、何企んでやがる?」
丈  「何のことだ?」
楽太郎「桃香さんをこの店に連れてきたこと、そして、孝祐を元の道に戻そうとしたこ
と・・・ただの親切心でやっている訳じゃねぇよな?」
丈  「言いがかりだ。」
楽太郎「そもそも・・・トモの事にしたって今考えりゃ本当にトモが自分自身で望んだこ
となのかも怪しいよな・・・?」
丈  「では逆に聞くが幸田、そんなことをして俺に何のメリットがある?」
楽太郎「・・・それは・・・。」
丈  「幸田・・・俺とお前の望みは昔から変わっていない。そうだろ?」
楽太郎「・・・そう・・だな。」
勇(声)「アニキー! 小説家の先生も来てくだせぇよ~!」
楽太郎「ああ、今行く!」

    奥に引っ込む楽太郎。
    奥に向かう途中でカウンターの幸のレシピノートを見て立ち止まる丈。
レシピノートを手に取り見つめる丈。

丈  「そう・・・俺の望みは貴女がここに戻ってくること・・・。そのためなら・・・
俺は・・・。」

    暗転。


     回想・五年前。冬。
     まだこの店がラーメン屋【幸楽】ではなく喫茶店【喫茶みずむら】だった頃。
     開店前の店内。カウンター内で作業(カップラーメンの研究)をしている幸。
     そこへ楽太郎がやってくる。

楽太郎「う~さみぃ・・・おはようございまーす! ・・・って、何やってんだよ幸。」
幸  「コラ、何度言ったらわかるのだ。幸ではなく【幸先輩】だろう? 目上の者への
敬意がたりないぞ幸楽。」
楽太郎「別にさ、いいじゃんか今さら。昔はともかく今は付き合ってるわけだしさ。」
幸  「親しき仲にも礼儀ありという言葉を習わなかったのか幸楽。」
楽太郎「国語の教師かお前はよぉ・・・。だったら、言わせてもらうけどさ、その幸楽っ
て呼び方やめてくれってずっと言ってんだけど。」
幸  「む?何故だ?幸田楽太郎、略して幸楽。あまりにも自然な流れだと思うのだが。」
楽太郎「そもそも名前略されて呼ばれたかねぇーし。それに・・・なんか中華料理屋みた
いだしさ。」
幸  「む?中華は嫌いか?」
楽太郎「嫌いじゃねぇよ。つか、むしろ好きだ。」
幸  「そうか、ならば良し。」
楽太郎「何がだよ・・・てか、コラコラ。カウンター勝手に使ってんじゃねぇよ。開店準
備の邪魔だろうが・・・って、あれ?店長は?」
幸  「店長は今日は急用が出来たそうでな。後はお前に頼むといって出て行ったぞ。」
楽太郎「そうか・・・なんか最近多いな。」
幸  「ああ、例の彼女が出来てからな。」
楽太郎「店長、再婚すんのかな?」
幸  「・・・さぁな。」
楽太郎「・・・奥さんが亡くなられてもう4年も経つんだよな。」
幸  「・・・そうだな。」
楽太郎「男手一つでトモを育てるのも大変だろうしさ、再婚するのもまぁ、仕方ないよな。」
幸  「・・・そうだな。」
楽太郎「幸先輩。」
幸  「なんだ急にそんな呼び方をして。」
楽太郎「もしかして、相手の方に妬いてるんですか?」
幸  「・・・さぁな。」
楽太郎「幸・・・?」
幸  「幸楽、私は昔からずっと店長に対し憧れの気持ちを抱いていた。だが今の私はお前の恋人だ。私は・・・確かに異性としてお前に対して好意を抱いている。それは確かだ。だが・・・そうわかっていても、なぜか胸の奥がモヤモヤするのだ。」
楽太郎「そういうもんさ。人の感情なんてさ、理屈で割り切れるようなもんじゃねぇんだ。好きだった人が自分以外の他の人を好きになったって聞いて気にならない奴の方が少ないと思うぜ、俺はさ。」
幸  「幸楽は・・・昔の恋人が自分以外の誰かを好きになったら気になるのか?」
楽太郎「ん~・・・どうかな?」
幸  「はぐらかすな!答えろ!」

     丈が店内にやってくる。

丈  「おはようございます。」
幸  「幸楽! ちゃんと答えろ!」
楽太郎「丈、助けてくれ!」
丈  「やれやれ・・・朝から痴話喧嘩ですか。まったく・・・。相原先輩、例の件調べてみたんですが・・・。」
楽太郎「例の件?」
丈  「相原先輩に頼まれて店長の彼女さんの事いろいろ調べてたんだよ。」
楽太郎「はぁ? おい幸、お前何やらせてんだよ!」
幸  「トモの人生もかかっているんだ。店長をどこの馬の骨ともわからん女にくれてやるわけにはいかんだろう。」
楽太郎「あのなぁ・・・店長も立派な大人なんだからさ・・・誰と付き合うとかそんなの本人の自由じゃねえか・・・。」
幸  「いや!店長はしっかりしてそうでだいぶ抜けてるところが多いではないか! だからこそ我々が店長を守ってやらねば・・・」
楽太郎「何様だよ!」
丈  「いや、幸田。今回は相原先輩の不安がどうやら的中してそうなんだ。」
楽太郎「何?」
幸  「どういう事だ、大和君?」
丈  「ここでは聞かれたくない話もあるので・・・奥の部屋で報告をしたいのですが・・・。」
幸  「店長は今出かけていていていない。トモは学校に行っている。大丈夫だ。」

     奥に引っ込む三人。
     回想終了。照明が変わる。
     現在・9月中旬・午後11時。
     薄暗い店内。誰もいない。
     茉莉がやってくる。
     明かりをつける茉莉。
     カウンターからグラスを持ち出し、水を注ぐ。
     水を飲み、ため息をつく茉莉。
     店の扉をノックする音が聞こえる。

茉莉 「・・・誰?」
泪(声)「レディ、私だ。桜志眞泪だ。・・・君と話がしたい。開けてくれないか?」

     扉の鍵を開け、扉を開ける茉莉
     店内に入る泪。

泪  「昼間は・・・その・・・すまなかった。・・・君の恋人にも・・・酷いことをした・・・。」
茉莉 「・・・勇くんから聞きました。・・・本当にごめんなさい。」
泪  「何故、君が謝る?」
茉莉 「潤くん、本当はそんなことする人じゃないんです。でも今は怪我のせいで大好きなバスケが出来なくて・・・だからついイライラして八つ当たりしてるだけで・・・潤くんは本当はとっても・・・。」
泪  「質問に答えたまえ!」

