アリスの冒険(第1話)

 私の名前はアリス・ウィンターフェル。14歳。アイスフレイム魔法学院にこの春から入学する新入生。
 魔法も学院生活についてもよくわからないけれど、これからの5年間、立派な魔法使いになれるようにがんばるんだ。
 そう決心して、私は学院の門をくぐった。ここで大変な冒険が待ち受けているとも知らないで…。

 「逃げ場がない。どうしたらいいの。誰か助けて!」

 見送りに来たパパやママと別れて私は他の新入生たちの波に従いながら、灰色のガーゴイルたちの彫刻が縁取る学院の大きな門をくぐった。
 すぐに巨大なドーム型の黒い建物が姿をあらわす。その建物を中心にとんがり屋根の細長い塔がいくつも周りを囲い、中央のドーム型と細い通路でつながっている。一見するとドームからたくさんの塔が生えているみたいだ。これが学院の校舎。中央のドーム型は大講堂で、とんがり屋根の細長い塔は各教室だといわれている。そしてまるで双子みたいにつくりがそっくりな白亜の建物がその校舎をはさんで左右対称的に並んでいる。縦に細長いドーム状でこれが男女に分かれた学生寮だ。どちらも寮と校舎を隔てる背の高い木々に守られるようにして建っている。
 普通、初等教育学校を10歳で、中等教育学校を14歳で卒業したあと、魔法を習うために魔法学校に入学する。それまでは習わないから使えない。
この世界、魔法を使うのは当たり前だけれど、そもそも魔法使い以外が魔法を使うのは法律で禁止されている。だからよほどの事情がなければ普通は魔法学校に入学する。魔法学校の全国統一卒業試験に合格しないと魔法使いになれないから。入学しないのは家業を手伝ったり修業に出たりする特別な子だ。
 さらに魔法を極めたり魔法学者になりたい生徒は魔法大学へ進学するけれど、私はまだそこまで考えていない。
 学院は全寮制。私は右側の女子寮の建物へ向かった。花の妖精たちのレリーフが施された銀色の女子寮の扉が開く。内側で待っていたふくよかなおばさんの寮監さんが中へ招き入れてくれた。私は期待に胸を膨らむ。そのまま寮監さんにつれられて、女子寮の一年生エリアにある自分の部屋に案内された。部屋はプライベートを守るために各自一部屋与えられる。正直、誰かと一緒だと嫌だったからほっとした。友達とか作るの、苦手だから。
 部屋はワンフロア。家具は勉強机とベッド、クローゼット、収納棚、本棚のみ。狭くないし、明るくて清潔で、私は一目で気に入った。
 するとベッドの上にいた真っ白な何かが動いた。
よく見るとそれは猫だった。フワフワした毛並みの長い、深いブルーの眼を持つキレイな猫。猫はベッドからふわりと優雅に降り立った。そしてその長くてフサフサした太い尻尾をピンと立てて、私に向かって歩いてきた。
 「ようこそ、アイスフレイム学院へ。ボクの名前はスノウ。今年一年間のサポート動物だニャ」
 これがサポート動物。話には聞いていた。魔法学院は特殊だから学院生活を手助けする存在が必要になる。それがサポート動物。一年でサポート動物は交代するからこの猫とは今年一年間の共同生活になる。
 「あ、うん、よろしく…」
 私は頭を下げる。猫がしゃべるのって違和感がある。そんな私の周りをスノウはグルグル回りながら眺める。
 「どんくさそうな生徒ニャア。世話の焼けるタイプになりそうだニャ」
 初日からケチがついたけれど、こうして私の寮生活はスタートした。

