エデュカントの星(第1話)

 かつてリーザカインド王国にエデュカントという英雄が存在した。何度も不遇の身にさらされるが自らの力で運命を切り開き、王国を敵から守り抜いて繁栄をもたらせた。やがてその名は星となり、彼は伝説となった。
 リーザカインドでは知恵と勇気、そして不屈の希望の象徴を「エデュカントの星」といいあらわす。
 私たちも願おう――この物語の騎士たちにエデュカントの星の輝きが宿るようにと。

 「後ろがつかえている。とっとと始めろ」

 ここは緑豊かな豊饒の国リーザカインド王国。人々が何不自由なく暮らす稀な富める国。しかし、その代価として近隣諸国や辺境に住む魔物たちに狙われる宿命にあった。そのため、国は文武を兼ね備えた選りすぐりの人材を騎士として育成し、防衛に当たらせていた。
強くて気高く、白銀(しろがね)の甲冑姿もりりしい王国騎士は国中の憧れの的だ。
 今日は年に一度行われる王国騎士団の入団試験日。試験会場である「騎士団の館」は300名を越える受験生たちでにぎわっている。「今年はラムー河の戦いで騎士団の人数が減ったから欠員補充で入団しやすい」といううわさも飛び交っていた。
 試験課題は3つ。ざわつく会場の中に不敵な面構えの少女が腕組みをして座っていた。気の強そうなキリリとしたつり目に茶色の長いツインテール。小柄で華奢だ。
 反対に隣りの少年はうなだれていた。不安げな表情でそわそわしている。栗色の髪は淡く、背丈は軽く180cmはあり細身だが体格が良い。
 少年の様子に気づいたツインテールの少女が声をかけた。
 「なんだ、おまえ、大丈夫か。いまから弱気だと最後まで持たないぞ」
 「え、あ、はい…」
 「私はマルケ村のベルセリア・エノテカ。よろしくな」
 「オレはサンタローザ村のガロ・ソノマです」
 こうして二人は出会った。

 最初の課題の筆記試験が終わり、一時間後、解答用紙が返された。知能が低ければ騎士になれない。隣国の元首の名前を問われる社会常識や、忠誠心を記す論述が出されていた。
ベルセリアが気になってガロをつつく。
 「何点だった。見せてみろ。ほら、私のも見せるから」
 「あ、ちょっと…」
 「なになに、ガロ・ソノマ 18歳。点数は…」
 しばらくお互いの解答用紙を見ていた二人は一緒に叫んだ。
 「ベルセリア、80点なのはいいとして、16歳って君えらそうにしてるけどオレより年下じゃないか!」
 「ガロ、おまえ、弱気なくせして満点取るとは何事だ!」
 二人の間に険悪な雰囲気が漂った。

