エデュカントの星(第5話)

 握った剣からなんとかドラゴンの背中に乗り移ったベルセリア。三カ月間騎士団で鍛えたおかげでいつもであれば根を上げていたところ、なんと丸二日ドラゴンの背にしがみついていた。最後はドラゴンが根負けした。剣を抜いてやり、ドラゴンと仲良くなった。
 「ぃやっほーぅ♪ いいぞー、雲の彼方まで飛んで行けーっ!」
ドラゴンの背に仁王立ちになりまったく落ちることなく縦横無尽に飛行する。
 <やっぱりドラゴンはいいなあ>
 このまま騎士団に戻るのをやめようかと思うベルセリアだった。

 「オレは何のためにここにいるんだ」

 ベルセリアの足取りが完全に途絶えたと捜索隊が騎士団長会議で報告した。
 「ドラゴン使いでもなければ16歳の少女がドラゴンに乗って半日も耐えるはずがない」
 「落下して遺体がバラバラになったか海に落ちて見つからないかのいずれかか…」
 「チビ助のやつ…」
 騎士団長トラントドンが落胆のため息をつく。その場の誰よりも哀しそうに見えた。彼だけではなく騎士団長全員がつらい気持ちになっていた。だがそこへ、さらに衝撃の報告をティタンジェがもたらした。オリビエ・ピエモンテ遭遇の件だ。
 「オリビエが辺境の魔物たちを従えていた?!」
 「それが、私を『レディナイト』と呼び、ガロ・ソノマを『小僧』と呼んだ理由がわからない。オリビエであれば私を名前で呼ぶし、『小僧』などと蔑視はしない」
 「記憶を失っているのではないか?」
 「あるいは術師に薬を盛られて利用されているのか」
 誰もが人望厚いオリビエを信じている、いや信じたいがために「オリビエは今でも敵ではない」と結論付けようとしているのが明白だった。重苦しく、だがどこか白々しい空気で会議は長引いた。

 一方、その翌朝、ベルセリアは鼻歌交じりにドラゴンとともに海岸に降り立った。朝日が反射して海が輝いている。
 <しかし、ここはどこだ。調子に乗って飛ばしたはいいが…>
 砂浜には巨大ないくつもの岩が転がっていた。だが、近づいて正体を知ったベルセリアは愕然とした。岩ではない。連なるドラゴンたちの死骸だったのだ。
 「これは! レミー種!」
 思わず声を上げた。先日、ベルセリアたち騎士団を襲った種族だ。
 <抵抗の痕(あと)がある。首や手足にかけられた縄の切れ端から察するに、無理矢理さらわれようとしたところ、激しく暴れたせいで殺されたり、自ら縄で首を絞めてしまったのか。誰がこんなまねを…>
 心を傷めるとともに怪訝な顔で死骸一つ一つを調べる。一緒にいたマッカラン種も、苦悶の表情を浮かべる仲間の死骸に頭をすりつけて起こそうと試みる。
 ふいに遠くから子供たちの声が聞こえた。
 「本当にいた。ドラゴンだ。かっこいいなー」
 「死んでんだろ。行ってみようぜ」
 「えー、あたし、怖いよ」
 ベルセリアが顔を向けると、5歳くらいの子供たちが恐る恐るドラゴンに近寄ってくるところだった。発見した誰かが友達を呼んできたようだ。
ところが、瞳を輝かせる彼らのすぐ目の前で思いがけないことが起こった。死んでいたはずのドラゴンが起き上がったのだ。どうやら気絶していただけらしい。牛5頭分もある青緑色の巨体が子供たちの前に覆いかぶさるように立ちはだかる。人間に攻撃されたため、相手が子供であろうと恨みの対象だ。怯えて立ちすくむ彼らにドラゴンは雄たけびを上げて巨大で鋭い爪を振り下ろした。
 「やめろ!!」
 叫んだベルセリアがドラゴンの尾を伝って体を駆けのぼる。そして力いっぱい急所である首筋へ剣を振り下ろした。突然の攻撃にドラゴンは悲鳴とともに倒れ、やがて静かに息を引き取った。倒れたその背の上でベルセリアが肩で息をついていた。いくら待っても乱れた呼吸と動悸がおさまらない。
茫然と立ちすくんでいた子供たちは我に返るとともに真っ青になって逃げ出した。ベルセリアはその背中を悲しげなまなざしで見送り、足元のドラゴンを見つめた。
 <仕方なかったんだ。目の前で人間が殺されるはもう嫌なんだ…>
 マッカラン種が天へ向かって悲しげに一声あげる。そしてベルセリアと目が合うと寂しそうにその場から飛び去ってしまった。
 「…そうだな、すまなかった。おまえの仲間を殺してしまった。友達だと思っていた私に裏切られたと思っただろう。もう戻ってはきまいな」
 ドラゴンの背から降りたベルセリアはその傍らに座りこんだ。ゴツゴツした硬い皮膚をなでているうちに、涙があふれてきた。
 「ごめんな。せっかく生き残れたのに…」
 涙がこぼれ落ちないようにこらえた。どっと疲れを覚えた。丸二日間眠っていないのだ。ドラゴンの躯(むくろ)に寄りかかる。悲しみと疲労に押しつぶされるように寝入ってしまった。あの子供たちがドラゴンを嫌いにならなければよいと思いながら――。

