サヨナラ東京 第一の季節。晩秋から初冬へ。過去はいろいろにひっくり返される。

<目次>
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●発端。

ギラギラしたものがいよいよ性分に合わなくなり、
ぼくは深い森に入ることにした。

退職をした時、年をとれば便利だからと、
過疎化した近郊団地から都心部に引っ越したにもかかわらず、
男性の平均寿命に達したいまになって、なぜ逆のことを?
愚か者と聞いて浮かぶ言葉のすべてが脳裏を過る。
車の運転免許証は五年前に返上していた。
徒歩圏にスーパーやコンビニ、歯医者やクリニックもない。
日常生活はほんとうに不便そのもの。
しかし、だからこそ、ぼくはこの森暮らしを選んだのだった。

転居先を通知したのは、死後の始末を頼んだたった一人の親族だけ。
墓じまいもすませ、東京での人間関係はすべて脱ぎ捨てた。
もともとこの世の価値観になじみにくい性格だが、
話せるのがもう妻だけになったなと思い始めたころ、その妻が逝った。
森への思いは、それからのことだ。

失敗かもしれない。なにしろ八〇歳だ。生命力には限界がある。
徳川幕府によって伐採が禁じられてきた深い原始の森。
都会では街路樹でおなじみのカツラだって縄文杉と見まがうばかり。
カエデは顎を思いきり上げてもなおテッペンが見えない。
おまけに厳冬期はマイナス一五度前後の日が続くらしい。
そんな低温に末期高齢者の心身が耐えられるのかどうか…。
万一の際、わずかな隣家があるにはあるが、それらは深い森の彼方。
都会人の感覚では、バス停で一つ二つ先なのとおんなじだ。

香水の最後に残る香りをラスト・ノートと呼ぶけれど、
ぼくの人生の残香、ラスト・ノートはいったいどうなんだろうか。
にわかに森暮らしを始めたところで、
東京で心を膿ませていたぼくからは、
すえた臭いしか立ち昇らないかもしれない。
しかし、それはそれで、身に染みついたこの世の臭いというものだ。
それをぼくは冷えた目で見おろし、
やがて許される日が来れば、妻に逢うつもりだ。

●山の郵便局。

十一月初旬。引っ越して間もなくのこと。
県道沿いにある窓口が一つだけの小さな郵便局に、もろもろの手続きに寄った。
歩けば四〇分ほどの距離なのだが、きょうはさらに二~三キロ先のJAのスーパーでも買い物をするつもりだったので自転車を使った。山道走行を考えて買った電動アシストつきの自転車。雪の季節は別として、車を捨てたぼくには心強い相棒になるだろう。

