アリスの冒険(第3話)

 私の名前はアリス・ウィンターフェル。前回の集団食中毒から一週間たって学院はようやく落ち着いた。またいつもの日常が戻ってきた中で、最近気になる女子がいるんだよね。

 「できるよ。だってアリスが保証したんだから」

 「アリスー」
 うららかな春の日曜日、寮の部屋でスノウと昼寝をしているとエミリーとサポート動物のレディが遊びに来た。レディは綺麗な鶯色のかわいいリスザル。両手を口元にあててウフフと笑う仕草や、小さな声でおっとりめにしゃべるところが上品で本当に「レディ」のよう。
 「奥ゆかしい子ニャ。それに美人さんだニャ」
 小うるさいスノウも認めるくらいだ。エミリーとレディはまるで親友みたいに仲が良い。レディがウフっと微笑んでいうには、
 「エミリーとはお互いに会ったときからすごく気が合ったの。すぐ理由はわかったわ。エミリーってどんな人とでも仲良くなれるし、どんな人にでも愛される才能があるのね。エミリーは特別な子なのよ」
 私もそう思う。焦げ茶色のボサボサショートボブの私とは違って、エミリーはフワフワウェーブがかかる明るいキャラメル色の長い髪にかわいい顔。明るくて優しいからすごく友達も多い。そしてそれを鼻にかけないところがえらい。友達が多いのって自慢したくなるし、実際に自慢する子もいるのに。
 そんなエミリーに誘われて、私は文化部の部活は魔法料理部にした。エミリーは作る料理もお菓子もすごく上手。今日は料理部で習ったマドレーヌをエミリーが作ってきてくれた。スノウも大絶賛。それからというもの、「料理部でお菓子作ったよ」と帰ってきてスノウにいうと「エミリーのはないのかニャ」と開口一番にエミリーのお菓子をねだられるのが習慣になった。なんてイヤミなニャンコなの。

 ジョン・アイリーとは同じクラスだけど集団食中毒以来疎遠になると思っていた。授業もしょっちゅうサボってるみたいだし、男子だし、接点がないから。
 と思ったら運動部が一緒だった。
 「なんだよ、久し振りに来てみたらアリスも部員だったのかよ。記憶にないんだよなぁ。ホント、存在感薄いヤツ」
 2週間遅れでクラブに入った話はしたくなかったからなんとなくごまかした。
私の運動部は杖フェンシング部。校長先生暗殺未遂の経験からもっと杖魔法が使えるようになりたいと思ったから。でも相変わらずへっぽこ。
 ジョンは有能な選手だ。杖をかまえて早く魔法を発動させる「早撃ち」や、魔法の威力を競う「力比べ」が杖フェンシングの基本だけど、彼は両方ともよくできる。
 エミリーもジョンもクラスでは人望があって人気者だ。しかもジョンなんて授業サボってばかりなのに成績がいい。納得いかないけど。そんなデキる二人を友達だと思っていいんだろうか――と思いつつ、入学してもうすぐ一カ月半がたとうとしていた。
 