 誰かに肩を小突かれた。ハッとしてベルセリアは飛び起きた。無意識に手は剣の柄を握っていた。自分を起こしたのは去って行ったと思ったドラゴンだった。
 「おまえ、戻ってきてくれたのか」
 心配そうにベルセリアを見つめるドラゴンの顔を優しくなでながら立ち上がる。すっかり夕闇が迫っていた。潮騒に交じり、人の声が聞こえる。見回すと遠巻きに村人たちが自分とドラゴンを見ていた。どうしたものかと相談し合っているようだ。
 <そうだ、こうしてはいられない>
 ドラゴンを待たせて村人たちの元へ走り寄る。拳を胸に当て、騎士の礼をしながら
 「私はリーザカインド王国騎士団のベルセリア・エノテカだ。ドラゴンがつれさらわれている可能性があるので調査したい。知っていることを話してくれ。それから、私と後ろの友達に食べ物を。請求はベルデッキオ・ブリストルの食事代としてドラゴン使いのブリストル家へ送ってくれ」

 ベルセリアが消えてから十日、新人たち全員が沈んでいた。陰口をたたいていた者たちも複雑な思いで意気消沈していた。さわやかな初夏の午後の中庭で、三人組やリューは気が抜けたようにすわり込んでいた。隣りで本を読むシレオンも先ほどからページが変わらず、同じ行を何度も目で追っている。特に犬は食欲もなく中庭にじっとうずくまってやせ細るばかりだ。
 そんな彼らをガロは不安そうに見守る己が歯がゆかった。
 <昔のオレなら力強い言葉で励ませた。だが、森での出来事が心を闇に引きずりこむ。ティタンジェの体調不良も気になる。事態が不吉な方向に進んでいるとしか思えない。オレは何のためにここにいるんだ。いまさら新人でもないのに>
 ガロは自分の過去を振り返る――。

