アリスの冒険(第7話)

 魔法の力が戻ってもうすぐ夏休みの毎日。あれから私とスノウの間で「ミケコの生涯」がはやっている。友達に教えても「何が面白いの?」とわかってもらえない。ジョンとオリエは私を助けた除霊魔法に挑戦しては失敗している。エミリーは魔除けのお守りを集め始めた。
 そんないつもの日常の陰で、静かに運命の歯車は回っていた――。

 「そうだ、今度は私がスノウを守る番だ」

 部活の帰りにジョンとナイトウォッチャーの世話する小鳥たちが気になって森へ行こうとするとよく知る後姿を見かけた。ブルードラゴンのベネットだ。森の中にある湖へ向かおうとしている。「森」と「ベネット」という組み合わせで私は巨人騒動を思い出した。ベネットは森で運命を狂わされた。たまらなくなった私は声をかけた。
 「ベネット、どこ行くの?」
ギクッとしてベネットが振り返った。いつもの彼女らしく不安げにおどおどと答える。
 「森の湖に…。あの、私、そこで前に誰かと会ったはずだけど、どうしても思い出せなくて、だからまた来たら思い出すかと…」
「愛の光」だ。私は話をそらそうと明るくベネットの背中をたたく。
 「きっと重要じゃないから思い出せないんだよ。放っておけば?」
 「そんなことないよ」
ベネットは恍惚の表情になる。
 「どうしても思い出さなきゃいけない気がするの。それを思うとすごく楽しくて幸せで爽快な気分になれるから」

 その日は無理矢理ベネットをつれて寮に帰った。部屋に戻ると私のベッドにいたスノウが降りて出迎えてくれた。
 「おかえりニャ。今日から「ミケコ」を録画することしたニャ」
 「ありがとう、スノウ。さすがデキるニャンコだね」
 「けど、宿題終わるまで見せないニャ。まったく期末テストの結果ときたら(ブツブツ)」
う。結局、イヤミなニャンコに変わりなしだった。
 「そうだ、スノウ、今日ベネットに会ったんだけど」
スノウに話すと彼は難しい顔になった。
 「なるほどニャア。ベネットは龍組の生徒だからニャア…」
 「それどういう意味?」
 「龍組は歴代気高く貴族的な気品と強い向上心を持つ生徒の集まるクラスなんだニャ。たとえばエミリーの兄カイル・キャスロックとか」
 「ああ、なるほどね」
 「反面、気位が高くて野心家になる素質のある生徒でもあるんだニャ。強大な力を手にして思うがままにふるまいたいと願うのはベネットの隠れた野心かもしれないニャ」
 「あの内気なベネットが野心家? そんなふうに見えないけど…」
とはいっても心配だからスノウと相談して校長先生に話すことにした。