 杖フェンシング部には同じ一年生の中に一人飛びぬけて杖魔法が得意な女子がいた。
 「行けっ、杖のトリプルアタック!」
 標的ミットにジャブ、クロス、キックの3連打がキレイに決まる。ミットは激しい打撃音をたてて大きく3回へこんだ。彼女は基本フォームもキレイだ。体を薄い壁一枚のように縦一直線にかまえ、しなやかに杖を振るう。上体も下半身もまったくブレない。
 きっちり編みこんだ黒髪の三つ編みでメガネをかけた、顔の綺麗な子、オリエ・ウサミ。ちょっと変わった名前だ。
 「カンサイ国(こく)初のたった一人の留学生だって。すごく勉強ができるらしいよ」
一緒に見ていた一年生の女子が教えてくれる。他の子たちも噂し合う。
 「カンサイ国ってどこにあるの」
 「世界最果ての島国ジパングル列島の一つみたい」
たった一人って、それ心細いんじゃないかな。ぽつんとたたずむ姿もどことなく寂しそう。私と同じでコミュニケーション下手なのかも。ちょっと親近感を抱いてしまう。
だから私は交替で戻ってきたオリエ・ウサミに、思い切って自分から声をかけてみた。
 「あの、杖魔法、強いね」
オリエは驚いた表情で私を見た。
 「ありがとう」
ポソリと小さな声でお礼を言って逃げ去っていく。シャイなのかな。あと、いまの発音、変な感じ。
隣りにいた1年生の女子が教えてくれた。
 「オリエはカンサイ語しか話せないんだって。カンサイ語ってこっちの言葉に似てるけどちょっとだけちがうんだよね」
そう聞いてオリエにますます興味がわいてしまった。

 いつも一人でいるオリエと距離を縮めたい――そう思っていたある日、魔法料理部でクッキーを作ることになった。エミリーがレディの顔のクッキーを作るってきいたから私もスノウの顔のクッキーを作ってみた。
 焼きあがったエミリーのクッキーはレディのかわいい特徴をつかんでよく似てた。私のもスノウのツンツンすましている表情とか結構上手にできたと思う。そのとき、どういうわけか私は思った。これをオリエにあげたら喜ぶかな、って。スノウのクッキー。気に入ってくれるといいけれど。
 部活が終わって袋に入れてかわいくラッピングしたクッキーを持っていると、寮に帰ろうとする三つ編みのオリエを学校の廊下で見かけた。偶然もここまでくると、もう渡せってことだよね、運命的に。
 私は勇気を出してオリエに声をかけてみた。だけど元々私はコミュニケーションが得意じゃない。つい緊張してぎこちなくなってしまう。
 「あの、私、魔法料理部に入ってて、今日クッキー作って、オリエにもあげたいと思って…、その、クッキー好き? プリンとかマドレーヌは次に作るけど、今回は…」
 「いらん」
 私は耳を疑った。話すほどに気まずくなってはいたけれど、断られるのは予想外だった。
 「え、でも、これラッピングもして…」
 「うちのことは放っといて」
私の差し出す袋にオリエの伸ばした手が当たった。ぶつかった反動で袋が落ちる。あっ、と声をあげたときには、床でクッキーが砕けていた。せっかくのスノウのクッキー…。
 きまり悪そうな顔になってオリエは三つ編みをひるがえして行ってしまった。割れたクッキーを見ながら、私はどうしてオリエにあげようなんて思ったのかと哀しい気持ちで後悔していた。
 寮の部屋に戻るとスノウがよってきた。
 「クッキーの匂いがするニャ。例のボクの顔作るって言ってたやつニャ? 早く出す出す。あ、割れてるニャ。おまえ、愛情が足りないニャア」
 涙があふれてきた。スノウは悪くない。泣く必要もない。でも悲しすぎてこぼれる涙は止められなかった。それを見たスノウが「しまった」という顔になる。
 「悪かったニャ。頑張って作ったのに割れたの気にしてたのかニャ」
 「ちがうの…」
私はクッキーの割れた原因を説明した。話を聞いていたスノウは人間だったら腕組みをするような感じで
 「うーん、その生徒は人とかかわるのが嫌いなのかもしれないニャア。そういう子はいるニャ。不器用なおまえと違って本当に一人でいるのが好きな子ニャ。寂しさを人で埋めるんじゃなくて読書や妄想で埋めて自分でどうにかするタイプだニャ」
 「でもいつも一人で寂しそうに見えたよ」
 「一人でいるとそう見えるものニャ。逆に一人でいて楽しそうしてたら気持ち悪くニャイか? 放っておくのが一番だニャ」
 「んー、そうかもね…」
 「ま、食べてしまえば同じだけれど」
 言ってスノウはフリフリとフサフサしっぽを振る。するとクッキーが元通りになった。
 「形が戻っておまえの気持ちも元のご機嫌に戻るなら魔法でどうにでもなるニャ」
 「ありがとう、スノウ」
 「礼には及ばないニャ。結構良くできているニャ。このブタさんなんて特に上手だニャ」
 「これ、スノウだよ」
 「え…」
 スノウは絶句した後
 「エミリーのをよこすニャーッ」
とねだった。なんて嫌味なニャンコなの、まったく。