     声を荒げる泪。驚く茉莉。

泪  「何故君が謝る?悪いのはあの男ではないのか?あの男が、君を苦しめているのが全て・・・!」
茉莉 「潤くんは悪くないんです! 潤くんは、私の大好きな潤くんは・・・本当はもっと優しくて・・・笑顔の似合う・・・。」

     涙があふれて言葉が続かない茉莉。

茉莉 「・・・ごめんなさい・・・失礼します。」
泪  「レディ!」

     逃げるように奥に引っ込む茉莉。
     引き止めようとするが止められない泪。
     大きくため息を一つつく。

泪  「・・・馬鹿か・・・私は。」

     俯き、店の出口に向かう泪。

楽太郎(声)「待ちな、色男。」

     楽太郎奥から出てくる。

楽太郎「コーヒー、飲んでけよ。」
泪  「マスター・・・。」
楽太郎「まぁ座れよ。」

     カウンター席にすわる泪。
     コーヒーを作り始める楽太郎。

泪  「・・・マスターは、レディに恋人がいることは・・・?」
楽太郎「そう、俺もそれ聞いてびっくりしてよ! アイツもなんだかんだで女の子してんだなぁ・・ってよ。」
泪  「・・・。」
楽太郎「どうした、浮かねぇ顔してんな。」
泪  「自分でもわからない・・・だが・・・何故だろう、なぜか胸が・・・こう、締め付けられるような苦しみを訴えているのです。こんなことは初めてだ・・・。」
楽太郎「そうかい。ホラよ。」

     コーヒーを泪に出す楽太郎。
     コーヒーを飲む泪。

泪  「・・・苦い・・・。」
楽太郎「今日のは特製【初恋ブレンド】だ。」
泪  「・・・初・・・恋?」
楽太郎「恋しちゃったんだ、多分。気付いてないでしょ・・・ってね。」
泪  「そうか・・・これが・・・。」
楽太郎「そう。」
泪  「マスター・・・私はどうしたらいいと思う?」
楽太郎「知るかよ。お前はどうしたいんだよ。」
泪  「私は・・・レディには笑顔でいてもらいたい。」
楽太郎「あっそ。じゃあ、アイツがどうしたら笑えるのか・・・考えてみたらどうよ?」
泪  「そう・・・だな。」
楽太郎「ま、せいぜい後悔せんようにがんばれよ。どんだけ悔やんでも時間は戻ってこないからな。」
泪  「わかりました・・・色々考えてみます。後悔しないように。」
楽太郎「おう。」
泪  「ご馳走様でした。失礼します。」

     泪。一礼し店から立ち去る。
     コーヒーカップを片付ける楽太郎。
     ふと写真立てを取り出す。

楽太郎「そう・・・どれだけ悔やんでも時間は戻らない・・・決して。」

     写真立てをカウンターに置く楽太郎。
     照明が変わり回想に移る。
     回想・五年前。冬。
     まだこの店がラーメン屋【幸楽】ではなく喫茶店【喫茶みずむら】だった頃。
     開店前の店内。店を飛び出そうとする幸を楽太郎が引き止める。

楽太郎「待てよ幸!どこ行くつもりだよ!」
幸  「決まっている、店長のところだ。店長に真実を伝えねば。」
楽太郎「だから待てって!一回落ち着いて俺の話を聞け!な!」
幸  「私は落ち着いている。冷静だ!」
楽太郎「どこがだよ!」
丈  「幸田! 相原先輩もとりあえずもう一度状況を整理しましょう。」
幸  「店長に近づいてきた女は結婚詐欺師で店長と結婚する気はなく、店長から金をむしり取ろうとする悪党だった・・・ただそれだけだろう?整理もクソもない。私は行くぞ。」
楽太郎「だから待てよ! 店長には言わない方がいいって言ってるだろうが!」
幸  「何故だ!」
楽太郎「知らない方が幸せってことが世の中にはあるだろうが。とりあえず相手の女に店長にこれ以上近づかねぇように警告して、それでもダメなときは証拠をそろえて警察に動いてもらってだな・・・。」
幸  「わからん! 知らない方が幸せ?店長が騙されたままでいいというのか?あんな素直でいい人が悪人に騙されていたにもかかわらずその真実さえ知らないままでいいというのか? そんなのはおかしい!間違っている!」
楽太郎「間違ってるとか正しいとかじゃねぇんだ! 何でわかんねぇかな!」
幸  「そうか・・・そういうことか幸楽。」
楽太郎「あ?何だよ?」
幸  「お前は店長に嫉妬しているのだろう。私が店長の心配をしているのが気に入らないのだろう。」
楽太郎「何言ってんだ!そんなわけ・・・!」
幸  「見損なったぞ幸楽・・・お前はもっと懐の広い男だと思っていたのに・・・!」
楽太郎「ああ、そうかよ!わかったよ!もうこれ以上何も言わねぇよ!好きにしろこのバカ幸!」
丈  「おい幸田!」
幸  「言われなくても好きにするさバカ楽!」
丈  「相原先輩!」

     飛び出す幸。それを追って出る丈。
     照明が変わり回想が終わる。

楽太郎「そう・・・あんな事になるなんてあの時の俺たちにはわかるはずもなかった。真実を知った店長が、相手の女を改心させようとして一人で話し合いに行くことも、その話し合いの結果、相手の女に殺されてしまうことも・・・。何も知らなければ・・・何も伝えなければ・・・こんな事にはならなったのかもしれない・・・でも、もう時間は戻らない。店長は・・・トモの親父さんはもう返ってこない・・・どれだけ悔やんでも、決して・・・。」

     カウンターの写真立てを持つ楽太郎。

楽太郎「俺たちも・・・あの頃の様には戻れないんだろうな・・・なぁ、そうなんだろ・・・幸。」

     そっと写真立てをしまう楽太郎。
     暗転。


     十月上旬。
     昼のピークが過ぎてひと段落した幸楽。
     カウンター内では楽太郎、孝祐、勇が、テーブル席付近では茉莉と友美が作業
をしている。
     店の扉が開き、潤一が入ってくる。