 彼が騎士団に入団したのはいまから10年前の18歳の頃。当時から背が高く頑健な体つきで、剣の腕は町一番と言われた。明るい性格で誰とでもすぐ打ち解けた。
 「おまえ、オリビエ・ピエモンテだろ。去年のうちの町の剣術大会で優勝した」
 「オレも見てた。強かったなあ」
 早速同期から羨望のまなざしで見られた。20名の同期の中には16歳の少女ティタンジェもいた。彼女の美しさは早くから人目を引いた。鼻の下をのばしていた新人や先輩騎士たちはその剣の強さに打ちのめされることになる。
 「オリビエ、剣の相手になれ。私の同期で対等に戦えるのはおまえしか残っていない」
 「少しは手を抜けよ」
 「おまえ相手に手が抜けるか」
 冷静で自分にも他人にも厳しいレディナイトであったが、妙に気が合った。
 <ティタンジェは妥協を知らないからすぐに人とぶつかる。その場を丸く収めてやるのがオレの役割だな。あいつはライバルで、親友だ>
 当時からオリビエ・ピエモンテの能力は同期より頭二つ分ぬきんでていた。武術だけでなく騎士としての所作(しょさ)も心得も人より早く身についた。先輩であるトラントドンやヌフドパフを「生まれながらの騎士だ」とうならせたほどだ。そんな彼にも苦手はあった。ドムラだ。まるで言うことをきかず、敵意むき出しで噛みついてくる。
 「半年経ってもドムラに乗れない騎士なんて聞いたことがないぞ」
 同期のグルナッシュやシュナンブランにからかわれる有様だ。遠征になるとドムラに乗る騎士たちの後に馬車で続く自分が情けなくて悔しかった。だから一念発起した。
 「今日からドムラの厩舎で寝泊まりして世話をする。許可ももらった」
 「やめろよ。寝てる間に蹴り殺されるぞ」
 グルナッシュたちは本気で心配し、ティタンジェにも無言であきれられた。だが、やめなかった。飼育係から習い、厩舎全部のドムラの囲いを掃除し、朝夕餌をやった。噛みつかれたり蹴られたりで生傷は絶えなかった。だが三カ月もたつ頃にはドムラたちが警戒心を解いてきた。いつしか厩舎すべてのドムラがなついてくれた。誰も追いつけぬほど早駆けできようになると同期だけでなく先輩や騎士団長たちからも一目置かれるようになった。
 2年で騎士団の中で頭角をあらわし、5年もたつ頃には王国で彼を知らぬ者がいないほどとなった。隣国との戦いや辺境の魔物の撃退で数々の武功を上げていたからだ。
 女性たちに好かれたが、浮名は流れなかった。モテるとティタンジェの機嫌が悪くなるからだ。それだけは避けたかった。
 入団して8年目、26歳で騎士団長に任命された。追いかけるようにティタンジェも24歳で騎士団長となった。
 そんなある夜、騎士団の館の屋根に寝そべる自分をティタンジェが見つけた。
 「こんなところで何をしている」
 あきれる彼女に微笑んで場所を譲った。
 「騎士団長任命後はいままではなかった書類整理や官僚との交渉がついてまわる。嫌気がさすと夜、この『夜空に近い場所』にくるんだ。ここなら誰にも邪魔されず月も星もつまらんことで悩む己の姿もよく見える」
 「ああ、本当だな」
 星を仰ぐ横顔が美しかった。それ以来、屋根の上で二人語らうことが多くなった。
 ある星の美しい夜、帰ろうとするティタンジェの腕をとった。
 「まだ行くな」
 衝動が抑えられず、ティタンジェを抱きしめてしまった。
 「どうした、オリビエ」
 抵抗されなかった。されたとしても離す気はなかった。
 「その――、オレはどうやらおまえに惚れたらしい」
 思いがけないことに抱き返された。お互いのくすぶっていた秘めた想いが堰(せき)を切ってあふれだす。
 騎士団内での恋愛は禁止されていた。余計な感情で作戦に弊害をもたらすのを防ぐためだ。そのため二人で密かに慎重に、しかし確実に愛を深めていった。
 おそらく、グルナッシュやシュナンブランにはバレていたのではないだろうか。しかし、気遣ってか、二人は何も触れてこなかった。そんな友情に感謝した。
 そして入団して10年目の秋、騎士団長総長の位を作る動きが騎士団内で興った。候補者として自分の名前が挙がった。
 「オレはいいよ。柄じゃないし、まだ若い」
 「何を言うか。おまえをおいて他にいないだろう」
 「そうですよ、我々も望んでいます」
 トラントドンや騎士団長になりたての後輩ティムールが推薦する。ティタンジェも微笑んでいる。そんな会議中、緊急の報告がもたらされた。
 「大変です! ラムー河付近の村を多数の辺境の魔物たちが襲っているとのことです」
 運命は急変する。騎士団の近年まれにみる悲劇「ラムー河の戦い」が自分たちを待ち受けていた。
 200名を超える手練(てだれ)の騎士たちと騎士団長たちが駆けつけると村は焼き払われ、人々の死体が所狭しと転がり、ラムー河は人々の血で赤く染まっていた。
 「食いちぎられた跡と剣の跡がある。ヒト型とケモノ型の両方がいるのか」
 「他種族同士の連携はありえない。別々に襲ったとみていいだろう」
 肉の焼け焦げる臭いにむせつつ、騎士たちは口々に言って警戒を強めた。だが、のちに知る。これが自分たちをおびき寄せるための罠であったと。隊を分けて捜索に出たとたん、魔物の群れが騎士たちを襲ったのだ。被害の範囲が広いため細かく分隊するのを想定していたようだ。騎士たちの予想に反し、一つの部隊のように編成されたヒト型とケモノ型の魔物たちがそれぞれの特性を生かし、武器や落とし穴を用意して騎士やドムラを狙う。隙を突かれた騎士たちは次々に攻撃の餌食となっていった。
 「魔物たちを先導している者がいるはずだ。探せ!」
 戦闘中、声を張り上げて命令したが、全員が目の前の魔物たちを倒すのに必死でそれどころではない。自分の乗るツカサの気が強くてよかった。他のドムラ以上にどんな攻撃にもひるまず挑んでいく。仲間を助けに剣をふるうが、それでも多勢に無勢だ。目の前でシュナンブランが魔物の牙にかかり息絶えた。動揺したところへ背後から敵の矢が飛んでくる。鈍い音を立てて矢が突き刺さった。自分ではない誰かに。振り向くと身代わりになってくれたグルナッシュが鎧の上から弩弓の矢で胸を貫かれ、虫の息だった。
 「しっかりしろ!」
 「オレは、いい…。それよりティタンジェが一人で森に…」
 言い終えず親友は事切れた。悲しむ間も与えられず、森へ急ぐしかなかった。道が狭くドムラが入れない。仕方なくティタンジェの乗っていたボタンと一緒に入口に残し、進んだ。奥が騒がしい。様子を見ると開けた土地で魔物たちが円陣を組んでいる。その中央に蝋のように白い肌をした僧侶が意識を失くしたティタンジェの首を片手で持ち上げていた。
 <彼女を倒すとは。あいつが首謀者か>
 僧侶が腕に力を込めると彼女の顔から精気がなくなっていく。そのたびに辺境の魔物たちが狂気の声を上げる。
 「やめろ!!」
 飛びだし、一刀のもとに5頭ほどなぎ払う。突然の攻撃に魔物たちはひるんだが、僧侶は余裕の顔で
 「近づけばこの者の命はない」
 と冷酷に首を絞めつけた。動けなくなり、あっという間に魔物たちに取り押さえられた。
 「オレが身代わりになる。彼女を離せ」
 ティタンジェを手にしたまま僧侶は近づき、何やらしたり顔になった。
 「よかろう。おまえのほうが使えそうだ」
 ティタンジェを乱暴に放るとその手を伸ばし、自分の首を締め始めた。一気に体が冷たくなった。僧侶の黒目だけの瞳から彼も魔物であったと察した。その底なしの黒い瞳が暗い死の淵へといざなう。体から精気が蒸発するような感覚を覚え意識が遠のいていった。
 確実に「死んだ」と思った。なぜか遠のく意識の中で耳だけは聞こえていた。高慢な声が響く。それも聞きおぼえのある声が。
 「ほう、素晴らしい体ではないか。だがこの女を生かしておけばあとで私の正体も知られる。やはり始末するか。……むっ、まだ体が動かん。おまえたち、代わりに片付けろ」
 魔物たちの声がすぐさま断末魔の悲鳴に変わった。
 「忌々しい。まだ残る持ち主の意志が女をかばって攻撃させたか。ならば私の意志の力で呪いをかけるしかあるまい」
 何やら呪文が唱えられる。
 「おまえはここでの記憶をなくす。もし思い出したり私の正体に気づけばおまえは死ぬ」
 ガチャンと何かが落ちる音がした。甲冑のティタンジェが倒れた音だろう。
 「者ども、私を運べ。体が慣れるまで安全な土地に避難する」
 疲れた声が指示し、そこで意識が途切れた。
 
