サヨナラ東京 第三の季節。逃亡者の心もやっと弛んだ。

●春が来たんじゃねえ!

三月に手が届きそうになって、森を覆う大気がにわかに緩んできた。
これも異常気象の一つだろうか。あまりもの急変だ。
胸を鋼で挟みつけられているような、あの痛いほどの寒さは過ぎ去ったのだった。

…で、久しぶりに木々の梢に目を走らせると、
「あっ」
コナラの梢が絵の具の紅色を一筆走らせたように変わっているではないか。木の芽がもう芽吹きに備えているのだ。目を転ずると、コブシの花芽もネコヤナギのような銀色になってふくらんでいる。
春! 思わず、からだの中を熱いものが走る。そう言えば今朝のニュースで、長い間居座っていたシベリア寒気団が北へ退いたと言っていた。関東平野には南風が入るでしょうと。
気のせいか、陽を受けたハルニレやミズナラの高い梢にも紅色が感じられる。ドウダンやサンシュユも確認したが、こちらは完全に赤い芽だった。
最近は北向きの風呂場のガラス窓に氷の結晶ができなくなった。
きのうは屋根の雪が融けてポタポタ落ちる音が、日暮れになってもしていた。ついこの間までは昼を過ぎると、もうツララになっていたあの雪解け水が。

トトトトトトトトッ。タタタタタタタタッ。
そのとき、キツツキの機関銃音のようなドラミングが響いた。繁殖の季節にそなえ、縄張りの主張を始めたのだ。
耳を澄ませば、真冬の間はチチチだった小鳥たちの声が、ピーヒャラピーと明るく高らかになり、追っかけっこを始めていた。鳥たちにも恋の春がやって来たのだ。
「車がドロドロに汚れ始めますとね、いよいよ春です」
いまや森暮らし一年生の担任教諭と化している石油屋さんが夕方配達にやって来て、今回はこの地ならではの現実的な春の兆候を教えてくれた。
「つまり、道のアイスバーンが融ける季節になった。そういうことですか」
「そうなんですよ。除雪した雪の山で狭くなっていた道幅も、これから日を追って元の広さに戻り始めます。やれやれですよ」
その言葉を聞くぼくの頬には、熱い粒子の混ざった夕日が当たっていた。
ありがたい。もはや酷寒の孤独に囚われることはない、と思ってもよいのかもしれない。
ぼくは両手を天に伸ばし、生まれ育った広島弁で思わず叫んだ。
「もう春なんじゃ。春が来たんじゃねえ!」
石油屋さんはあっけにとられたかもしれないが、この歓び、標準語ではとても表せない。

●文系男子、氷河に挑む。

春の兆しが予想もしなかった現象をもたらした。
北の屋根から氷河が崩落したのだ。

積もった雪が陽ざしに融けていくのを眺めていると、ショパンのピアノ・ソナタが聞こえてきますよ…なんて気取っている場合ではない。
北側の屋根には非音楽的、暴力的な雪が溜まっている。
圧雪。
それは傾斜した屋根と屋根がV字をつくる谷にできる。
大自然の氷河を思い浮かべていただければおわかりのように、雪は谷底に向かって圧し固められるように集積し、あのフワフワと舞っていた頼りないやつが、岩をも削るほどのパワーを貯める。
しかも。
大自然の場合は何千年、何万年単位だろうが、わが家の自家製氷河は、気温の上昇とともに一日単位のスピードで谷を下ってくる。そして峡谷の先端、つまり軒先から五センチ、一〇センチと顔を出し、ついに自重を支えきれなくなると崩落する。
ズドド~ン! ド~ン! 
何事かと、思わず腰が浮く。
なにしろ、小鳥のさえずりを標準音としている静かな森だ。鼻先にダンプカーが突っ込んできたかと驚いた、いやタマゲタ、魂が消えた。
それで、何はさておき、音のした方にへっぴり腰で走ると、こんどは眼前で轟音。
その凄まじさに脚がすくむ…どころじゃなかった、もうちょっとで死ぬところだった。
大げさに言っているのではない。相撲取りのおなかぐらいある氷塊が、ほんの一メートルのところに落下したのである。脳天に当たっていたらイチコロだったかもしれない。
好運なんてものにとんと縁のないぼくとしては、信じがたいほどのラッキーだった。

