喰命御前試合(しょくめいごぜんじあい) 6
静寂を取り戻した御庭に、再び火花が散る。準決勝の第二試合。勝ち名乗りを上げ、決勝で待つ神楽木一徹への挑戦権を手にするのはどちらか。
準決勝第二試合:如月冴十郎 vs 幻庵
西方、豪快に首の数珠を鳴らしながら歩み出るは「礫打ちの金剛」・幻庵。その全身は鉄のごとき筋肉に包まれ、一回戦で黒豹を葬った剛拳が唸りを上げている。腰の袋には、鋭く尖った新たな石礫が大量に詰め込まれていた。
「南無三。色狂いの若造め、我が拳の錆にしてくれよう」
東方、二本の朱槍「紅蛇」と「漣」を風車のように軽やかに操りながら現れるは「紅蓮の貴公子」・如月冴十郎。返り血ひとつない美貌に冷徹な笑みを浮かべ、双槍の切っ先を交互に突き出す。
「美しいものを壊したがる男は嫌いでね。そのむさ苦しい頭、私の朱槍で綺麗にくり抜いてあげよう」
「始めぃ!」
将軍・家光の合図とともに、激動の第二試合が幕を開けた。
「破ァッ!!」
幻庵の咆哮とともに、先手を打ったのはその神速の「礫」だった。
両手から同時に放たれた五発の石礫が、それぞれ異なる軌道を描きながら、冴十郎の顔面、胸部、四肢へと襲いかかる。一発一発が人間の頭骨を容易に粉砕する弾丸だ。
しかし、冴十郎の双槍はそれを上回る速度で舞った。
「――『紅蓮陣・無縫』」
右の「紅蛇」と左の「漣」が、冴十郎の周囲に赤い残像の壁を作り出す。
カンカンカンカンッ!
激しい金属音が響き、幻庵の石礫はすべて正確に叩き落とされた。弾かれた石が周囲の地面を爆破するように穿つ。
「防ぐか! ならばこれはどうだ!」
幻庵は走りながら、さらに無数の石を連射。同時に、その巨体を生かした猛烈な突進で距離を詰める。石礫はあくまで布石。真の狙いは、間合いを潰しての「肉弾戦」だ。
槍は間合いを離してこそ真価を発揮する武器。懐に入り込まれれば圧倒的に不利になる。
「懐に入れば勝ちだと思ったかい? 浅はかだな」
冴十郎の笑みは消えない。彼は下がるどころか、自ら幻庵の突進に向けて踏み込んだ。
幻庵の放った一撃必殺の正拳突きが、冴十郎の胸元へ迫る。
冴十郎は二本の槍の柄を巧みに交差し、幻庵の拳の勢いを横へと受け流した。しかし、幻庵の拳圧は凄まじく、かすっただけでも冴十郎の衣服が衝撃で弾け飛ぶ。
「おおおおっ!」
幻庵の連撃。拳、肘、膝、あらゆる部位が鋼の武器と化して冴十郎を襲う。
対する冴十郎は、長身の双槍を時に短く持ち替え、時に地面に突き立てて軸にしながら、蝶のように華麗に、かつ冷徹に幻庵の攻撃をいなし、その肉体に鋭い突きを返していく。
チクッ、チクッ――
幻庵の鉄の肉体に、赤い筋がいくつも刻まれていく。一本の槍では捉えきれない幻庵の体術を、二本の槍が完璧に補い合っていた。
「小賢しい真似をッ!」
じりじりと削られる幻庵が、ついに勝負に出た。自らの足元へ強烈な踏み下ろしを放ち、舞台の白砂を文字通り「津波」のように舞い上げたのだ。視界が完全に遮られる。
(捉えた!)
幻庵は砂煙の向こう側、冴十郎の気配に向けて、渾身の力で全石礫を投げ放ち、間髪入れずに両拳を突き出した。
砂煙が晴れた瞬間、幻庵は目を見開いた。
そこに冴十郎の姿はなかった。地面に突き刺さった一本の赤朱槍「漣」だけが残されていた。
「上だ、坊主」
頭上からの声。冴十郎は、幻庵が砂を巻き上げた瞬間に槍を地面に突き立て、それを跳躍台にして遥か高空へと身を躍らせていたのだ。
重力に従い、急降下する冴十郎。手にあるのは、もう一本の朱槍「紅蛇」。
「双槍絶技――『紅蓮・落陽』」
「ぬううううっ!」
幻庵は咄嗟に両腕を十字に交差し、防御の構え(金剛不動の構え)を取る。その腕は鉄格子のようであり、いかなる刃も通さぬはずだった。
しかし、冴十郎の狙いは幻庵の肉体そのものではなかった。
急降下しながら放たれた「紅蛇」の強烈な一突きは、幻庵が首から下げていた「大ぶりの数珠の紐」を正確に捉え、引きちぎった。
ばらばらと四散する巨大な数珠の玉。
「な……数珠を!?」
一瞬、幻庵の意識が揺らぎ、完璧だった防御の構えにわずかな隙が生まれる。
その刹那を見逃す冴十郎ではない。着地と同時に、地面に残していたもう一本の槍「漣」を瞬時に引き抜き、下段から跳ね上げるように突き出した。
ザシュッ――!
鋭い二条の赤い閃光が、幻庵の両腕の隙間を縫い、その両肩の関節を正確に貫いた。
「ぐはっ……!?」
幻庵の剛腕から完全に力が抜ける。両肩の腱を完璧に断ち切られ、自慢の拳を突き出すことはもう叶わない。
冴十郎は流れるような動作で槍を引き抜くと、幻庵の首筋へ刃をピタリと突きつけた。
「私の勝ちだ。その鍛え上げた筋肉も、動かなければただの肉塊だよ」
幻庵は悔しげに歯噛みしたが、やがてふっと息を漏らし、その場に崩れ落ちた。
「……見事な……技の冴えだ……南無……」
「勝者、如月冴十郎!」
鳴り響く歓声。如月冴十郎が、その圧倒的な華麗さと戦術で破戒僧を退けた。
これで、すべての準決勝が終了。生き残ったのは二人。
「心眼の抜刀斎」・神楽木一徹。
「紅蓮の貴公子」・如月冴十郎。
命をかけた御前試合、ついに「天下無双」の座をかけた決勝戦の幕が上がろうとしていた――。