 300名を越える受験生が半数に減った。70点以下は受験資格がなくなるのだ。悔し涙を飲む者たちが去ると、残った受験生は館の敷地内にある剣の訓練場に移動させられた。腕自慢をする者やそれを冷やかす者でにぎやかだ。
 移動中、ガロ・ソノマの隣がうるさい。にぎやかなのではなく、ベルセリアの独り言がしつこいのだ。
 「なんで私より点数がいいんだ。試験前はあんだけ怯えてたのに。相手を油断させる小細工なのか。それを姑息というのだ。こういうセコイ奴は騎士に向かないんじゃないか。大体だな…」
 「ベルセリア、全部聞こえてるぞ。君、結構根に持つんだな」
 「当然だ。陰険は私の得意技だ。大体、満点取れるくせに青い顔なのはおかしいだろ」
 「あのな、オレだってある意味驚いてるんだ、待ち時間にマンガ読む子が80点も取れたのは。それは下から何番目かの子がする行為で…」
 「あれか。面白いぞ。おまえも読め。『ヒトカケラ』といってな、海賊たちの話で、いま“るふぃ”と“えーす”の兄弟がな…、あ、そういえばさっき聞き捨てならないセリフをいわれた気がする。確か、私が下から何番目とか…」
 ガロの口の端から笑みがこぼれた。二人から険悪な空気が消えた。
 試験官たちが入ってきた。
 「どうした、ガロ。急に緊張して」
 「え、いや…」
 「静かに」
 甲冑の女性の試験官が毅然とした声で注意した。会場は鎮まったが、別の意味で騒然となった。
 「“レディナイト”だ」
 誰からともなく口を突いて出た。騎士になる女性は珍しいので巷で女性騎士は“レディナイト”と呼ばれている。
そのレディナイトは極上の美人だった。黒目がちな瞳。顎のラインで切りそろえた艶めく黒髪。ユニセックスな魅力を醸し出す気品ある甲冑姿。緊張するガロの視線の先にもそのレディナイトがいた。やれやれ、男ってやつは、とベルセリアは肩をすくめる。
 黒髪のレディナイトは試験要項を片手に説明する。
 「これから剣術の試験を行う。諸君は我々試験官と一対一で勝負をする。剣筋を見るためなので負けても不合格とは限らない。
ああ、そうそう、プロの騎士から一本取れたら高得点になる。毎年何人かは一本とって合格しているからこれは非常に大きなチャンスだ。がんばりたまえ」
 会場はどよめいた。ガロは苦笑いした。
 <まったく。騎士相手に怖気づく受験生を鼓舞するのがうまい>
 対戦相手が組まれた。ベルセリアは大柄な男性騎士の組で、ガロは先ほどのレディナイトになった。自分の背丈より大きな騎士にすら好戦的にニヤリとするベルセリア。反対にガロは嫌そうな顔になった。組分けの変更を試験官に交渉したほどだ。
 開始の合図がある。しかし相手は騎士。おいそれと勝てない。簡単に打ち負かされたり、空振りをする受験生が続出した。
 ベルセリアの番になった。対戦する大男の騎士が忠告する。
 「危ないと感じたら降参するように。もっともいまから棄権してもよいが」
 「それはこちらのセリフだ。後ろがつかえている。とっとと始めろ」
 「何を生意気な」
 開始の合図とともにフワリとツインテールを揺らしてベルセリアが騎士の目前から姿を消す。おぉっ、と受験生たちの間で歓声が上がる。騎士は意識を空気の流れに集中させた。
 <上か?!>
 騎士が構えるのと同時に上空から躍り出たベルセリアの剣が彼の頭上に振り下ろされた。刃(やいば)のぶつかる音が場内に響く。一撃で終わらない。着地ざま、何度も騎士へ攻めの姿勢で切り込んでいく。騎士は防戦の一方だ。どちらも譲らない。試験官たちまで固唾を飲んで見守るほどだ。
 しかし、小柄なベルセリアは腕力が弱い。ついに力負けし、体勢を崩した。見ていた者たちは息を呑んだ。
 「もらった!」
 いつの間にか手加減を忘れて本気を見せ始めた騎士がベルセリアの頭上へと振りかぶる。それを利用された。体勢を崩したと見せかけて小柄な少女は仁王立ちになった騎士の股の間をスライディングした。驚く騎士の背後で素早く立ち上がり、振り向きざまに一撃を繰り出そうとする。
 「そこまでだ」
 採点者の試験官が止めた。
 次の瞬間、大男の組で大歓声が沸きあがった。皆口々にベルセリアを褒めたたえる。騎士は爽快な顔でベルセリアに握手を求めた。
 「初歩的な技とはいえ引っかかった私の負けだ。君は身が軽いな」
 ベルセリアもその大きな手を握り返す。
 「おっさんも強かったぞ。じつは結構ヤバかった。機会を作ってまた勝負しないか」
騎士は吹き出した。
 「自分が入団試験に来ているのを忘れているのか。入ったらしごいてやるから覚悟しろ」
 会場から笑いが起こった。
 一方その頃、ガロはレディナイトと手合わせをしていた。こちらも接戦で場内は盛り上がっていた。だが善戦していたガロがすんでのところで倒れる。
 二人は闘いをやめた。こちらも受験生たちから拍手が起こっていた。
 終了の挨拶後、ガロは握手を求められる。しかし、レディナイトの顔は好意的ではなく、むしろ険しい表情だった。
 「君、誰に剣を習った」
 「ど、独学です」
 ガロが硬い表情で返す。そこへベルセリアがガロに声をかけにやってきた。レディナイトは手を離し、いったん退場する。彼女に部下が頭を下げた。
 「お疲れ様でした、ティタンジェ様」
 「プロセッコか、ちょうどよかった」
 すれ違いざまレディナイトのティタンジェが部下に命じた言葉をベルセリアは耳にした。
 「あの少年を調べてほしい。私の剣の癖を知っていて最後はわざと負けている」