茉莉 「いらっしゃいま・・・潤くん・・・。」

     茉莉を無視してテーブル席に座る潤一。
     俯く茉莉。
     茉莉を気にしつつ潤一のもとへ水とメニューを持っていく友美。

友美 「いらっしゃいませ。ご注文決まりましたらお声掛け・・・」
潤一 「ラーメンかカレーしか無いんでしょ?ラーメンでいいよ。」
友美 「あ、はい。かしこまりました。」
潤一 「君・・・結構かわいいね。今日はバイト何時まで?もしバイトの後時間があるなら俺とカラオケでも・・・。」
勇  「野郎・・・姐さんという人がありながら姐さんの目の前で・・・!」

     勇、カウンターから飛び出し潤一のところへ。揉める勇と潤一。

楽太郎「ふーん・・・あれが噂の・・・。」
孝祐 「あれでは茉莉さんが可哀相です・・・店長。」
楽太郎「とりあえず注文入ったんだ。ラーメン作んな。」
孝祐 「あ、はい。」
勇  「・・・だいたいテメェ何しにノコノコこの店に来てんだ!あ?ケンカ売りに来てんのか?」
潤一 「俺だって来たくて来たわけじゃねえよ。呼び出されたから仕方なく・・・」

     泪が店内に入ってくる。両手にはアタッシュケース。

泪  「ご機嫌麗しゅう!諸君! そして・・・よく来てくれたね愚民A君。」
潤一 「なんだと・・・! アンタ一か月前に俺に何したか忘れたわけじゃねぇだろうな?」
泪  「忘れた・・・と言いたいところだがね、残念だが僕の黄金の頭脳は君の吹けば飛ぶような軽い脳味噌とは出来が違うのだよ。」

     泪、手に持っているアタッシュケースを一つ潤一に投げ渡す。

泪  「二千万入っている。これで一か月前の出来事・・・そしてレディの事はスッパリ忘れてくれたまえ。」
茉莉 「え?」
潤一 「・・・は?」
泪  「一千万は貴様の言っていた慰謝料だ。そして残りの一千万は手切れ金だ。それでレディと別れてくれと言っている。」
茉莉 「ちょっと泪さん!なんでそんなこと・・・。」
泪  「決まっている。この男がいてはレディを私のものに出来ないからだ。レディ、君はこんな愚かな男とつき合うべきではない。この私のような神に選ばれし優れた人間とつき合うべきだ。」
茉莉 「泪さん・・・どうしたの? ・・・冗談だよね?」
泪  「冗談などではない。本気だ。その証を見せよう。」

     泪、もう一つのアタッシュケースを茉莉に渡す。

茉莉 「これは・・・?」
泪  「まずは二千万円。君にプレゼントしよう。これで何でも好きなものを買うといい。」
茉莉 「こんなもの受け取れません!」
泪  「・・・たった二千万円では私の気持ちは伝わらないということか・・・。ならばこれではどうかね!」

     指を鳴らす泪。素子がスーツにサングラススタイルで両手にアタッシュケース
をもって店内に入ってくる。

孝祐 「素子さん!?」
素子 「泪君、どうぞですわ!」

     泪、素子から受け取ったアタッシュケースを茉莉に差し出す

泪  「ここにさらに二千万円入りのケースが二つ・・・三つ合せて六千万円だ。これでもまだ足りないというのならば後日改めて君が望むだけの金額を用意しよう。さぁ、私のもとに来るがいい、レディ。」
潤一 「・・・茉莉・・・。」
泪  「このような金も知性も品も無い三流以下の愚民と、全てを兼ね備えた超一流のこの私と、どちらが優れているかなど一目瞭然だろう! さぁレディ!私の胸に遠慮なく飛び込むがいい!」

     泪のもとに近付く茉莉。勢いよく泪に平手打ちする。

茉莉 「人の心をお金で買おうとするような最低の人に、潤くんの事とやかく言われたくないです!」
勇  「姐さん・・・。」
茉莉 「潤くんは、いつも夢に向かってひたむきで、一生懸命で、何があっても諦めない真っ直ぐな気持ちを持っていて、仲間想いで後輩にも同級生にも先輩にも慕われていて、何よりも・・・誰よりもバスケが大好きで・・・。」
友美 「茉莉さん・・・。」
茉莉 「私は、いつの間にかそんな潤くんが好きになっていて・・・でも私なんかが好きになってもらえるわけないって思っていたから・・・卒業式の日に潤くんに呼び出されて、告白された時は本当に泣きたくなるくらい幸せで・・・。あれからずっと幸せで・・・。私は・・・。」

     涙が止まらなくなり、言葉に詰まる茉莉。

楽太郎「だとよ色男。お前はどうなんだよ?」

     茉莉を見つめていた潤一。不意に目を逸らし、茉莉に背を向ける。

潤一 「俺は、もうこんな奴好きでも何でもない。一千万でコイツと別れられるなら喜んで別れてやるさ。」
茉莉 「・・・!」
勇  「てめぇ・・・それマジで言ってんのかよ・・・!」
潤一 「冗談でこんなこと言って何になんだよ。俺はもうこんな奴の事好きでも何でもないんだよ。こんな出しゃばりのお節介女、もうやることやったし用済みなんだよ!」

     潤一をぶん殴る泪。

素子 「ちょっと、泪君・・・これでは話が・・・!」
泪  「貴様はなぜそうも容易くレディの気持ちを踏みにじることが出来る・・・!自分を慕い想い愛してくれる女性の想いを何故!」
孝祐 「泪さん・・・もしかして・・・。」
楽太郎「孝祐、よそ見してると味が落ちるぜ。」
孝祐 「あ! はい・・・。」
泪  「こんな・・・こんな男の為に私は・・・私は・・・!」
茉莉 「やめてぇええっ!」

     潤一をさらに殴ろうとする泪を止める茉莉。

泪  「何故・・・何故君は・・・そうまでして・・・。」
茉莉 「それでも・・・私は、彼の彼女なんです。だから・・・だから・・・。」
泪  「・・・!」

     無言で店を出ていく泪。

素子 「泪君!」
潤一 「茉莉・・・俺は・・・。」
茉莉 「ありがとう、潤くん。」
潤一 「え?」
茉莉 「今まで一緒にいてくれて、本当にありがとう。迷惑いっぱいかけて、本当にごめんなさい。そして・・・約束、破ってごめんなさい。私は・・・貴方と別れます。」
潤一 「・・・。」
茉莉 「楽兄ちゃんごめんなさい。私、ちょっと出かけてきます。一時間ほどしたら戻ってくるから・・・。」
楽太郎「ん。」
茉莉 「潤くん・・・私が戻ってくるまでには、この店から出ていってください・・・さようなら。」

