明日は結婚記念日【脚本】

彼女「ねぇ、覚えている?明日が何の日か」

私「朝、彼女に突然そう問われた。私が答えずにいると、妻は子供の様に唇を尖らせる」

彼女「もう!結婚記念日でしょ!カレンダー、ちゃんと見て!」

私「彼女の言葉に、そうだったねと返すと、少し拗ねたように目線を逸らした」

彼女「貴方ってばいっつもそうなんだから。記念日とか約束、全然覚えてないんだもの」

私「ごめんと謝るが、彼女の機嫌は中々直らない」

彼女「謝れば済むと思って!ちゃんと反省してるの?」

私「勿論反省していると伝えて改めて謝ったところで、漸くいつもの表情に戻った」

彼女「いいわ。じゃあ許してあげる。その代わり、プレゼントは奮発してね」

私「初めからそれが目的だったのか、悪戯を成功させた子供のような顔で笑う彼女を、私は愛おしく思った」

彼女「あ、いけない。もうこんな時間。貴方、会社に遅刻しちゃうわよ?」

私「時計を見てハッとした彼女は、慌てて側に合った鞄を差し出してくる。それを受け取ると、満面の笑みで」

彼女「気を付けて行って来てね」

私「と、手を振ってくれた。私はドアの方へ向かい、もう一度彼女を振り返る」

彼女「なぁに?…あ、薬?解ってる、ちゃんと飲むから。もう、大袈裟なのよ。ただの風邪くらいで」

私「白い寝間着姿の彼女の言葉に、私は頷いた。そして、いってきますと返事をする」

彼女「はぁい。いってらっしゃい」

私「私はドアを出て、おもむろに鞄を置く。部屋の中からは鏡にしか見えない窓から、私は彼女を見つめる。彼女は、私の弟の妻だった人だ。弟は、数年前交通事故で命を落とした。その日は、その年の結婚記念日だった」

彼女「明日は何を作ろうかしら…。ベタにケーキ?んーでもあの人あんまり甘い物が得意じゃないし…」

私「以来、彼女はすっかり心を病んでしまい、こうして私の病院に入院している」

彼女「あ、そうだ薬。あの人ってば、拗らせて肺炎になる事もあるーだなんて、お医者様みたいな事言うんだから」
《薬の飲む彼女の息》
私「私を弟、自分の夫だと思い込み」

彼女「(欠伸をして)…薬って、飲むとすぐ眠くなっちゃうのよねぇ。…にしても眠いなぁ…最近寝不足だったのかしら」

私「毎日私を見送り、何もない病室を自宅だと信じて」

彼女「あーダメ。やっぱり眠い。ちょっと仮眠とろうっと。お洗濯とお掃除…は、一眠りしてからでいっか」

私「ベッドに横になり、目を瞑る。間もなくして寝息を立てる彼女に、記憶は残らない。眠る度、彼女の記憶はリセットされる。私は暫く作業を行った後、再び彼女の病室に戻る。すると、止まったままの時計の目覚ましを止めるようにして、彼女が起き上がる」

彼女「あら、貴方。おはよう。今日は随分早いのね。ごめんなさい、今朝ご飯の支度、するからね」

私「そしてまた、彼女は言うのだ」

彼女「ねぇ覚えている?明日が何の日か」

私「毎日、毎日。彼女は聞く。彼女の時間は、ずっと結婚記念日の前日で、止まったままだ」

彼女「もう!結婚記念日でしょ!カレンダー、ちゃんと見て!」

私「私には、それを正すつもりはない。だから、毎日、それを繰り返す」

彼女「貴方ってばいっつもそうなんだから」

私「それは正したところで彼女が解らないから。ではない。これが、私の望んだ物だからだ」

彼女「記念日とか約束、全然覚えてないんだもの」

私「ごめんと、私は言う。その意味を、彼女は知らない。弟を轢いた犯人はまだ、見つかっていない」

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