 翌日が入学式だった。
 学院の大講堂に全校生徒が集められる。学院の制服はローブ。ローブの下は何を着てもいいけれど、今日は式典だから生徒はローブの下にブレザーと白いシャツを合わせて着ていたり、先生たちは黒いローブにスーツ姿だった。式典のある場合、ローブの色に合わせたとんがり帽子をかぶるのが正装だ。全員が黒いローブととんがり帽子という集団に囲まれて、私はあらためて魔法使いの学校に入学したんだと実感した。
新入生が中央に置かれた椅子に全員着席すると、壇上からずっと微笑んで私たちを見ていた校長先生の挨拶が始まった。
 「新入生諸君、入学おめでとう」
 スターク校長先生は立派な口ひげとあごひげをたくわえた人だ。雄々しい感じで、頭に王冠を乗せたらまるで王様みたい。周りで誰かが「王者の風格」とつぶやいたのが聞こえたけれど、まさにそのとおりだと思う。スノウがいうには校長先生はまだ40歳で、若くして校長職に就いたそうだ。落ち着いて威風堂々としている。だから年齢より上に見える。なのに発散するエネルギーは年齢よりも若々しい。不思議な先生。
 校長先生が挨拶を続け、最後に
 「新入生諸君に祝福を!」
と両手を高くかかげると、それに合わせて先生や上級生たちがローブの下に隠していた魔法の杖を一斉に振り上げた。
 新入生たちが杖の先を見上げると杖からは連続して光の玉が空高く飛び出し、それは天井でたくさんのキレイな花火に変わった。歓声を上げる私たちの目の前で花火が消えると、今度はドーム型の円天井にいくつもの虹がかかっていた。また新しい歓声が上がる。なんて嬉しいサプライズなんだろう。
 「もう一度新入生諸君に拍手を」
 校長先生の声で上級生と先生たちは立ち上がって割れんばかりの拍手を大講堂に鳴り響かせた。
 この学院での生活が絶対ステキなものになる――そんな期待と予感に満ちた最高の入学式だった。

 入学式が終わるとクラス分けがあった。クラスは4クラスに分けられる。それぞれクラス名はブルードラゴン、ホワイトタイガー、ブラックタートル、レッドフェニックス。私はブラックタートルだった。
 寮の部屋に戻るとスノウが待っていた。
 「おかえりニャ。どのクラスになったニャ」
 「ブラックタートルだよ」
 「ほほう! 亀組!」
 「か、亀組って…。確かにタートルって亀だけどさあ。それにしても、龍とか虎とか不死鳥に比べたら亀って一番弱そうだよね」
 「何言ってるニャ。亀組っていうのは歴代…」
ドアがノックされた。寮監さんだった。どうぞと声をかけると入ってきた。
 「教室にあった忘れ物ですよ。用務員さんが届けてくださいました。はい、杖と教科書。特に杖は魔法使いの命のようなものです。置き忘れは絶対にしないように気をつけなさい」
寮監さんが出て行くとスノウが顔をしかめていた。
 「おまえ、本当に大丈夫かニャ。ちゃんと魔法使いになれるどころか、卒業できるか心配になってきたニャ」
 「でも、どうして私だってわかったんだろう」
 「追跡の魔法ニャ。魔法を使えば持ち主が誰かわかるんだニャ」
 「へえー、魔法って便利」
 「初歩魔法ニャ。でも、魔法使いの命の杖を忘れるうっかり屋のおまえにちゃんとできるか怪しくなってきたニャア。これはボクがきちんと管理監督しないと一人前どころか進級も心配ニャ」
 「悪かったわね。でもまあ、よろしくね。私うっかりしてるところがあるから」
 「何より、アホすぎると来年引継ぎするときにボクが何もしてなかったみたいに思われてボクの評価まで下がるのは困るからニャ」
なんて嫌なニャンコなの。

そんなこんなで学院での生活が始った。といっても入学式から一週間はオリエンテーション期間で授業が始まるのはまだ先だと先生はいう。確かに、戸惑うことばかりでいまは「魔法使いの学校」という環境に慣れるのが精一杯。上級生たちが箒で空を飛んでいたり、ネズミが突然先生に変わったり、魔法薬教室から怪しげな臭いのする紫色の煙が出てきたと思ったら突然爆発したりで毎日がカルチャーショックだ。
スノウとはそれなりに仲良くやっている。朝、寝坊をすると
 「起きるニャー!」
と猫パンチか猫キックか猫ダイブが入る。
 「今日の授業の時間割どおりに教科書はそろえたかニャ。忘れ物はないかニャ。ちゃんと杖は持ったかニャ」
小うるさいけど便利だから、まあいいかと思っていると、ある日…。
 「起きるニャー!」
 「イテテテ。あれ? 今日は休日じゃ…?」
 「ボクはおなか空いたニャ! 早く食事の用意をするんだニャ!」
なんて日もある。サポート動物の食事は学校から支給される魔法のペット缶で生徒自身が用意するのだそうだ。
食事が冷たいと「気が利かないニャ~」と怒るし、熱いと「ボクは猫舌だニャッ!」ともっと怒るし、味にはうるさいからお小遣いから食費を出してちょっといい缶をもらえるようにお願いしないといけない。おまけに盛り付けがキレイじゃないと「おまえ、美的センスって言葉知ってるか」と文句をつける。
 なんか、めんどくさい…。
 でも、スノウがいてくれるから、大きな失敗もなく、退屈もしないでそれなりに楽しく毎日が過ごせていた。