 次の日の休み時間、校長室に行くと来客中だった。けれど校長先生に入っていいといわれる。ドアを開けるとソファに腰掛けていたその人が私を見てほほ笑んだ。
 「元気にしとったか、アリス・ウィンターフェル」
 「おじいちゃん!」
黒の魔導士の長(おさ)だった。相変わらずひょうひょうとしていて元気そう。
 「このまえ悪霊が出てひと騒動あったそうじゃの。けが人は出なかったそうじゃが」
 「でも、友達のお兄さんは殺されかけました。私も危なかったし」
 「なんと、またおまえさんか」
おじいちゃんは陽気に笑う。
 「巨人とテロ攻撃があったあと、わしらは魔力を強めて学院を負の気配から守っておったんじゃよ。それなのに負の力に影響された存在が出たと聞いて調査に来たんじゃ。わしらの守護が弱いのか、それともなんらかの悪の力が内側へ働きかけておるのか」
私は二人に昨日のベネットの話をした。
 「確かに気になるの」
眉をひそめるおじいちゃんに校長先生が深刻な顔で尋ねる。
 「植え付けられた野心が残っていたのでしょうか」
 「いや、強大な魔力を手に入れた自分を積極的に思い出したがっておるから違うの。本人の心の底にある願望が働きかけているやもしれん。心の力は時として魔法をも凌駕するからの。力と権力はあの子にとって禁断の果実じゃったか」
おじいちゃんは考え深げに唸る。
 「そういえば、おじいちゃん、校長先生。どうして学院はテロリストに狙われているんですか。私のサポート動物が、宝がほしいだけなら生徒にまで危害を加えるのはおかしいって言ってました」
 「おお、あの賢いサポート動物か。よく気づいたの」
校長先生が私に向き直って教えてくれる。
 「彼らは学院の宝が目的ではなく、宝を保持する学院を脅威だとする思想を持っている。ここで教育を受ける生徒も危険分子だと考えて学院自体の破壊を目的としているんだ」
え。やっぱり学院は閉鎖したほうかいいんじゃない? と私はこっそり思う。
 「わかりました。ところで、おじいちゃん、ハル、いえ、お孫さんたちは元気ですか?」
気持ちを悟られないように自然な感じで言ってみたけど大丈夫だったかな。おじいちゃんは何も気づいていないらしく誇らしげに
 「おお、活躍しとるよ。このまえ末の孫のハルは雪と氷の国でイエティを捕まえての…」
ハル、元気にしてるんだ。黒髪の少年魔導士ハルの話題から彼を想像するだけで、私はすごく嬉しい気持ちになれた。

 何かあったらまた報告すると約束して、放課後、私はベネットを魔法演劇部の練習に誘った。華やかなチャームを見たら気持ちも明るくなって森から気がそれるかと思ったから。
 「久し振りだね、わが演劇部のパシリ、アリスくん」
出迎えてくれたのはカイル先輩じゃなくてゴルーチェ先輩だった。衣装作り担当で将来はデザイナー志望の4年生の男子。凝り性で細部にまでこだわった衣装デザインをする。
あ、さっき、パシリって言ってなかった?
 「今回はうちの部室にいる幽霊アビゲイルが悪霊と化した姿にインスパイアされて地獄の女王の衣裳を作ったんだ。色は変えてみたが」
変なポーズをつけて説明する先輩に引き気味の私とベネット。
 「なんだ、君たち、その白けた目は。では見せようじゃあないか。カモン、地獄の女王!」
言われて奥から衣装をつけた地獄の女王役の先輩が登場した。それはおどろおどろしいパンクスタイルだった。アビゲイルの赤毛や真っ赤なキャミソールじゃなくて、黒髪に暗い紫色に変えられている。迫力に思わず息を呑む私たちに先輩は得意気だ。
 「よし、チャームを放ってくれ」
地獄の女王はチャームの魔法を使った。とたんに禍々しくも美しいオーラが蛇の巻くとぐろのように彼女を包む。部室にいた全員が魅入られたように動けなくなり、圧倒された。暗い紫色の衣裳はチャームで鈍くて不気味な光さえ放っていた。
隣りでベネットがビクッと雷に打たれたように体を震わせた。おどかしちゃったかな。
 「ベネット、大丈夫?」
見るとベネットは瞳を大きく見開き、その視線は地獄の女王に釘付けになっていた。少ししてベネットの唇がわずかに動いた。
 「思い出した…」
 「え?」
 「思い出したわ、何もかも。あの輝き、あの色。私がつけていた指輪と同じ紫色」
しまった――!! 私は顔が青ざめるのが自分でもわかった。確かにそうだ。あの邪悪なエネルギーを漂わせる紫色はベネットがつけていた指輪と同じ色だ。
 「私、行かなくちゃ」
ベネットは演劇部を飛び出した。私もあわてて後を追う。
森の奥へと走って行き、湖に着いたベネットが水面に向かって呪文を唱える。すると湖から輝く光に包まれた黒装束の男が浮き上がった。ベネットに向かって両手を差し出す。
 「待っていたぞ、ベネディクト」
 「なぜか記憶を失くしていたの。完全に思い出したわ。行きましょう」
 「待って、ベネット」
黒装束の男が私に向かって手をかざすと強烈な力がぶつかってきた。私は飛ばされて地面に叩きつけられてしまう。その間、沈みもせずにベネットは湖面を歩き、光に包まれながら男とともに湖の底へと沈んで行った。

