完璧勇者とポンコツな仲間たち 7

「ひゃっほーう! 最高だね、王都一の超高級魔導温泉リゾート!」

湯煙の向こうで、女魔法使いのメイが果実ジュースのグラスを掲げた。

ここは王都の貴族御用達、一泊金貨百枚は下らないという最高級温泉旅館である。
前回の遺跡攻略(物理)で手に入れた莫大な隠し財産を手に、お荷物(エア)四人衆――レナ、メイ、チカ、そして新加入のジーク(荷物持ち)――は、アベルに内緒で極秘のバカンスへと繰り出していた。

「いやあ、たまにはこういう贅沢をしないとな。毎日アベルの顔色を窺いながら『最強のハッタリ』をカマすのは、この俺様でも精神が摩耗して寿命が縮む」

影の支配者(自称)・ジークが高級な浴衣の襟を緩めながら、心底幸せそうに湯船に浸かる。

いつもならアベルが「皆さん、今日は地獄の千本ノックです!」と爽やかに言い出す時間だが、今日のアベルは『王都の孤児院の屋根の修理ボランティア』で丸一日不在。四人は完全に羽を伸ばしていた。

「本当ですね。アベル様には申し訳ないですが、今日だけはただの『か弱い女の子(とハッタリ盗賊)』に戻って、エステにマッサージに美味しいご飯を――」

女僧侶のチカがうっとりと目を閉じた、その瞬間だった。

「――おーい! 皆さーん! サプライズで手伝いに来ましたよー!」

ガラッ!!! と、あまりにも聞き馴染みのある爽やかな大声と共に、湯小屋の扉が勢いよく開け放たれた。
湯煙の向こうから現れたのは、燦然と輝くような笑顔を浮かべ、なぜか「マイお掃除セット(特注の魔導高圧洗浄機)」を担いだ勇者・アベルだった。

「あ、あ、あ、アベル……!? なんでここに……!?」

四人は一瞬で血の気が引き、温泉に浸かっているのにも関わらずガタガタと震え出した。

「いやあ、孤児院の修理が朝の五分で終わってしまいまして! 宿に戻ったら皆さんが『魔導温泉の魔力循環を正常化しに行く』という書き置き(大嘘の言い訳)を残されていたので、俺も少しでも皆さんのお手伝いをしたくて、空間転移(テレポート)で追いかけてきたんです!」

(余計なことすんじゃねえぇぇぇ!!!)

四人の心の絶叫が、温泉の天井に木霊した。

だが、完璧超人・アベルの「勘違い暴走」は、すでに最高速(トップギア)に入っていた。
彼は四人が身に纏う高級な浴衣や、贅沢な温泉施設を鋭い眼光で見つめる。

「……なるほど。さすがは皆さんです。この温泉、一見するとただのリゾートですが、実はお湯の底から『大地の狂った龍脈の呪い(ただの超高濃度ミネラル)』が湧き出ていますね。皆さんは、あえてその呪いの湯に身を浸し、毛穴から毒素を吸収して己の肉体を極限まで鍛える『死線限界修行(デトックス・バトル)』を行っていたのですね!?」

「え? あ、まあ……そんな感じだ(ただの美肌効果だけどな……)」

女戦士のレナが引きつった顔で話を合わせると、アベルは深く感動して涙を流した。

「素晴らしい……! 皆さんがそれほど命がけで修行しているなら、俺もサポートに全力を尽くします! まずは、皆さんの修行の邪魔になる、湯底に溜まった『呪いの残留魔力(ただの温泉の湯垢)』を、俺のこの魔導高圧洗浄機で一気に吹き飛ばします!」

「ま、待てアベル! それは高級な総檜(ひのき)の浴槽だ、そんな高出力でやったら――」

ジークの制止も虚しく、アベルが洗浄機のトリガーを引いた。

ドゴォォォォォン!!!

アベルが放った神聖洗浄魔術『ゴッド・ウォッシュ・ストリーム』の濁流が、温泉の床と壁、そして旅館の男湯と女湯を隔てる頑丈な壁を、跡形もなく完全に消し飛ばした。

「きゃあああああ!?」

「うおあああああ!?」

一瞬で大混浴(というか仕切りのない大空洞)と化した温泉。
幸い、他のお客はアベルの放つ規格外の威圧感に恐怖して全員避難していたため事なきを得たが、旅館の最高級エリアは完全に半壊状態である。

「よし! これで風通しも良くなり、龍脈の循環が完璧になりました! 続いて、皆さんの修行後の栄養補給のために、俺がこの旅館の厨房を借りて『超神聖回復フルコース』を作ってきますね! 待っていてください!」

アベルは爽やかに風のように去っていった。
後に残されたのは、壁が消失して丸見えになった露天風呂で、すっぽんぽんのまま固まるジークと、バスタオルを巻きつけて呆然とするレナ、メイ、チカの三人だった。

「……ねえジーク。これ、旅館の弁償代、いくらになると思う?」

「……考えたくもない。国王から貰った金貨、全部吹き飛ぶぞこれ……」

その日の夜。
半壊した旅館の特設スペース(アベルが一瞬で大工仕事をして綺麗にした席)で、四人はアベルが作った、一口食べただけで全魔力が全回復するレベルの『特製・神鳥の薬膳鍋』を、涙目でガツガツと貪り食っていた。

めちゃくちゃ美味しい。美味しいのだが、昼間の大騒動の心労と、これからの弁償の現実が重すぎて、味が半分くらい分からない。

「いやあ、皆さんのおかげで、今日も素晴らしい修行ができました! 明日はこの旅館の裏山にある『絶対に登れないという絶壁』で、皆さんの軽功(ステルス歩行)の技術を俺に見せてくださいね!」

アベルのキラキラした純粋な瞳が、四人を射抜く。

「う、うむ! 任せておけ……!」(明日は絶対に仮病を使って寝てやる……!)

「僕の魔力で、明日も大活躍するよ……」(誰か、今すぐ僕を遠くに転移させて……)

「神の……御心の……ままに……」(お財布が空っぽです……)

「自分も……全力で励みます……」(今すぐ実家に帰りたい……)

せっかくの高級バカンスが、結局いつも以上の超地獄ハードモード修行(勘違い)へと変貌してしまったエア四人衆。

彼らの財布と精神の安寧を取り戻すためのドタバタ珍道中は、王都の夜空に響くアベルの爽やかな笑い声と共に、まだまだ終わる気配を見せないのだった。