牙を授かりし者たちの詩:イワンの亡霊編 第12章
【第12章】空港再び
「さて……」
優斗はソファに深く腰を下ろすとタバコに火を点け、ゆったりと一服しはじめた。
「ちょ、優斗くん、そんなにゆっくりしてる場合じゃないんじゃ……」
少し慌てた様子で佳央莉が窘めようとする。
「ええ、そうですね」
優斗はにっこりと微笑みを返した。
「ゆっくりしてる場合じゃないんですが――
まあ、セルゲイがどこにいるか分からないうちに飛び出ても意味ないですし」
「え? ええ、そうね……」
今までの優斗の行動からは考えられない言葉を聞き、佳央莉は一瞬たじろいで
しまったが、
「うん、優斗くんの言う通りね。
慌てても仕方ないし、コーヒーでも淹れますか」
軽やかに踵を返した佳央莉は、台所へ向かった。
(そういえば新潟でも大騒ぎしてたのは夜桜だけだったわね……)
そう考えると少し笑みがこぼれてしまう。
佳央莉は初めて優斗の成長と頼もしさを感じていた。
そして、その夜桜は不安そうな顔で優斗に問いかける。
『優斗さん、ほんとにこんなのんびりしてていいんですか……?
セルゲイって、もう人間じゃないし、何時動き出すか――』
「大丈夫。とりあえず準備だけはしとくけど――
あいつは必ず爆破の瞬間を俺に見せつけるはずだから」
『なんで……そう言い切れるんですか……?』
不安げな夜桜をよそに、優斗は佳央莉が淹れてくれたコーヒーを一口啜ると
ニヤッと笑った。
赤いメガネがコーヒーの湯気に少しだけ曇る。
「勘だよ……俺のね」
――
4課準備室――
優斗は静かに、いつものごとく淡々と”戦闘準備”を進めていく。
──左上腕部:ナイフホルダー
・ONTARIO GEN II SP48 Tactical Blade
──サイドアーム(右腿):H&K USP Compact
──サイドアーム(左腿):Desert Eagle Mark XIX(.50AE)
準備室まで来ていた佳央莉と軽い打ち合わせも行う。
「いい? さっきも言ったけどアンチ光学迷彩レンズは突貫で作った上に
まともな起動実験も出来てないの。
くれぐれも無理はしないでね、何が起こるか分からないから」
「わかりました、今回ばかりは本気で気を付けます」
「あと、優斗くん用ブレードは私がテストしておいたわ。そこらの鉄骨なら
藁を斬るように斬れるから、扱いには注意してね」
「……はい」
そんな危ない武器を……
と、一瞬思ったが、今のセルゲイ相手にはちょうどいいのかもしれない。
打ちあわせの後、優斗と佳央莉は仮眠を取っていた。
数時間後――
まだ二人が夢の中にいたその時、突如館内放送が流れた。
「緊急速報。羽田空港にて不審物発見の連絡あり。
繰り返す。羽田空港にて不審物発見の連絡あり。
爆発物処理班は直ちに急行。現地にて警備員が不審物周辺を立ち入り制限中」
放送が流れた直後、優斗は弾かれたバネのように跳ね起きていた。
佳央莉も起きたが連日の徹夜の影響か、完全には目覚めていない。
「タイミングよすぎだろ!」
優斗は手に馴染むように持っていた試作品ブレードを腰に付けながら駆け出した。
夕べから落ち着かない様子だった夜桜も、黙ってそれに続く。
『優斗さんの言う通りになった……
また”勘”が当たったということ……?』
――
「今更だけど、おはよう二人とも。
羽田のカメラから映像を拾ったから夜桜に送るわね」
サイレンと共に首都高を走る優斗のクラウンに佳央莉からの通信が入る。
『お願いします』
受信モードのため目を閉じた夜桜が、佳央莉からのデータを受け取る。
10数秒で転送は完了した。
『映像来ました。優斗さんの脳内デバイスに直接送ります』
「わかった」
羽田空港の防犯カメラから佳央莉が入手した映像が、夜桜を通して優斗の脳内で
再生が始まる。
そこには――
白い作業服に帽子、メガネ姿のセルゲイが作業員通路を悠然と歩いている映像が映された。
脇には黒いビニール袋に入った物体を抱えている。
その次は、セルゲイがちょうど人気が途切れた隙にスーツケースを搭乗ゲート近くに
さりげなく置いている映像が流れた。
「……セルゲイ!」
佳央莉から改めて通信が入る。
「搭乗ゲート付近に不審なスーツケースが置きっぱなしになってるらしいの。
今、空港の警備員がケース周辺を立ち入り禁止にして周辺の人たちを遠ざけているから
今すぐの危険は無いと思うけど……急いで」
「わかりました!」
優斗は一段と強くアクセルを踏み込んだ。
優斗たちが羽田空港に向かっている首都高の反対車線――
軽い渋滞の中に「わ」ナンバーをつけた軽トラが紛れていた。
その軽トラと、一般車が道をあける中をサイレンと共に突っ走る優斗のクラウンが
人知れず交差する。
優斗のクラウンは反対車線の渋滞など気に留める事なく、羽田空港へと走り抜けて行った。
第12章 完