 最後の課題は昼食の休憩をはさんで行われる。剣術試験で受験生はさらに減って30名以下になった。
 この日は騎士団の館にある食堂が開放されていた。肩がぶつかっただの足を踏まれただのと因縁をつけあう者や食べ放題にかこつけて何度も列に並ぶ者でごった返している。ブラウンシチューとパン2切れを片手にベルセリアは混雑を軽くいなしながら席を探していた。すると一人で黙々とシチューをすするガロを見つけた。
 「隣り、すわるぞ」
 「ベルセリア、見事な剣の腕前だったそうだな。みんな噂していた」
 「そうか? あんなもんだろ。ところでガロ、試験はわざと負けたって…」
 「おまえたち、すごいな!」
 最後まで言い終わららないうちにやってきた少年たちに遮られた。二人と同じ年頃の受験生だ。剣術の試験を見ていたらしく興味津々としている。
 「二人とも名門学校の生徒か」
 「いや、オレは別に…(ボソボソ)」
 うつむいてつぶやくガロとは逆にベルセリアはドヤ顔で
 「まかせろ。私はレディナイトになりたくて幼いころから特訓してきたんだ。試験対策はバッチリだ」
 少年たちは感心して声を上げる。人見知りするガロとは対照的にベルセリアはすっかりうちとけてしまった。遠巻きに見ていた他の受験生たちも集まり、いつしか楽しげな笑いの聞こえる輪ができていた。
 「レディナイトといえば、試験官の中にいた人、キレイだったなー」
 少年の一人がつぶやく。他の受験生たちも
 「うん、オレ、あの人の下で働きたい」
 「オレも」「ボクも」
 「やめとけ。鬼軍曹だ」
 ガロがつぶやいて、はっとして顔を赤らめる。
 「…と思う、たぶん」
 少年たちが冷やかし始めた。
 「顔が赤いぞ、さてはおまえ、あのレディナイトに惚れたな。試験中なのに余裕あるな」
 「いや、そうではなくて…」
 「その余裕、もしかしてブリストル家の人間か」
 「ブリストル家? あのドラゴン使いの?」
 ガロが訊き返す。ベルセリアたちも不思議そうな顔をする。するとガロより年上の青年が思い出したように続く。
 「ああ、僕もきいた。生物の頂点に立つドラゴンを扱うから並はずれて文武に秀でている一族らしいね。理由はわからないけれど名を偽って受験しているとか」
 別の青年も眉をひそめて内緒話をするように声を落とす。
 「あの家、代々一番強いドラゴン使いを家長に据えるだろ。時期が来ると自分のドラゴンを戦わせて勝者を家長にするんだ。家長はリーザカインド随一のドラゴン使いとして王様にも重宝されて、この世のすべてが思い通りになる。反対に負けるとドラゴンも財産も没収されて追い出される。きっとドラゴン争いに負けると悟ったやつが身を引いたんだろ。敗れると大金持ちから一気にド貧乏生活。地獄を見るらしいぜ」
 「私たちはそんな恐ろしい家に生まれなくて良かったな」
 ベルセリアがいったところで試験官がやってきた。
 「最終課題を行う。全員正面玄関に集まるように」

 30名以下になった受験生たちは騎士団の馬車で移動させられた。普段は立ち入り禁止区域の「ゴシックワルトの森」へ向かうためだ。じつは面接だけは方法が知られていない。受けた者がその内容を一切覚えていないのだ。
 館から30分ほどたって馬車が目的地に着く。降りた場所には鬱蒼と樹木が生い茂った大きな暗い森が広がっていた。天を突くほどの背の高い木々。地面は盛り上がるほどの太い根が張り巡らせている。中は深く見通しが悪い。

 試験官が注意する。
 「一人5分おきに森に入ってもらう。出口に面接官がいる。しかし、1時間を超えても出てこられない者は失格だ。森は危険なので武器を所持するように」
 「面接前に探検ごっこか。面白そうだな」
 ベルセリアが少年たちとノンキに構える横でガロだけはひとり神妙な顔をする。
 試験開始が告げられた。

