ベンジャミン1

 イベント会社に勤める沢井は憧れの部署、営業企画部に配属された若手サラリーマン。入社4年目で活躍を期待されての異動だったが思いのほか芽が出ない。異動と同時にスランプに陥っていた。先輩にあたり3歳年上の男勝りな女性の香住悠里に毎回怒られこき使われる毎日だ。
 そんな沢井を励ましてくれるのが職場のアイドルで後輩の小島麻友と同僚で地味な雰囲気だがそこそこ仕事のできる渡辺春菜。疲れていると麻友はお茶を入れてきてくれたり励ましてくれたりする。春菜は企画を手伝ってくれたり提案まで考えてくれたりする。
 ある日、大型ショッピングモールの企画のコンペに営業企画部が参加することになった。部署を挙げての企画となり全員が忙しい。沢井は香住に企画を10本作って来いと言われる。香住は現場に足を運べだの書店で企画の書き方の本を買って基礎を学べ、おまえの企画書は見るに堪えないと怒ってばかりだ。
「沢井さんならできますよ」と笑顔で励ます麻友。ありがたい癒しの存在だ。
毎日遅くまで残業して企画書を練る沢井。二日後が提出期限なのだがどうしてもあと2本が思いつかない。だいたい自分が突然大きな仕事などできるわけがないのだ。そもそも花形部署に異動願いを出したこと自体が自分には過ぎた行いだったのだ。
気分転換にと会社を抜け出してパチスロへ行く。全然出ない。やることなすこといつからこんなにだめになったんだろう……。
「沢井、何やってんだ?!」
隣の席から声が上がる。見ると香住悠里だった。
「おまえ、企画書はどうなってるんだ」
「あ、その、煮詰まって気分転換に来まして……」
「もう煮詰まったぁ?! あきらめが悪いのがおまえの取り柄だろうが。なにこんなところで腐ってるんだ」
「腐ってませんよ、気分転換です」
「バカ。目が死んでたぞ。これで気分が変わるわけないだろうが。どうせもう帰るなら私につきあえ。飲みに行くぞ」
香住に居酒屋に連行される。疲れていたせいかビール一杯で酔っ払ってしまい、香住に散々ぐちって挙句おごらせてしまった。
翌日、そんなこんなで企画ができていない。「こんな企画がありますよ。私は別のを考えたので」とさりげなく気遣う春菜。その助けが本当にありがたかった。
プレゼンの結果、春菜の考えた沢井の企画がコンペを勝ち取った。
地元サッカーチームの選手を呼んで親子でふれあうというものだ。タイミングとしてもJリーグのJ1でランクを上げている勢いのあるチームだ。スポーツ用品も売れるのでちょうどいいとショッピングモールの責任者からも評判が良かった。
部長に「沢井、おまえサッカー好きだったか?」と首をかしげられるほど沢井はスポーツに関心がない。それを麻友や春菜が選手やチームの情報を競うようにして教えてくれる。無償で多くを与えてくれる沢井は二人には頭が上がらなかった。
そんな沢井に「おまえが必要なのは選手の情報じゃなくて企画の段取り力じゃないのか」と香住が水を差す。「チームのスケジュールをちゃんと考慮しろよ」とわかりきった説教までする始末だ。
チームの広報部に頭を下げまくり、試合で移動の多いのを理由に断られるのをどうにか説き伏せて当日までこぎつけた。
当日、イベントが始まる30分前になって試合の移動の合間に駆けつけてくれる選手たちが交通渋滞の影響で到着まで2時間遅れると連絡が入った。
全員が絶望的になる。企画をやめるか、2時間別の何かで間をつなぐか。2択しかなかった。空気の流れは企画をやめる方向で話が進もうとしていた。
――僕がもっとスケジュールに余裕を持ってお願いすればよかった……。
期待して集まっている100人を越える親子連れの期待の眼差しに申し訳ない気持ちで押しつぶされる沢井。
「沢井さんのせいじゃないですよ。落ち込まないでください」
麻友が沢井を励ます。
「お店のゆるキャラたちに間をつないでもらいましょう。その間に私が何か考えます」
春菜が沢井を支える。
また助けてもらうのか。麻友や春菜がいないと何もできないじゃないか。情けない思いがした。
「なにあきらめてんだ、沢井」
 落ち込む沢井に香住が声をかけた。
「おまえのいいところはあきらめの悪いところだ。なんのために現場を見て回った。最後までやることはやれ」
そうだ、反省は後だ。あきらめるな。成功させる方法はあるはずだ。
香住にいわれて気がついた。思い出した。このショッピングモールには巨大なプロジェクターがある。沢井は移動中の選手と会場をつなごうと思い付いた。選手に移動中の動画をスマホでとってもらい会場へ送るのだ。会場も客を指名して動画をとってもらい選手へ送る。これで双方向での会話は可能だ。
沢井の活躍により、企画は成功した。なんといっても「来てくださった皆さんに申し訳ない」と選手たちが申し出、会場全員に希望する選手のサインを送ることになったのだ。沢井はそれにスポーツ用品の広告もつけて送り、結果ショッピングモールの売り上げにつながった。
後日、春菜と麻友が沢井の活躍を絶賛し、今度お食事でもと誘ってくる。二人とも婚活中なのだ。将来有望株の沢井に目をつけていたのである。
沢井はやんわりとことわって香住の席に来た。
「香住さん、ありがとうございました。あの場で香住さんに声をかけてもらったからあきらめずにできました」
「私は何もしていない。動いたのはおまえじゃないか。いままでがんばってきた積み重ねだろ」
香住は遅くまで残業している自分を見ていたのだ。ぶっきらぼうだが指示は的確で、自分で考えて行動させる力をつけさせてくれた香住。今回の仕事でかなり自信がついた。それも香住のおかげだ。企画の成功も誰よりも喜んでくれた。
「香住さん、お礼をさせてください。近いうちに食事でも」
「なんで私を誘うんだ。若い子を誘え」
「僕は香住さんと話がしたいんです。僕、あきらめません。あきらめがわるいのが取り柄ですから」

他人のためにできる最高のことは、自分の財産を分け与えることではなく、
相手の持つ財産に気づかせること。
――ベンジャミン・ディズレーリ