神殺し
「クリーン・エア・アクト(路上喫煙者特別処分法)・第2段階(フェーズ・ツー)」の正体は、国家による「合法的皆殺し」だった。
厚生労働事務次官・神崎の発令を受け、繁華街の全域が即座に封鎖された。
突如として街に現れたのは、市民ハンターのような素人ではない。全身を漆黒の対爆スーツで固め、超重量の電磁パルス(EMP)搭載型カーボン警棒を装備した、政府直属の特殊抹殺部隊「清掃員(クリーナーズ)」だった。
彼らに与えられた命令は一つ。
「黒いタバコを吸う『バグ』、および、それを狩れずに暴徒化した一般市民の同時一掃(クリーニング)」
血まみれの怪我人たちがうめき声を上げる大通り。
進軍する特殊部隊の前に、一人の男が立ち塞がった。両手に鉄パイプを持った大和だ。
彼の背後には、漆黒の巻紙――「黒いタバコ」を咥えた数百人の『バグ』たちが、静かに、しかし血走った目で控えている。
「これより、社会の有害物質を排除する」
特殊部隊の隊長が冷酷に告げ、一斉に突撃の合図を下した。
「……吸え」
リーダー・大和の静かな号令とともに、数百のライターが同時に火花を散らした。
もくもくと立ち上る大量の煙。
政府が水道水に仕込んだ毒が、彼らの体内で「超人的な暴力」へと変換されていく。バグたちの瞳が獣のように変異し、咆哮とともに地を蹴った。
激突は、凄惨を極めた。
ドゴォッ! と肉とカーボンが衝突する爆音が夜の街に響き渡る。
特殊部隊の電磁警棒がバグの肩を砕くが、変異した喫煙者たちは痛覚を麻痺させ、狂ったような笑顔で隊員のヘルメットを素手で叩き割った。
大和の鉄パイプも風を切り、最前線の隊員を次々と弾き飛ばしていく。
「お前らが作った毒だ……! 残さず喰らえ!」
大和の叫びが響く。
政府の冷徹な管理システムと、虐げられた者たちの狂気がぶつかり合い、火花を散らしていた。
その光景を、内閣府の最上階から見下ろしている男がいた。神崎だ。
「ふん……バカどもが。いくら肉体を強化しようと、国家の物量には勝てん」
神崎は冷ややかに呟き、デスクのボタンを押そうとした。街ごと彼らを消し去るための、次なる焦土作戦のスイッチだ。
だがそのとき、背後の自動ドアが静かに開いた。
「そこまでです、神崎次官」
振り返った神崎の目に飛び込んできたのは、彼を裏切った秘書と……そして、三年前に大和に命を救われた青年・歩の姿だった。
「なぜここに……下の部隊はどうした!?」
初めて神崎の顔に驚愕が走る。
「下で戦っている大和さんたちは、ここに俺を忍び込ませるための囮(おとり)だ」
歩は息を切らしながらも、冷酷に笑った。
「俺たちは、最初からこの『システムの手口』を知っていた。お前は盤上でチェスを指しているつもりだろうが、俺たちは盤そのものをひっくり返しに来たんだ」
歩は、ポケットから小さな録音デバイスを取り出し、神崎のデスクに放り投げた。
そこから流れてきたのは、先ほど神崎自身が語った「水道水への毒物混入」と「国民の選別」を認める冷徹な音声だった。
「すでにこの音声と、黒いタバコの製造データ、政府の全通信記録は、街の大型ビジョンとすべてのネット回線に同時配信されている」
「な……っ!?」
神崎が窓の外へ目をやると、大通りで戦っていた特殊部隊とバグたちの動きが止まっていた。街中の巨大スクリーンに、神崎の醜悪な「統治論」が映し出されている。
それを見た一般市民たち、そして特殊部隊の隊員たちまでもが、次々と武器を収め、内閣府のビルを見上げ始めていた。
「お前が作った『クリーン・エア・アクト』は、もう終わりだ。正義に酔った市民も、お前の兵隊も、本当の敵が誰だったかに気づいた」
歩は笑顔を消すと、胸ポケットから「黒いタバコ」取り出し、ライターで火をつけた。
大量の煙がゆらりと立ち上る。歩の身体に、圧倒的な、そして静かな力が満ちていく。
「ま、待て! 私を殺せば、この国は無秩序の地獄になるぞ! 私の頭脳だけが、この国家を導けるんだ!」
神崎は腰を抜かし、高級ブランデーのグラスを床に落として割りながら、必死に後退りした。
人間離れした肉体と化した歩は、愛用のカーボンバットを、神崎の目の前でゆっくりと振り上げた。
「地獄に落ちるのは……お前一人だ」
歩の瞳には、かつてのような狂気も絶望もなく、ただ冷徹な「処分」の意志だけが宿っていた。