クラブ活動を決めなければいけない日が来た。私は暗い気持ちで登院した。
この学院では生徒は必ず運動部と文化部の両方に入らないといけない規則になっている。でも、私はクラブに入りたくなかった。私は授業が終わったら寮に帰っておとなしくしているのが好きだから。それに人との係わり合いが得意じゃない。嫌われたらどうしようとか、変なこと言って浮いたらどうしようとか、何より、みんなと仲良く会話するには何を話したらいいのか全然わからない。
休み時間も一人で授業の予習や復習をしたり、お昼休みも食堂で一人で食べていた。寂しくないといえば嘘になる。でも、すでに出来上がりつつある仲良しグループの中にいまさら入る勇気なんて全然ない。
でも、この日私はツイていた。なんとたまたま入部希望届けの用紙が私のところへ回ってこなかったのだ。おかげで私はクラブに入らないですんだ。
でも、クラブ活動をしていないのがスノウにばれたら大騒ぎされる。だから考えて、誰にも見つからない場所で放課後を過ごすことにした。その絶好の場所は大講堂の裏にある空き部屋だった。大講堂は用事がなければ誰も来ない。スノウには適当なクラブの名前を言ってごまかした。こうして私は毎日暗い空き部屋で読書したり杖魔法の練習をしてただなんとなく孤独な放課後の時間を潰していた。

空き部屋に通うようになって一週間。私は今日も暗がりの中、杖魔法の練習をしていた。
そこへ複数の足音が近づいてきた。まずいと思って私は急いで衝立つきの机の下に隠れる。誰かが入ってきた。かがんでのぞくと黒くて長いローブの下から靴が見える。男の靴だ。それも二人。どっちも大人だ。
 「ご足労いただきかたじけない。ここなら誰も来ますまい」
誰だろう。聞き覚えがない男の声が言う。
 「いいえ、ご決断いただいて幸いです」
同じく別の聞き覚えがない男の声が続く。
 「やむをえない」
最初の男が言う。
 「やはりスターク校長には死んでいただかなければ」
息がつまった。まさか私、校長先生暗殺計画の場に居合わせている?! 二番目の男の声が答える。
 「こちらの小瓶に入っている毒をお使いください。教団の暗殺道具の一つです。見た目は心臓発作です。証拠も残りません」
 「校長が亡くなれば私が校長代理として実権をにぎり、ひいてはこの学院にある…」
 ぐぎゅ~~~~
 なんでー?! なんでこんなときにおなかがなるの?!
 「誰だ、出てきなさい!」
 二番目の声の男が叫んで机のそばに近寄ってくる。どうしよう、見つかったら何をされるかわからない。
 私は覚悟を決めて杖を握り締めた。男が机の下にかがみこむと同時に私は男めがけて杖を振るった。
 「いけっ! 杖のパンチ!」
 杖から一条の光が放たれる。勢いのある光が男を直撃した。彼は悲鳴を上げて後ろに倒れる。相手を攻撃する杖の魔法パンチ。この講堂の裏で覚えた杖魔法の一つだ。人に使うのは初めてだから自信がなかったけれどいまはやるしかなかった。
 男が倒れ、もう一人の男が唖然としている隙に私は机の下から飛び出し、空き部屋から逃げ出して脇目も振らず一目散に寮に帰った。

 寮の部屋に着いて急いで扉を閉める。部屋に入ったあとでも私の心臓は躍り上がるように激しい動悸を繰り返していた。
 校長先生を殺す? 教団の暗殺道具? それにあの人たちは誰? 暗くてよく見えなかった。誰かに話しても信用してもらえるとは思えない。どうしよう…。
 「どうしたニャ? なにかあったかニャ?」
 スノウがやって来て私の周りをぐるぐる回って心配する。私はどうしたらいいのかわからなくて混乱していた。
 「な、なんでもないよ…」
 「むっ、なんで嘘つくニャ。どうせ変な失敗してあわてて帰ってきたんだニャ? 話してみるニャ」
混乱してイライラしていたせいでつい声を荒げてしまった。
 「うるさいっ。一人にしてよ。いつも小姑みたいに周りをうろついて干渉して。迷惑なのがわからないの?! おせっかい!!」
八つ当たりだとわかっていてもスノウに当たってしまった。
 スノウはうなだれた。そしてしょんぼりしながらノロノロと自分のベッドに入っていき小さくなって寝てしまった。
 怒った手前、ひっこみがつかなくて「ごめんね、スノウ」といえなかった。スノウは心配してくれただけなのに。
 せつない気持ちとどうしたらいいのか悩んだまま一夜が明けた。

