<スカスカ> 第1章 第12話

第1章【Opning Act】

第12話【修羅場】

「───みんな、今日はありがとうございました!!!またお会いしましょう!!!」

LEVORGERの最後の曲が終わり、ライブツアー「この夜に走り出す」RAIN OF BOW公演は最高の形で終了した。

「ScarletNight、良かったぜ」
「良いオープニングアクトだったよ」
「ありがとうございます。LEVORGERさんのライブも、本当に良かったです。最高でした」
「はは、ありがとう。先輩バンドとしての意地が少なからずあるからさ。いつも以上に張り切ったよ」
「ああ。あんなライブやられたんじゃ、こっちもその勢い殺す訳にはいかないからな」
「ほんと、そう言ってもらえて嬉しいです。ありがとうございます」
「……ほんとに同一人物なのか疑わしい……」
風音は大人しくなった緋と蒼を見て呟く。
「…ライブではあんなハイテンションだったのに」
「ライブでハイテンションになるのは当たり前だろ」
「それもそうか。でも、あっちの方が本当の2人なんだよね」
「だな」

◇◇◇

ライブハウスの1F、カフェスペースで、黎は緋たちが来るのを待っていた。
「黎ちゃん、本気なんだね」
「はい。怖いけど……私やっぱり、ファンじゃ満足できないみたいです」
「そっか。……そろそろ来るかな」
楽屋の方から「お疲れ様」という声が聞こえてくる。
「はい。…ありがとうございました。閉店時間過ぎても居ていいって、無理聞いて頂いて…」
「いいのいいの。私は音楽好きだけど、自分ではできないからさ。それで、私にできることってなんだろうって考えたらさ。アーティストさんの応援くらいなわけ。たとえそれがお節介でも、何かできそうならしてあげたい。…それは私がいい人になりたいだけで、ただの自己満足なのかもしれないけどね、それはみんなもそうだと思うな。あ、みんなっていうのは、アレね。見ず知らずの他人たちね」
「それでも、私は夏姫さんに感謝してます。いつか恩返しさせて下さい」
「はは、そうだね。良い結果を期待してる。…ほら、行っておいで」
「はい。本当にありがとうございました」
黎は椅子から立ち上がると、楽屋から出てきた緋の前にトテトテと早足で駆けていく。
「頑張れ」

◇◇◇

まるで夢のような時間だった。
全員が音楽を通してひとつになる感覚。今までに生きていて、こんなに生きている実感が湧いたことは無かった。
自分の出番は30分という短い時間ではあったが、本当に最高の時間だった。
その後のLEVORGERのライブもまた、自分の音楽とは違う方向から来る良さがあった。
「───」
「───緋。おい。おーい」
「…?」
───楽屋。紫音の顔がすぐ近くにあり、肩には温かい蒼の肩が触れていた。
「ふぇ……?」
「ライブ全力で楽しんで燃え尽きたのは分かってるけど、楽屋で寝てんじゃねーよ」
「あ………ごめん」
「蒼も動けなくなってるし」
「私は別によかったのに…」
肩枕で緋とくっついていた蒼は少し残念そうな顔をする。
「お前の都合は知らん。そろそろ帰るぞ。閉店の準備もあるだろうし」
「ん」
「スカレちゃんはお開きか。お疲れ様!また一緒にライブやろーね!」
「はい。是非お願いします。風音さんもお疲れ様でした」
「うん」
「気をつけて帰れよ」
「ああ。悠人さんも、オービスに気をつけてな」
「心配すんな。法定速度キッチリで帰るよ」
「じゃあスカレのみんな、気をつけてね」
「お疲れ様」
LEVORGERの皆が手を振ってくれる。
「…じゃ、帰るわよ」
「ん」
まだ体が半分どころか8割くらいふわふわしているような感じがする。現実味のない現実に酔いながら、紫音と蒼について行く。
楽屋から出てカフェスペースに入った時、緋の前には見覚えのある黒髪姫カットの可愛らしい女の子が立っていた。
「……あのっ…!」
彼女は小さな手を握りながら、緋を呼び止めた。
「…れいちゃん…?」
「覚えててくれたんですね…!嬉しいです」
「ライブ終わってからずっと待ってたの?」
「はい。ずっと待ってました。…ライブ、最高でした!!」
「ん。ありがとう。楽しんでくれたなら良かった。私も嬉しい」
「本当に楽しかったです。ライブハウスとか初めてだったんですけど……勇気出して来て良かったです。………あの、それで………。…チケット買った時に言ったことは…覚えてますか…?」
「あ…」
───ライブ絶対行くので。その時、告白します。
「…うん。覚えてるよ」
「…良かったです。……私、今日のライブで、緋さんの歌に…ScarletNightの曲が、私に勇気をくれると信じてここに来ました。……今なら、言えます」