 あれ以来、私はオリエに話しかけるのをやめた。あとから聞くとエミリーまで
 「私、あの子苦手だなあ。挨拶もしないし」
と言っていた。エミリーにも苦手な子がいるのが意外だった。エミリーですら難しい子に話しかけるなんて最初から無理だったんだ。
 浮いた感じじゃなく、オリエは誰からも振り向かれない「沈んだ」感じになってきた。頭がいいと思う。浮いて悪目立ちするのって最悪だ。でも誰にも省みられないなら楽だろう。孤独が好きな子はそれなりに上手にポジションを作って生き抜く方法を知ってるんだ。
オリエは部活で完全に孤立した。強いけれど淡々と言われた杖魔法をこなすだけで誰とも会話しない。そんなオリエをみんなも遠巻きにみるだけで近寄ろうともしない。
最近オリエの様子がおかしい気がした。そわそわしててどこか上の空だ。でも誰もそれを話題にしない。ジョンなんて最初から相手にしていない。
 私はあんなにうまくできなかった。結局、何かあったら誰かに聞いてほしいし友達と一緒に笑っていたい。嫌なことがあったら共感してほしい。それがどんなくだらなくても。

 5月中旬になった。今日は全学年クラス対抗球技大会だ。魔法を絶対に使ってはいけないのと、自分の所属している運動部の競技に出てはいけないきまりになっている。魔法を使わない分、誰にでも勝てるチャンスがあるわけだ。結構盛り上がってて大会前はお昼休みやクラブのない放課後に練習しているチームもいた。特に大トリの全クラス対抗サッカーの選抜選手たちは朝練までして燃えている。
各競技で勝敗が決まるとどこからでも見える上空の魔法の掲示板に光で成績が記録される。そのたびに大きな歓声やブーイングが起こった。全競技の総合得点の高いクラスが優勝になる。だけど、結果を大きく左右するのは最後のサッカー。得点が高くて大逆転のチャンスだと担任の先生が言っていた。アイスフレイム魔法学院のサッカーはちょっと変わっている。まず男女混成のキーパーを入れた7人制。そして4組全クラスが同じピッチに立って4方向にゴールをかまえ、一つのボールを奪い合う。
学校は朝から応援のドラムの音が鳴り響いてお祭り状態だった。魔法でネオンのように輝くクラスの名前を描いた横断幕が貼り出されていたり、空中何メートルもの高さに跳びあがって6回転して着地するチアガールの上級生たちを見て、何も知らない1年生の私たちもだんだんと興奮してきた。
ジョンの活躍で1年男子バスケはブラックタートルが1位になった。エミリーたちのソフトボールは惜しかった。1点の差で逆転負けして学年2位になった。
私の出場する男女混成卓球の開催時間になった。簡単そうだから選んだけど、大丈夫だよね? と体育館の卓球台が設置されている場所へ行く。ところが到着すると対戦クラスのホワイトタイガーがもめていた。「オリエがいない」とさわいでいる。
 オリエも卓球なんだ。来る前に科学室の近くでみかけたような?
 追跡の魔法を使えば早いけれど、一年生ではまだ無理だ。仕方ないから私が「科学室の近くで見かけたから呼んでくる」と大会は続行してもらって呼びに行った。めんどくさい。