黒いままの髪を束ねた、まだ少女のように赤い、丸い頬をした娘さんが窓口にいた。
「東京から越して来られたんですかぁ~」
かぁ~と伸ばしながら、遥か遠くを見るような目をした。
「冷えると、零下二五度を超える日もあるでね」
もう一人いた客、つなぎの作業衣に地下足袋姿の、たぶんぼくと同年配の老人が口をはさんだ。
「な~んも音がせん、冬んなると。いやぁ、せんこともないが、風の音がね。静寂っつうんかねえ」
長年の野外労働で、干上がった川床のようにゴワゴワした容貌の、いったいどこに「静寂」という言葉がしまわれていたのか。ぼくは返事をするのを一瞬忘れ、思わず小さな目の奥を覗き込んだ。
ゆったりとしたテンポで手続きが進み、終わると、
「あのう…」
窓口の娘さんがろくにぼくの顔を見ることもできず、おずおずと口を開いた。
「ねん、年賀はがき、い、いりません、か」
語尾は内気そうな胸の内に吸い込まれた。きっと局長にセールスしろと言われているのだろう。痛々しい。ぼくも営業が苦手だった。すぐには断りの言葉が出ない。
そういうぼくの表情を読み取ってか、娘さんが急いで言葉を継いだ。
「あ、いいんです。す、すみません」
赤くなっている。申し訳ない。
「ぼくの方こそすみません。年賀状、もうやめたもんですから」
「そうですよね。近頃そういう方が増えましたもんねえ」
奥に座っている先輩らしき女性が助け舟を出した。
一秒、二秒…。
ぼくは不意に生じたいびつな間を埋めようと、引っ越して以来、ちょっと心に引っかかっていることを口に出した。
「えーと、貸金庫…と言うと大げさ過ぎますが、貴重品の保護預かりっていうか…そんなふうなサービス、こちらにはありませんか。こちらになければ、どこか近くにでも」
娘さんがポカンとした。が、ぼくの発した言語がその意味内容に転換された直後、あわてて先輩女性に助けを求めた。
「貸金庫…貴重品預かりねえ。さあねえ、どこにあるかねえ、この辺で」
先輩女性がそう言うのが聞こえた。予想もしなかった質問だったのだろう。少しドギマギしている。二人は額を寄せ、ひそひそ相談を始めた。
「アスカ(信用金庫名)にもないよねえ」
「やっぱり軽井沢か上田か佐久か…」
「そうねえ。そこら辺まで下りれば、どっかにあるんじゃないかと思うけどねえ」
そんな会話の合間、さっきから先輩女性の視線がチラッチラッとぼくに投げられる。思い過ごしかもしれないが、それは
「この人、なぜわざわざ貸金庫なんかを?」
そんな視線のような気がしてならなかった。
ぼくだって、もちろんだが、秘匿に値する金銀財宝があるわけではなかった。ただ、冷蔵庫や本棚の奥に通帳、印鑑などを隠し、空き巣の心配をしながら外出するぐらいなら…と思った程度のことだ。独り暮らしの高齢者を狙う犯罪が増えていることでもあるし。
作業衣の老人は…と見れば、彼もまた初めて象を見た日本人のような視線をぼくに向けていた。
どうやらぼくは完全に場違いな言葉を発したらしい。
小さな郵便局の中に再びいびつな間が生じた。
いたたまれなくなり、ぼくはモゴモゴと話をしまいにかかった。
「すみません。もういいです、忘れてください。お手数をかけしまして、申し訳ありませんでした」
そして帽子を脱ぎ、一礼し、ツルツルに剃った頭をかきながら、立ち去りかかった、そのとき。
クスクス笑いが遠慮がちにおこった。
ふり返ると、娘さん二人がいっしょになって笑っていた。老人も一、二拍後れて笑い出した。
(何がおかしいのか…)
ぼくは笑いの奥をまさぐった。
それは、どうやらぼくという人格に向けられたものではないらしいと感じられた。
(ということは?)
ぼくの振りまいた空気? というか、ぼくの発した質問の、その余韻のようなものが笑われている?
そういうことかもしれなかった。
ナチュラルに退場するには、ぼくもいっしょになって笑うしかなかった。
(そう、そうですよねえ、貸金庫だなんて、こんな山の奥で、おかしいですよね、アハハ、アハハハハハハ…)

買い物を終えての帰り道、そのときの状況を反芻しながらペダルを漕いだ。
そして、あくまでもぼくの専断なのだが、やがて一つの解釈に行き着いた。
それは…。
このあたりではきっと未だに山村固有の濃密な人間関係が維持されており、だからたとえば、いまどこの次男坊がどう暮らしており、車が走るのを見ても、「あ、誰々さんがいま町から帰ったところだ」とすぐにわかってしまう、そういう一つの繭にくるまれているような閉じたコミュニティなのではないだろうか。
(ぼくは…ぼくの発した言葉は、そこに放り込まれた、いわば異物だったんだ)
さらに。
あの人たちがけっしてこういう言葉で考えたということではないけれど、あの笑いはぼくの求めた金融サービス、そこに潜むいかにも現代社会ふう価値観とのギャップ、それが無邪気におかしがられた、そんな深読みをしても許されるのではないだろうか、という気がしたのだった。
 
垢のたまった頭蓋のお鉢に、一滴の清水がしたたった。
 
「せめていっしょに笑えてよかったよ」
夕ご飯を食べながら、ぼくは棚の上の妻の写真に目を向けた。
森の暮らしのカルチャー・ショック。
「ぼくのまとってきたものって、いったい何だったんだろう」
我と我が身に目を向けた、これが最初の出来事だった。

