アリスの冒険(第4話)

 学院爆破未遂がきっかけで留学生のオリエと仲良くなれた。あれ以来、学院生活も平穏なまま半月が過ぎようとしている。でも、またすぐ事件が起こったりして(笑)
 ――それが笑えない冗談になるのはあと数日後のことだった。

 「もう大丈夫。学院はなくならないから」

 6月に入った。アジサイも咲き始めたそんなある日のこと――この日を境に、私は本格的に学院の謎に巻き込まれていく。
 私たちの乗った箒がジェットエンジンをつけたように猛烈なスピードで暴走する。後ろでベネットはかすれたような小さな悲鳴を上げ、私は絶叫マシーンに乗ったような恐怖の悲鳴を上げて二人乗りの箒にしがみついていた。
 箒の飛行は魔法の基本。だからうまく飛べない生徒は放課後に補修を受けさせられる。私もその一人。今回はブルードラゴンの生徒ベネットとペアを組んだ。二人乗りの箒に乗ってお互いをサポートするためだ。先生の合図に合わせて私たちは地面を蹴った。するといつもはおとなしい箒がいきなり勢いをつけて前に飛び出した。
 え、ちょっと待って。――って、ウーソーでーしょー!!
 操縦不能の箒が校舎に向かって突進する。そして正面から校舎の壁に激突!――しなかった。本当に偶然だったけれど、箒の直進した先は窓の開いた部屋だった。そして、部屋に入ってすぐ箒がピタリと空中で止まった。おかげで、私たちは部屋の壁にもぶつからず怪我もしないで済んだ。箒を制御できない生徒が乗るから先生があらかじめ箒に「安全防御の魔法」をかけてくれたみたい。気が緩んで二人で一緒に箒から落っこちたけど。
 「痛(いった)ー…。ベネット、大丈夫?」
 「うん…。でも、ここどこだろう。すごく立派な応接室」
気の弱いベネットは小さな声でおどおどと部屋を見回す。上品なテーブルセットや暖炉、大きな書き物机、シャンデリア…。目にした私は思い出した。ここは何度も呼び出されてきたあの部屋だ。
 「ベネット、早く出よう。ここ、校長室だよ」
ベネットは声も出せず怯えた顔になる。その直後、校長室の外から何人かが話しながらやってくる声が聞こえた。まずいと思ってとっさに私たちは校長室のカーテンの陰に隠れる。無事に隠れたところでドアが開き、大勢の人たちの入ってくる気配とともに、校長先生の苛立たしげな声が部屋に響いた。
 「だから何度も言わせないでください。あなたたち教育委員会がどう説得しようと私は校長を辞任し、この学院を閉鎖します」

