牙を授かりし者たちの詩:未完の命令

真壁が原潜を強奪し、逃走してから3か月ほど経過したある日──

木更津の旧真壁倉庫も当然捜索が入ったが、完全に蛻の殻になっており、
真壁が拠点としていた──第三海堡遺構、第二海堡と叢雲、そして
第三海堡跡の海神──いずれも爆破や埋没により完全に消失し、
三笠は引き続き工事中になっているため、捜査も打ち切り寸前まで
進んでいた。
現在は凍結されたMS-COREの調査を佳央莉中心に進められている。
そんなある日──

本当に珍しく、公特3課からの依頼が入った。

木更津市付近で捜査中の公安関係者や警官らが何者かに斬殺される事件が
頻発していた。
3課が当初、捜査に乗り出したが派遣された捜査員は悉く全滅、県警に応援要請を
出したが、知事はなぜかこれを拒否。手詰まりになった3課が4課へ応援依頼を
要請してきた。

──

第4課・装備準備室

優斗は一人、出動の準備をしていた。
まずは内偵という事で使い慣れている

・ONTARIO GEN II
・H&K USP Compact

を選んだ。

「なんで県知事は応援要請を断ったんだ……しかも俺一人行ったところで
すぐに解決できる事件じゃなさそうなのに……」

『理由は……はっきりしてないですけど、優斗さんひとりじゃないですからっ!』

優斗の右目で夜桜がひらひら舞っている。

「あー、そうでしたね。頼りにしてますよ、夜桜さん」

『あー!バカにしましたね今!』

夜桜は今回、MS-CORE解析、調査のためにリソースをほぼ調査に回し、佳央莉の
サポート中だった。そのため義体での出動が見送られた。

優斗は左肩のサイバネティクスの調子を確かめる。

「まだちょっと引っかかるな……」

『あまり無理しちゃダメですよ。結構な手術でしたから、
生体組織にまだ強化が馴染み切ってないですからね。
結局、左腕全体サイバネティクスにしちゃいましたし。』

「そうだね……今だと全開でどれくらい戦闘出来そう?」

『だから全開はダメですって……今の状態だと、もって3分
ってところでしょうね。』

優斗は左肩を回しながら答える。

「それだけあれば何とかなるな……夜桜、最初は内偵だからな。
大人しくしててくれよ」

『わかってますよぅ!大人しくするのは優斗さんの方ですけどねっ!』

──

クラウンを降りた瞬間、夜の潮風が頬を打った。
港の外灯はまばらで、旧真壁倉庫の輪郭は闇の中に沈んでいる。
海から吹き上げる湿った風が、錆びた鉄の匂いを運んできた。

「あれからもう3か月か……早いもんだ」

感傷に浸る暇もなく夜桜が反応した。
普段と違い、冷静さが声にも反映されている。

『……センサー反応あり。内部で稼働している何かがいます。』

右目のHUDに、夜桜のマーカーが浮かぶ。

崩れかけた搬入口から、かすかな金属音が夜気を裂いた。
優斗はUSP Compactを握り直し、音の方へと一歩踏み出した。

闇の奥で赤い光がふたつ、ゆらりと揺れた。
HUDが素早く識別データを流す。

《機種:バルバロスΩシリーズ 識別コード:対近接戦α型》

その場の空気が、凍りついたように張り詰めた。
優斗の呼吸が、自然と浅くなる。

一瞬の静寂の後──

閃光のように暴走したバルバロスΩが飛び込んできた。

反射的に二発──三発──
甲高い金属音が夜気に弾け、弾丸は床に転がった。

『……防弾処理、健在みたいですね。』

「だろうな……」

バルバロスΩは短く刃を閃かせ、間合いを測るように左右へ動く。
義眼が捕捉した動きが、HUDに軌跡を描くが射線は取れない。

「くそッ」

優斗は咄嗟に左腕で引き抜いたONTARIO GEN IIでバルバロスΩの
センサーになっている赤い目に刃を突き立てる。
刃先が硬質な外殻を削り、火花が散った。
義眼の映像に、赤い視覚センサーが一瞬だけノイズを走らせる。
だが、動きは止まらない。

しかし──

『……撤退。』

無機質な声と同時に、バルバロスΩの足回りが低く唸る。
次の瞬間、天井の梁に跳び上がり、衝撃で埃と鉄片が
雨のように降った。
2階のガラスを突き破り、夜風と共に闇の外へ消えていく──。