     店から出ていく茉莉。

楽太郎「孝祐、ラーメン出来たか?」
孝祐 「え?あ、はい。」
楽太郎「そうか。ご苦労。」

     ラーメンを潤一のところに持っていく楽太郎。

楽太郎「折角注文したんだ。食ってけよ。」
勇  「何言ってんすかアニキ!こんな奴今すぐ追い出して塩撒きましょう塩!」
楽太郎「ホラ、食ってけよ。冷めないうちによ。」
潤一 「・・・。」

     テーブル席に座る潤一。向かい合わせに座る楽太郎。
     潤一にラーメンを差し出し、割り箸を渡す。
     無言で割り箸を受け取る潤一。

潤一 「・・・いただきます。」
楽太郎「おう。」

     ラーメンを食べる潤一。

楽太郎「うまいか?」
潤一 「・・・はい。」
楽太郎「・・・辛かったろう?」
潤一 「・・・何が・・・ですか・・・?」
楽太郎「バカだな、お前は。」
潤一 「・・・。」
楽太郎「好きだから・・・別れようとして、わざとあんなこと言ったんだろう?」
潤一 「・・・俺は・・・。」

     涙がこみ上げる潤一。

潤一 「俺はもうダメなんだ・・・膝を壊して、前みたいにバスケが出来なくなった・・・。それから全部うまくいかなくなった・・・。もがいても!足掻いても!何一つ! ・・・俺は、茉莉の好きだった俺じゃなくなったんだ・・・。」
孝祐 「茉莉さんは・・・そんなことでは貴方の事は嫌いになりませんよ。」
潤一 「・・・知ってるさ。だから思ったんだ・・・あんなに優しい奴が俺みたいな奴と一緒にいたらいけないって・・・。アイツが好きだから・・・アイツを不幸にしちゃいけないって・・・。」
友美 「だから・・・わざと・・・?」

     無言でうなずく潤一

素子 「本当におバカさんですわね、貴方は。どうして彼女の幸せと不幸をあなたが決めるのかしら? 彼女の幸せは彼女自身が決めること・・・そうじゃありませんこと?」
潤一 「アイツが・・・こんな俺といて幸せだっていうんですか? バスケが出来ない、何の取り柄もないこんな俺といて・・・。」
孝祐 「茉莉さんがいつ、バスケができる貴方が好きだと仰いました?」
潤一 「・・・え?」
友美 「潤一さん、茉莉さんは潤一さんの人柄が好きになったんだと思います。だから・・・潤一さんがバスケが出来なくても、茉莉さんの気持ちは変わらないんです。」
勇  「つかよ、オメェはどうなんだよ。バスケが出来なきゃ姐さんといても幸せじゃねぇのかよ?あぁ?」
潤一 「俺は・・・。」
楽太郎「お前はこれでいいのかよ? 手前の大好き女を自分で傷つけて、悲劇の主人公ぶってアイツからも自分の気持ちからも逃げた最低の終わり方で本当にいいのかよ?」
潤一 「・・・良くないです。・・・俺、間違ってました。自分の事ばっかりでアイツの事ちっとも見えてなかった・・・俺・・・こんな俺だけど・・・やっぱり茉莉と一緒にいたい・・・アイツの笑顔をずっと見ていたい・・・アイツの事幸せにしたい・・・!」
泪(声)「そう! その言葉を待っていたぞ!」

     外から泪の声が聞こえる。
     驚く孝祐、友美、勇、素子
     勢いよく店の扉が開き、泪と茉莉が入ってくる。

勇  「泪っち!?何で?出て行ったんじゃ・・・?」
潤一 「・・・茉莉。」
茉莉 「潤くん・・・。」
泪  「話は全て外から聞かせてもらったよ! 一部始終全てバッチリとね!」

     携帯を懐から取り出す泪。
     携帯は楽太郎の携帯と通話中状態。
     カウンターに戻り、カウンターに置いてあった自分の携帯を掲げる楽太郎。

楽太郎「ま、そういうこった。」
泪  「貴様が強がりでレディを遠ざけていることぐらい、この私にかかれば一目瞭然だった。だから、一計を案じて罠を張らせてもらったのさ。」
潤一 「じゃあ・・・茉莉も・・・?」
泪  「いや、レディには何も話してない。・・・私の元々の計画では金で彼女を買う買わないのところで、貴様が本音をさらけ出すと読んでいた・・・。だが・・・少々当てが外れてね。だから、あの時のレディの言葉は紛れもない彼女自身の本心・・・。実際、彼女を引き止めるのには少々手を焼いたのだ。」
潤一 「茉莉・・・。茉莉、俺は!」
茉莉 「私・・・潤くんに幸せにしてもらうつもりなんてないから。」
潤一 「待ってくれ茉莉!俺・・・俺は・・・!」
茉莉 「幸せは・・・二人で一緒に作っていくものでしょ? 誰かに一方的にしてもらうなんて・・・嫌だよ。」
潤一 「茉莉・・・。」
茉莉 「もう、嫌いなんて言わない?」
潤一 「言うもんか・・・俺は、茉莉、お前の事が好きだ! これからも、ずっと・・・。」
茉莉 「私もだよ。私も潤くんの事大好きです。これからもよろしくお願いします。」
潤一 「ああ・・・。ありがとう、茉莉。」
茉莉 「あ、でも・・・。」
潤一 「でも・・・。」

     潤一をグーで殴る茉莉。

茉莉 「今度同じことやったら、次はこんなもんじゃ済まさないからね。」
潤一 「は・・・はひ・・・。」
勇  「姐さん・・・こえぇ・・・。」
素子 「よかったですわね、孝祐さん。」
孝祐 「ええ・・・本当に。」
友美 「茉莉さんには・・・やっぱり笑顔が一番です。」

     楽しそうな一同を尻目に、カウンターに座る泪。

楽太郎「・・・良かったのかよ?これでよ。」
泪  「ええ。・・・彼女が笑っている。私にはそれで十分です。」
楽太郎「・・・馬鹿だな、お前も。」
泪  「何とでも。・・・所詮、役者は道化ですから。」
楽太郎「ヘッ。一端の役者になったもんだな、お前さんもよ。」