 大変なことになった。スノウに呼びかけると心配して校長先生とおじいちゃんを呼んできてくれた。おじいちゃんが驚きを隠せない声で湖をみる。
 「なんと! 隠しトンネルがあったとは」
 「愛の光はここから自由に出入りしていたわけですね。ふさぎましょう」
校長先生とおじいちゃんは呪文を唱える。水面が灰色になって、最後は湖一面が石に変わった。二人は石の表面に大きな封印の魔法陣を描く。
 「応急措置じゃ。わしは戻って魔法政府に報告し機関の連中を集めてくるよ」
 「私は学院を封鎖します。アリス・ウィンターフェル、君も寮に帰って荷物をまとめなさい。それから、パニックになるからまだ誰にも言わないでほしい」
 「わ、わかりました」「了解ニャ」
落ち着かない気持ちのまま寮へと急ぐ。帰る途中スノウが真剣そのものの声になる。
 「ベネットは事情を知るおまえを狙うかもしれない。ボクから離れるニャよ」
 「うん、ありがとう、スノウ」
寮の門をくぐった直後、大広間に集まるようにと館内放送がかかった。
スノウと一緒に大広間に行くと放送で集まっていたエミリーとオリエに声をかけられる。
 「アリス、今日の「ミケコ」録画した? 私たち撮り忘れちゃって」
 「なんや知らんけど、続きが気になるんや」
 「あとさ、みんなで夏休みに遊びに行かない?」
 「ええね! 荷造り終わったら相談しよ」
楽しそうにしている二人に申し訳なくて黙ってしまう。そこへふとった寮艦さんがきてみんなを静粛にさせた。
 「さきほど湖が氾濫をおこしたので校長先生がふさぎました。でも危険なので終業式には早いですが、明日の朝、帰省してもらいます」
 「やった! 二日早い夏休みだ」
みんなは喜んではしゃぐ。私は嘘の笑顔も作れない。ベネットの心配もあるけれどみんなと会うのが明日で最後になるのが嫌だった。それに元はと言えば私のせいだ。
 「私、お兄ちゃんに水晶球から手紙を送りにいってくる。二人ともあとでね」
はしゃぐエミリーが行った後、オリエが声を弾ませる。
 「早よ荷造りしよ。うち、海に行きたいねん。あとな…」
歩き出したオリエが何かを見つけて拾った。それを見た私たちは絶句した。
バッジだった。髑髏と稲妻が描かれている。「正義の裁き」がここにいたの?!
オリエがバッジを持つ手をふるわせる。
 「これ、学院を爆破しようとしたあいつらや。校長先生が『第三の勢力』ていうてた。…せや、わかったで。うちが爆破の話を聞いてたとき大人とも生徒ともとれん声がしてたけど、つまりあれは生徒の声やったんや」
私は背筋が寒くなった。寮ですれ違った人たちの中にテロリストがいたなんて。これだといくら守護してもメンバーの生徒に内側から手引きされてしまう。
 「アリス、校長室行こ!」
 「ボクも行くニャ」
 「エルダー!」
オリエが呼びかける。
 「うちのリュック持って大広間に来て。大至急や」
すぐにエルダーがリュックをくわえて走ってきた。オリエがきびきびと指示を出す。
 「アリス、リュックにスノウを入れて。エルダー、二人乗りや。ブースター付きやで」
 私がスノウをリュックに入れている最中にエルダーは二人乗り箒に変身した。穂先にジェットエンジンが付いている。これなら走るより早い。玄関に出て私はリュックを背負いオリエの後ろで箒にまたがった。
 「飛ばすで!」
 行った瞬間からオリエは地面を蹴って星のきらめく夜空へと飛び立った。そのスピードにあわてて私は箒にしがみつく。突如、後ろで小さな爆発音がした。振り向くと男子寮と女子寮の一角が煙を上げていた。もう攻撃が始まったんだ。
 「許さへん!」
慣れた箒さばきでオリエはスピードを上げた。
 ふいにリュックが温かくなって光ったように思えた。すぐにスノウがリュックからピョコンと顔だけ出して叫ぶ。
 「ここで待つニャ! 所在地の魔法で調べたニャ。校長はこっちに向かっているニャ」
目を凝らすと何かがすごい勢いで飛んでくる。オリエが杖から天に向かって光を打ち上げた。気づいた校長先生は乗っていた魔法の絨毯を私たちの前で止めた。校長先生に私たちは状況を説明する。
 「わかった。念のためここに来る前に政府に言って特殊部隊を呼んでもらった。すぐに救助にあたらせよう。君たちはここにいなさい…」
校長先生が言い終わらないうちに私たちの元へ大きな火の玉が飛んできた。それは目の前で爆発し、私たちはその場からはじけ飛んでしまった。校長先生の体が炎に包まれたまま絨毯ごと森へと落下していく。オリエの姿を見失ったまま私は地上めがけてまっさかさまに落ちていき、途中で意識を失った。

