純少女 ピュア・ガール(第3話)

前田のナイフを持つ手が容赦なく俺に振り下ろされる。
終わった――!!
それは前田と見張りのやつらのことだ。
俺はプロの殺し屋。この使えねえ少女の体で何人も葬り、生き延びてきたのがその証拠。
俺は左右の手首をひねりながら、見張りのやつらが掴んでいた腕へ肘をぶつける。ソフトディフェンス。非力でもできる解除技。間髪置かず、振り下ろされたナイフを持つ前田の手首へ自分の手首をぶつけた。火花が散るような強烈な痛みが走る。それでも、攻撃された方がダメージが激しい。前田は情けない悲鳴を上げてナイフを放り投げ、手首を抑える。ひびが入ったようだ。のけぞった前田を蹴りあげ、ベッドから落とす。見張り二人が驚いている隙に、俺は左側のスカートをたくしあげ、隠していたもう一つのサバイバルナイフを左側の男の喉仏に突き刺し、引き抜いてすぐ右の男の頸動脈を切りつける。小野悠里は右利きだが、俺は両利きだ。殺るのに不自由しない。
左ではゴボゴボと呼吸音とともに首から地中の湧き水のごとく血があふれかえり、右からは勢いのある噴水のような血飛沫(しぶき)が俺たちに降り注ぐ。
絶命した男たちに、コインが入るほど大きく目を見開いた前田は腰を抜かして這うようにドアをめざす。
俺は前田の背に馬乗りになり、何重にもなった顎の隙間へナイフの刃を入れ込んだ。前田がひときわ高い悲鳴を漏らし、命乞いをする。
「黙れ。予定以上の血の海に沈めてやる。さっきから俺は機嫌悪(わり)んだ」
俺はナイフの柄を持ち変え、台尻で前田のこめかみ思いきり殴りつけた。

ホテルの裏口から出ると黒いバンが止まった。内側からドアが開く。
「乙(おっつ)ーっ! ユーリィ、久し振り! って、やだ、真っ赤あ」
縦巻きロールの金髪にブルーのカラコンをした女が俺を見て騒ぐ。ピンクのパンダプリントのロリータワンピースに真っ白なロングブーツ。ご大層にモコモコしたピンクのパンダ耳帽子までかぶっている。処刑人ルクレツィア・ボルジア。いつ見ても年齢不詳だ。
「ちょっとお、汚さないでよね。ワンピ新調したんだから」
「そうですよ、ユーリさん、血液でシート汚さないでくださいよ」
助手席から振り返ったヨキも綺麗な顔を歪めて不満を漏らす。
「おめえら、俺の心配しろよ。とっとと出せ」
俺は不機嫌を隠さずにドアを閉めた。仕事の終わったメンバーをヨキが回収に来たのだ。
ワンピースのスカートを自分に引き寄せながら、迷惑そうな目でルクレツィアが俺を見る。心なしか、ルクレツィアの抱えるピンクのパンダのぬいぐるみまで俺を睨んでいるようだ。
「おまけにユーリ遅かったし。ペナルティでドンペリおごってよね」
「その格好で、おまえどこでなにしてきた」
「んへへー♪ チャラ男’s(おズ)のパーリーで、ちょろっとねー」
「じゃ、明日のニュースは“大量食中毒のうち死亡者数名”って見出しが出るのか」
「でも、ユーリさん、本当に遅かったですね。死んだかと思いましたよ」
「ふざけんな。クソ親父見つけて嬲(なぶ)り殺すまで死ねっか。ババアに俺の親父の居所早く探せと言っておけ。あとな、俺の改造銃の修理も急げ。いつまでもナイフ持たせてんじゃねえよ。それから獲物の資料くらい完璧につくっとけ。それとなあ……」
「やーだー、ユーリ怖いよ。めっちゃ機嫌悪い」
「いつになく荒れてますね。オジさんが怒るとめんどくさいからやめてください」
「うっせえ。いいかげんオッサンの扱いおぼえろ」
俺は眉間にしわを寄せ、腕を組んでシートに身を沈めた。一瞬とはいえ、小野悠里に邪魔されたのは初めてだ。あれはなんだったんだ。ババアの動画以外には俺とスイッチが入らないはずが。気に食わねえ。
仕事が完了したとはいえ、一抹の不安を抱えた俺は押し黙ったまま鼻で深いため息をついた。

スマホのアラーム音で目が覚める。
眠い。なんだろ。疲れが取れてない感じ。
私は寝起きで頭が働かないままパジャマから制服に着替える。今日はだるい。学校行きたくないなー。
げっ、何これ。左手首に大きな青あざ。昨日はなかったのに。寝ボケてどっかぶつけたかな。
「おはよう、お姉ちゃん」
ダイニングへ行くとパパ、ママ、真子がもう朝食をとっていた。私もテーブルにつく。
テレビでは朝のニュースが流れている。
「今朝、自称芸能プロダクション社長を名乗る前田一郎と男性2名の遺体が都内のホテルで発見されました。なお、それぞれ遺体の損傷が激しく……」
私はパンにマーガリンを塗る。
「昨夜23時、都内のクラブで大量食中毒が発生し42名が重体、うち都内に住む未成年の少年5名の死亡が確認されました」
「なんだか昨日は物騒だったのね」
ママがテレビ画面をチラ見する。私は寝ボケた頭でトーストに食いつく。
今日もまた退屈な一日が始まる。あーあ、こんな日常から抜け出せるスリルがあってエキサイティングな世界に誰か連れ出してくれないかなあ。
あ、中島さんからニャンコ動画だ――。