用心深く迂回して、残りの氷河はどうなっているかと偵察すると…。
「う~む!」
思わずうなる。まだ四メートルも残っていた。
南側の屋根にはすでに雪がない。暖房熱と太陽熱で一気に雪が滑り落ちた。しかし、北側は太陽熱の攻撃が南ほどにはないせいか、圧雪がしぶとく生き残っている。
妻がいれば、夕ご飯の話題は自家製氷河でさぞ盛り上がったことだろう。が、そうはいかないので、耳の奥で氷河落下の残響を聞きながら、明日の対策を考える。
急ぐには理由があった。
きょう偵察してみてわかったのだが、下手をすると、
(氷河の角が電柱と我が家を結ぶ引き込み線を切断するかもしれない)
そう判明したからだ。
その引き込み線。素人が日曜大工で針金をより合わせたようで、「こんなんでいいんですか?」と言いたいぐらい、はなはだ心もとないときている。切れないまでも、少しでも氷河に触れれば火花を散らしそうな神経質感がある。
(なんとしても残りの氷河を安全に落下させなければ)
と気が急くが、ワタクシ、根っからの文系で、電気だの電波だの電線だの、電のつくものには強いアレルギーがある。
(空中放電しているやつがピリピリ来たらどうしよう…その前に、だいいちあそこまで梯子が届くかどうか…)
と早くも逃げ腰になっていると、
「あらぁ、意気地なしねえ」と天から誰かさんの声。「届こうが届くまいが、やるときゃやるのよ」

翌日早朝。
ぼくは絶縁体と化した。
軍手をした上に園芸用の革手袋をはめ、手拭いで覆面をし、ゴーグルをし、弱点のヒカリモノの頭頂部は毛糸の帽子で隠し。そして三つ又鍬の端っこを握って、決死の突撃開始。
結果。
「めんどくさそうなヤツだ」
と電気の方から近寄るのをやめてくれたのかもしれない。とにかく、なんとか鍬で引っかいて、引き込み線に触れさせないよう氷河を落とすことに成功した。
すごい達成感があった。
こんなこと、雪国の人にとって日常茶飯事だろうから担任教諭の石油屋さんに報告するのは気恥ずかしいが、ぼくはそれでも誰かに言ってみたくて仕方なかった。

何はともあれ、しかし。
ありがたいことではないか。こうして戸外の作業に熱中することができると、井戸底ばかり覗き込んでいたぼくの視線が、おのずから上を向くのだから。
雪融けは酷寒の孤独をも融かしてくれる。

●愚かな想定外。

引っ越して来て四か月。
その間に想定外の事態が数々起こった。
そのうちのいくつかを箸休めにご紹介したい。」

第一の想定外。
春の気配を感じ始めたいまになって、雪の降り方が激しくなった。それは厳寒期の雪をはるかにしのぐ凄まじいものだった。
パウダー・スノーには、冬空を漂うか弱い生命体を想わせるような情感があった。
しかし、「春近し」の雪は、大空を埋め尽くして行軍する歩兵連隊のようにズシッ、ズシッと足音を響かせて進軍してくる。それだけたっぷりと水分があるということなのだろう。
一粒一粒が大きい。重たい。
あいにく、わが家の屋根は鋼板でできている。初代のオーナーは雪が滑り落ちやすいからそうしたのだろうが、なんとも騒々しいのだ。
酷寒の間、雪で音がしたことはもちろんなかった。しかし、「春近し」の雪になると、豪雨が降ってきたかと思うほどの音をたてるのだった。
(雪で屋根が鳴り響くなんて!)
それはそれで、相当な想定外だった。
が、もっと想定外だったのは、そんな重量級の雪が降った翌朝のことだった。
一挙に八〇センチも大地が高くなっていたのである。
(せっかく、春が来たんじゃねえと広島弁で喜んでいたのに…)
落胆、それからじんわりと悲しみ。
酷寒の中、春を待望し、その春にやっと指先が届いたと喜んでいたとたんの真冬への逆戻り。
一気に気持が落ち込んだ。
雪の下にまさに芽吹こうとしている木の芽、草の芽があるとは、再び思えなくなった。

