異世界刑事~刑事達が異世界で事件捜査~ 第2話
揺らぐ正義<前編>
アカッシス。95.88km²、人口約4万人。フォンデミリア王国の南東部に位置する街だ。50年前の戦争以前は独立した魔法都市として栄えていたが、戦争中に都市はほぼ瓦解、王国編入の際に縮小されて現在の面積になった。その為、外壁の外には今も破壊された防衛拠点、廃墟等、戦争の傷跡を強く残したままの状態で放置されている。
時に王歴261年。
−−依頼人の家
二人はギルドマスターから預かった紙に書かれた地図を元に依頼人の家を探し出した。家はこの世界においては平均的な家屋といった所だろうか。レンガ造りの壁、板で開閉可能な窓、ドアは厚めの木材。そして今、彼らはその扉の前に立っていた。
「ここで間違いないんだよな?」
「あぁ、ここらしい」
そう言って弘也はドアをノックした。中から足音が聞こえる。
「どなたですか?」
声と共に扉がわずかに開き、住人らしき女性が顔を覗かせた。
「警視庁捜査一課の前川といいます」
「同じく春日です」
二人はいつも通り警察手帳を見せた。
「けーしちょー?何ですか、それ?」
女性は提示された手帳に顔を近付けて物珍しそうに眺めた。そういえばこの世界に警察はさっきできたばかり。まだ誰も知らない事を忘れていた。条件反射で手帳を見せたが、通じるわけがない。弘也が咳払いをして、少しだけ身を乗り出す。
「新しくできた職業です。まぁ冒険者の一種だと思ってください。あなたが依頼したクエストの件でお話を伺いに来ました」
「そうでしたか。中へどうぞ」
依頼人に言われるまま二人は家の中に入った。
「狭いですが、お掛けになってください」
「失礼します」
二人は促されるままテーブルの前にある椅子に座った。向かい合う様に座った依頼人の女性は自分をレオナと名乗った。
「まず、お父さんが殺害された件についてですが、当時の状況についてお聞かせ願えますか?」
「はい・・・。川のほとりを父と一緒に散歩しているところでした。私が花の妖精達に気を取られていて・・・。その時にペンダントを盗られたんです。父が取り返そうとして揉み合っているうちにあんな事になって・・・」
レオナは涙ながらに答えた。
「ペンダントを盗った相手の特徴は覚えていますか?」
「えぇ、大体覚えています。背は小さいですが、頭に角が生えていました。身体は赤くてボロボロの鎧と剣を持ってました。素早い動きであっという間にペンダントを盗まれてしまったんです」
「頭に角ね・・・」
弘也は身体的特徴から何か思い付いたらしい。
「ペンダントの方ですが、何か特徴はありますか?」
和司はメモ帳を取りだしてスケッチを始めた。
「丸形の銀でできていて、表面にルビーが楕円形にはめてあります」
「こんな感じですか?」
手早く描かれたスケッチをくるりと回して、レオナに見せる。
「はい、大体こんな感じです」
「分かりました。ペンダントは我々の方で取り返してみせます」
「あれは私が父からもらった唯一の物なんです。どうかお願いします」
家の前で丁寧に頭を下げるレオナに、和司と弘也も軽く頭を下げる。そのまま二人は家を後にした。
「丸型の銀製で表面にルビーがはめてある、高価そうな物だ。誰でも奪いたくなるだろう。しかしその為に死者が出ているのは見過ごせない」
「ヒロ。犯人《ホシ》に心当たりがあるんじゃないか?」
身体的特徴を聞いた時の弘也の反応を和司は見逃さなかった。弘也は少し気まずそうに咳払いをした。
「何となくだけどな。これはゴブリンかもしれない」
「お前がファンタジーゲーム好きで助かったよ。で、どんな奴だ?」
「聞いた通りだよ。背は低くて、頭に角。赤い肌で、素早い。単体なら対処は簡単だけど、あいつら・・・群れるんだよ。集団になった時の厄介さはちょっとシャレにならない」
和司は最初にこの街で見た光景を思い出していた。通りを普通の人間に混じって様々な特徴を持った亜人《デミヒューマン》が歩いていた。背は小さくて頭に角・・・はて。
「この街にそんな奴いなかったよな」
「そもそもモンスターであって人間じゃないからな。協定は人と人との間にだけ結ばれたんだ。ゴブリンは対象外だろ」
それ以上言葉を交わす事なく二人は川へ向けて歩き出した。レオナが花の妖精に気を取られていたという、あの川へ現場検証をする為に。
−−リュカン川
「この辺りのはずだよな」
現場となった川の土手に立ち、和司は辺りをぐるりと見渡した。レオナの証言通り、川沿いには色とりどりの花が咲き乱れている。その間をふわふわと何か小さな光が舞っている。の光の粒が恐らく花の妖精なのだろう。
「ゴブリンの身長は約90〜105センチ程度。土手に傾斜が付いている事を考えても、しゃがんでいれば姿は隠せるな」
「モンスターが人間を襲うのはまぁ分かるとして、襲撃があまりにお粗末だな。まるでペンダントを強奪する事が目的だった様に聞こえた。父親が殺害されたのは明らかに事故。始めから狙われていた訳じゃない。何でペンダントを狙ったんだ?」
「人間二人を殺害したふりをしてペンダントだけ持ち帰れば、それがハンティングトロフィーだと見えるんだろう。人間を何人殺したかで仲間間での優劣が決まる」