●真相は闇の中に。

長年の固定観念をひっくり返される経験は、自然現象でも味わった。
それは日の暮れ方の感覚だった。
どういうことかと言えば…。

東京では、闇は空から下りてくる、それが一般的な印象ではないだろうか。
地上が暮れるのは、あくまでも空が暗くなった結果であると。
しかし。
森の闇というのは、空から訪れるのものではないということを教えられた。
闇はなんとまあ地表から始まり、それがいちばん最後に空に及んで、やっと夜になる。つまり、大自然では東京の逆なのだった。

細かく解説させていただけば…。
傾いた日差しはまず大樹の梢に濾し取られる。次に下枝に、それから潅木の繁みに遮られながら降りてきて、そして下草に届く頃には、もはや物の輪郭を浮き立たせるだけの明るさが残っていない。
言うなれば、地表にあるのは光の残滓(ざんし)。それが闇の始まり。
提灯や行灯しかなかった時代を舞台にする小説では、「足元に闇が溜まる」というお定まりの表現があるが、それはつまりこういう現象だったのだと実感した。

また。
闇に対比されるべき明かりというものも森にはないことを知った。
もの知らずと言われればそれまでだが、月のない夜、窓から森に目を向けた時、まったく何も見えなかった。
(物が見えないなんて…)
そんなこと、あろうはずがないという思い。
人間は自分がいまどんな空間にいるか、それがわかっているからこそ安心できる。
しかし、真の闇は人間からその足場を奪い去るのだった。
ぼくは恐怖感から思わず知らず後ずさりしていた。そして、その窓から見えていた昼間の森を脳裡に再現しようと焦っていた。
そういえば、東京に暮らしていて、外の景色が見えなくなることはなかった。屋内の電気をすべて消しても、街には明かりが必ずあり、夜空も地表からの光で明るんでいた。それが夜というものだった。
が…。
ここでは夜とは即ち闇だった。「一寸先は闇」と言うけれど、月明かりがなければ、文字どおり一寸先が見えないほどになるのだった。

固定観念をひっくり返されたぼくは、しかし、それ以降考えるようになった。
文明社会の人間は明るい夜を当たり前のこととして受け容れ、暗いことを避けようとするけれど、それでいいのだろうかと。
当初、闇が訪れると、利便性第一主義に毒されているぼくは、ごく当然のように電灯のスイッチに手を伸ばした。
しかし、森の闇を味わった次の日。
ここでは、本来の光の増減を愉しんだ方がよいのではないか。おまえは暗さをすぐさま人工的な光で打ち消そうとするけれど、そうではなく、せめてしばらく、闇をそのまま受け容れてみてはどうなのかと。
そして。
照明との対比なしに、純粋に闇そのものを意識できる夜。
テレビもつけず、音楽もかけず、無音の闇に覆われていると、人間は物が見えていたときとは異なるものを見始めることを初めて知った。
ものは、明るいから見えるだけではなかったのである。

●人間様が落ち葉になった。

十一月も後半に入った。急いで薪を作らねばならない。
そのためにはまず枯れた木を集めなければならない。
不動産仲介会社に教えられた森の管理を委託されている人を訪ね、「荒れた森を掃除する一助として」という大義名分で倒木処分の許可をもらい、隣接する森に入った。
最後には利根川になる水源、および貴重な植物を守るために開発をまぬがれた森。
獣道まがいの細道以外は原則立ち入り禁止の、未だに原始の趣きを留める森だ。
「クマが出ますよ。自己責任で十分気をつけてくださいね」
と去り際に警告されたが、薪作りへの情熱が恐怖心を駆逐し、腰に非常時用の小さなラジオをぶら下げただけで、いざ出発。
念のため、最初は音量をうるさいほど大きくする。
焚きつけ用の枝は家の周囲で手に入るが、太ももぐらいある枯れ木は森の奥まで入らねばない。それを引きずってくるつもりだった。
胴体で潅木をかき分けながら、末期高齢者であることを忘れてぐんぐん歩く。
軽井沢か佐久のホームセンターでは、伐り揃えられた美しい薪の束を売っているらしい。が、それを注文するなんて、デパートでカブトムシを買うようなものだ。
暖房には掘りごたつと業務用大型石油ストーブがあるにはあるが、あくまでも薪ストーブの補助にしか使う気がない。薪ストーブを焚くことは、ぼくの中で森暮らしと一対のものだ。

