モブAとモブB

今日の主人公は、流行りのカフェのプラスチックケースに入れられた甘ったるいドリンクを飲んでいた。
見ているこっちが胸焼けしそうなそれを飲みながら、スマートフォンに表示された通知画面を見て彼女は満足そうに微笑む。

「ぼんやりした女の子ですねぇ」

俺と一緒に派遣されていた先輩はあくびを噛み殺してのんびり口に出した。

「あー、そっすね」

適当な相槌をうちながら、手元の冊子に目を落とす。
俺たちが手に持った冊子には彼女がこれから体験する全てが書かれている。
お優しいことに上手・下手だなんて舞台設計まで書いてあるのだから、物語の台本とは勝手なものだ。

「このあと死んでしまうなんて、災難ですねぇ」

先輩は興味なさそうに台本をめくった。
この後、彼女は自宅に帰るために電車に乗ろうとする。その時に足を滑らせて線路に落ちるのだ。
駅に行く前に、軽快な若い男からナンパされて、それを断った後にAVのスカウトを受けるんだ。
その駅に行く前に声をかける2人の男が俺と先輩。
いわゆる、モブだ。

「これから死ぬのか……」

「同情ですか?」

「いや……」

まったく同情していないと言ったら嘘になるが、所詮は他人だ。
そりゃあ、人の死を前提とした行動は目覚めの良いものではないけれど、だからと言って自分のせいで人が死ぬわけじゃない。
ニュースで流れる事故全てに心を痛めるほど、優しい人間でもなかった。
それでも助けられるのであれば、俺の自尊心は高められるかもしれないな、と思い問いかける。

「先輩、もし俺たちがこの台本と違うことをしたら、彼女は死なないんですか?」

「は、あはは!そんなことで運命は変わりませんよ。我々はわき役の中でもわき役なのですから」

先輩は心底楽しそうに笑った。そんな風にも笑えるんだな、と思い、俺も「ですよね」と笑った。

「さあさ、時間です。行きましょう、モブAさん」

先輩—モブBは彼女の進行方向へ。
俺—モブAは彼女の前に歩いて行った。