 気がつくと固い石の床の上に寝ていた。体を光の輪に縛られて身動きできない。ここは食堂だった。テーブルや椅子は片付けられ、床には大きく魔法陣が描かれている。私の前に何人もの黒装束の大人たちが立っていた。彼らの視線の先に腕に髑髏と稲妻の入れ墨をした覆面姿の人たちが口から泡を吹いて倒れている。きっと「正義の裁き」だ。その脇でスカートに大胆なスリットを入れたセクシーなドレスの女の人がサッカーボールほどの大きさのガラス玉をかかげていた。傷や曇り一つない金色のオーブだ。
 「これが学院の宝の力か」「すばらしい」
黒装束たちが感心したように口々につぶやく。たぶん、あのオーブの力で正義の裁きを撃退したんだ。
手に二つのオーブを持つ男が女の人に顔を向ける。湖で会った男だ。
 「もう見つかるとはな。正義の裁きの張った結界はどうだった、ベネディクト」
女の人はベネットだった。綺麗になったベネットは同じ歳とは思えないほどの妖艶にして輝くほどの美しさをまとっていた。ベネットは倒れている正義の裁きを見下(くだ)したまま答える。
 「面倒ね。中には入れても外に出られないの。外側で特殊部隊が立ち往生していたわ。宝の力で結界を破るより湖の封印を解く方が早そう。仲間を呼んで正義の裁きを潰し、二度と私たちの邪魔をさせないようにする」
スカートをひるがえしてこちらに向き直ったベネットが私の視線に気づいた。倒れたままの私に歩み寄り、優しい声で覗き込む。
 「アリス、気がついたのね。安心して。この人たちは愛の光といって学院の守護者なの。これから正義の裁きを倒してみんなを解放するわ」
 「嘘つき! 学院の宝を独り占めしようと正義の裁きを潰すだけのくせに! それに騙されてるよ、ベネット」
 「そこまで聞いていたなら放っておけないわね。連れて行くわよ」
私は男たちの箒に縛られる。覗き込みながら隙のない目でベネットが説明する。
 「窓の外が光ったと思って見に行くと空中で炎に包まれている人たちがいたわ。光を見た正義の裁きが炎の魔法で襲ったんでしょうね。炎に包まれてあなたはこの食堂に落ちたのよ。あなた、ひどい火傷をして気絶してたけれど、サポート動物のバリアに守られながら治癒の魔法をかけられていたからこうして助かっているのよ。
私たちを見るなりサポート動物が気づいて指摘したわ。守護を強化される前に宝を手に入れようと、正義の裁きに『学院に怪しげな動きがある』と情報を流して攻撃させ、混乱に乗じて宝を奪ったのか、って。正解よ。優秀ね。サポート動物はあなたをかばいながら逃げようとしたけれど結局捕まったの。いまあなたの背中のリュックでぐったりしてるわ」
 「スノウ! しっかりして!」
スノウはピクリとも動かない。私を守ってまた無理したんだ。ごめんね、スノウ…。
悔しくて悲しくて私はネットを睨みつける。
 「他のみんなはどうしたの」
ベネットは指輪をはめた手を私の額に当てる。すると頭に映像が浮かんできた。そこは大講堂だった。オリエが傷だらけのエルダーを抱いている。正義の裁きに捕まったんだ。エミリーもカイル先輩もいる。ジョンの姿はない。生徒の他にサポート動物たち、学院スタッフもいた。全員を取り囲んで正義の裁きが杖を没収している。人質にされているんだ。
 「所在地の魔法をあなたにも見られるようにしたの」
 「校長先生は?」
「所在地の魔法は相手が地中や水中とか何かに覆われているとわからなくなるの。あと生きている人しか探せないし」
私は愕然とした。そんな。校長先生とジョンが死んだなんて…。
黒装束が私を箒にくくりつけ終わる。ベネットは翼を持つ大蛇の引く屋根のない馬車に乗り込み、私は箒に宙づりにされて湖へ向かった。