 科学室に行くとオリエがいた。実験道具を目の前にして椅子に座ってうつむいている。でもその姿はひどかった。頭から黄色い液体をかぶって泣いていたのだ。私は思わず駆け寄った。
 「大丈夫?! いじめられたの? 寮に戻ってシャワー使わせてもらおう」
オリエはしゃくりをあげて首を振るばかりで何も言わない。まただ、と思った。そのかたくなな態度が嫌になった。こんな目にあってもまだそれだ。いじめられたのは気の毒だけれど、ツンケンしている自分のせいなんだから。
 「いいけどさ、私は卓球の試合が始まるから呼びに来ただけだよ。じゃあ」
イラッとしながら私は踵(きびす)を返して科学室を出ようとした。
 「待って」
初めてオリエから声をかけられた。カンサイ語の不思議なアクセントのその声は震えていた。振り返るとオリエが涙をこぼしながら私を見ていた。
 「イジメやなくて、これは危険物発見道具を作るのに失敗して…」
 意を決したようにオリエは話してくれた。
一週間くらい前に湖の森で一人読書していたら男たちの会話を耳にしたという。途切れ途切れで「球技大会」「1個で充分な破壊力」「最高潮に達したとき」「我々の勝利」と聞こえた。男たちの去った後、変なバッジが落ちていた。
 「これや」とオリエが見せてくれた。髑髏と稲妻の模様のバッジだ。
 すごく怖くて気になったそうだ。嫌な予感がする。声も生徒にも大人の男にも聞こえた。それがひっかかる。
 担任の先生には話した。先生は球技大会に誰かが不正をして勝とうとしていると思ったらしい。他の先生にも注意を配るように伝えると言ってくれた。それでも不安がぬぐえない。考えあぐねたまま球技大会を迎えてしまった。
 「うち、失敗は許されへんの。カンサイ国で初めての留学生で故郷の人たちにはうちがカンサイ国の代表やから、失敗すればカンサイ国からの留学生が打ち切りになるて言われてん。変やと思われるのが怖(こわ)て先生以外には相談できひんかった。自分でも考えすぎや思う。競技も出んとみんなに迷惑かけてるし。でも、もし何か起こったら、知ってたのに何(なん)もせんかった自分を一生責め続けると思う。そんな後悔したないねん」
 オリエの様子がおかしかった理由がわかった。そして意外だった。オリエって孤独が好きな冷たい上から目線の人だと思ってた。本当は優しくて責任感があって正義感にあふれる人だったんだ。自分で作った壁に押しつぶされて悪循環を作ってたんだね。不器用なとこ、やっぱり私と似ている。全部じゃないけど。
オリエは魔法と科学の融合で「危険物発見道具」を作っていた。でも、うまくいかない。時間もない。それにどこを探せばいいのか。そう思って絶望していたところだったという。
 「そんなの作れるの?!」
 「うち、魔法科学部なんや。先生や先輩に聞けばたいていのもんは作れるよ」
 優秀だとは聞いてたけど、正真正銘の天才少女なんだ。
 「オリエ、手伝うよ」
 「信じてくれるん?」
 半分だけ校長先生の言葉の受け売りだと思いながらも私はうなずいて
 「液体でドロドロになってまでオリエが嘘をつく理由が見当たらないからね」

