ドワーフの魔術師とエルフの狂戦士 1
深い霧に包まれた「嘆きの渓谷」を、二つの影が進んでいた。
「おい、バルドゥル。また魔力の残量を計算しているのか? 堅苦しいぜ」
声をかけたのは、背の高いエルフの女、エルウィンだった。彼女の背中には、エルフの優雅さとは無縁の、刃こぼれした巨大な大剣が背負われている。その瞳には、常に消えない闘争の火が灯っていた。
「計算ではない、儀式だ。無鉄砲なエルフよ。この杖のルーンが一つ消えるごとに、我々の生存率は三パーセント低下する」
ドワーフのバルドゥルは、立派な髭を揺らしながら、細かな彫刻が施された水晶の杖を振った。彼はドワーフ伝統の鍛冶仕事よりも、数式の構築と元素の配列に情熱を注ぐ、珍しい魔術師だった。
「難しいことはいい。敵が来たら私が斬る。お前は後ろでチカチカ光ってりゃいいんだ」
その時、霧の向こうから地響きが鳴り響いた。現れたのは、岩肌のような皮膚を持つ巨大なトロールの一群だ。
「……計算通りだな。エルウィン、前へ。盾の魔法を展開する」
バルドゥルが短く呪文を唱えると、エルフの周囲に幾何学的な光の障壁が展開された。
「待ってましたッ!」
エルウィンが吠えた。彼女は優雅に弓を射る代わりに、大剣を力任せに振り回して突進した。エルフ特有の俊敏さはすべて「破壊の加速」に転換され、トロールの剛腕を真っ向から叩き折る。
「ガハハ! もっと頑丈な奴はいねえのか!」
狂戦士(バーサーカー)の血が沸騰し、エルウィンの肌が赤く上気する。彼女の剣筋はもはや技術ではなく、純粋な暴力の奔流だった。
「やれやれ、野蛮な……。第十七数式、展開。『重力圧搾(グラビティ・プレス)』」
バルドゥルが静かに杖を地面に突く。エルウィンが相手をしていない残りのトロールたちが、まるで見えない巨人の足に踏みつけられたかのように、その場に平伏した。
「バルドゥル、邪魔するなよ! 私の獲物だ!」
「効率の問題だ。これ以上時間を食うと、夕食のパイが冷める」
ドワーフの魔術師は、倒れたトロールを冷静に観察しながら、次の術式の計算を始めた。一方、エルフの狂戦士は返り血を拭いもせず、不敵な笑みを浮かべて大剣を肩に担ぎ直す。
伝統に背を向けた二人の旅は、まだ始まったばかりだった。