「なに?」

黎は深呼吸すると、緋の目を真っ直ぐに見つめて言った。

「───緋さん!好きです!!私をバンドに入れてくださいッ!!!」

「!?!?」
「いや告白って本当にガチの告白かよ!!?」

「………ぇ……えっと……その……ど、どどど……」
突然の“告白”に混乱している。どう返せばいいのか分からない。
いや、こういう時は………そうだ、アレだ。

「あ……あなたの事は好きなんだけどまずは友達から始めましょう…?」

「振りやがった!!?」
「ほっ……」
「がーん!!!」
「あ……えっと、ごめんなさい……。とりあえずお話から……」
「分かりました!」
「立ち直り早ぇなおい」

◇◇◇

時刻は21時。緋たちはカラオケにやってきた。
緋、蒼、紫音、黎、さくなの5人で。
「なんでさくなもいるんだよ」
「だって、もう上がっていいって言われたんですもん。そこにスカレの皆さんが打ち上げ的なのやるなら付いていくしか無いですよ。……それより!!『緋の1人目』さんが本当に存在していたとは驚きです!」
「あ…どうも……」
「緋の1人目ってなんだよ」
「ああ、これですよこれ。ようつーべに、スカレの弾いてみた投稿してるチャンネルです」
「へぇ、こんなのあったのか」
「それも普通の弾いてみたじゃないんですよ」
「どういうこと?」
「…勝手にリードギターやってアレンジしてました」
「リードギター……」
「再生してみてもいいか?」
「あ、はい」
紫音は黎の動画を再生してみる。
「へぇ、結構…というかかなり上手いな」
「…うん。ちょっと私のイメージとはズレる部分もあるけど、演奏はしっかりしてる」
「あ、ありがとうございます!」
「あれ、ScarletNightの4曲の他にも結構弾いてるな…」
「あ、私の…初期の頃の曲まで……」
「はい。ずっと追いかけて来ましたから」
「…ありがとう。私のこと、こんな昔から応援してくれてたんだ」
「はい。……海辺の公園で名前聞いて、調べて見つけました」
「……そういえば、なんか名前聞かれたことあったかも。黎だったの?」
「はい。……何もかもを拒絶しているみたいな雰囲気で、正直怖かったですけど、それでも好きだったんです」
「そっか。ごめんね。凄く病んでて、結構キツい対応しちゃったような気がする。それなのにありがとう」
「いえ……。どうしても知りたかったので」
「……」
蒼が腕と足を組んでそっぽを向く。
「あれ、蒼?なんか機嫌悪くね?」
「別に。何も無いわよ」
「……!?」
紫音は静かにさくなに寄って耳元で聞く。
「…なあさくな。これ嫉妬してんのか、もしかして」
「その可能性は大です」
「…それで……黎は、ScarletNightに入りたいの?」
「はい。……私、緋さんが好きなんです。だから1番近くで、緋さんの力になりたいんです!!」
「えっと……ありがとう……わ!?」
黎に詰め寄られた緋に、蒼が抱きつき密着する。
「緋の1番近くにいるのは私よ」
「ちょ、蒼……」
「ッ…霜夜蒼…!!……メンバーだろうと容赦しませんよ。私は緋さんのソロ時代から応援してるんですよ。なんたって“1人目”ですから」
「あらそう。…私は緋の幼馴染よ。貴女が緋を知るより、よっぽど早く、圧倒的に先に、私は緋と親密になってるの。貴女はいまさっきようやく友達から始めようとしているけれど、私は13年前にはもう緋と友達だったわよ。緋の“1人目”の、“唯一無二”の友達だったもの」
「な………ッ……」
「家を出て帰る場所も無くて無茶な生活をしていた緋を救ったのはこの私よ。それから毎日、緋に温かいご飯を食べさせてあげているの。緋はいつも美味しいって笑ってくれるわ」
「ぐ…ッ!!」
「毎日お風呂には一緒に入っているし、同じベッドで一緒に眠っているわ。おやすみを言う時も、おはようを言う時も、私と緋は手を握っているの」
「ガハッ……!!」
「もうやめてやれ蒼!!黎のライフはもうゼロだ!!」
「グフッ……ひいあおてぇてぇ……ッ」
「なんか知らんがさくなも瀕死になってる!!!?」
「あの……えっと!!2人とも!私のために争わないで!!」
「なんかのヒロインみたいなセリフをまさかリアルで聞くことができるとは思わなかったよ!しかもちょっとタイミング遅くね!?今更だよな!?」
「紫音ってやっぱりツッコミ適正あるわよね」
「え、私らもしかしてロックバンドじゃなくてお笑い芸人だったのか?」
「んなわけないでしょ。紫音のバカ」
「なんで私がバカって言われなきゃならないんだよ」
「それより、ここに来た目的忘れてない?」
「ああ。せっかくカラオケに来たんだもんな。歌わないとな」
「そうそう。誰も曲入れないなら私が………って、違う!!黎の事でしょ!!」
「ほら、緋もノリツッコミするじゃん」
「緋は可愛いからいいのよ」
「え、私は可愛くないと?ちょっと傷付くな…」
「……このコントいつまで続くの?」
「そうね。やめにしましょう」
「おい」
「って、ちょっとライブ終わりっていうのもあるし夜っていうのもあってテンションバグってるけど、黎、大丈夫?ごめんね。蒼、私のことになると容赦ないからさ」
「……まあ、仕方ありません。素直に負けを認めておきます。こうして緋さんの隣に立っているということは、それ相応の力を持っているという事なんです。……元々分かっていましたが、改めて思い知らされました」
「……いいのよ。私も少し大人げ無かったわね」
「お、とりあえず修羅場はなんとかなったか。良かった」
「ですが紫音さん。貴女には負けません」
「おい!綺麗に一件落着の場面だろ今のは!!」
「…それで、どうするんですか?黎ちゃん、スカレに加えちゃうんですか?私はそれが気になります」
「………」
緋と黎は互いに目を合わせる。
「黎は何ができる?」
「幼い頃からギターを弾いてました。私の人生みたいなものです。…そのギターを、緋さんのために弾きたいと思ったんです!!」
黎はまっすぐ緋の目を見て言う。
「お願いします。私をScarletNightに入れてください!!!必ずお役に立ちます!!!」
「…………」
「…緋……」
「…どうするんだ?私はお前の判断に任せる」
「………黎」
「…はい」
「私たちは全員、どん底から這い上がるために、音楽っていう手段を取っただけに過ぎないのかもしれない。私だけじゃない、蒼も、紫音も、きっと心に沢山の闇を抱えてるし、いつか、もしかしたら、それに立ち向かわなきゃ行けない時が来るかもしれない。今はまだ小さなバンドだし、この先、どんな困難が待ち構えているかも、何も分からない。それでも黎は、私たちと一緒にバンドやってくれる?」
「もう決めたんです。私は緋さんと一緒にバンドやるしかないんです。…私を狂わせた責任取ってください」
「え、私が責任取らなきゃなの?」
「はい。ちなみに蒼さんと紫音さんも連帯責任です」
「え……私も?」
「なんでだよ」
「……まあ、分かった。本気なんだね、黎」
「はい。本気です。必ずお役に立つと約束します」
「……分かった。歓迎するよ、黎」
「ほんとですか!?」
「うん」
「やった!!!」
「遂にリードギター加入だな、緋」
「うん。まだ実際に合わせていないから分からないけど、動画見た分にはかなり上手だし、きっと、もっといい演奏になると思う」
「ありがとうございます!!」
「うおお!!ScarletNightのギター加入の瞬間を目の当たりにしてしまいました!!!スカレ誕生の伝説の瞬間が!!!私の目に!!!!」
「限界オタクになっちゃってるよ……」
「……。じゃあ、改めて、よろしくね、黎。終緋です」
「はい。昏木黎です。よろしくお願いします!」
「霜夜蒼よ。よろしく、黎」
「曇紫音だ。よろしくな、黎」
「はい。末永くよろしくお願いします!!」