 森に入ったベルセリアは太い木の根をよけながら歩みを進めた。虫の音も鳥の声一つ聞こえない。静寂が気にはなったが前進した。
 顔をあげるといつの間にか目の前に幼い女の子が立っていた。全身が白い。色白なだけでなく、白いワンピースにおかっぱの頭も白髪で眼だけが真っ赤だ。三白眼の目でのぞきこむようにこちらを見ている。驚いて剣を構えた。
 「なんだ、おまえは」
 少女が嘲笑う。
 「騎士になる? 笑わせないで。喧嘩が強いから向いてるって勘違いしただけでしょう」
 「なんだとう!」
 ベルセリアが牙をむくと背後から蔑み笑いがした。振り向くと木々の間から男の子がやってくる。やはり全身白づくめで眼だけが赤い。
 「甲冑が着たいだけだろ。こいつ国を守る意志が薄いもん。僕らには見えるんだから」
 ベルセリアがにらむと今度は白づくめの三つ編みの女の子がやってきた。
 「違うみたいね? じゃあ何? ああ、有名になりたいの。ちやほやされるの好きそう」
 気がつくと大勢の白づくめの子供たちが自分に迫っていた。
 「ぬるい気持ちで来られちゃ迷惑だよ。コスプレでもしてれば」
 「早く帰れよ。じゃないと、食っちゃうぞ(音声ホラー調)」
 男の子の一人がぱっくりと顔より大きな真っ赤な口を開けてベルセリアを飲みこもうとする。ベルセリアはうつむいた。子供たちは嘲笑する。
 「あーあ、泣いちゃったー。弱虫ィ」
 「こんなんでビビるなら最初から騎士は無理だよ」
 「…ざい(ボソ)」
 うつむいていたベルセリアが何かつぶやいた。
「え、何?」
 全員がベルセリアに詰め寄って耳を傾ける。とたん、ベルセリアがキッと顔を上げた。
 「おまえら、うざいんじゃーーーーい!!!!」
 ベルセリアはブチ切れた。持っていた剣を振り回す。
 「余計なお世話だ! なりたいと思ったからなりたい、じゃ、いかんのかー!」
 剣が三つ編みの子に当たった。すると彼女は煙とともにシュッと姿を消した。
 「フン、幻覚か。こざかしい!」
 怒髪天を突くほどの形相に子供たちは震え、散り散りになって逃げ出した。
 「待て、クソガキども! 責任はその身で贖(あがな)え!!」
 吠えて剣を縦横に振り回し、怒りにまかせて逃げまどう幻覚をすべてをなで斬りにする。気がつけば道から外れて森の中で迷っていた。
 「やってられるか!」
 怒りまかせにベルセリアは森を一直線に突き抜ける。森のはずれから飛び出てきたベルセリアを見た騎士たちが駆け寄ってきた。時計を見ると時間制限の2分前だった。
 汗だくで息を切らし、ツインテールをボサボサにして大の字になって倒れてる。
 少女を囲む騎士たちの背後に控えていた腰の曲がった老人が姿をあらわした。自分の背丈と同じくらいの巨大な綿棒のようなもの持っている。
 「ちょいとごめんよ」
 倒れているベルセリアのあちこちを綿棒でゴシゴシとこする。老人はまた騎士たちの背後に戻り、しばらくして小さなスイカほどの水晶球を持ってあらわれた。50代くらいの女性にその球を渡す。彼女が面接官のようだ。甲冑はつけていないが隙のない立ち居振る舞いから元レディナイトだとわかる。彼女は水晶球を覗き込みながら
 「後半は森を一直線にきたのですか。『迷いの森』は道を外れたら脱出不可能なのですよ」
 「迷いの森ぃ? ゴシックワルトの森の別名か。物騒な場所に一般市民をつれてくるな」
 大の字のまま不機嫌に返答する。かまわず女性は水晶球を見つめて驚く。
 「しかも幻覚をすべて切り捨てたのですか。すごい執念ですね」
 「当前だ。執念深いのは私の得意技で…。ん、何の話だ。私は今まで…。あれ?」
 言ってベルセリアは初めて彼女と目を合わせた。
 「私は今まで何をしていたんだ。森を出たのは覚えているけれど…」
 「それが迷いの森です。中に入ると自分の内側と向き合い、外に出ると森での出来事をすべて忘れてしまうのです。森そのものが面接会場なのですよ。迷いの森には幻覚が住んでいます。彼らは記憶を残すので騎士団の術師のリグベーダが接触した幻覚の微粒子を採取し、その記憶を水晶球に映します。あなたは志と態度に問題がありますね」
 ベルセリアの合格は危ぶまれる結果となった。

