<スカスカ> 第1章 第13話

第1章【Opning Act】

第13話【編成完成】

10月。朝は半袖だと少し肌寒く感じる季節になってきた。
早朝の公園は静まり返っていた。
ScarletNightの4人は、持ち運び用のアンプを置くと、各自の機材をケースから取り出す。
アンプにジャックを刺し、チューニングを済ませる。
「そういや黎《れい》のギター、Gibsonだよな?」
「はい。Gibsonです。モデル名は、ES-335…だったと思います」
「そこそこのヴィンテージだろ。めちゃくちゃ高いヤツじゃないか?」
「これは……お母さんの形見です。なので値段は知りません」
「…お母さんもギター弾いてたの?」
「はい。小さい頃…よくギターを教えてくれました」
「そうか……」
「………。紫音さん、まだ小さいじゃんとか思ってませんよね?」
「思ってない!」
「……それで、黎は路上ライブ初めてだよね。大丈夫?」
「はい。…一応、中学の時にステージで弾いたこともありしましたし、人前で演奏するのは初めてじゃないので大丈夫です」
「そっか。なら、心配はしないよ」
「はい。信じてください」
「……それじゃ、音調節して合わせてみよう」
4人のアンプの音量を一旦調節し、Shake it all offのサビ部分を演奏してみる。
「うん。バランスは問題無しかな。黎のギターも良いね、めちゃくちゃ良い。今までのShake it all offは、やっぱりプロトタイプだったんだなって思った」
「はい。私も、自分で考えたリフよりこっちの方がしっくり来ました」

その後もしばらく練習して過ごしていると、さくなもやってきた。

「おはようございます。来ちゃいました」
「さくな…。こんな早い時間から来てくれてありがとう」
「ライブハウスのライブには劣りますけど、タダで見られるなら来ますよそりゃあ。それに、今後アーティスト写真も新しいものを撮らなきゃですし、ミュージックビデオも作らなきゃですからね。その為にも、私自身がスカレの魅力をもっともっと知っておく必要があると思ってます」
「…ミュージックビデオね……」
「作ろうとは言ったものの、ミュージックビデオってそう簡単にはできないんでしょ?」
「そりゃあそうですよ。撮影にも編集にも時間がかかりますし、なにより、音源のレコーディングも必要です」
「レコーディングなぁ……。今どきインターフェースも進化してるから一発録りでも良いって言えば良いけど、やっぱり本格的なレコーディングスタジオでプロのエンジニアを付けて録るのとじゃやっぱり差があるし、どうせ録るなら金かけてでも良いスタジオで録りたいよな」
「確かに。あと、レコーディングするなら、私はCDも作りたい」
「CDか…」
「でも今どきCDなんて売れるんですか?」
「それは私も考えた。でも、ライブの時、LEVORGERさんの物販コーナーあったでしょ?やっぱり、何か形のあるものが誰かの手に渡るって、凄くいい事だと思って」
「確かに、緋ちゃんの言うこともごもっともです。黎ちゃんだって、ライブのチケット今でも大切に財布に入れてるじゃないですか」
「確かに…」
「利益率は低くても、CDは作っておきたい」
「サインも書いとけばプレミアで価値上がるかもしれないしな」
「それ良いわね」
「あとは、サブスクでも配信できれば、沢山聴いて貰えるんじゃないかな」
「そうだな。曲を聴いてもらうならCDよりはそっちだろうな」
「あとは、CDの他にもグッズ作りませんか?Tシャツとか、リストバンドとか…」
「黎のもそうだな。次のライブに向けて何か考えておくか」
「そうね」
「……よし。それじゃあ、作戦会議はこの辺にしておいて、そろそろライブ始めようか?」
周りには、少しずつ人が集まりだしていた。
「あの、ScarletNightさんですよね!?」
「これからライブですか?」
高校生らしき女の子2人が緋に話しかけに来た。
「あ、はい。これからです」
「良かった~!!動画見て、ライブ行きたいな~って思ってたんです!!」
「ほんとですか!?ありがとうございます」
「緋さんのSNS見て、昨日の投稿で今日はここでやるって知って、近所だから行こうって思って。でも、早い時間なのに結構人いるんですね」
「おかげさまで。有難い限りです」
「あの、握手貰ってもいいですか…!?」
「ん?握手?いいですよ」
「きゃー!!ありがとうございます!!応援してます!!」
2人は緋と握手をし、その近くで不満そうな顔をする蒼の方に向く。
「蒼さんも握手いいですか?」
「…え?あ、わ、私?」
「はい!」
「え、ええ…」
「ありがとうございます!!」
蒼は流されるように握手をしてしまう。
「それじゃあ、ライブ、頑張ってください!!」
「ええ…どうも……」
2人はScarletNightから少し離れるとこそこそと喋り出す。
「怖かったぁ……!!緋ちゃんと話してる間、ずっと蒼ちゃんから凄い殺気を感じたんだけど……!!」
「でもリアル緋ちゃん本当に可愛かった…!!!」
「ね…!!蒼ちゃんも怖かったけど可愛かった…!!!」
そんな2人のファンに握手を求められた緋と蒼の裏で、紫音は膝を抱えていた。
「……私は握手せがまれなかった……」
「あ……落ち込まないでください…。…私も握手せがまれてないです」
「…黎は入ったばっかりだからな……。私だって今までScarletNightのメンバーとして頑張ってたのに…。確かに緋には劣るかもしれねぇけど顔も良い方だと思ってんのに……」
「あ……ほら、ドラムって後ろの方じゃないですか。やっぱり前に立ってる緋さんと蒼さんが目立っちゃうのは当然というか……」
「……アー写」
「あーしゃ?」
「3人で並んでんのに……」
「ああ………えっと……あ、蒼さんが怖くて逃げちゃったんですよ。……多分」
「蒼ぃ……お前のせいで私のファンが……」
「え、私のせいなの?」
「お前の事だ……ファンの子が緋ときゃっきゃしてるの見て嫉妬でもしたんだろ…」
「な、何でも私のせいにしないでくれるかしら……」
「…その反応は自覚あるな?」
「……ないわよ」
「あるな」
「…ない」
「いやある」
「ない!」
「はいはいそこまで。紫音も蒼も喧嘩しないの。お客さんも見てるんだから」
「ああ……」
「……」
気付けば、結構な人数がScarletNightの近くに集まっていた。
「……なんか、感慨深いね」
「そうね。最初は誰も立ち止まってくれなかったのに…」
「わざわざライブのために来てくれるファンまでできてさ」
「………ですね」
黎も頷く。チャンネル登録者数1人の時代を知っているからだ。
緋が、ScarletNightが。ここまで来れたのは、紛れもなく3人の力があったからだ。そんな3人の想いを、これからは、自分も一緒に背負い、このバンドを成長させていかなければならない。その覚悟を持って、ScarletNightに入ったのだから。