 石で封印された湖に降り立つとベネットは魔法陣の中央に行きオーブを掲げた。彼女を中心にオーブを持つ他の二人もそれを高々と掲げる。魔法陣が光り始めた。
急に湖の外が騒がしくなる。「声がする」「あそこだ!」と覆面の人たちが口々に叫んでいた。正義の裁きだ。杖を手に石になった湖の上をかけてやってくる。
 「食堂で仲間をやったのはおまえたちか」
 「ふん、もうばれたか」
お互いの杖から光が放たれ、杖魔法の混戦になった。ベネットも指輪で応戦する。オーブの力を使おうするけれど相手の攻撃が激しくてうまくいかないみたいだ。私のすぐ近くを幾筋もの杖の光が走り抜ける。こ、怖い。当ったら体に穴があく。
背中でスノウが小さく動いた。身が引き締まる。そうだ、今度は私がスノウを守る番だ。
戦闘中、オーブを守っていた男が私の目の前で戦い始めた。チャンスだ。私は思い切って男のすねに噛みついた。ふいをつかれて男はオーブを落としてしまった。
私の体の上にオーブが落ちる。いけるかも!
すかさず「解放して」と叫ぶと思ったとおりオーブの力で緊縛の輪が解けた。
驚く男を蹴飛ばしてオーブを拾い上げる。走ってベネットの操っていた蛇の車に乗りこみ、車を上昇させた。イタズラ魔法の「巨大声の魔法」を自分にかけて叫ぶ。
 「戦いをやめないとオーブを落とします!」
誰もが驚いて上空を向く。戦いは止んだ。でも、今度は大声のせいで蛇が暴れてしまい、私は持っていたオーブを車から落としてしまった。危ない――!!
それは空中で受け止められた。翼を持つ誰かが飛んできて捕まえてくれたのだ。
 「ジョン!」
翼をつけたジョンが空中で羽ばたいていた。傷だらけの校長先生を抱え、その校長先生がオーブを抱えている。校長先生がオーブの力を使い、愛の光と正義の裁きを余すところなく緊縛の輪で捕え、上昇してきた二人に私は助けられて地上へ降りた。

