牙を授かりし者たちの詩:イワンの亡霊編 第8章
【第8章】無
――新潟港22時
夜の帳が降りた後、潮風は冷たさを増し、まるで何かを諦めさせようと
するかのように身体へ叩きつけてくる。
灯りもほぼない新潟港船着き場での捜査は、あまり現実的ではない。
「やっぱり一晩経ったらもう何もないか……」
優斗は息を一つ吐きながら、グローブを外した。
『優斗さん、こちらも特に目ぼしいものは発見できません』
脳内デバイスで夜桜からの呼びかけも、予想していた内容と相違なかった。
「あの佐嶋って警部に時間稼ぎさせられた気がするなぁ
でも……
――まぁ、まさかな」
配属が全く違うとはいえ、同じ組織に所属する者が妨害行為などするはずがない、
と、優斗はこの時は考えていた。
『優斗さーん、そろそろ戻りませんかぁ……
この暗さじゃこれ以上の捜索は無理ですって……』
捜索モードを解除した夜桜が、弱々しい声で泣き言を告げてくる。
「まあ、今日のとこは4課に戻るか」
『はいっ!そうしましょうっ!』
「そういや佳央梨さんが言ってた装備の話とか気になるなぁ。
夜桜、何か聞いてる?」
『いえ、私も特には聞いてないですけど……
昨日の夜は完徹って今朝の通信で眠そうに言ってましたね』
「そうか……佳央梨さんにも迷惑かけちゃったなぁ。
とりあえず早いとこ――」
『優斗さん――港に着岸した船が一艘あります』
優斗の話の途中、夜桜の目が青い輝きに変わり、捜索モードに素早く変更された。
「こんな時間に?
……気のせいじゃないの?」
『いえ、本当です』
軽口のつもりだったが、通常モード以外の夜桜はAI模範解答になってしまう。
「やれやれ、夜桜お遊びなしモードか。
場所は?」
『はい、海水浴場の第3突堤付近です』
「いくら夜とはいえ、随分と大胆にやってくれるな……
一旦車に戻った方が早そうだ」
『最適解です、優斗さん』
――
同時刻。
「遅いぞ。20分遅刻だ」
「へへ、済まねぇな。ちょいと時化っててな」
セルゲイは追加の武器の受け渡しに来ていた。
「無理に運航して頼まれてたブツ、海にでも落としたらヤバいだろうからよ。
感謝してほしいくらいだぜ」
セルゲイは運んできた男の軽口を聞き流し、船に乗り込み荷物の点検を始める。
「……噂通りだな。面白くねぇ男だぜ」
「Немає проблем」
まず、CZ75 SP-01を手に取る。
鉄で出来た、本来のセルゲイの相棒だ。
手から伝わる冷たく重い感触が、心を落ち着かせてくれる。
次に木箱の蓋を無造作に剥がし、中に入っている円筒形の物体数を数える。
――セルゲイの右眉が少し上がり、すぐさま船室を出る。
「おい!頼んでおいたのと数が合ってないぞ!」
「え、そうかい?俺ぁ渡された分をそのまま持ってきただけだぞ」
タバコを吸い、ヘラヘラ笑いながら男は答える。
「それより早ぇとこ荷物持っていってくれねーかな。こう見えて俺も暇じゃないんだわ」
セルゲイは音もなく男に接近し、首根っこを掴み上げる。
「ゴホッ!……こ、これも噂通りか。
お前……ここで何人殺ったんだ?本部にも情報はとっくに入ってるぞ」
「……だからどうした」
「お前、もう用済みらしいぜ。国家反逆罪だとよ」
この言葉を聞いてもセルゲイは顔色一つ変えることなく、男の首を掴んだままだった。
「貴様……いつもの運び屋じゃないな。その上着のポケットに入ってる物を出せ。
ゆっくりとだ。
「――これにも気づいてたとはな。
さすがベーリィ・ヴォルクだと言っておく。
安心しろ、まだ起動はさせてない」
男は首をセルゲイに掴まれたままだったが、少しずつ本来の眼光の鋭さへと
変わってきたように見え始めた。
右手を上着の内ポケットに差し込み、ゆっくり外へ出す。
―EMP発生器
同じ表情のままセルゲイは尋ねる。
「そいつを何に使うかは――知っているな?」
「ああ……貴官が反抗的な態度に出た場合は即座に使用しろとの命令だったが……
上手くいかないものだな」
「そして……この会話は当然――」
「その通りだ。本部で今頃鑑賞会でも開いている頃合だろう」
「お前たちの考えそうなことだ」
「貴官はやりすぎた。
日本へ厄介払いしただけでは、すでに貴官は修正が効かない。
そう判断されたんだ、気の毒にな」
「その割には頼んでおいた”荷物”はかなり正確に届けてもらっているが?」
「こんなに早く貴官が私に向かってくるとは思わなかった。数が足りないのは本当に偶然だろう。
やっかいな偶然になったがな。貴官が日本での最後の大暴れ後に命令を実行する予定だったんだ」
セルゲイの左目が赤く、輝きを増した。
「もう命令を実行する必要はなくなる、気の毒にな」
その言葉を聞いて、男の目に怒りの炎が宿った。
「貴官!私を誰だと心得ている!私は――」
途中になってしまったその言葉が、男の遺言にならない遺言となった。
第8章 完