 気づくとベッドに寝かされていた。全身痛くて起き上がれないばかりか頭痛までする。
 「おお、気がついたか。これだけの傷でよくがんばった」
 「おーい、ガロが目を覚ましたぞ」
 見知らぬ男たちが自分を取り囲んでいた。体中に包帯が巻かれている。
 「ここはどこですか」
 まるで他人の声でしゃべっているようだと感じた。それも年若い少年の。付き添っていたらしい中年の男が説明する。
 「イリザ先生の家だよ。おまえが森の中で魔物に襲われて倒れていたのを騎士団が見つけてくれてな。近くの医師のイリザ先生の元へ運んでくれたんだよ」
 「騎士団!」
 「おい、無理して起きるな、ガロ。三日三晩寝ていたんだから」
 さっきから「ガロ」と呼ばれているようだが誰のことなのか。だが、起き上がれるようになってほどなくしてわかった。鏡に映った自分が見知らぬ少年の姿に変わっていたからだ。悪夢を見ているようだった。
 落ち着くと事情がわかってきた。これはガロ・ソノマというラムー河域のサンタローザ村に住む18歳の少年の体だった。つまり僧侶の魔物に何かをされて抜けだした自分の魂が、たまたま森で魔物に襲われた少年の死体に宿って復活したと考えると筋が通る。
 「先生、どうです、ガロの様子は」
 「傷の深さから普通なら死んでいただろう。しかしあの体力のないガロ・ソノマがよく持ちこたえたものだ」
 会話を耳にしてわかった。
 <オレの生命力の強さで助かったのか。ではオレの体は。いや、考えるまでもない。魔物に乗っ取られたのだ。思えば、意識が遠のく中で聞いたあれはオレの声だった>
 ガロ・ソノマの両親は魔物の襲撃で亡くなっていた。身寄りがないため、医師イリザの元で働かせてもらいながら暮らした。天涯孤独は都合がよかった。
 村は壊滅し、騎士団は多大な犠牲者を出して、戻ったのはごくわずかだったと聞いた。ティタンジェ以外、同期は全員死亡した。
 半年後の春に年一度の騎士団の募集があると知らされる。即刻、応募をした。
 <ティタンジェを守り、あの辺境の魔物に近づくためにも騎士団へ戻らなくては。とはいえ、この少年、背は高いが細くて体力がないうえ脚力も弱い。騎士には不向きだ。毎日過酷な鍛錬を積んで少しはましな体に仕上げたつもりだが、これで落ちたら来年の応募を待つしかないのか? 僧侶の魔物が何をしでかすかわからず、それを誰かに伝えればティタンジェは記憶がよみがえって死ぬ恐れがあるというのに>
 試験会場である懐かしい騎士団の館で不安と苦悩に打ちひしがれていると声がかかった。
 「なんだ、おまえ、大丈夫か」
 茶色のツインテールに釣り目の小柄な少女、ベルセリアであった――。