 そのころ、ガロは別の順路を疾走していた。幻覚たちを避けるため最初から急いでいた。彼とって今回の試験で一番厄介なのはこの森だった。滞在が長いほど幻覚は相手の意識を写すのを彼は知っていた。
 <オレの前にあらわれる幻覚を面接官に知られるのはまずい。もしあの魔物の姿であらわれでもしたら厄介に…>
 風が強くなり小さな竜巻になる。やがてヒト型となり近づいてきた。
 ガロは腰に差してきた何本ものダガーナイフを手にし、素早い動きで10メートル先の竜巻へ投げつける。ナイフを飲みこんだ竜巻は煙になって消えてしまった。
 <よし、これで幻覚の付着を避けられる>
 次々と竜巻が起こる。だが、完全なヒト型になる前にガロは片付けていった。機械のように正確な順路で道を進み、制限時間20分前に森の出口へ到着した。
 年配の面接官から水晶球を見せられたガロは目を見開いた。彼女が厳しい顔になる。
 「志願動機が引き出される前に倒したのですか。しかし唯一倒し損ねた幻覚がありましたよ。これはレディナイト、ティタンジェですね。何を意味するのです。……。答えられないのですか。調査します。試験の成績はともかく、あなた自身に問題がありそうです」

 一時間後、「騎士団の館」の正面玄関に合格者の名前が張り出された。受験生たちの喜びと悲しみの声が交じり合う。15名が合格した。その中に二人の名前はなかった。しかし別の用紙も貼り出されていた。
 「以下は今後の態度で正規騎士として昇格させる『騎士見習い』とする」
 そこに自分の名前を見つけたガロは安堵のため息をついて座り込んだ。
 <危なかった。幻覚たちに深層心理に入り込まれる前に早く始末したが、幻覚であってもティタンジェは倒せない、か。オレの目的は騎士団で一日も早くティタンジェの下で働くこと。言い出したら聞かないあいつには理解者が必要だ。オレの正体はバレていない。それに騎士団にいればあの魔物にも…>
 「ガロ、よかったな! 私たち合格したぞ」
 ガロを見つけたベルセリアが走って飛びついてきた。

 「騎士見習い」に自分の名前を見つけたベルセリアは歓声を上げた。
 「やった! 見習いでも合格ったら合格だ!」
 『探しましたよ、ベル様』
 背後の藪の中から声がする。
 「その声、爺か」
 ベルセリアの声が冷気を含む。すると藪からラブラドールレトリバーに似た黒い犬が姿を現した。特殊な声でベルセリアにだけ語りかけてくる。犬をしげしげと眺めてベルセリアはニヤリとした。
 「さすが精霊族だ。犬にも変身できるのか」
 『ドラゴン使いの学校を勝手に退学されて何なさってるんです』
 「あの学校で兄弟や親戚たちと同じことをしても大差ない。強いドラゴンを制するには強靭な体力と精神力が必要だ。国一番のガチ体育会系団体で鍛えたほうがよほど効率的だろ。実力をつけたらとっとと騎士団なんて辞めてブリストル家に戻るから安心しろ」
ベルセリアこそ名前を偽って入団試験をしたブリストル家の張本人だった。早い段階で幻覚を倒したので真相が悟られなかったのが幸いだった。
 『それにしても、ベルデッキオ・ブリストル様ともあろう方がこのような雑多な集団と共同生活なさろうとは…』
 「嘆くな、爺。調べてほしいことがある。私は過去をすべて消してきたのにブリストルがいるという情報が出回っていた。合否はわからないが別のブリストルが同じことを考えているのであれば早めに排除しなくてはならない」
 『さすが、冷酷なブリストル家のお嬢様。承知いたしました。ん? どうされました』
 犬はベルセリアの視線の先を見つめた。何やらブツブツいってうなだれている背の高い少年がいる。
 『あれは?』
 「試験で一緒だったサンタローザ村の少年だ。どっか頼りなさそうでな。見ろ、いまも受かったのに暗い。どうせ『補欠なんて』とかいって落ち込んでいるんだろう」
 『はあ』
 「友達の少なさそうなヤツだ。仕方ない。私が友達になってやるか」
 ベルセリアは「爺、頼んだぞ」と犬に声をかけ、走ってガロに飛びついた。
 「ガロ、よかったな! 私たち合格したぞ」
 驚いてあわててベルセリアを引き離そうとしながらガロは
 「あのなあ、騎士になるんだろ。目上には敬語を使えよな」
 「敬語ってなんだ。というか何語だ」
 「なんで敬語知らないんだよ」
 「私の周りではみんながこういう話し方なんだ」
 「どんなみんなだよ」

 こうしてそれぞれの思惑をはらみながらベルセリアとガロは入団を果たせたのであった。