私とベネットは顔を見合わせる。すぐに年配のおじさんたちの声がした。
 「勝手に決められては困ります」
 「アイスフレイム魔法学院は国立の魔法学校です。一個人の権限で決定はできません」
きっと教育委員会だ。校長先生も反論する。
 「私はこれ以上生徒を危険にさらせない。『教団 乙女の祈り』が副校長をそそのかしたように私個人を狙うだけならまだよかった。しかし『乙女の祈り』と張り合う食中毒を起こさせた謎の活動団体『愛の光』に続き、大占い師メッシーナの占いに出た“第三の勢力”である『正義の裁き』までもがあらわれたのですよ」
“第三の勢力”って、このまえ校庭を爆破しようとした人たちが落としたバッジを見て校長先生が言ったセリフ…。校長先生は苛立ちを隠さずに続ける。
 「『“第三の勢力”の登場で学院は危険地域と化す』と占いには出ました。ご存じのとおり三つの勢力は学院が保管する宝を狙っています。特に『正義の光』は原理主義的テロ集団ですよ。私が甘かった。食中毒が起こった段階で閉鎖すべきでした」
 「しかし校長、学院を閉鎖したら誰が宝を守るのです。子供たちがいなければ宝は保護できません」
教育委員会の一人が食い下がる。あまりにも突飛な内容でついていけなかった。学院に宝が保管? 生徒が宝を守っている? ともかく、何度か危ない目にあわされた原因は宝の争奪のせいだったんだ。校長先生はため息をつく。
 「今回の爆破未遂で私は子供たちを危険にさらしてまで宝を守るのがそもそもの間違いだと気付きました。国の施設なら国が知恵を絞って管理すればいいのです。あなたがたは人命より宝の保持が大切ですか」
教育委員会の人たちは黙ってしまった。信じられない事実だけれどとても冗談には聞こえなかった。そして校長先生の断固とした口調に「学院閉鎖」が覆らないと私は悟った。
この2ヶ月間でエミリーやジョン、オリエと出会って、勉強は苦手だけど部活があって寮生活があって、クラスのみんなとも少しずつ仲良くなってきたこの学院がなくなる…。受け留めきれなかった。ベネットも暗い顔で落ち込んでいた。
 「早まるでないよ」
今度は穏やかな老人の声が聞こえた。きっと教育委員会の一人だろう。
 「急に学院を追い出されたらそれこそ生徒たちが気の毒じゃろ。わしらも何とか手を打つから少し待て」
 「いいえ、待てません」
校長先生はきっぱりとした口調で反論する。
 「生徒たちの安全を思えば明日にでも閉鎖したいくらいです。ですが、生徒や先生方には新しい学校が、学院スタッフにも新しい就職先が必要です。親御さんにも通達しなくてはなりません。準備が整い次第、学院は閉鎖します。宝の情報は公開しません。学院の経営不振とでもしておきます。これなら私ひとりの責任で済む」
そんなに早く…。打ちのめされた気分だった。ベネットはショックが隠しきれず目に涙を浮かべていた。
その後、話し合いは平行線のままで解散になった。全員が校長室を出て行きドアが閉まる。私たちがほっとしたところへまだ残っていたらしい誰かがカーテンへ向かって声をかけた。
 「出ておいで」
老人の声だった。いるの、バレてたんだ。
観念して私とベネットはカーテンの陰から出て謝った。そしてここにいる事情を説明した。といっても、説明したのはもっぱら私で、ベネットは私の後ろでずっと怯えたように口ごもっていたんだけど。
 「入ってすぐ気配で気付いとったよ。二人乗りの箒もカーテンの陰から出ておったしの。あの場でいうと話がますますややこしくなりそうで黙っとったわ。いつものネイサン・スターク校長なら気付いたじゃろうが、切羽詰まっとって冷静になれんかったようじゃ。よかったの、おまえさんたち」
私とベネットは思わずクスッと笑ってしまった。
魔法使いの老人は優しい目をしたおじいちゃんだった。ひょうひょうとしていて親しみやすそう。私は安心感を覚えた。おじいちゃんは私たちをいたわるように柔らかな口調で慰めてくれる。
 「つらいと思うが、わしも頑張って学院を存続させるよう働きかけるよ。だからまだこの話は誰にも言わんでくれんかの。しんどかったら記憶を消してやるよ」
ちょっと考えて私は「大丈夫です」と返事をした。いままで起こった出来事の真相がわかったんだし当事者としては忘れたくない。それに、校長先生たちがつらい思いをしているのにいままでの事件に関係した自分だけが楽になるのもずるい気がした。隣りでベネットも青い顔をしながら「私も、大丈夫です…」と答えた。

 「アリス、私、少し落ち着いてから帰る」
箒の補修の後、一緒に寮に帰る道を歩いていたベネットはそういって校舎の裏手にある森へ向かっていった。ベネット、一人になりたいのかもしれない。私はその姿を見送りながら寮へ帰った。逆に、私は早くみんなに会いたくなったから。
食堂に行くと、エミリーとオリエが席をとって待っていてくれた。周りにはブラックタートルや杖フェンシング部の女子もいた。ジョンはクラスの男子と一緒にふざけて笑っている。みんなで魔法通信で見た面白グッズの話をしたりオリエからルーン語の今度出そうなテスト範囲を聞いたりして盛り上がった。やっぱりこの学院がなくなってほしくない。みんなと離れたくない。私はこっそりと寂しさを押し殺した。おじいちゃんと約束したし、友達を不安にさせたくない。だから何事もなかったふりをしていまは楽しく笑おうとがんばった。ベネットを探したけれど姿はなかった。大丈夫かな?
部屋に戻ると一発でスノウにバレた。
 「どうした? 無理して普通にしてるけどすごく疲れて落ち込んでる感じがするニャ。何を隠してるニャ」
なんて勘のいいニャンコなんだろう。仕方ないからスノウにだけは話した。それにスノウは頼りになる。でも、そんなスノウも話を聞いてショックを受けていた。
 「閉鎖ニャア…。校長先生は生徒を預かる責任者として間違ってないニャ。老人たちも校長先生もいまある最善の策を取ろうとしているんだニャ。おまえも最後に学院や友達にできる最善が何か考えてみるいい機会じゃニャいか?」
 「最後って…、縁起でもない」
 「ベネットとも相談してみるのもいいかもニャ」
 「そうだね。ところで、学院が閉鎖されたらスノウたちはどうなるの?」
 「魔法動物を必要とする施設に預けられると思うニャ。うまくいけばだけど。そうじゃなければ里親探しをして、もらってもらえなければ保健所で処分されて…」
 「私、スノウの里親になるから心配しないでね」
 「何言ってるニャ。優秀なサポート動物は政府の保護を受けるからおまえの世話になる必要なんかないニャ」
 「なに、その言い方。もし政府の保護が受けられなかったら私は里親候補に名乗らないからねっ」
 「ボクだっておまえみたいなドジっ子魔法使いが里親なんて恥ずかしいニャ」(ツーン)
 「何それっ! 性格の悪いニャンコなんて誰ももらってくれないよ!」
 「フンッ! おバカで頼りなくて手のかかるへっぽこ魔法使いに言われる筋合いないニャ!」
久し振りにつまらないことで喧嘩してしまった。