    泪にコーヒーを出す楽太郎。

泪  「ありがとうございます。」

     コーヒーを飲む泪。
     暗転。


     十二月上旬。深夜。
     閉店後の幸楽。
     店内には楽太郎、孝祐がカウンター内に、茉莉、勇、友美がテーブル席にいる。
     店の扉が開き丈と桃香がやってくる。

丈  「みんな、遅くなってすまない。」
桃香 「御免なさい。私の方の用事が長引いてしまって・・・今日、皆さんに集まってもらったのは、私から皆さんに一つ、提案したいことがあるからです。」
勇  「なんスか?」
桃香 「この幸楽を、さらに大きな店にするつもりはない・・・?」
楽太郎「ない。帰ってください。」
桃香 「他の皆さんもそうなのかしら? 幸田君と同じで、この店を大きくするつもりはないと? インスタントラーメンと、コーヒーと、カレーだけしか出さない、いえ出せない、小さな規模のお店を細々とこの先ずっとやっていく・・・それでいいのね?」
茉莉 「それは・・・。」
桃香 「安東茉莉さん、だったわね。夏、この店があんなにお客さんでごった返していたのに、今ではその半分のお客さんも来ていない・・・何故だかわかるかしら?」
茉莉 「え・・・?何でって・・・?」
桃香 「桜志眞泪さん効果で集客が伸びたにもかかわらず、そのお客さんがリピーターになっていない・・・。つまり結局この店のメニュー内容ではリピーターを獲得できるほどお客さんを満足させられていないからよ。・・・喜多嶋孝祐さん。」
孝祐 「・・・はい。」
桃香 「貴方の今の夢・・・何だったかしら?」
孝祐 「この幸楽を世界中のどの料理店よりもお客様の笑顔であふれる店にすること・・・です。」
桃香 「断言するわ。今の貴方では無理よ。インスタントラーメンを美味しくすることにこだわっている、今の貴方にはね。」
孝祐 「・・・。」
桃香 「素子さんを、いつまで待たせるの・・・? 早く彼女を幸せにしてあげたい、そうでしょう?」
孝祐 「・・・僕は・・・。」
桃香 「丹波勇さん、貴方はなぜ、カレーを教わったのかしら?」
勇  「え?なぜってそりゃあ・・・カレーが一番美味しかったから・・・。」
桃香 「嘘はよくないわね。貴方がカレーの修業をする前に、全国各地のラーメン店で修業をしていたという情報が調査の結果わかったわ。」
茉莉 「え?」
勇  「・・・。」
桃香 「つまりあなたは、その気になればラーメンだって作れる。・・・どうしてそれを隠して、カレーしか作れないふりをしていたのかしら・・・?」
茉莉 「勇くん、それ本当・・?」
楽太郎「・・・勇、お前・・・。」
勇  「・・・すいませんでしたアニキ! 隠すつもりはなかったんです!」
楽太郎「・・・どういうことだ?」
勇  「・・・最初は・・ラーメンの修業してて・・・それでようやく一人前だってあちこちで認めてもらって帰ろうって思った時、ふと考えちまったんです・・・。孝祐は・・・なんでインスタントラーメンしか作んねぇんだろう・・・って。」
孝祐 「僕が・・・?」
勇  「だって気付いちまったんだよ!料理の修業してるうちによ・・・お前がただもんじゃねぇってこと!そしたら思ったんだ、こんなすげぇ奴が自分のラーメン作らずにインスタントラーメン作ってるとしたら、絶対なんか理由があるんだって!」
茉莉 「理由・・・?」
勇  「孝祐がそうする理由なんかどんだけ考えても一個しか思い当んなかった。だから・・・この店ではラーメンはインスタントしかダメなんだって・・・そう思って・・・。」
桃香 「水村友美さん、貴女ならうすうす気づいていたんじゃないかしら。この店が、ラーメン店でありながらインスタントラーメンしか出さないその理由が。」
友美 「それは・・・。」
楽太郎「二つある。」
茉莉 「楽兄ちゃん!?」
楽太郎「一つは・・・この店はもともと喫茶店だ。いつか喫茶店に戻すために、完全にラーメン屋にするつもりがなかった。それが一つ、そしてもう一つは・・・。」
桃香 「・・・幸ね。」
楽太郎「・・・ああ、そうさ。俺はこの店を大きくするつもりも、長く続けるつもりもない。ただ一人・・・幸がこの店に来てくれれば、それでいいんだ。」
丈  「・・・それでいいのか?」
楽太郎「丈、お前には話したはずだ。ラーメン屋はアイツを呼ぶためにだけにやるって。お前はその時賛成しただろう。」
丈  「ああ、したさ。あの時の俺はどうかしてたんだ。今のお前と一緒でな。」
楽太郎「・・・何?」
丈  「お前は本当に今でもそれでいいと思っているのか!? 見てみろ! この店を! お前の周りを! ・・・もうここは【喫茶みずむら】じゃない!ラーメン屋なんだよ! 【ラーメン屋幸楽】なんだよ! 俺たちだけのエゴに、孝祐君や茉莉君、丹波君そしてトモを巻き込んでどうする!? ここにいる4人だけじゃない! 純粋にこの店を愛してくれているお客さんたちに対しても、それでいいって言えるのか!?」
楽太郎「・・・言えるさ。幸楽は・・・幸を釣るためのエサだ。それだけでしかない。」
桃香 「だったら・・・貴方は店長失格ね。幸田君。」
楽太郎「だから何だって言うんすか?」
桃香 「・・・覚えてる?貴方がこの店を買い取るためにかき集めたお金の大半は、私から借りたものだっていうことを。」
楽太郎「・・・。」
桃香 「返済期限、いつまでだったかしら?」
楽太郎「今月末・・・までです。」
桃香 「全額、返せますか?」
楽太郎「・・・。」
桃香 「返せないわよね。だから最近、ずっと返済期限を延ばしてくれって頼みに来てるんだものね。」
友美 「そんな・・・そんなこと私たちには一言も・・・。」
桃香 「・・・お金は返して頂かなくて結構です。ただしそのかわり、このお店の経営権を私に譲って頂きます。」
楽太郎「なっ・・・! 待ってくれ桃香さん!この店はトモの・・・!」
桃香 「安心して。【幸楽】はそのまま存続させるわ。別にウチのスタッフにやってもらおうとかそんなことは考えてないわ。ただし、存続にあたっていくつか私から業務改善指導をさせていただくけどね。」
友美 「それは・・・どういう・・・?」
桃香 「まず第一に、インスタントラーメンではない、本当のラーメンを喜多嶋さん、丹波さんには作れるようになってもらいます。二人が協力すれば、他店にはない絶品のオリジナルラーメンがきっと作れるはずよ。」
勇  「オイラ達の・・・オリジナルラーメン・・・。」
孝祐 「・・・。」
桃香 「さらにはスタッフも増やさないとね。その時、中心になるのが貴女たち二人よ、安東さん、水村さん。貴女たちの接客レベルは他店に比べてはるかに高いわ。ウチの従業員たちにも見習わせたいくらい。」
茉莉 「そんな・・・別に私たちそんな大したこと・・・。」
桃香 「でも、こんなにレベルの高いスタッフがいたとしても・・・店長がコレではね。一番重要なのは、店長である幸田君。貴方に辞めてもらうことよ。」
孝祐・茉莉・友美・勇「!?」
孝祐 「待ってください及川社長! それだけは認められない!」
桃香 「なぜ?」
勇  「決まってらぁ。オイラ達はアニキがいるからこの店にいるんだ。アニキがいねぇ幸楽なんざ幸楽じゃねぇよ。」
友美 「たとえ・・・楽太郎さんが店長失格だとしても、私たちは楽太郎さんのもとで働きたいんです・・・!」
茉莉 「私たちはどうなっても構いません。だから・・・楽兄ちゃんからこのお店を取り上げることだけは絶対にしないでください!」
桃香 「彼は・・・貴方たちの事も、お店の事も、お客さんの事も考えていないのよ。それでも・・・。」
茉莉 「それでも構いません。楽兄ちゃんの望みが幸さんの帰りを待つことなら、私たちも一緒に待つ・・・それだけです。」
桃香 「・・・わかったわ。では貴方たちの覚悟の強さ。試させてもらいます。」
勇  「試す?」
桃香 「一週間、貴方たちに時間をあげます。それまでに、私と大和先生の二人を満足させる絶品のオリジナルラーメンを創りなさい。それが出来れば、彼には引き続き店長としてこの店に残ってもらいます。」
友美 「出来なかったら・・・?」
桃香 「彼を解雇する。それだけです。」
孝祐 「絶対にさせません。」
桃香 「そう・・・では、一週間後にまた来ます。おやすみなさい。」