 オーブを使って特殊部隊と連絡を取り合った校長先生の指示で大講堂にいた全員が湖に集められた。正義の裁きの奇妙な結界を消すのには時間がかかる。だから校長先生と学院スタッフが魔法陣を描いてオーブの力で生徒を特殊部隊のいる場所へ飛ばすことになった。湖は緊張が解けて泣いたり、喜んで盛り上がる生徒であふれている。
降りる最中ジョンが教えてくれた。
 「森でナイトと小鳥たちの世話をしていた帰りに火の玉が降ってきたんだ。見に行ったら校長で、絨毯ごと木の枝に絡まっていた。絨毯がなかったら直撃していただろうな。それでナイトがバリアを張って、オレがナイトに習って治癒の魔法で校長を治したてたんだ」
 「バリアに覆われてたからジョンと校長は所在地の魔法で見つからなかったのかニャ」
弱ってはいたけれど事情を知ったスノウがリュックから納得した顔をのぞかせる。
 「完全回復じゃなかったけれど、事情を説明されてオレたちは飛んで寮へ向かったんだ。その最中に湖でおまえたちを見つけて、おまえが何か落としたから急いで拾いに行って」
 「君たちの勇気に感謝するよ。よくがんばってくれたね」
校長先生は弱々しいけれど温かい笑顔を私たちに向ける。
私を見つけたエミリーが飛びついてきた。カイル先輩とオリエも駆け寄ってくる。
オーブの力で生徒が次々に脱出していく。二つ目のオーブを回収した校長先生が疲れた足取りで最後のオーブを抱えるベネットの元へ行く。
 「悪あがきはやめて返してもらおうか」
 「あの、ここは…? 私、どうして縛られているんですか?」
おどおどした表情のベネットが校長先生を見上げる。彼女も元に戻ったみたい。
 「これで無事解決だね、スノウ」
私はリュックの中のスノウに声をかける。でも、スノウはベネットと校長先生のやり取りを見て不審な声を上げる。
 「おかしいニャ。ベネットは自ら望んで愛の光に協力したニャ。突然魔法が解けたようになるのは変だニャ」
 「あ、そうだった。てことはあれは…」
 「演技の可能性があるニャ! スターク校長!」
 「校長先生!」
私たちが叫ぶ前に校長先生はベネットを緊縛の輪から解放した。鋭い表情に戻ったベネットが校長先生を指輪の力ではじき飛ばす。弱っているところへ強く胸を打ったらしく駆け寄ると校長先生は血の混じった咳を繰り返していた。
 「渡すものですか」
ベネットは蛇の車をめざしたけれど、興奮した蛇の手綱がいつの間にか切れていてまたもや混乱が襲った。逃げまどう生徒たち。思い出した。生徒の中には正義の裁きのメンバーがいる。その人の仕業だ。上級生の女子とベネットがオーブをつかんで争っていた。彼女が正義の裁きのメンバーだ。上級生は杖を、ベネットは指輪をかざして相手に向けた。二人の手が滑ってオーブが落ちる。あっという間にオーブが砕け、勢いついた二人の技が砕けたオーブに当たった。オーブがはじけ飛んだとたん、湖の上に描かれた石の上の魔法陣が光りだす。ミシミシと音を立てて二人は石になってしまった。それだけじゃなかった。石化は周りの木々や蛇、愛の光や正義の裁き、生徒たちにも及んできた。
 「逃げろ、エミリー! バラシオン、レディ、エミリーを頼む!」
自ら盾になってエミリーを逃がしたカイル先輩が石化する。泣き叫ぶエミリーがレディとバラシオンに無理矢理引きずられるようにして守られ、先輩から遠ざけられる。ジョンはそばにいたオリエを抱えて再び翼で飛び立って逃げる。逃げ遅れて石化する生徒やサポート動物が続出した。
隣りで校長先生が立ち上がった。すでに血の気がなく立っているだけで精一杯だ。
 「校長先生、私につかまって!」
 「オーブの増幅された力で石化が暴走しているのか。このままでは学院を中心に世界が石化してしまう。離れていなさい」
校長先生が覚悟を決めた表情になり、二つのオーブを持って静かに目を閉じて呪文を唱え始めた。校長先生の体から木の枝が生え、芽が出て葉をつける。校長先生が完全に菩提樹の大木になる頃、石化は止まった。

 「結界が張られて外に出られないぞ」
 「オーブがないから魔法陣が使えない」
残された学院スタッフも生徒たちもパニックになる。
 「スノウ、これは…」
 「校長のどこにそんな力が残っていたのかわからないけど、最大の守り魔法、「自己犠牲の魔法」ニャ。自分と引き換えに校長はボクらを守ってくれたんだニャ」
 「そんな…」
こうして何十人かを残してアイスフレイム魔法学院は危機的状況をはらみながら外界から断絶されてしまったのだった。