想定外、その二。
山暮らし一年生であるがゆえの「ええっ?」。
それは洗濯機での出来事だった。
まだ冬の初め、去年のことなのだが、排水をしなくなったので、はるばる遠い峠の下の町から電気屋さんに来てもらった。すでに峠道は凍結しているから、ここまで一時間半はかかったのではないだろうか。
が、着いてほんの一、二分。電気屋さんはあっさり診断を下した。
「凍結ですね、配水ホースの」
原因は機械ではなかったのだ!
機械の故障なら来てもらったかいがあったし、修理に一時間でもかかればまだ罪悪感はなかったが、ほんの一、二分では申し訳なくて顔も上げられない。おまけに原因が、酷寒生活に慣れていないこと丸出しの初歩的なミスとは…。
ぼくは立つ瀬がなかった。
「すみません。わざわざ遠くから来ていただいたのに…」
恐縮するぼくに、電気屋さんは表情一つ変えず、かと言って不機嫌になるでもなく、淡々と続けた。
「これからは洗濯が終わるたびにホースから水をぜんぶ抜いてください。かわりに不凍液を入れてください。不凍液はガソリン・スタンドで売っていますから」

想定外、その三。
冷蔵庫の役割も一八〇度変わった。
ビールや肉や魚も、冷やしたければ冷蔵庫から出し、暖気の届かない場所、たとえば玄関とか物置き替わりにしている部屋に置いておけばよいのだった。
それに気づいたのは、冷蔵庫の扉を開けると、ほんわりとした温かさを感じられるようになった時だった。
(室温より庫内の方があったかい?)
考えもしなかった。夏でも冬でも、家でいちばん温度の低い場所が冷蔵庫内。それが平野部暮らしの常識だから。
ではこの地方、冷蔵庫は冬場、何のために使うのか。
それは物を適度に温めておくために使えばよいのである。
これもまたコペルニクス的転回だった。

想定外、その四。
電気代が月に五万円以上かかったのには驚いた。
「うちのメーター、おかしいんじゃないかと思うんですが」
解せないので電力会社に電話してみた。
「え? はあ、どういうことでしょう」応対の中年女性、用心深く距離をとったようなもの言い。「ちなみに何人世帯さんでしょうねえ」
「単身です」
「そうですか。単身だと、そうですねえ、みなさん、だいたいそんなような金額なんですけどぉ。大勢家族さんの場合ですとぉ…」
語尾がいちいち上がる。そのたびに神経が逆なでされる。
その女性の説明では、この地方、冬は水道管凍結防止の熱線ヒーターを一日中作動させているため、それがけっこう電気を食う。そのせいだと思うと。
「たとえば熱線ヒーターの使用量が一時間約〇・二キロワットだとしてもですよぉ、いいですかぁ、掛け算すればぁ…」
女性の口調がだんだん幼児を諭すような感じになってきた。
(もういいよ~。わかったよ~)
傷口に塩を塗られた老人は受話器を耳から遠ざけた。

さて。
酷寒期の自分をふり返り、しみじみ思うのは、人の世を上手に渡る生命力と、生きるか死ぬかの瀬戸際の生命力とはまったく別物だということだ。
「おまえの大切にしてきたコトって、いったい何だったんだ?」
まるで過去を洗いざらいお白洲にぶちまけられたようだった。
勤め人時代、下痢をしながらもなんとか完走し、それなりに忍耐力を培ったつもりでいた。
しかし、それは命を保証されたうえでの闘いだった。
酷寒との対決ではそのベースがない。そこが決定的に違う点だった。
気がつけば、ぼくは一匹の生きものとして、キツネやシジュウカラやミズナラと同じ地平に引きずり下ろされ、裸身となって独り酷寒の中に立たされていた。そして零下一五度の森で、手のひらより小さいシジュウカラと五分と五分の生存競争をしなければならない。それが現実だった。
この世の鎧兜、たとえば地位とかキャリアとかおカネとか名誉とか、そんなもの、大自然に入ればクソの役にも立たないのだった。
この冬、最大の想定外とはそれだったと言うしかない。