     桃香、帰る。続いて丈も帰ろうとする。

茉莉 「待ってください! ・・・丈さん、前に言いましたよね? 友美ちゃんと・・・楽兄ちゃんの事よろしく頼むって。」
丈  「・・・。」
茉莉 「その丈さんが・・・どうしてこんな事・・・?」
丈  「このままでは前に進めないからだよ。この店がある限り、この店がコイツを縛っている限り、何も変わらないからだ。」

     丈、店から出ていく。

楽太郎「・・・すまんな、お前ら。面倒事に巻き込んじまって。」
茉莉 「楽兄ちゃん。一つだけ聞かせて・・・?」
楽太郎「・・・何だよ?」
茉莉 「私たち、勝ちに行くよ。全力で。・・・いいよね?」
楽太郎「・・・幸がここに戻ってくるまでは、俺はこの場所から離れるわけにはいかない・・・。」
友美 「楽太郎さん・・・。」
楽太郎「勝ってくれ。・・・頼む。」
勇  「合点承知の助ぇ!」
孝祐 「お任せください。」
楽太郎「悪い・・・頼んだぞ・・・。」
茉莉 「・・・ごめん! やっぱりもう一つだけ!」
勇  「姐さん・・・今いい空気なんすから水差すのは・・・。」
茉莉 「相原幸さんの事! 聞かせて・・・。その人と楽兄ちゃんの間に何があったのか?何で楽兄ちゃんはこのお店でその人を待ち続けるのか? ・・・こうなった以上、聞く権利はあると思う。」
楽太郎「・・・話す必要はない・・・。」
友美 「じゃあ・・・私が話します・・・!」
楽太郎「トモ!お前・・・!」
友美 「ごめんなさい茉莉さん。楽太郎さんが幸さんの事話したがらないのは・・・幸さんが私の父の死に大きく関わっているからなんです。でも・・・こうなった以上、皆さんにも知っておいていただく必要はあると思います。・・・お話しします。かつてここで何があったのか・・・」

     暗転。

十一
回想・五年前。冬。
     まだこの店がラーメン屋【幸楽】ではなく喫茶店【喫茶みずむら】だった頃。
     臨時休業中の店内。幸が一人でうなだれている。
     そこに楽太郎がやってくる。

楽太郎「風邪ひくぜ・・・幸。」
幸  「幸楽。」
楽太郎「コーヒー、淹れるよ。」

     カウンターで作業をする楽太郎。

幸  「私は・・・愚か者だな。」
楽太郎「何も言うな。」
幸  「お前の言うことを聞いておけば、こんな事にはならなかったのだ。」
楽太郎「もういい。」
幸  「私が・・・私が店長を殺したも同然だ・・・!」
楽太郎「もういいって言ってんだろ!」

     幸を抱きしめる楽太郎。

楽太郎「お前は・・・間違ったことしたわけじゃねぇ・・・間違ってんのは犯人だ!そうだろ!」
幸  「でも・・・でも・・・!」
楽太郎「それに・・・それを言うなら俺だって同じだ・・・あの時お前を力づくでも止めておけば・・・!」
幸  「幸楽・・・。」
楽太郎「全部一人で背負い込むな・・・頼む・・・!」
幸  「・・・ありがとう。」
楽太郎「コーヒー・・・淹れるな。」
幸  「うん。」

