喰命御前試合(しょくめいごぜんじあい) 5

江戸城吹上御庭の熱気は、最高潮に達していた。勝ち残った四人のうち、最初に白砂の舞台へ上がったのは、一回戦を圧倒的な力で勝ち抜いた二人の剣士。

準決勝第一試合:斑目一真 vs 神楽木一徹

西方、豪快に斬馬刀を肩に担ぐは「隻腕の無頼剣」・斑目一真。一回戦の傷跡を無造作に晒し、飢えた狼のような笑みを浮かべている。

「待ってたぜ、目隠しの旦那。あんたの速ぇ居合い、俺の大刀で受け止めたらどんな音がするか、試したくてウズウズしてたんだ」

東方、古びた仕込み杖(先端は黒曜斎との戦いで腐食し、短くなっている)を静かに突くは「心眼の抜刀斎」・神楽木一徹。白布の奥の瞳は何も見えないはずだが、その切っ先は正確に斑目の心臓を捉えていた。

「……お前の荒い息、滾る血の音。五月蠅(うるさ)いほどの闘気だ。だが、私の刃を前に、その大刀を振り下ろす暇があるかな」

「始めぃ!」

将軍・家光の御前で、最高峰の剣術対決が幕を開けた。

「オラァッ!」

先手を打ったのは斑目。残された左腕一本とは到底思えない速度と破壊力で、巨大な斬馬刀が上段から振り下ろされる。ただの力任せではない。風を裂く凄まじい「剣圧」が、周囲の白砂を巻き上げて神楽木の視界(聴界)を遮る。

しかし、神楽木は動じない。
砂が舞う音、風が裂ける音のその中心にある「刀身の唸り」を完全に聞き切っていた。

カツン!

神楽木の仕込み杖から一瞬の閃光が奔る。神速の抜刀。
神楽木は斑目の斬馬刀の側面を、自らの刃の腹で滑らせるようにして受け流した。「柔よく剛を制す」。弾かれた斑目の大刀が空を切り、地面の岩を木端微塵に砕く。

「へっ、いなすねぇ!」

斑目は体勢を崩しながらも、力任せに大刀を横一文字に薙ぎ払う。
神楽木はあらかじめその軌道を予測していたかのように、わずか一寸だけ身を沈めてかわし、同時にカウンターの突きを放つ。
刃が斑目の喉元を掠め、鮮血が舞う。だが、斑目はその痛みに狂喜の笑みを深くした。

「だがなぁ、かわしてばかりじゃ、俺の肉は断ち切れねえぞ!」

試合が進むにつれ、神楽木の耳に異変が生じ始める。
斑目の放つ斬馬刀の一撃一撃が地を叩くたび、御庭全体に「凄まじい地響きと重低音」が響き渡る。さらに、斑目はわざと足元を荒々しく踏み荒らし、大量の砂を撒き散らしていた。

(……足音が濁る。風の音が遮られる……)

神楽木の脳内の立体地図が、斑目が意図的に作り出した「音の嵐」によって、わずかに歪み始めた。

「そこだァ!」

音の迷いを見逃さず、斑目の斬馬刀が神楽木の死角(音が狂った方向)から襲いかかる。
神楽木は反射的に仕込み杖を盾にした。

ガキィィィン!

金属と金属が激突し、火花が散る。斑目の圧倒的な「剛力」が神楽木を襲う。一回戦で腐食し強度が落ちていた仕込み杖の鞘が、斑目の一撃に耐えかねてついに粉々に砕け散った。神楽木の身体が大きく後方へと弾き飛ばされる。

「武器を失ったな、目隠しの旦那! 終わりだ!」

斑目が勝利を確信し、全力を込めた最大の一撃――『一ノ太刀・修羅穿ち』の構えに入る。
弾き飛ばされ、着地した神楽木。手元に残ったのは、鞘を失い、完全に剥き出しとなった一振りの細身の刀のみ。

(鞘がない……居合いは撃てん、か?)

観客席の誰もが、神楽木の敗北を予感した。居合いの本質は、鞘から抜く瞬間の加速にあるからだ。
しかし、神楽木は静かに刀を右手に持ち、刃を自らの左腕の衣に添えた。

「鞘なら……ここにある」

斑目が大地を爆発させて突進してくる。巨大な斬馬刀が、神楽木の脳頭頂部へ迫る。
神楽木は、自らの左の「袖」と「前腕の肉」を鞘の代わりとし、刀身を強く押し当てた。そして、斑目の大刀が自らの髪に触れるまさにその刹那、肉を削ぐ覚悟で刀を一気に引き抜いた。

「擬似居合い――『絶影(ぜつえい)』」

――無音。

斑目の斬馬刀が、神楽木の残像を割って地面に激突した。
背後に立ち尽くす神楽木。彼の左腕からは、自らの刃で付けた血が滴っている。
遅れて、斑目の左肩から胸元にかけて、斜めに深い一文字の赤い線が走った。

「……がはっ……」

斑目の口から鮮血が溢れる。その巨体が、ゆっくりと白砂の上に膝を突いた。大刀が手から離れ、地面に転がる。神楽木の刃は、斑目の音の嵐を突き抜け、その肉体を捉えていた。

「……見事、だ……。最高にいい……音じゃねえか……」

斑目は満足げに不敵な笑みを浮かべたまま、意識を失い横倒しになった。

「勝者、神楽木一徹!」

静寂が戻った闘技場。神楽木は、血に染まった刀を静かに懐紙で拭い、一礼した。
隻腕の狂犬を破り、盲目の達人が決勝の舞台へと駒を進めた。