埃が収まるのを待ちながら、優斗はゆっくりと息を吐いた。
右目のHUDには、先ほどの交戦ログが赤く点滅している。
損傷データはわずか──あれだけの距離でUSPを撃ち込み、
ONTARIOを突き立てても致命には至らなかった。

『装甲の構造、解析できました。チタン合金とセラミック複合。
通常弾では無効化されます。』

「USPじゃやっぱり通らないか……あれは真壁の”おもちゃ”で間違いないな」

『そうですね……しかもどうやら暴走状態のようです。あれが相手となると
貫通力の高い.50AEクラスなら……やれます。』

「なんであんなものが、まだここにいるんだか……」

優斗はONTARIOを収め、左肩をさすりながら笑った。

「反動で肩が外れそうだ」

夜桜アバターがあきれ顔で答える。

『まだ左肩は完全じゃないし、ほんとに全開にするから……』

「次、出会ったら仕留められるさ」

──

第4課・武器庫

翌日、優斗は無言で武器庫の奥からデザートイーグルを取り出し、
重量を確かめる。
左肩に重みがのしかかり、一瞬だけ息が詰まる。それでもマガジンに
.50AE弾を込めた。

 - ポート付きバレル
 - マズルブレーキ装着
 - ラバーグリップ加工
 - カスタムショルダーストック対応ホルスター
 - 特注マグナム弾(徹甲・AP仕様)装填

『次、無理したら再手術になっちゃいますからねっ。』

夜桜アバターの小言も始まった。

「わかったわかった。気を付けます」

装備を整え、ホルスターを腰に固定したその時──
夜桜が緊張気味に伝えてきた。

『優斗さん、またやられました。公特3課の捜査員が港湾エリアで
襲撃を受けて全滅。』

「生存者は?」

『……ゼロです。』

優斗は短く息を吐き、マグをもう一度確かめて装填した。

「位置情報、送って」

HUDに赤いマーカーが表示される。
夜桜アバターが険しい顔で告げた。

『ここから車で十二分。行くなら急いで。』

「当然!」

──

到着した港は、外灯の明かりが波に揺れ、倉庫街全体を不気味に
照らしていた。
潮の匂いの奥に、火薬と焼けた金属の臭気が漂う。
足元にはすでに血痕と薬莢が点々と続き、海風がそれを
乾かしつつある。
右目のHUDがノイズを走らせ、次いで赤い光点を捕捉した。

『……いました。初戦と同じ個体です。』

クレーンの影から、バルバロスΩがゆっくりと姿を現す。
胸部装甲には初戦で受けた刃痕が残り、駆動音は低く唸り声の
ように響く。
優斗はデザートイーグルのストックを肩に当て、サイトを覗き込んだ。

「……行くぞ」

バルバロスΩが一気に距離を詰めてくる。
HUDのマーカーが呼吸と同期し、照準が一点に収束する。

──ドウッッ

引き金を絞った瞬間、轟音とともに火花が散り、徹甲マグナム弾が
胸部装甲を貫いた。
衝撃で巨体がよろめき、片膝をつく。
優斗は間を置かず、もう2発を同じ箇所に叩き込んだ。

──ドウッッ

──ドウッッ

バルバロスΩは短く痙攣し、「……任務未完」と呟いて崩れ落ちた。

──

数日後、解析結果が4課に送られた。
真壁の撤収時に倉庫へ取り残された、バルバロスΩ-α型が本拠地爆破の
影響でエラーが出て、残存命令「目標を排除せよ」のみを繰り返す
暴走状態にあったという。
敵味方の識別機能は失われ、武装と戦闘アルゴリズムだけが機能し続けていた。
青く光る目のセンサーが赤かったのはエラーを知らせるためだったようだ。

『……機械AIも、命令ひとつで人間みたいに壊れますね。』

「命令出してる人間の方が、もっと怖いけどな。真壁みたいな……」

そこで夜桜がいたずらっ子のような顔で優斗に囁く。

『ところで……左腕はどうですか?もう一回手術しときます?』

「いえ……遠慮しときます、腕は絶好調ですから──って、夜桜!
俺の腕の状態くらいもうわかってるだろ!」

ひらひら舞いながら夜桜は舌をペロッと出して笑う。

『えへへーもうバレバレでしたね。』

優斗は呆れたような笑顔で呟く。

「うちのAIも暴走したら怖いだろうな……(笑)」

――完――