     離れる二人。
     楽太郎、コーヒーを淹れる。
     楽太郎、コーヒーを幸に渡す。

楽太郎「少し熱いぞ。」
幸  「ありがとう。」

     コーヒーを飲む幸。

楽太郎「あのさ・・・幸。」
幸  「何だ・・・?」
楽太郎「トモの事なんだけどさ・・・。」
幸  「・・・ああ。」
楽太郎「俺たちで引き取って育てないか?」
幸  「・・・何を言っている?」
楽太郎「・・・こんな時に不謹慎だって言うことはわかってる・・・けどさ、俺とお前でトモの親父さんとお袋さんの代わりになれるんだったら・・・って考えたらさ、やっぱ赤の他人よりは・・・その・・・夫婦の方がさ・・・って言うか。」
幸  「私たちではお二人の代わりになどなれんよ。そもそもお二人の代わりなど世界中どこを探したところで存在しない。」
楽太郎「んなことはわかってるけどさ・・・。」
幸  「だが、幸楽の言いたいこともわかるよ。」
楽太郎「え?」
幸  「トモは・・・私が母親代わりなど嫌ではないだろうか・・・?」
楽太郎「大丈夫だよ。お前ならきっと。」
幸  「幸楽・・・お前は・・・私でいいのか?」
楽太郎「お前がいいんだ、幸。お前と一緒にずっと生きていきたい。」
幸  「・・・ありがとう。」
楽太郎「じゃあ俺、丈に連絡するわ。アイツ今親族にトモの引き取り先の事でいろいろ動いてくれてるからさ。・・・あれ?ケータイどっかに置いてきたのか・・・ちょっと探してくる!」

     奥に引っ込む楽太郎。

幸  「ありがとう・・・幸楽。こんな私を愛してくれて。でも・・・私には貴方を愛する資格はない。愛される資格もない。だから・・・もう私は貴方と一緒にはいられない。ごめんなさい・・・さようなら。」

     指輪を外しカウンターに置き、静かに店を後にする幸。
     暗転

楽太郎(声)「幸・・・? どうしてだよ・・・幸――――――!!」

十二
     十二月上旬。夜。
     閉店後の幸楽。
     テーブル席には丈と桃香が座っている。カウンター内で作業をしている孝祐と
勇。
その様子を見守っている茉莉、友美、泪、素子、潤一。
楽太郎はカウンター席で一人で虚ろにしている。

孝祐 「・・・出来ました。」

     茉莉と友美、出来上がったラーメンを受け取り、友美が桃香に、茉莉が丈にラ
ーメンを渡す。

勇  「【幸楽特製シェフの気まぐれラーメン】です。」
孝祐 「どうぞ・・・お召し上がりください。」

     静かにラーメンを食べる桃香と丈。
     固唾をのんで見守る一同。
     やがて桃香がゆっくりと箸を置き、口を開く。

桃香 「・・・素晴らしい。予想をはるかに超えたまさに珠玉の一品ともいえるラーメンだわ・・・。この味なら全国のどこのラーメン店とも張りあうことが出来るといっても過言ではないわね。」
勇  「っしゃあぁー!」
孝祐 「ありがとうございます。」
茉莉 「・・・丈さん・・・どうですか?」
丈  「・・・流石だ。見事の一言に尽きる。」
友美 「それじゃあ・・・?」
丈  「だが・・・残念だがそれでも僕はこのラーメンを認めるわけにはいかない。」
茉莉 「どうしてですか!」
丈  「決まっている。その男をこの店から追放するためだ。」
泪  「理解に苦しむな。大和先生、マスターと私を引き合わせたのは貴方ではないか。つまり貴方はマスターがこの店にとって何より重要な人物だと理解しているはずだ。その貴方が、何故マスターを追い出そうとする?」
桃香 「・・・大和君、もういいわ。全てを話しましょう。これ以上貴方だけが憎まれ役になるのは・・・やっぱり違うと思う。」
素子 「どういう事ですの?」
桃香 「幸田君・・・大和君はね、貴方に幸を連れ戻してきて欲しいのよ。たとえそれが力づくになってもね。」
楽太郎「え・・・?」
桃香 「そのために、何としてもこの店から貴方を切り離したかった・・・だから彼は私のところに相談に来たのよ。」
勇  「何だよ・・・そんならそうと言えば良かったじゃねぇかよ。」
茉莉 「ううん・・・。ダメだよ。きっと言ったところで・・・楽兄ちゃんは・・・きっとこの店を後にして幸さんを探しに行ったりしない。」
潤一 「何で・・・?」
孝祐 「・・・僕らがいるから・・・ですね。」

    頷く茉莉。

茉莉 「楽兄ちゃんは・・・いつも自分の事よりも人の事ばかり考えてるもんね。」
楽太郎「・・・。」
丈  「最初は・・・トモの帰る場所を守るため・・・だけどそれが、孝祐君をはじめ、多くの人の居場所になってしまった・・・。だからこそお前は、この店を守らなくてはいけなくなった。そうだよな?」
楽太郎「・・・違う。俺は・・・アイツの、幸の居場所を守ってる!ただそれだけだ・・・!」
丈  「いい加減にしろよ! お前だってわかってるんだろう!待ってるだけじゃあの人は戻ってこないって!だったら探しに行けよ!探して、見つけて、連れ戻して来いよ! それが出来るのは・・・それが出来るのはお前しかいないんだよ! お前しか・・・。」
友美 「丈さん・・・。」
孝祐 「店長。」
楽太郎「孝祐・・・。」

    楽太郎を殴る孝祐。

楽太郎「がはっ・・・。」
茉莉 「孝祐さん!?」
孝祐 「何で・・・何であんたはそうやっていっつも一人で抱えてんだよ! 言えよ!我儘言ってくれよ! そんなに俺らが頼りねぇかよ!悪かったな!頼りなくてよ!でもよ・・・あんたの留守くらい守ってみせるよ! あんたが幸さん見つけて、連れ戻した時にさ、『ここが俺と、お前の店だって』、あんたが幸さんに自慢できるようにさ、すっげえ店にしてやるから・・・だからさっさとどこにでも行っちまえよ!」
楽太郎「・・・孝祐・・・。」
丈  「頼む・・・幸田! あの人を・・・救ってやってくれ・・・!」
楽太郎「・・・怖いんだよ、丈・・・。本当に俺でアイツの事救えるのかな・・・。俺はあいつに必要とされてないんじゃないのかな・・・。あの日、アイツが俺のもとから姿を消した日から、ずっと・・・ずっと答えが出なくてよ・・・。」
茉莉 「・・・大丈夫だよ。きっと、幸さんは楽兄ちゃんの事、きっと待ってる。」
楽太郎「茉莉・・・。」