翌朝、まだ許してなかったけれど、食事の準備をして「いってきます」とブスッとした声をかけて部屋を出る。スノウも「いってくるニャ。体操着忘れるニャよ」とブスッとした声で返事をして朝ごはんを食べる。
登院してベネットを探すと今日は来ていないと言われた。本当に大丈夫かな、ベネット。
授業も手につかないまま放課後になった。今日の部活は魔法料理部でドーナツ作り。魔法で生地にいろんな味を練り込んでドーナツをつくる。ピスタチオ味やチェリー味、ブルーベリーアイス味なんかもできた。色もカラフル。ピンクやスミレ色、ペパーミント色だったりで面白いしカワイイ。ドーナツが揚がるたびに私たちは歓声を上げた。
こんなに楽しいのに。終わるなんて嫌だ…。
 「アリス、オリエに持っていこうよ」
沈みそうになった気持ちがエミリーの笑顔で救われた。私も思わず笑顔になる。
 「うん、オリエ喜ぶね。ついでにジョンにもあげようか。いつもお菓子作ったらよこせってうるさいし」
隣りで聞いていたレッドフェニックスの子たちが騒ぎ出す。
 「ジョンにあげるの? じゃあ、私も渡す」
 「私も渡したい」
え? ジョンって人気あるの? 授業サボってばっかでいいかげんなのに。
あとクラスの子にもあげたいな。杖フェンシング部の子にも。そう考えていたら思いついた。クラスの皆でドーナツパーティーしたらどうかな。思い出づくりになれるよね。これがいま私にできる「最善策」かもしれない。
ベネットに相談したかったけれど、いないから代わりにエミリーに「ドーナツパーティーの親睦会したい」と言ってみた。エミリーは目を輝かせた。
 「いいね、それ! 女子に声かけていろんなドーナツ作ろう。それでゲームとかするの。勝った人にはスペシャルドーナツあげるのはどう?」
意外にも、私の思いつきの一言があっという間に大きく膨れ上がってしまった。親睦会の話が他のクラスにも伝わって「楽しそうだから一緒にしたい」となんと全クラス参加になってしまったのだ。しかもホワイトタイガーの強い押しでゲームはサッカーもする予定になった。というのも前回の球技大会でブラックタートルが優勝したんだけど、なんでもホワイトタイガーからゴールを奪ったサッカーの得点が決め手になったらしい。だからホワイトタイガーは雪辱戦がしたいって。それ、まさか、私のアシストじゃ…。
何も知らないジョンやエミリーはこの話題が出ると不機嫌になる。
 「なんだよ、その面白い展開。オレなんかそのころ危険物探して走り回ってたんだぞ」
 「もー、私だって見たかった。横断幕も頑張って作ったのに」
 特にオリエは…。
 「ほんまに誰やの! うちのクラスのゴール奪う原因作った金髪の少年はぁっ!」
 え?! 少年?! そんな話になってるんだ。い、言えない…。大変なときにサッカーしてましたなんていったら本気で怒られる…。
そんなこんなでクラスの親睦会が1年生交流会にまで発展した。言い出した私は実行委員の一人になって明日に迫る交流会のためにこの二、三日、放課後は忙しくしていた。こういうの、得意じゃないんだよね。疲れて寮に帰ろうとする私を誰かが呼びとめた。それは相談したかったけど、ずっと姿が見つからなかったベネットだった。
 「ベネット、どこにいたの? 探したよ」
 「心配かけてごめんなさい」
ベネットの雰囲気が変わった気がした。表情が明るくなって綺麗になったみたい。不思議に思いつつ、私は彼女にも手伝ってほしくて交流会の話をした。ベネットはニッコリほほ笑んだ。
 「もう大丈夫。学院はなくならないから」
理解のできない私に「あとでね」とベネットは手を振って行ってしまった。わけがわからず寮へ帰ろうとするとまた声がかかった。
 「おー、アリス・ウィンターフェル。何やら1年生ががんばっとるようじゃの」
 「おじいちゃん」
私は交流会の話をした。おじいちゃんはうんうんとうなずく。
 「なるほどの。最後の思い出づくりという動機はちと寂しいが、いま自分にできる最善策を行うおまえさんの姿勢は立派じゃわい」
 「ありがとうございます。これ、私のサポート動物に言われたんです」
 「いいサポート動物を持ったのう」
 「うん、すごく優秀なんです。性格は悪いけど」
おじいちゃんは笑った。
 「ところで、おじいちゃん、学院の宝ってなんですか」
 「ふむ、校長からきいたが、おまえさんは偶然とはいえ友達と一緒に何度か学院を救ってきたそうだの。ならなおさら知らんほうがよかろう。尋問されても知らなければ被害は拡大せんからの。ところで、ベネディクト・チャーチはどうした?」
私はベネットに会った話をした。
 「大丈夫? はて、どういう意味かいの?」
首をかしげておじいちゃんは行ってしまった。私も寮の部屋に帰った。
不思議だけど、スノウとはケンカしても少しすると仲直りしている。今回もそう。
 「ただいま。ドーナツの試作品持ってきたよ。パイナップルのドーナツ」
 「ほほう、結構いけるニャ」
 「いまのはエミリーの。こっちは私が作った照り焼きチキンの辛子マヨネーズつきケチャップ風味ドーナツ」
 「…おまえ、料理部やめれば?」
 「悪かったわね、このバカニャン!」「ボクはおりこうさんだニャー!」
それで、たいていまたケンカするんだけど。