ようやく手ごろな倒木を見つけ、運びやすいよう、まずはその場で枝を落とし、三メートルぐらいに切断する。チェーンソーがあれば簡単なのはわかっている。が、文明社会に背を向けた身としては、昔ながらの道具を使いたかった。だいいち静かな森に人工的な金属音を響かせたくもなかったし。
しかし、おかげで汗びっしょり。いや、それ以上にクタクタ。体力勝負ができる二〇歳ならいざ知らず、八〇歳での文明への過度な反発は考えものだと深く反省しながら、なんとか引きずりやすいようにしつらえ、いよいよ運びにかかる。
潅木の間を縫うと、深い落ち葉の層に足を取られ、たわいなく転んでしまう。幼児期以来だ、転ぶなんて。しかし、森暮らし一年生にはそれがまた楽しくもある。「クマが出ますよ」なんて警告は、とっくにどこかに吹っ飛んでいる。が、幸いなことに、きょうはクマさん、別な地域をパトロール中らしい。
両脇に倒木を抱え、くの字に前傾し、ラグビー選手さながらにタックルしている相手を引きずったままノコギリ場まで突進。パスする味方もいないので自力でトライ。
それを午前八時から昼前まで何往復も。
「もう腰も心臓も限界だ」
内心の声を聞く。きょうが地球最後の日ではない。落ち葉の地面にドッテンと大の字になって全身を弛緩させる。
そして一〇分、二〇分…。
起ち上がる力がなんとか回復すると、ラーメンにチャーシューとゆで卵、ニンニクのすりおろし、ネギ、キムチをたっぷりぶち込み、最後に酢をグルグルと回しかけて昼ご飯。
それをまるで丸太でも呑むような勢いでかき込んでいたが、途中でハタと箸を止めた。これまでは蕎麦をすする音さえ忌み嫌っていた人間だったのに、何ということか!
「あなた、独りでもお行儀よくしなきゃダメじゃないの」
と妻は言うだろう。わかった。ゴメン。
そう言えば、孤食になって以来、食事が単に空腹を満たすための作業になっている。そして早食いにもなった。食べることが楽しめていない。あらためなければ。

午後は家のまわりの落ち葉掃き。もはや倒木運びの体力は残っていない。
さっそく買いたての熊手を出してくる。こういう古来の道具を手にできるというのが、また嬉しい。IT社会の対極にやって来た実感が手の中でうずく。
モミジ、ドウダン、コブシ、ミズナラ、カツラなどの落ち葉。黙々と掃き寄せ始める。
同じことを都会でやっていたら単なる清掃活動だろうが、ここでは落ち葉に対してゴミという意識にならないから不思議なものだ。一枚一枚にまだ生命があるような気がしてくる。こんな感覚になるのも、たぶん倒木運びの疲労感で、理屈っぽい脳みそが吹っ飛んでいるせいかもしれない。
しかし、それにしてもきりがない。なにしろ、樹齢何百年もの大樹が生い茂る原始の森だ。都会のとり澄ました並木道の清掃とは量が違う。せっかくのクール・ダウンのつもりが、落ち葉の山を七、八個作ってもまだ終わらない。
荒い息を吐きながら熊手をふるう。落ち葉と竹の熊手がたてる乾いた植物音。
やがてその音が身体から遊離し、だんだん意識の表層を漂っているように感じてくる。
「限界だ…限界だよ…もうやめようよ…」
自分をいさめる自分の声。しかしそれさえ、もはやおぼろ。
そして、ろくに腿も上がらず、このからだ三、四日は使いものにならないなと覚悟し始めたそのとき、突如、わけのわからない感覚が押し寄せて来た。
それは…。
落ち葉を掃き寄せながらも、なんだか地面に落ちているぼく自身を掃き寄せているかのような感覚になってしまったのだ。