────遂にScarletNightは4人体制となり、最強の編成が完成した。

「……でも、アー写取り直さないといけなくなったな」
「いいんですよ。また取りに行けばいいじゃないですか。黎ちゃんも超キュートですし、絶対いい絵が撮れますよ」
「またお願いしてもいいの?」
「勿論です。私、この前の撮影で思いました。私が撮りたいもの……。私にとって最高の被写体はきっと、ScarletNightの皆さんなんだ、って。だから喜んで引き受けます。アー写撮影も、フライヤー制作も………それに……ミュージックビデオの撮影も!…やらせてくれれば……とても…嬉しいのですが……!!」
「……!」
「ミュージックビデオ…」
「確か映像作家になるのが夢だって……」
「はい。…緋ちゃんが歌いたいことを歌うように、私は、撮りたいものを撮って作品を作りたいんです。……どうかお願いします。ScarletNightの、ミュージックビデオの制作にも、携わらせてくださいませんか…!?」
「…是非。お願いさせてもらうよ、さくな」
「…!!ありがとうございます!!!」
「実質さくなも仲間ね」
「そんな大層なものではありませんよ。私はあくまでもサポートです。メンバーにはなれません」
「それでも、仲間といえば仲間でしょ?」
「…そう…ですね。では、お言葉に甘えて、仲間とさせていただきます!」
「ふふっ…。これで、また1歩先へ進んだかな」
「1歩どころじゃないだろ。初の箱ライブは大成功と言っていいと思ったし、欲しがってたリードギターが加入。ミュージックビデオ制作の技術と知識のあるサポートまで手に入れた。大きく前進したぜ」
「そうね」
「これからもやらなきゃいけないことが沢山ある。みんな、改めてよろしく!!」
「ええ」
「ああ」
「はい」
「お任せを!!」

……To be continued