翌朝、スノウはまだ自分のベッドで小さくなって寝ていた。自分で時間割をそろえる。「いってきます」と声をかけたけれど、つぶやくような声になったからスノウには聞こえなかったかもしれない。口うるさく言われないのがなんだか寂しい。
教室で授業の準備をしているとクラスメイトの女子が声をかけた。
 「教室の前で副校長先生がアリスを呼んでるよ」
 なんだろう、と思って行くと背の高い白髪交じりで50代くらいの男の先生が待っていた。
 「君がアリス・ウィンターフェルか」
 はっとした。この声、昨日の男の声だ。それも最初の男の声。「殺すしかない」といっていた男だ。暗かったし逃げるだけで精一杯だったから顔はよく見えなかった。でも声はよくおぼえている。あれは副校長だったんだ。
 私が顔色を変えたのに気づいているにもかかわらず、副校長はいたって冷静に
 「教科書を預かっている。いますぐ副校長室に取りに来なさい」
そう言ってマントを翻してその場を立ち去った。
 教科書! あわてて置き忘れたんだ。それを追跡の魔法で調べて持ち主を私だと突き止めたんだ。もう一人の男の正体はわからない。自分で顔面蒼白になっているのがわかった。
 「大丈夫? 顔色が悪いよ? 一緒に保健室に行こうか?」
 クラスメイトの女子が声をかける。
 校内放送がかかる。
「アリス・ウィンターフェル、至急副校長室まで来なさい。アリス・ウィンターフェル…」
 副校長の声だ。私は教室を駆け出した。逃げなくては。足元からくる震えが止まらないまま私は廊下を走る。
 「アリス・ウィンターフェル、そちらの方向は魔法実験室です。副校長室は反対側です。至急来なさい」
 副校長の校内放送の声が私を追ってくる。「所在地の魔法」で見られているらしい。逃げ場がない。どうしたらいいの。誰か助けて!
<こっちニャ!>
 頭に声が響く。
<この通路を左に折れると秘密の階段に出られるニャ。急ぐんだニャ>
「スノウ! 近くにいるの?!」
<早くするニャ。この階段なら先生たちは知らないニャ>
 言われたように通路を左に折れる。
<右側の壁に手を這わせたまま進むニャ。途中で途切れるところが階段の入り口ニャ>
壁をつたうとわずかに途切れる隙間がある。私はスノウが導いてくれたとおりに進んだ。目が慣れると暗がりの中に階段が出てきた。降りきると藪があり、外の光が漏れている。藪をくぐると芝生と木々に囲まれた場所に出た。ここは寮の裏庭だ。そこでスノウが待っていてくれた。私はスノウに駆け寄った。
 「ありがとう、スノウ!」
 「イデデデ。苦しいニャ! 抱きつくな」
 「でも、どうして助けてくれたの」
 「おまえが助けを呼んだからだニャ。生徒とサポート動物は通じ合っているからニャ」
 そんなケアまであるんだと驚いた。そして、この通路はかつての寮生たちが遅刻しても学校に入れるように抜け道として作ったものだとスノウが教えてくれた。最初からズルしないようにとこの道を教えないようにしていたという。
「嫌なこといって八つ当たりしたのに助けてくれてありがとう。昨日はごめんね」
「嫌なことならボクのほうが毎日言ってるニャ。気にすんな」
 自覚あったんだ。
「それより、どうしたニャ?」
 私は副校長と男の密談の話をした。信じてもらえるか不安だった。
 「ボクは信じるニャ。あわてんぼでおっちょこちょいでうっかり屋でどんくさいドジっ子のおまえだけど」
 ずいぶんな言われようね。
 「そんな物騒な言葉を聞き間違えるおバカじゃないニャ。だから信じるニャ。ただニャア」
スノウが首を傾げて難しい顔になる。
「密談の証拠がないニャ。このままだとおまえが副校長への言いがかりをつけたと思われるだけじゃないかニャ?」
そうだった。証拠がない。私は気づいて途方にくれた。
 藪の中から物音がした。ギクリとして振り返るとさきほど声をかけたクラスメイトの女子が藪から出てくるところだった。
 「わあ、すごい。この通路、ここにつながってたんだ」
 驚く私とスノウへ彼女は人なつっこい顔を向ける。
 「心配だから跡をついてきたの。そしたらこの通路に出て」
 私はスノウと顔を見合わせた。彼女は
 「もー、まだクラスの子の名前覚えてないんでしょう。私はエミリー」
 「あの、エミリー、どうして私の跡を」
 「だって、アリスのことはクラスのみんなでずっと気にしてたんだよ。休み時間は誰ともしゃべらないし、お昼休みも一人でごはん食べてるし、いつも寂しそうにしてるのに声かけちゃいけない雰囲気出してるし。それで今日は特に顔色が悪いんだもん。何かあったのかと心配するよ」
 クラスのみんなが私を? 人間関係とか面倒だから誰にも関わらないようにしてたのに。
 「それより、アリス、何かあったの?」
覚悟を決めて私はエミリーにスノウに言ったように昨日あった出来事を話した。話しているうちに目の前がかすんできた。どこからともなく霧が出てきたみたいだ。
 「アリス!」「ニャア!」
 二人が霞の中に消えていく。真っ白で濃い霧に包まれてしまった。
 「なにこれ、みんなどこ」
 やがて霧が晴れる。しかし、見えてきたのは寮の裏庭でもスノウでもエミリーでもなかった。ここはよく見慣れた暗い部屋の一室――大講堂裏の空き部屋でそこには副校長ともう一人、顔の半分はあるほど異様に巨大な鼻をしたローブ姿の男の魔法使いが立っていた。