 オリエに言われたとおりに薬品を混ぜた。危険物を感知すると透明から赤に変わる液体を作っているという。オリエはこれを魔法の布にしみこませてミサンガのように腕に結び、校内を回ろうとしていたそうだ。ただし調合と融和温度を間違えると液体が黄色くなって爆発する。私が調合をしている間にオリエは液体を温めて融和させる。
できるまであと一歩――と思っていたところへ黄色くなって爆発してしまった。今度は私が頭から液体をかぶってしまう。オリエが謝っているところへなかなか戻らない私を心配したエミリーが来てくれた。黄色でずぶぬれの私たちを見てエミリーは「二人ともケンカしたの?!」と驚いた。私は事情を話した。聞いているうちにエミリーの顔は真剣そのものになり、何一つ疑わずに強くひとつうなずいた。
 「わかった、私も手伝う」
 「けど、あかん。うちの力じゃまだ無理や」
 「そんなことないよ。次はうまくいくよ。もう一回やろう」
 「うん、できるよ、オリエ。だってアリスが保証したんだから」
 私はエミリーの顔をまじまじと見てしまう。エミリーは逆に不思議そうに私を見返す。
 「何? だっていつもそうじゃない。私が部活で難しいデザートに挑戦してもアリスに『エミリーならできる』って言われると本当にできるんだもん。だからアリスが保証するなら大丈夫だよ」
 なんか嬉しくなった。私、エミリーの自信をつける役に立ってたんだ。
 「できた!」
 湯気を立てる透明な液体を入れたフラスコを掲げてオリエが嬉しそうに叫ぶ。液体に布を浸して1コ完成した。
 「何やってんだ、おまえら。クラスのやつら、探してたぞ」
 戻るのが遅い私たちを探しにきたジョンが科学室に入ってきた。エミリー同様、私とオリエの姿を見て驚いた顔になる。
 「なに、金髪に染めてチアガールやるのか?」
私とエミリーはジョンに事情を説明した。私たちはジョンにも手伝ってもらうことにした。オリエのためにこれ以上は広めないようにも頼んだ。少し面食らったジョンだったけれど、すぐに事情を呑みこんで了解してくれた。
 「けど、オレらだけじゃ足りないからサポート動物たちにも手伝ってもらうか」
 ジョンの提案で私はスノウを呼び出した。情報交換は基地局を自分のサポート動物にして、呼び掛けを他に伝えてもらうことにした。私は布を腕に結んで探しに出かけた。