あらためて思う。
この生命を真に生かすエンジンとは何なのかと。
そんなこと、長い間考えもしなかった。生来の性分のせいでこの世の価値観とはたびたび揉め事を起こしながらも、けっきょくは皆と同じ諸欲の土俵のうえで、自分の欲を実現することに疑いを持たず生きて来たから。
しかし、その前提は酷寒で覆された。
では、生きていくエンジンが欲ではないとしたら、いったい何なのか。
それを話題にして酒を飲む唯一の相手はすでに逝ってしまった。
ぼくは森の生活を通じて、これからぼくとしっかり語り合うしかない。

●雪の蛍。

朝から晴れ渡った三月半ばの森。
昨夜降った雪が、ムラサキシキブの細い枝に花となって輝いている。
雪の質が変わってきた。
真冬の雪は乾燥していると言いたいほどサラサラした雪だったから、細い枝には留まることができなかった。しかし春が近づき、水気の多い粘っこい雪になると、箸の先ぐらいの細い枝先にまで雪がまとわりつき、満開の花を戴いたように輝く。
季節の変化をこんなにも深く感じ、良くも悪くも気持を撹拌されたことは、これまでの人生でなかったことだ。
ここでは東京のように四季が生活のバックグラウンドとして姿を隠しているのではいない。四季が表舞台に立って、動植物、すべての生きものの営みを牽引しているのだった。

けさは森の奥の奥まで雪がみっしりと詰まっているかのようだ。
視界のなかには雪の白しかない。
いや、もちろん他の色もたくさんあるのだが、すべての色が白に収斂し、瞼には白が溢れ、そこに朝日が射し込み、その白に晴れた空が映っている。
「山笑う」という季語があるように、新緑の木々は喜びにあふれているものだけど、雪を戴いているこのいまも、空に向かって開いた枝が歓喜の声をあげているように感じられる。

浅い春を連れた一陣の風が吹き、あちこちで小さな雪煙があがる。
…と。
雪に群れていた早春の光も、金粉を撒くように散るのだった。
その中を小鳥が飛びかい、ぼくは無意識に、ご来光を拝む信心深い老婆のように手を合わせている。
光はやがて雪の透き間という透き間を埋め尽し、森を輝きでつなぎ合わせてしまうことだろう。ぼくはその瞬間までここに立ち続けるつもりだ。
そして今夜。
瞼を閉じて、舞い散る雪の蛍の明滅を再び脳裏に見るつもりでいる。

●クマの聖域へ。

森の雪が融けてしまう前に、ぜひやっておきたいことがあった。
それは、立ち入り禁止の原始の森に分け入って、いくつかある水源を調べてみるという冒険だった。
この森を流れる川は、浅間山に降った雪が伏流水となって複数個所から湧き出したもので、わが家と隣地との境界を流れるころには幅三メートルほどの川となっている。
その名は熊川。
(クマの川だなんて…)
この森は人間のものではありません、クマのものですよ、と昔の人が言い伝えたかったのかもしれない。
熊川は二十数キロ先で吾妻川に注ぐ支流に合流し、その吾妻川はさらに利根川に吸収合併され太平洋に至る。てことは? 大げさに言えば、ぼくは日本を代表する大河、利根川の源流の一つを探検しようとしていることになるのだった。

まだ雪に閉ざされているとはいえ、森の奥深くまで入るということは、散策道を外れてはならぬという禁を犯すことに変わりはない。
しかし。
いまなら厚い雪の保護層のおかげで貴重な山野草を踏む怖れはない(言い訳その一)。灌木も雪の下だから、鉈で刈りながら進むなんて荒々しいことをする必要もない(言い訳その二)。だいいち、立ち入り禁止の看板も雪に埋もれていて見えない(言い訳その三)。
無法者にはまたとない季節である。
ゴメンネと言いながら、恐る恐る禁断の森へ第一歩を踏み出す。冒険心で罪悪感を押しのけ、かき分け、続いて第二歩、第三歩…。
足の底には新品のスノー・シューと呼ばれる現代版カンジキ。
「男はいくつになっても道具から入るのね」
と妻がいれば言われるかもしれない。が、竹の熊手や竹ぼうき、斧、鎌、底に鋲のついた長靴、耳あてのある帽子、防寒用室内履き等々と同様、ぼくにとっては森暮らし必携のサバイバル用品なのだった。