「…じゃ、始めようか」
「ええ」
「はい」
「ああ。…行くぞ」

───紫音が息を吸い、軽くドラムを鳴らしていく。

「黎。セッション、できるよね?」
「はい。生の路上ライブも何度か見てますし、動画も沢山見てきましたから。いつもイメトレしてました。自分のいるScarletNightを」
「じゃあ、心配はいらないか。あ、でもこれだけはすごく大切なことだから言っておくね。“アイコンタクト”は絶対忘れないで」
「分かりました。死ぬまで覚えておきます!」
「ん。それじゃあ、楽しんでやろう!」
「はい!」
緋は黎の元を離れ、中央のスタンドマイクへ向かう。
「初めましてScarletNightです!こんな朝から集まってくれてありがとう!!路上ライブ、良かったら見ていってください!!」
紫音のドラムに、3人が次々に合流していく。
「初めましてじゃないって方は、“今までとの違い”を感じながら、是非一緒に歌ってください!!『渇望』!!」
セッションから繋げ、オリジナルソングの『渇望』のイントロへ入っていく。
かつて3人だった頃の演奏とは、ひと味違う。黎のギターが加わったことにより、音に彩りが増している。
「前に聴いた時より良い…!!」
ボーカルも務める緋の歌唱中はどうしてもギターによる複雑な演奏ができなかったが、今は黎がいる。間奏とそれ以外で極端だったギターフレーズの差が少なくなり、聴きやすく繋がりのある曲に仕上がっている。
「それに……ギターだけじゃない……緋ちゃんの歌声も……」
以前は唯一のギターだった緋。ボーカルとギター、両方に神経を使っていたのが、歌唱中はバッキングギターになったため、以前と比べて、歌に力を入れる余裕が生まれている。
──緋もそれを深く実感していた。
黎がいてくれるおかげで、今までと比べてボーカルに集中できる。けれど、完全に黎に任せてしまうわけではない。ギターを持っている限りは、自分にもギタリストとしてのプライドがある。ボーカルとしてのパートが終われば、今まで通り自分のギターに注力する。曲としては全体に纏まりができバランスが良くなっているのに、それとは逆に自分の中ではメリハリの効いた演奏が出来ている。そこで黎との掛け合いが生まれている。それが、狂おしいほど面白い。

───これなら───

────このメンバーなら、なんでもできる!!!!

渇望はアウトロへと差し掛かる。緋は黎とアイコンタクトを取り、他の2人とも目の動きだけで次の繋ぎのセッションでやりたいことを共有する。
渇望のアウトロから、黎と蒼と紫音の3人によるセッションに繋げる。
緋はマイクをスタンドから抜き取る。
「みなさん、今日は、ScarletNightの路上ライブにお集まり頂きありがとうございます!!ファンのみんなは、もうお気づきかと思いますが!!ScarletNightは、1段階進化しました!!新メンバー!!ギター、昏木黎!!!」
黎のソロへ。激しく鳴らしたストロークから、黎が得意とする高速アルペジオとタッピングに繋げていく。
「ドラムス!!曇紫音!!!」
紫音が黎から音のバトンを受け取り、ハイテンポな8ビートで勢いを崩さずに盛り上げていく。
「ベース&コーラス!!霜夜蒼!!!」
紫音のフィルインから蒼へバトンタッチ。指弾きで重低音を響かせながら勢いをつけ、スラップで魅せる。緋はマイクをスタンドに戻し、ギターを構え直す。
「ギター&ボーカル!!終緋!!!」
蒼は力強く弦を弾いて緋の名前を呼び、緋へと繋ぐ。
グリッサンドから、凄まじいキレの歪んだストロークへ繋げていく。
4人が一瞬のうちに目を合わせる。そして、3人が緋に合流し、次の曲へと繋げていくための流れを作っていく。
「この4人でScarletNightです!!どうかよろしくお願いします!!」

……To be continued