きもだめし

「いま、前でなんか揺れなかった?」
「やめろよ、脅かすの」
床を懐中電灯で照らしながら進むあっちゃんを僕は小突いた。僕たちは「お化け屋敷」に来ていた。
「三丁目に古い洋館があるだろ」
突然、湊小学校で一番仲のいいあっちゃんから電話があった。
「あそこ、出るんだってさ。今晩行ってみようぜ。もう夏休みにやることなくてオレ退屈でさあ」
夏休みも中盤をすぎるとイベントも減ってくる。学校に行かないだけのつまらない毎日に僕も飽きてきたところだった。夏休みの絵日記もネタ枯れだからちょうどいい。きもだめしだ。そして僕たちは約束して八時に待ち合わせ、洋館の門前に集まった。
「他のヤツも誘えばよかったかな」
僕が言うと
「大勢より二人のほうが怖いじゃん」
とあっちゃんは意味深な笑い方をする。
夕暮れも終わってヒグラシに代わり、あたりはキリギリスの寂しげな声が聞こえている。あっちゃんが押すと鉄格子の門はキイと錆びた音を立ててあいた。鍵がかかってないなんて本当に誰も管理してないんだ。庭の草が伸び放題で蔦の絡まる木造の大きな屋敷は外国のホラー映画に出てきそうな、「いかにも」な建物だった。僕らは庭にも幽霊がいるんじゃないかとキョロキョロ辺りを見回しながら歩く。
「ここに入ったヤツは出てこれなくなるんだってさ」
前を行くあっちゃんが言う。
「入る前から脅かすなよ」
僕のうろたえたが声が面白かったのかあっちゃんは
「あとさ、夜中に赤ん坊の泣き声が聞こえるって。それに子供の『助けて』って声も……」
そういって顔の下から持っていた懐中電灯を照らして怖い顔をつくってみせる。
「バーカ、怖くねえよ」
僕らは笑いながら懐中電灯を当てた顔のホラーごっこをしながら館の中に入っていった。
踏み込むと中は意外に暗かった。壁ばかりで窓がない。キリギリスの声も玄関のドアを閉めると聞こえなくなった。
「家の中には虫がいないのかな」
僕が言うと
「きっと入って来れないんだ。ここミステリーゾーンだ、すげえ」
とあっちゃんははしゃぐ。そういえば踏み込んだ板張りの床が軋む音と僕らの話し声以外は音がしない。確かに怪しい。きっと本物の心霊スポットだ。僕は気持ちが揺れた。こんな危ないところ早く出ようか。それともめったに見れない幽霊をこの目で確かめようか。
「なに、もうビビってんの」
あっちゃんはいつもと変わらない表情で歩き出す。僕は結局そのあとに続くことにした。よく考えたら幽霊を見た方が絵日記もおもしろくなるし、なんたってクラスのみんなに自慢できる。
僕らは一階の廊下を始めに、思い出したように出てくる部屋のドアノブを回して歩いた。錆びついているらしく、どれも硬くて回らない。板張りの壁はところどころ虫食いだ。そこかから風が入るのか、進むにつれてひんやりしてきた。
「あっちゃん、寒くない」
「うん、寒い。どっかでクーラーかけっ放しになってんじゃね?」
あっちゃんのこの余裕というか鈍感力は頼もしい。僕たちは広いはずの一階をあっというまに周りきってしまった。
「なんだよ、この家」
あっちゃんが機嫌悪そうに言う。
「ドアは開かないし廊下ばっかだし幽霊いないしつまんねえ。二階に行こうぜ」
僕らは揃って階段を上った。吹き抜けになっているのは一階から懐中電灯を上へ向けて見たから知っていた。吹き抜けを取り巻くように四角く廊下が巡らされている。階段を上りきるとさらに肌寒くなった。隙間風でも入るんだろうか。ここも窓はないけど階より一階より暗い。僕らはまたそれぞれの部屋のドアに手をかけてまわった。
「ここあいてる」
あっちゃんが回したドアノブが鈍い音を立てて回転する。そっと押すと軋んだ音ともに内側に開いた。途端に背後で声が聞こえた。思わずギクリとして振り向く。声はかすかに続いていた。猫のくぐもったような声。
違う、猫じゃない。これは赤ん坊の呻く声だ。
それだけじゃなかった。闇の中でうごめいた気配がした。何かがやって来る。赤ん坊の声をした別の恐ろしいものが。直感でわかった。それを見たら僕らは恐怖のあまり気が狂ってしまう。
「あっちゃん、逃げろ!!」
僕は叫んだ。声も出ないのかあっちゃんは無言で僕の前を駆け出した。僕たちは階段のある場所目指した。僕の懐中電灯の光があっちゃんの背中で激しく揺れる。闇が深すぎる中でそれだけが走る頼りだ。背後では何かが確実に僕らに近づいている。なのにどんなに走っても元来た階段が見つからない。何度角を周ったことか。それでも階段はどこにもない。大きくなる赤ん坊の呻き声はすでに人間のものではなく、もっとおぞましい存在の声に変わってきた。何かは確実に迫っている。さっきより気配が近い。息が切れてきた。でもあっちゃんはペースを緩めることなく走り続けている。
僕は重大なことに気づいた。廊下のどこにも階段がないのだ。僕たちは同じところをぐるぐると周っていた。下へ降りられなくなっていた。
そして僕はもっと重大なことに気づいた。
この前を走る子は誰なんだ。僕は「あっちゃん」なんて友達を知らない。

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