ありがたいことに、息が上がるにつれて罪悪感どころじゃなくなってきた。
もちろん誰かが踏み込んだ痕跡などいっさいない。目に入るのは大小の動物の足跡だけ。クマは冬眠中だから、キツネかタヌキかウサギか、あるいはシカかイノシシか。
スノー・シューにもだんだん慣れてきて一時間近く。水源をたどるのは思っていたより簡単だった。なぜなら、水流のところだけ雪がないので、それに沿ってさかのぼればよいだけだったから。
そうやってここに一つ、あそこにも一つと水源を数えながら、森の奥へ奥へと進む。愚かにも帰り道の大変さなどまったく考慮に入れていない。
道中、予想外に倒木が多いことにも驚かされた。それも二抱え、三抱えはありそうな大木が。
そう言えば、昨秋、この地方は台風の通り道になったのだった。そのせいで、溶岩台地のため根を深く下ろせない大木が倒れたのだろう。

歩くこと、さらに三〇分。
六つ目の水源を数えようとさかのぼっているときのことだった。カツラの倒木を迂回したとたん、突然、緑に覆われた水流が現れた。白一色の森に緑、深い緑である。
(え? も…もしかしてク、クレソン?)
セリの可能性もあるが、ぼくは是が非でもクレソンと思いたい…いや、絶対にクレソンだと独り決めする。なぜなら、家を仲介してくれた不動産会社の人から
「この森はクレソンの聖域としても有名なんですよ」
と聞いていたので。
「しかし、残念なことに、そのクレソンがこのところ悪徳業者に乱獲されましてね。移植しようと、根こそぎ持って行かれることもあるようなんです」
そういう話だった。だが、目の前には緑、緑、緑! 
危機に瀕しているクレソンが、ここで秘かに命をつないでいたのかもしれない。上気して、われ知らず呼吸が荒くなる。秘宝を発見した考古学者の気持が何万分の一かはわかる気がした。

想像するに、クレソンが青々と茂る季節には、この森の支配者、クマ様がお目覚めになっている。人間の息がかかっている森の外縁部ならいざ知らず、クマ様のお棲みになる奥座敷にまでずかずかと上がり込み、人命とクレソンの等価交換をしようなんて猛者はいなかったのだろう。結果、上流部のクレソンが守られた、ということにちがいない。
そのクマ様もいまはまだ就寝中。見とがめられるおそれはない。が、ワタクシメは植物に生来心を寄せる性情につき、もちろん採る気なんてまったくない。それどころか、聖なるものにひれ伏したい気分である。
ホーッと肩で何度も大きな息をし、
(この発見を早く妻に話さねば!)
と勇みかかり、一瞬後、ハタと現実に戻る。気を取り直して再び水源探しへ。

すると…なんとまあ! 
またあったのである、クレソンが。次の水流でも。そのまた次の水流でも。
合わせれば一〇畳間ぐらいの自生域になるだろうか。さすがに冬だから、背丈はやっと水面から先端が顔を出す程度だし、緑も濃い。葉も小さく、固そうだった。しかし、だからこそ、その姿は魔の手から逃れ、息をひそめて暮らしている被虐者たちといった様子。その日の水源探検の喜びは、思わぬ秘宝の発見で何倍にもふくらんだ。
出発から二時間半。
ぼくはあらためて浅間山に正対し、自分でも動機は不明なれども、深々と頭を下げた。

その夜。
暖炉の炎を見ながら水源の一滴、一滴をふり返った。
水源は合計九か所だった。
「だから、何?」
と世間の人は白々と言うかもしれない。
「地面から水が滲み出てたからって、何なんだよ。クレソンだって、このへんじゃ別に珍しいもんじゃないし」
そのとおり。湧き水はそこら中の自販機で手に入る。クレソンもスーパーに行けば、一束一五〇円くらいで売っている。ぼくはアホなのかもしれない。しかし、
「だから、何?」
とぼくも返してみたいのである。