その夜遅く、ベネットが私の部屋を訪ねてきた。ベネットがまた綺麗になっている。スノウを見て「二人きりで話がしたい」と言う。
 「じゃあ、ボクは彼女のミーちゃんに会いに行ってくるニャ~。ふんわりニンジャりニャンニャン~♪」
スノウは歌って部屋を出て行った。どうしたんだろう、わざとおバカ猫みたいなまねして。スノウがいなくなるとベネットが詰め寄った。
 「アリス、今日の魔法通信を見た?」
 「ううん、まだ」
 「そろそろ話題になる頃よ」
私は水晶球の魔法通信を見た。

宗教団体「乙女の祈り」が壊滅状態に
教団本部が謎の攻撃により一瞬にして崩壊
教祖死去か?

 「どういうこと、ベネット。これ、宝を狙う宗教団体だよね」
 「言ったでしょう。もう大丈夫って。これ、私がやったの」
 「本部を破壊したの?!」
 「そうよ。意外と簡単だったわ」
ベネットが妖しく微笑む。その顔が自信に充ちて生き生きとしている。
 「アリスと別れた後、私、森で男の人に会ったの。悩み相談に乗るって言われたから話してみると解決方法を教えてくれたわ」
 「おじいちゃんにしゃべっちゃダメって言われたのに!」
 「あらあ、話したからこうして解決に向かってるんじゃない」
ベネットは歌うように言って嫣然と笑ってみせる。
 「男の人は教えてくれたわ。要するに三つの勢力をつぶせばいいって。まずは『乙女の祈り』を壊滅させる。そうすれば対抗してきた『愛の光』も学院を狙う理由をなくす。これで二つは同時につぶれる。あとは『正義の裁き』をつぶすだけ。私、男の人から魔法の力を分けてもらったの。よく覚えていないけれど、力を使うと建物が全壊していたわ」
ベネットのかざした手に怪しげに光る大きな紫色の宝石のついた指輪がはめられていた。魔法の源らしい。
 「誰、その人」
 「学院の守護者ですって。私は正義の使者として彼のパートナーに選ばれたの。アリス、この学院の宝の正体を知っている?」
 「ううん、知らない」
ベネットは私の眼の奥を覗き込むように見つめる。
 「その様子だと本当に知らないみたいね」
私はおじいちゃんに感謝した。
 「宝は自然の四大元素が関係していて、男の人は“第五のチカラ”って言ってた。それはそうと、私、これからも学院のために力を使うわ。残りはテロリストたちだけ」
 「ベネット、危ないよ。私たちのできる範囲のことをしようよ」
 「これが私にできることよ。あなたとは違うの。何よ、交流会って。非力なうえに思い出作りなんて後ろ向き。所詮あなたではその程度でしょうね」
ベネットは鼻で嗤う。
 「何かあったら協力するのよ。今日はそれを言いに来たの。いいこと、宝の情報があったら教えるのよ」
ベネットは足音も高らかに部屋を出て行った。入れ違いにスノウが部屋に戻ってきた。
 「第五のチカラ? 聞いたことがないニャ」
 「スノウ、聞いてたの?!」
 「当然ニャ。油断させて扉の外で聞き耳を立ててたニャ」
こういうときは頼もしいと私は感心した。
 「あの生徒はおかしいニャ。指輪からも体からも妖気が漂っていたニャ」
 「うん、ベネットってすごく内気なの。あんなのベネットじゃない」
 「操られている可能性があるニャ。おまえから校長先生と老人に話しておくニャ」
私たち感じた不安は翌日嫌なかたちで当たることになる。