 「追跡者確保の魔法だ、アリス・ウィンターフェル」
 副校長は言って教科書を取り出す。
 「これは君の教科書だね」
 私は恐怖でかたまったまま動けない。副校長は隣の男を示しながら
 「昨日、君は私の友人に呪いをかけた。おかげで彼の鼻はこんなに醜く大きくなってしまった。呪いはかけた者にしか解けない。1年生によくもこんな高等な魔法が使えたものだ」
呪い? 高等な魔法? ああそうか、私が未熟だから杖のパンチ魔法が失敗して「呪い」になっちゃったんだ。
「まずは友人の鼻を元に戻してもらおうか。そうでなければ君も知っているあの薬を無理矢理飲んでもらうことになるが」
なんの感情もこもらない冷たい目で、副校長は私の目の前で小瓶をちらつかせる。拒んだら本当に殺されかねない。でも、私が死んだら誰がこの呪いを解くのだろう。誰も解けないから私をあえて呼んだんだ。私は殺されない。少なくとも今すぐには。
時間はある。考えて。考えるの、アリス・ウィンターフェル。
私は一呼吸おいて副校長へ従順にうなずき、魔法使いの前で杖をかまえた。
――そう思わせて、すぐさま杖の方向を変え、私は副校長に向かって杖の光を放った。
 「いけっ、杖のパンチ!」
悲鳴とともに油断していた副校長が倒れる。よし、一人倒した!
 「このガキ!」
大きな鼻の魔法使いが私に向かって杖を振りあげる。それより先に私は杖を振りかざした。
 「いけっ、杖のパンチ!」
杖同士がぶつかり、光が相殺された。まぶしさに目がくらむ。目を開けると魔法使いが目の前で私の額に杖を突き立てていた。
 「素人の小娘が。激痛で呻くがいい」
やられる! 私が恐怖で固まった瞬間、ドアが開き、真っ白な大きな虎が唸り声を上げて男を襲った。巨大な耳になった副校長がふらつく頭を押さえて立ち上がろうとしたところへ「いけっ、緊縛の輪!」と誰かが叫ぶ。
身体に金色の輪を幾重にも巻きつけて、副校長は倒れた。

 「怪我はないかい」
まとったローブに2年生の証である2つ星のブローチをつけた男の子が膝をついて私に声をかける。
かっこよくて私は状況を忘れてぽーっと見とれてしまった。
校長先生、つづいてエミリーが部屋に飛び込んできた。
 「アリス! 無事だったのね!」
エミリーが飛びついてきた。
副校長と男は気絶していた。
エミリーに飛びつかれたまま、私は誰ともなしに尋ねる。
 「あのう、これは…」
事態が見えない私の前で虎が白い猫に戻った。
 「スノウだったの?!」
 「魔法猫はこれくらいできるんだニャ」
 「虎は優秀な魔法猫にしかなれないよ。いいサポート役をもったね」
男の子が微笑む。抱きついたエミリーがようやく離れて説明してくれた。
 「アリスが私たちの目の前からいなくなったから副校長先生にさらわれたんだと思ったの。だからスノウにはお兄ちゃんのところへ行って所在地の魔法でアリスを探して助けるように伝えてもらって、私は校長先生のところへ行ってアリスに聞いた話を全部伝えたの。校長先生は『君が嘘をつく理由がないからね』といって信じてくれて。それで私と校長先生も所在地の魔法でここへきたの」
 「お兄ちゃん?」
 「そうよ。ここにいる私のお兄ちゃんは2年生の中でもすっごく優秀で頼りになるんだから」
照れたような顔をする男の子をエミリーは自分のことのように誇らしげに自慢する。
 「お手柄だ、アリス・ウィンターフェル。君は命の恩人だ」
校長先生が私の頭を撫でる。
 「彼らは警察へ引き渡そう。あれが証拠になるだろう」
床には毒入りの小瓶が転がっていた。