30分たっても見つからない。とにかく危険物にならなんでも反応するから、料理部の包丁や大型魔法芝刈り機にまで反応した。
 「スノウ、この調子で見つかるのかな」
私は別の場所を探すスノウに向かって呼びかける。
 <あきらめるニャ。あきらめたらそこで試合終了だって例のバスケ部の先生も言ってるニャ>
頭の中にスノウの叱咤激励が聞こえる。アンザイ先生のこと、球技大会やってるから思い出したのかな?
私はひとまず反応しているっぽい体育館付近まで出てみた。すると体育館の裏手に生徒たちが集まっている。一人の生徒を囲んですごく深刻そう。それに、あの黒いユニフォームはブラックタートルだ。
 「どうしよう、急に代役なんて」「ごめん、オレが怪我したせいで」と話し声が聞こえる。
 急いでその脇を通り抜けようとするとそこにいた上級生の男子に声をかけられた。
 「金髪の君、そのユニフォームはブラックタートルだな」
 「え? はい」
 突然で戸惑う私を無視して彼らは決心したように目を見交わしてうなずきあう。
 「こうなったら仕方ない。オレら6人で頑張るから君はスタメンだけど適当に動いて」
 「え? え?」
 「急げ、時間がない」
 「ええー?!」
 私は腕を取られ、何だかわからないまま、グラウンドへ連れて行かれてしまった。
私たちの登場は大歓声で迎えられた。熱狂したようなブラックタートル・コールが黒いユニフォームを着た生徒たちの間から起こる。学院のグラウンドは観覧席が周りを囲むスタジアム型だ。4つのゴールポストが用意されていて、ゴール裏にはそれぞれ黒、青、赤、白のユニフォームの生徒たちが色をくっきりと分けて固まっている。どのクラスもドラム、旗、横断幕、チアガール、顔にペイント、魔法の打ち上げ花火とともに派手な大声援を送っている。いつもは赤土のグラウンドもいまは魔法で緑の芝生に変えられていて、ところどころに白いラインが引かれている。登場したブラックタートルの選手たちはスタンドに手を振った。途端に観覧席で黒い集団のウェーブが起こる。私はキョロキョロ見回すばかりで周りの雰囲気に圧倒されていた。
アナウンスが聞こえる。放送部の声だ。
 「さあ、後半戦が始まりました! 試合はどのクラスも0点のままのスタートです。この試合1点でも早く先制したクラスが勝敗の大きなカギを握ることになりそうです」
ようやく私も理解した。これ、全クラス対抗サッカーの試合だ。私はサッカーのピッチに立っているんだ。後半戦の代役として入ったみたい。
 ピッチに立ってあらためて思う。この高揚感はなんだろう。体の内側からあふれてくる奮えるような感動。そして沸き立つ戦闘意欲。
 私たちは円陣を組んだ。リーダーが声をかける。
 「後半戦、悔いのない戦いをしよう。オレたちは勝つぞ!」「オーッ!!!」
 私たちは気合の入った掛け声で応えた。
 はっ! 危険物を探してるんだった。布を見ると色がさっきより濃い赤になっている。フィールド上にあるってこと?
 試合開始のホイッスルが鳴った。キックオフ。ブルードラゴンがボールを奪った。すぐに攻めの選手たちが競ってボールに群がる。チャンスだ。適当にしていいって言われたから探し回ろう。私は布の色をたよりに球のないところを狙ってグラウンド中を走った。
 試合は1点も譲らず、後半も相当な時間が経過した。どのクラスもシュートの回数は多いけれど外したりキーパーに阻まれたりと膠着状態だ。布の反応が強くなってきた。ピッチの隅を走っていた私が中央へと向きを変えた瞬間――。
 バシン!
 顔面にボールが入った…。
 い、痛…! 何してくれんのよ!
 腹を立ててボールを蹴ると蹴ったほうには飛ばず大きくカーブした。
球技苦手。また巻き込まれないように早いとこ見つけよう。
走り出そうとした直後、少し間をおいて大歓声が上がった。
 「決まりましたぁ! ブラックタートル、ダンホ選手の見事なシュート! 右サイドの選手による見事な胸トラップから、ボレーのアシストで、フリーになっていたダンホ選手がホワイトタイガーのゴールにシュートを決めました!」
 うちに点が入ったの?! 見るとグラウンドでもスタンドでもブラックタートルの生徒たちが肩を抱き合って喜んでる。やったあ! なんかよかった!
 スタンドの熱気にあふれる嬌声と飛び交う声援に私もひとりガッツポーズでジャンプしてしまった。
 はっ! 危険物を探してるんだった。私は布の色がどす黒いほどの赤に変わった場所を探し当てた。それはキックオフをしたピッチの中央だった。何かが足に当たる。掘り起こしてみると片手持ちできる大きさの箱が出てきた。髑髏と稲妻のマークが入った真っ黒な箱。きっとこれだ。それを抱えて私は沸き立つグラウンドをよそに猛然とダッシュして逃げ去った。