午後三時。
夕ご飯の準備どころではなく、早々に湯船につかった。そうして、立ち昇る湯気とともに、くたくたの肉体からきょう一日の結論をなんとか引きずり出した。
その一は。
理性が機能しなくなるほど疲れると、この世で人間がいちばんエライなんて気持はどこかに吹っ飛ぶものなのだな、ということ。
その二は。
結果、ぼくは落ち葉と同じ地面に落ちてしまったのだろうな、ということ。

人間がへりくだっていく森暮らし。
過去はいろいろにひっくり返る。

●ガラちゃん。

妻に先立たれた男性の困り事の第一が料理らしい。
だが、ぼくは幸か不幸か四十代の初め頃、転勤で独り暮らしになったとき、その名も「単身赴任の料理術」という本を買って、二年ほどまあまあの経験をしてきた。おかげで料理に対してさほど拒否感はない。
そのかわり、と言ってはなんだが、包丁を持つことは苦にならないのに、金づちやノコギリを持つことには苦手意識がある。菊花切りや桂剝きといった野菜を繊細に切る技に挑戦するのは好きだ。が、まっすぐ釘を打ったり、寸法どおりに板を切るなんてことには興味がない。
そんなぼくがバード・テーブルを作った。
片流れ屋根の四本柱…になる予定だった。
が、柱の長さが揃っていないので屋根が傾く。短い柱に合わせようと長い柱を切ると、こんどは長かった方が短くなる。そうこうしているうちに、二階建てが平屋になった。これでは鳥の出入りに不自由だからと発想を転換。一本柱の三階建てに変更した。
それをヤマボウシの木の股に固定し、殻つきのピーナツを丸太で砕いたのとヒマワリのタネの餌をのせて半日。
開店セールのチラシをまいたわけでもないのに、もうやって来た。
鳥類図鑑でさっそく調べる。コガラ、ヒガラ、シジュウカラ、ゴジュウカラ、ヤマガラだとわかった。冬になると、ガラ類は混ざり合って二〇羽ぐらいの集団で行動すると書いてあった。その理由は、樹木が葉を落とし、猛禽類から隠れようがない冬場、集団行動すれば危険の察知能力も上がり、また敵も狙いが絞りにくくなって安全度が増すから、ということだった。なるほど。小魚や草食動物が群れるのと同じ理由だった。

次の日、彼らのさらなる専守防衛策を発見した。それはバード・テーブルに来たガラたちを一〇メートルぐらい離れた木のそばで観察していた時のことだった。
視線の端を黒っぽい物体がかすめた瞬間、ガラ類がいっせいに飛び立った。物体は渓流ぎわのミズナラの梢にとまった。その距離およそ五〇メートル。老化した視力の外。が、色だけはわかる。胸が淡い褐色。背中が濃い灰色。おそらくタカの仲間だろう。
彼が何をやったかは明らかだった。ガゼルの群を襲うライオン。イワシの群に突っ込むオニカマス。あれだ。
もっと驚いたのはそのあとだった。
ガラたちはそのまま遠くへ飛び去るかと思いきや、ぼくのそばの木の小枝にいっせいに群れ集まったのだ。まるで脅えた子どもがお母さんのスカートの陰に隠れるように。
(人間の、こんなそばに野生の鳥が自分から寄ってくるなんて!)
ぼくはドリトル先生ではない。なぜぼくのそばに? 
が、すぐその理由を理解した。ガラたちは、人間のそばにいれば猛禽だって襲って来ないとわかっているらしいのだった。
(つまり、ぼくとシジュウカラは同盟関係?)
かわいさが、にわかにつのる。