 上空で獣の鳴く声がした。我に返って空を仰ぐと東の空から大きな鳥の一群が騎士団の館めがけてやってくる。
 いや、鳥ではない。何十頭もの黒いドラゴンの大群だった。背中には手綱を引く辺境の魔物たちを乗せている。その光景に誰もが言葉を失った。その中でいち早く正気に返ったガロが声を張り上げる。
 「リュー、見張りの塔で緊急の鐘を鳴らせ! シレオン、会議室の騎士団長たちに報告しろ! 後は全員館内に退避して武器の装備と弩弓の準備だ! 急げ!」
 ガロの声に全員が反応した。だが、そんな彼らをあざ笑うように北の空からも何十頭もの緑色のドラゴンの群れが騎士団の館めざして飛んできた。黒と緑が混然一体となる。空はドラゴンで埋め尽くされ、館の上に大きな影が落ちる。
 一頭でもてこずるのに大群で攻撃されては館はひとたまりもない。配置に着くより先に飛来してきたドラゴンたちに剣を抜いたままガロは絶望した。
 だが、思わぬ展開になった。上空で緑のドラゴンが黒いドラゴンを攻撃し始めたのだ。緑のドラゴンたちは統制がとれており、二頭で一頭を狙い、騎士団の館に黒いドラゴンが墜落しないよう撃退に徹している。空では飛び交うドラゴン同士の混戦がまるで絵巻物のように繰り広げられた。騎士団は思わず歓声を上げて緑のドラゴンたちを応援していた。想定外の攻撃に黒いドラゴンたちは散り散りになって逃げる。悔し紛れに騎士団の館を襲おうとする乗り手をドラゴン数頭に命じて攻撃させ、自らも戦闘に加わる者がいた。それは緑のドラゴンの背に仁王立ちで乗るツインテールの少女だった。
 「ベルセリア?!」
 騎士団全員が声を上げて驚く。 
 黒いドラゴンは這々(ほうほう)の体で逃げ去った。館は大歓声で沸いた。
 北の空へと緑のドラゴンたちを帰し、乗っていたドラゴンと中庭に降りるベルセリア。ピン・ポン・パンや新人たち、そして真っ先に犬が走って出迎えた。犬が彼女に飛びつき、しっぽを振って喜ぶ。
 「爺、すまない。心配かけたな」
ベルセリアが犬をなでる。騎士たちが彼女を囲んでたたえた。
 「ベル、すげえ! おまえ、かっこいいぞ!」
 「当然だ。かっこいいのは私の得意技だ。それより騎士団長たちに話がある。おまえたち、ポチを見ていてくれ」
 ベルセリアは振り返って庭に控えるドラゴンを示す。
 「ポチ?」
 「相変わらずセンスねえ名前の付け方…」
 「なんだとう! 聞こえてるぞ、おまえたち」
 「ベルセリア」
 駆け寄ったガロにベルセリアは真剣な顔でそっと告げた。
 「ヤバイことになったぞ。調べたら昔いた騎士団長の一人が辺境の魔物たちとドラゴンを連れて隣国について騎士団とリーザカインドを攻撃しようとしているようだ」