 「スノウ、見つけたよ。髑髏と稲妻マークがついてるから間違いない」
 <よくやったニャ。みんなに科学室に戻るよう伝えるニャ>
科学室に行くとみんなも集まってきた。見慣れない動物がいる。優しそうなヒマワリ色の黄色のキツネだ。きっとオリエのサポート動物だ。
ジョンの肩の上で目を凝らして箱を覗き込んでいたナイトウォッチャーが
 「表面で薄く光ってる数字が減っていくぞ。これ、タイマーじゃないか?」
よく見るとぼんやりと淡い光で時間と秒が音もなく刻まれていく。
 「エルダー、わかる?」
オリエに言われてキツネが臭いを嗅いだ。キツネのエルダーは落ち着いたお母さんのような声でオリエに振り返る。
 「火薬のにおいがするわ。あとニトログリセリン」
 「じゃあ、これ、爆弾…」
オリエの声で全員が青くなった。誰も冗談だとは思わなかった。箱の禍々しさが、その存在が爆弾であるとゆるぎない主張をしていた。オリエの聞いた話――あれは学校を爆破する計画だったんだ。途中で爆発しなくてよかった。
 「私、校長先生に言ってくる!」
 「待って、エミリー」
レディが煙とともに大きなバナナボードを出現させた。大人二人乗れる大きさだ。ちゃんと持ち手や座るくぼみまで二つ付いている。レディらしい気の遣いようだ。
 「これに乗って行きましょう。走るより早いわ」
 「うん、みんな、急ぐね!」
エミリーたちは宙に浮かんで教室の窓からグラウンドめざして飛んで行った。でも校長先生がくるまでに爆発する可能性のほうが高い。もう10分を切っている。
「最高潮、つまり時間でいうと閉会式に合わせるってことか。閉会式なら生徒も教師も全員がいるからな」
忌々しそうにジョンが歯がみする。私はダメ元で明るい可能性に食い下がった。
 「エルダー、これ花火じゃないかな。さっきサポーターたちがグラウンドで打ち上げてたから、これもきっと大会委員のサプライズで…」
その答えにエルダーはむなしく首を左右に振るだけだった。いよいよ絶望的になった。
ところが何か思いついたのかオリエが声をあげた。
 「それや! 爆弾を花火に変えよ。科学部でやった。水をワインに変えたり、砂糖を塩に変える超初歩の錬金術や。性質の似た物質にするなら難しゅうない。確か成分表は…」
オリエは科学室の隅を探す。科学室が部室兼用だから科学部の資料があるらしい。
 「あった!」
成分変更の書かれた分厚い本を見つけてオリエが叫ぶ。ジョンが私たちを見る。
 「みんな、腹据えるぞ。もうそれしかない」
 「ああ、それにこの数でやれば時間短縮もできる」
ナイトウォッチャーも勇ましい顔でジョンの肩から箱のそばへ降りる。箱の前にいたスノウが冷静に
 「あと打ち上げ装置も必要ニャ」
 「それならまかせて」
エルダーが凛とした声で応えた。
私たちが話している最中にオリエはページをめくって爆弾の火薬を花火の火薬に変える魔法を突き止めた。彼女は科学部の機材である魔法メーターの上に箱を乗せる。私たち生徒は杖を出した。全員で箱を囲んでオリエに言われたとおりの呪文をしばらく唱える。
レンジが鳴るような音がした。完了の合図らしい。
箱を持って私たちは科学室を飛び出した。打ち上げが可能で広い場所、中庭へ急ぐ。あと5分もない。
 「3分が限度よ」
中庭に着くと目の前でエルダーが大砲に化けた。気を利かせて発射ボタンさえ押せばいいようにしてある。キツネはなんにでも化けられるのだとあとでスノウが教えてくれた。
エルダーの大砲に箱を入れ、筒を垂直にかまえる。落下も考えて、ラスト5秒を待ってオリエが発射ボタンを押した。
夕方の上空に鮮やかな大輪の花が咲いた。
うわあ、綺麗。大成功。全員が息を呑んで空を見つめる。グラウンドからも大歓声が上がった。
 「ヤバイっ! 火の粉が降ってくる」
はっとしたようにジョンが叫んだ。
大量の巨大な火の粉を、スノウは全身の毛を逆立てて私の周りに直径3メートルくらいの半円の強固なバリアを張って防ぎ、ナイトウォッチャーはジョンの背で大きな翼となって音速の勢いでかわし、大砲から元の姿に戻ったエルダーはすぐさまオリエを全身鋼鉄と化した毛皮でくるんで助けた。そこへ箒に乗った先生たちがエミリーたちのバナナボードと一緒に飛んできて魔法で消火活動に当たった。