●続・ガラちゃん。

鳥類の観察をしていると、鳥にも品性の違いがあるのを発見した。
たとえば。
ガラたちの場合は、バード・テーブルに下りる場合、われ先にといっせいに飛来せず、ひとまず近くの枝にとまって互いの関係を確認し、年齢順か大きさ順かは知らないけれど、お行儀よく順番待ちをした後、一粒だけくわえ、すぐ次の仲間にテーブルを譲る。
利益を独占しないで、幸せはみんなで分かち合う。
それに反して、シメという名前のガラ類の二倍は大きい鳥の場合は真反対なのだった。
ガラたちが先にバード・テーブルの周りに来ていると、からだの大きさを利してまず暴力的に追い散らす。次いで仲間同士の争いの開始。突っついたり、羽を広げて脅したり、体当たりをかましたり。バード・テーブルにはゲーッ、ゲーッという醜い恫喝声が満ちあふれる。まさにお正月セールの福袋に殺到する人間たちだ。

しかし、そのシメよりもっとひどいのがいた。
それはリス。
みなさんのイメージを打ち砕いて申し訳ないが、愛らしい小動物の代表リスは、シメ以上に野生の本性丸出しなのだった。
どう可愛げがないかと言うと。
まず、シメがガラたちを追い散らしたように、リスはシメたちを荒々しくバード・テーブルから追い散らす。その後は、リス同士の場所の奪い合い。あいにくバード・テーブルはリス一匹ぶんのスペースしかない。したがって、勝ったリスが餌を独占することになる。富の偏在なんか知ったこっちゃない。
しかも、勝ったリスは食べつくすまでドテッと座り込み、満腹であろうとなかろうとガツガツと食べまくる。時々観察しているぼくという人間を横目で見はするが、逃げようともしないふてぶてしさ。
もちろん、生きもの界は弱肉強食、適者生存である。シメやリスを非難がましく言う方が間違いなのだろう。
しかしながら、ムッとした。
で、ぼくは何をしたか。
「シメーッ。リスーッ」
連中が来ると、追い払うようになったのである。
すると、シメの群れはいちおうすぐに飛び去る。
ただし、一〇メートルほど先の木々まで。ぼくの姿が窓際から消えると、すぐさま戻ってくる。
また、リスはどうかと言えば、やつらはシメよりさらに図太い。
人間の声はどんなにデカくても実害がないとわかると、以後はシレッと聞き流している。
仕方ないから表に出るのだが、人間が身軽に木に登れないことをどこで知ったのか、たった三メートル登っただけで肩越しにふり返る。その人類の能力を見切ったような、いけしゃあしゃあとした態度には、年がいもなくえらく自尊心を傷つけられた。
以後、小さい石を用意しておき、リスの態度が目に余る時には飛び道具で対抗することにした。

そんなわけで。
ぼくのガラたちへの傾倒はシメやリスへの憎しみと反比例して、日に日に高まっていったしだい。
もちろん、人間のそばにいれば天敵に襲われにくいということは、ある種の鳥、たとえばツバメやフクロウも同様で、DNAに刷り込まれた生存本能なのだろう。だから、
「ツバメやシジュウカラは人懐っこくてかわいいね」
と思うのは、人間の勝手な感情移入にすぎない。
しかし。
この哺乳類霊長目ヒト科ヒト、妻に先立たれた孤独な老いたオスの場合は、たとえ一方通行であろうとも、ガラたちを是が非でも友と考えたいのである。なぜなら、もし犬猫を友にしようものなら、ぼくの方が間違いなく先に逝く。すると、
「残された愛犬、愛猫の運命やいかに!」
なんてことになる。そんなことはできないので、ガラちゃんたちに心を寄せたいのである。

で、話を戻して再びシメとリス。彼らを友とする気はさらさらない。
「力こそ正義なり!」
それが生きもの界のスタンダードであるとはいえ、もはやそんな「東京的現実」はこの身から遠ざけたいところまで生きてきたのである。
かくして、きょうも罵声と小石の十字砲火にさらされて逃げ惑うシメとリスたち。
彼らには心からお詫び申し上げるしだいです。