     茉莉、カウンターの中の写真立てを取り出す。

茉莉 「やっと思い出した・・・。私、一度幸さんに会ってます。」
丈  「どこで!?」
茉莉 「楽兄ちゃんの実家の・・・喫茶店です。」
楽太郎「・・・え?」
茉莉 「卒業式の次の日、おじさんに頼まれてお店のお手伝いをしていて、その時に、お客さんとして幸さんが来たんです。コーヒーを注文して・・・コーヒーを飲んで・・・泣いてたんです。」
楽太郎「幸が・・・親父の店に・・・?」
茉莉 「今思うと・・・あれはきっと楽兄ちゃんの事思い出してたんじゃないかな・・・。だって・・・おじさんのコーヒーと楽兄ちゃんのコーヒー・・・親子だけあってすごく似てるもの・・・。」
楽太郎「幸・・・。」
茉莉 「楽兄ちゃん、幸さんの涙を止められるのは、楽兄ちゃんだけだよ。・・・だから、行って!」
孝祐 「諦めなきゃ何だって出来る・・・そうでしょう、店長!」
勇  「だな。アニキ、行ってくだせぇ。オイラ達なら大丈夫っす。なぁ、トモ。」
友美 「楽太郎さん・・・私も、幸さんに会いたいです。会って、今の私を幸さんに見せたいです。だから・・・幸さんの事連れ戻しに行ってください。お願いします!」
潤一 「店長さん、前に俺に言いましたよね。逃げたままでいいのかって。店長さんはどうなんですか? 自分の気持ち押し殺して、ここでただ待ってるだけでホントにいいんですか?」
泪  「フッ・・・我等がマスターよ。私たちにいつも偉そうにお説教している貴方が、このまま言われっぱなしで終わるのかい?」
素子 「終わりませんわよ。だってこの方は、真司さんを導いてくれた素晴らしいお方なのですから・・・。」
桃香 「幸田君・・・出来の悪い後輩の事で苦労をかけてごめんなさい。でも、あの子を幸せにできるのは、きっと、貴方しかいないの。だから・・・。」
丈  「幸田!」
茉莉 「楽兄ちゃん!」
楽太郎「・・・あ~あ~うっせぇうっせぇ!そんなに俺を追い出したいのかお前らはよぉ!」
孝祐 「はい。店長は働きすぎです。しばらく休んでいてください。」
楽太郎「わかったよ。しばらく休む。留守は頼んだぜ、お前ら!」
孝祐 「はい!」
勇  「任せて下せえ!」
友美 「頑張ります!」
茉莉 「楽兄ちゃん・・・いってらっしゃい!」
楽太郎「おう!ちょっといってくらぁ!」

     意気揚々とみんなに見送られて店を後にする楽太郎。
     暗転。

エピローグ

     三年後のクリスマス・イブ。
     幸楽店内。
     扉には【本日貸切】の札が。
     泪と桃香がそろって入ってくる。
     奥から茉莉と潤一が出てくる。

潤一 「桜志眞さん、及川社長、お待ちしてましたよ。」
茉莉 「これで全員揃ったね! 孝祐さん! 素子さん!」

     奥から料理の山を持った孝祐と素子が出てくる。

孝祐 「茉莉さん、潤一君、料理の準備は全部出来ましたので、店内に運んでもらっても
いいですか?」
素子 「孝祐さんがお二人のためにと腕によりをかけて作りましたの。」
泪  「ほう、それは楽しみだな。」
茉莉 「泪さんも突っ立ってないで手伝ってよ! 働かざる者食うべからずだよ!」
泪  「なんと!マリー、私は客のはずなのだが・・・。」
茉莉 「つべこべ言わずに働くの!」
潤一 「桜志眞さん・・・すみません手伝ってもらっても・・。」
泪  「やれやれ・・・。」
桃香 「あれ?そういえば大和君は?」
孝祐 「披露宴で飲みすぎまして・・・。奥で休んでます。」
桃香 「あらあら、新婦の父代わりとして参加しておきながら・・・ふがいないわね。」
丈  「・・・面目ない・・・。」

     奥からフラフラの丈がやってくる。

桃香 「大和君、昔からお酒弱いんだから無理しちゃだめよ。」
丈  「・・・おっしゃる通りで・・・。ちょっと羽目を外しすぎました。」
茉莉 「お待たせしました! それではただ今より、丹波勇・友美夫妻の結婚記念パーティーIN幸楽を始めまーす! それでは、新郎新婦の入場です!」

     奥から出てくる勇と友美。
     皆、二人を祝福する。

勇  「みんな・・・・センキューベイベー!」
友美 「・・・ありがとうございます・・・。」

     嬉しさのあまり泣き出す友美。

勇  「おいおいトモ・・・お前まだ泣くのかよ・・・。」
友美 「だって・・・嬉しくて・・・。」
勇  「わぁったわぁった・・・ほら、泣け泣け」

     友美を抱きしめる勇。
     それを冷やかす皆。

茉莉 「新作・・・読みましたよ。」
丈  「そうか。」
茉莉 「あの作品みたいに、・・・あの二人にもハッピーエンドを迎えてほしいです。」
丈  「そうだね。」
茉莉 「それにしても・・・どこで何やってるんでしょうね・・・?」
丈  「さぁね。」
茉莉 「今日の事は・・・?」
丈  「一応、ありとあらゆる手段でわかる様にはしておいた。」
茉莉 「もしかしたら来るなんてことは・・・?」
丈  「どうだろうね・・・?」

     突然勢いよく店の扉が開く。
     急な出来事に固まる9人。
     男女二人組が入ってくる。
     それは・・・。

楽太郎「オラ!まずは皆さんに一言!」
幸  「すいませんでしたー!」
楽太郎「よし!」
友美 「あ・・・あ・・・。」
幸  「む・・・トモ・・・か? 見違えたな。・・・綺麗に・・・。」
友美 「幸さぁん! 会いたかった!会いたかったよぉ・・・!」
幸  「・・・すまない。トモ・・・私は・・・。」
楽太郎「余計なことはいいんだよ! ちゃんと受け止めてやれバカ幸。」
幸  「ああ・・・。」
勇  「うおぉぉぉ!アーニーキー!」
楽太郎「うわぁうぜぇ!こっちくんじゃねぇバカ!」
茉莉 「来ちゃいましたね・・・。」
丈  「そうだな・・・。」
茉莉 「・・・最高のクリスマスプレゼントですね。」
丈  「ああ・・・。本当に・・・。」

     クリスマス・イブ。
     幸楽店内。
     扉には【本日貸切】の札が。
     店内には孝祐、茉莉、丈、泪、友美、勇、素子、桃香、潤一
     そして楽太郎と幸の笑顔が。
     11人のクリスマスパーティーはまだまだ続く・・・。

《完》

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