エミリーの報告で校長先生が率先してグラウンドを覆うほどの大きなバリアを張った。校長先生が他の先生たちへ私たちを助けに向かわせようとした直後、大きな花火が。何も知らない全校生徒は拍手喝采だった。バリアのおかげで火事や怪我は免れた。校長先生が浮かれる生徒たちのなだめ役を買い、先生たちが中庭の消火活動にきてくれた。おかげで中庭も大事には至らなかった。
私たちはサポート動物含め校長先生に褒められた。オリエが髑髏と稲妻のバッジを校長先生に渡す。受け取った校長先生が眉間に深いしわを寄せて険しい顔でつぶやいた。
 「第三の勢力…」
なんのことだろう?
翌日、寮の私の部屋の前に小さな小包と手紙が置いてあった。オリエからの手紙だった。
 「このまえは信じて協力してくれてありがとう。ひどいことしたのに助けてくれてとても感謝しています。
私はまだカンサイ語しか話せないので入学してすぐクラスの子たちにカンサイ語をバカにされ、何か言えば好奇な目で見られ、以来誰かと会話するのがとても苦痛になりました。独りでも平気だし、カンサイ国の代表として頑張らなくてはといつも気を張っていました。
あなた声を掛けられて、仲良くなってこれから会話をしていくつらさを思うと、どうしたらいいかわからなくなり、せっかく作ってきてくれたお菓子まで拒否してしまいました。わざとではないけれどこわしてしまって本当にごめんなさい。お詫びにカンサイ国のお菓子「カブキアゲ」を贈ります。私のお気に入りです。よかったら食べてください」
オリエって文章はこっちの言葉で書けるんだ。小包の中には赤茶色の丸くてかたいお菓子が入っていた。甘くて香ばしいいい香り。スノウと一緒に一口かじってみた。
 「あ、おいしいっ。甘塩っぱくて不思議な味! 食感もいい!」
 「オリエンタルなお菓子だニャ」
 「エミリーとレディにもあげよう」
袋をつかんで私とスノウはエミリーの部屋めがけて駆けだした。

球技大会の後はテストだ。私もエミリーも勉強は苦手。古代ルーン語なんて何が書いてあるかさっぱりだ。寮の廊下でエミリーと二人、切羽詰まった顔になる。
 「どうしよう、エミリー。全然勉強してないよ。本気で」
 「テスト範囲広すぎ~」
そこへ本を抱えてすれ違う三つ編みのオリエと目が合った。オリエはすぐに目をそらして脇を通り過ぎようとする。まだ仲良くなったわけじゃないみたい。でも一応お礼は言うけれど。私はオリエの背中に声をかけた。
 「オリエ、お菓子ありがとう」
 「あ、うん」
立ち止まったままうつむいてボソッと背中で返事を返す。すぐにまた歩き出そうとしたオリエだったけれど、突然三つ編みをひるがえして振り返った。
 「あ、あの、ルーン語、薬草のところ、出るで」
 「え?」
 「うちのクラスでもテストに出たんよ。結構重要なところやし」
私とエミリーは顔を見合わせた。二人でオリエを囲む。
 「オリエ、私もアリスもルーン語苦手なんだ。よかったら教えて」
 「えっ、うちが?」
 「うん、オリエは勉強得意だって聞いているよ」
 「得意っていうか…、その…、でも、うん、ええで」
 「やった! じゃあ、私の部屋に行こう。ママから送ってもらったお菓子が届いたんだ。オリエもカンサイ国のクッキー持ってきてよ。私もアリスからもらったよ」
 「うんうん、持ってきて。あれ、好き。おいしいよね!」
聞いたオリエが嬉しそうに顔を赤らめてほほ笑んだ。
 「ごめん、うち、まだ二人の名前ちゃんと知らない」
 「私はアリス・ウィンターフェル」
 「エミリー・キャスロックです。よろしくね」
遠回りはしたけれど、自分から声をかけた子と友達になれたのって私には初めての経験だった。

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