●実力テスト、始まる。

越して来てひと月少々。十二月上旬。
この森での暮らしは、地位だのお金だの名誉だのといった鎧兜を着ていない、素の人間として何を養ってきたか。それを測る生命力のテストではないか、という気が日に日に強くなってきた。
長年の東京での生活は、言ってみれば、左右の脳に入っているものの競争だった。
が、森で試されるのは、そんな脳みそのもっと根源にあるもの、人間の脳幹にあるという生存本能のテストなのではないか。
いまや、そんな思いさえしている。

「いよいよですよ」
「そうなんですか。いよいよですか」
灯油を運んでくれる石油屋さんと、軒から落ちる水滴を見上げながら言葉を交わす。
昨夕の雨が夜のうちに雪になった。浅間山や草津白根はとっくに白くなっているが、平地に、といっても海抜一二〇〇メートルの高原地帯に、記録的に遅い初雪が降ったのだった。 
物好きにこんな年齢になって平野部からやって来た末期高齢者。
そんな人間が、はたしてこの地の寒さに耐えられるのかどうか、いよいよ実力テスト開始ですよ!というわけだった。
とはいえ。
この季節、午前一〇時ともなると、屋根の雪はもう水滴となって落ち始める。
まだ日中は温度計がプラスの状態なのに「寒さ」だなんて、地元の人に嗤われそうだ。しかし、恥をしのんで言わせていただけば、この森に来て初めて味わった昨夜の寒さが、突如、ぼくの心に真空状態をつくったのだった。

それは、さまざまに枝葉のあったはずの感覚が寒さによって殺ぎ落とされ、たった一本の氷の刃のようになってしまった…とでも表現したいような、人を無感覚にさせるほどの寒さだった。
真夜中、その寒さを意識したとたん、ぼくは物理的に震えだした。
理屈っぽいことを言うようだが、寒いから震えたのではないと思う。もっと根源的な震え、生命 そのものが震えだしたのではないだろうか。
その時、息をつめ、目だけ動かして周囲を窺うと、すべてがものすごい速さでぼくの周りを動いている気がして、さらに震えが走った。いい年をして睾丸がキューっと縮み上がった。
地元の人には、とてもじゃないが、こんな話できやしない。自分を支える生命力のなんとカボソイことか。

「この雪水が」と石油屋さんは続けた。「地面に滲みてツルツルになるんですよ。そしたら冬です」
「つまり、地面が凍りつくってことですか」
「そうです。水分のあるものはみんな凍ります。土に鍬が跳ね返される。スコップが立たない。そこら中がコンクリみたいになります」
「じゃあ…えーと…酔っ払って道で寝る人がいますが、東京では。ここだったら…」
「ここだったら、朝にはカチンカチンに凍ってるでしょう。まーず、そのくらい冷えます」
「ほう。指先から凍っていく自分が見られたらすごいでしょうね」
石油屋さんは突然のシュールな表現に、ぼくのスキンヘッドに一瞬不安げな視線を走らせた。
「まあ、寒さも雪もそれはそれで必要なんでしょうけど、私らはほどほどがいいですよ、ほどほどが」
そうだろうと思う、ここで何十年も暮らしていれば。が、ぼくはさらに言葉を重ねる。
「じゃ、この木も凍るんですか。うっかり鼻水を垂らそうもんなら、鼻水だって」
「そういうことです。とにかくですね、この屋根から落ちる雪水が凍らないうちは、まだ冬じゃありません。それじゃあ」
石油屋さんはぼくの好奇心につき合いきれなくなったのか、そそくさと次の配達へと帰って行った。

独りになって、空を見上げる。
青というより、白に近い空。
あの空の上には雪がもう溜まっているのだろうか。それが光に透けて見えるので、こんなに白っぽいのだろうか。
「零下二五度か…」
とわざわざ声に出す。越して来た当初、郵便局で聞いたあの気温。
想像しようにもできない寒さ。
冬の入口に立っただけで、もう自分を失いかかった昨夜のことを思えば、耐える自信があるなんて断じて言えない。
(だけど、悲鳴を上げる心身と、とことん向き合ってみるのもいいじゃないか)
森暮らし一年生は、怖いもの見たさの気持を抑えきれない。