交流会当日になった。放課後、1年生でグラウンドを貸し切った。
ドーナツブースで女子が色とりどりのドーナツを揚げる。オリエも気合が入ってて、カンサイ国名物「お好み焼き味」のドーナツを作った。これが大人気!
逃げるイスを追いかけるイス取りゲームや、箒で地面をこするカーリングをしたり、クイズ大会したりですごく盛り上がった。興味を持った他の学年も見に来てくれて、杖魔法の花火で応援してくれる。エミリーのお兄さん、カイル先輩も来てくれた。
 「お兄ちゃんはブルードラゴンだけど私のクラスを応援するの!」
 「え…」
と無理矢理エミリーにブラックタートルの旗を持たされて困った顔をしていたから笑っちゃった。
サッカーも接戦になった。ゲン担ぎで髪を黄色く染めた男子が多い。ジョンが活躍してて、なぜか他のクラスの女子に応援されてた。みんな笑顔で交流会成功だ。楽しくて、私はうっかりベネットのことを忘れていた。

突如、爆発音がした。誰もが動きを止め、音のした方を見る。風下の湖から黒煙が上がってきた。それがおどろおどろしい生き物のようにグラウンドめがけてのし上がってくる。煙はあっという間にグラウンドを包みこみ、強烈なめまいを引き起こすほどの刺激臭をあたりにまき散らした。
恐怖のあまり誰かが悲鳴を上げた。それを合図に私たち生徒たちは逃げ出した。折り重なるように倒れ骨折する人、ドーナツの揚げ油がひっくり返り大火傷する人が続出する。それだけではなく、煙を吸い込んだ人はのたうちまわって顔を紫色に変えてあえぎ始める。猛毒の煙だとすぐわかった。グラウンドは悪夢のような有様だった。呆然とする私を誰かが上空へすくいあげ、二人乗り箒に乗せる。それは箒さばきも上達したベネットだった。
箒は煙の届かない学院の屋根の上に着地した。ベネットは勝利宣言でもするかのように勝ち誇って燦然と輝く表情を私に向ける。
 「『正義の裁き』をおびき寄せたの。生徒たちが集まるところを狙うって聞いたから今日の交流会の情報を流したの。あの爆発音、思ったとおり攻撃してきたわ。応戦するわよ」
 「ひどい! なんてことするの」
 「あら、多少の犠牲は仕方ないわ。学院を守るためですもの」
 「何様のつもり。友達を危険にさらして敵を倒しても学院を守ったことにはならない。こんな危険な学院、校長先生が閉鎖するっていっても当然だよ」
 「友達?」
ベネットはせせら笑う。
 「あのクラスから浮かないために手を組む集団のこと? 必死でつるんで孤立からかばい合って、身の安全が確保できたら今度はその集団からはみ出さないように話題を合わせて次の保身を図るの。バカバカしいわ」
 「ちがう、そんなの友達って言わない!」
 「私のやり方に口出ししないで。何もできないくせに」
 「自分だって指輪の力を借りなければ何もできなかったくせに」
 「私だって最初はこんなことしたくなかった!」
ベネットは叫ぶ。
 「アリスのせいよ。あなたが記憶を消さなくていいって言ったから。私は記憶を消してほしかった。本当は内容が重くて覚えていたくなかった。でも私だけが記憶を消してもらったら、私、ずるい人になるじゃない」
 「そんな…」
 私は何も言えなくなってしまった。八つ当たりなのはわかってた。ベネットの心の弱さが彼女をここまで捻じ曲げてしまったんだ。
 「『正義の裁き』を倒したら宝は私がもらうわ。宝は力を持つ人間にこそふさわしい」
 「ベネット、間違ってる!」
ベネットは屋根から飛び降りながら指輪をした手を高く掲げた。まばゆい光が彼女を包む。光がおさまると私の前に巨大な何かが立ちはだかっていた。それはおぞましい姿だった。闇より深いどす黒い体の一つ目巨人。ベネットは巨人に変身していたのだった。