「せこい話だな」
二人は周辺を見渡しながら川沿いを進んだ。街の中を自由に往来できるゴブリン達が街の中に住んでいるとは思えない。どこか街の外から侵入できる場所があるはずだ。
「ここは自然豊かな場所なんだな。川の水もきれいだし、周りの花々も美しく咲き誇ってる」
「東京だって23区外にいけばそんな場所一つか二つ位はあるだろ」
「風情のない奴だな」
しばらく歩くと川から小さな流れが分岐して別の方向へと流れていた。用水路か何かだろうか。
「ゴブリンって泳げるのか?」
「泳げるかどうかはともかく、川を渡る位はできるだろう。水を怖がるようなタイプじゃないしな」
そうしているうちに街の城壁へとたどり着いた。そこに鉄柵が設置されていて、内側からも、外側からも入れない様になっている・・・はずだった。
「随分傷んでるな。サビサビじゃないか」
「一本取れてるんだが」
「じゃあここから入り込んだ?」
二人は錆びついた鉄柵を触ってみたが、他の柵も痛みが激しい。今回の様に外からモンスターが次々と入ってきたら街は大パニックだ。
「ここから街に侵入したのは確かだろうが、どうやって住処を見つけ出す?この街もそうだが外の事なんか何も分からないんじゃ探しようがないぞ」
住処を探す、この世界に来たばかりの二人にとっては途方もない話だった。情報はない。地図もない。土地勘もない。まるで霧の中を手探りで進む様な物だった。
「どっかに情報に詳しい人間がいないかな?」
「情報か・・・酒場に行ってみるか」
柵の前から離れた弘也は足を止めて川沿いに戻って行く。
「おいおい、何で酒場なんだよ?」
「こういう時は酒場って相場が決まってるんだよ。ここに来る途中に酒場があっただろ。大人しく付いて来いって」
弘也に言われるまま和司は後を付いて行った。
−−酒場、フォンストリート
二人が酒場についた頃には夕方になっていた。大通りに面した壁は上から半分が見える様になっている為、外からでも中の様子が伺える。酒場には様々な人でごった返していた。冒険者風の男達、商人らしき女性達、亜人《デミヒューマン》の姿もちらほら混じっている。
「ここのマスターに話を聞いてみる。ちょっと待ってろ」
弘也はまるで慣れた動きで奥のカウンターに歩いていった。入り口で呆然とする和司。
弘也は酒場の奥にあるカウンターで、この店のマスター、アルバート・クランプトンと何やら話し込んでいた。しばらくすると、アルバートが一つのテーブルを指差す。弘也も小さくうなずいている。その視線を追う様に和司も店内を歩き始めた。
「おっと、危ない!気を付けてよ!」
軽やかな声と同時に目の前を料理を運んでいた女性が横切る。和司はとっさに後ろへ下がったのだが、あと少しで肩がぶつかりそうになった。女性は両手で大皿をバランスよく持ち、かろうじて料理を落とさずに踏みとどまった。ステップの様な動きに酒場の一部の客から軽くどよめきが起こる。
「ったく・・・このメグ様の料理を台無しにしようだなんて許さないんだからね!」
「あぁ、すまない。気を付けるよ」
和司は申し訳なさそうにメグに片手で謝罪のポーズを取って弘也と合流した。
「あんたらゴブリンの住処を探してるんだって?聞こえてたよ」
テーブルにいたのは椅子の背にもたれ、足を投げ出す様に座った弓使い《アーチャー》だった。テーブルの横に使い込まれた大きな弓が立てかけられている。
「それなら話が早い。実はこの近くにゴブリンの住処がないか探している。心当たりがあるなら教えてほしいんだが」
弓使い《アーチャー》はしばらく二人を観察する様に目を細めていたが、やがて口元を歪めた。
「まぁうちらの獲物じゃないから特別に教えてやるよ」
ボロボロになっている街の周辺地図を広げた弓使い《アーチャー》は廃墟の場所を指差した。
「一番近いのはここ。廃墟になっている建物の地下に奴らは潜んでいる」
弘也は目を細めて地図を覗き込む。
「そこに奴らが潜んでいるってわけか」
「あぁ。行くなら気をつけな。奴らは群れで行動している。二人だけで突っ込むにはちょっとばかり骨が折れるかもな」
そう言って弓使い《アーチャー》は酒を一口あおり、また椅子の背にもたれた。
「この地図持ってきな」
「いいのかよ?」
「言っただろ。うちらの獲物じゃないって」
弘也はテーブルに置かれた地図を受け取った。
「ありがとう。今度酒をおごらせてくれ」
「生きて帰って来たらそうさせてもらうよ」
弓使い《アーチャー》の肩越しに手をひらりと振って、二人は酒場を後にした。空はいつの間にか夜の帳に包まれ始めていた。
「ヒロ、一つ質問いいか。ここがお前が知ってる様なゲームと同じ世界なら、死者を蘇生できる魔法とかあるんじゃないか?」
「仮にあったとして、それが使える奴をどうやって見付け出すかが問題だ。さっきの弓使い《アーチャー》みたいに気前が良い奴ばかりでもないだろうし、報酬も安くはないだろるな」
「そうか」
和司は一歩闇に向かって踏み出すと、小さく息を吐いた。その目は、既に目標の先を見据えている。
「さて、犯人確保といきますか」
二人は街外れの廃墟へと向かって歩み出した。夜の帳の中、ゴブリンの影が蠢くその地下へ。