副校長と魔法使いは逮捕された。魔法使いは怪しげな宗教団体の幹部だった。
以前より副校長は教団に入信していて、校長先生を暗殺するように仕向けられていたらしい。後日、私とエミリー、そしてエミリーのお兄さんとスノウは校長室に呼ばれ、事の真相を教えられた。校長先生は説明する。
 「校長になるとさまざまな権限をまかせられる。莫大な埋蔵金や学校で密かに飼っている魔獣の売買権などね。副校長はその権限を奪いたかったようだ。とはいえ、これらは学校にまつわる噂話でしかない。本当は埋蔵金も魔獣もいないんだよ」
本当に噂話ぃ? と全員が思った。
 「幹部を逮捕された教団が逆恨みをして今後君たちを狙う可能性もある。今回の事件は魔法警察が介入して解決したことにする。手柄が君たちのものではなくなるし、今回の事件にかかわったのは極秘中の極秘だが、それを君たちは了承してくれるかな」
 「いいとも」
私が答えるとみんながずっこけた。
 「いいでしょ、言ったって。長寿番組だからみんな知ってるでしょう」
 「おまえ、何の話をしているニャ」
 「いえ、あの、わかりました、校長先生」
あらためて私は答えた。
 「さて、アリス・ウィンターフェル。君には少しお説教をしなくてはならない。残りなさい」
二人と一匹が退席したあと、校長先生にあらためて問いただされた。
 「クラブ活動の時間、どうして講堂の裏にいたのかな」
 「ごめんなさい。じつはクラブに入ってないんです」
私は事情を説明した。聞いて校長先生は
 「アリス・ウィンターフェル、学校は何をするところか知っているかい」
 「勉強するところ、ですか」
 「そうだよ。でもそれなら魔法塾に行って勉強すれば用事は足りるわけだ。いいかい、学校はバカにならないために行くところであり、そして友達とバカをやりに行くところなんだよ。クラブは楽しい体験ができるところであり、悔しくて苦しい体験を一人前の魔法使いになる前に教えてくれるところなんだ。良いクラブには必ず笑いがある。幸いにして我が校のクラブはどの部室からも毎回笑い声が聞こえてくる。そんな貴重でステキな経験をしないまま君は人生のうちの5年間を棒に振ってしまっていいのかな」
 「いやです」
 「恐れずに声をかけなさい。自分が思っているよりもずっと他人は君を見ているものだよ。君が声をかけてくるのを待っている人もいるかもしれない」
言って校長先生は私の肩を優しくたたいてくれた。

校長室を出るとみんなが待っていてくれた。
 「怒られた?」
エミリーが恐る恐る尋ねる。
 「ううん、でもクラブに入りなさいって」
みんながほっとした顔になった。心配してくれたのがなんだか嬉しかった。
もうすぐ一限目の授業が始まる。でもそんなこともかまわずに静まり返った廊下で私たちはクラブの話で盛り上がっていた。
 「クラブってたくさんあるんだね。ねえ、スノウはどう思う? 私、何に向いていると思う?」
ピンと尻尾を立てて歩くスノウに私は尋ねる。
 「自分のことは自分で決めるニャ。そもそも亀組の生徒が決めたクラブならどこでもがんばれば活躍できるんだニャ」
 「なんで亀組?」
 「亀組は歴代可能性を秘めた生徒が集まるクラスだと昔から相場が決まってるニャ。どんな可能性かわからないけれど。だから、本人がやり遂げようと決めたのなら活躍は期待できるんだニャ」
 「そうなの」
 「亀組って、私も?! やったあ」
歓声を上げるエミリー。
 「ねえ、アリス、友達つれてくるからお昼休みに一緒にごはん食べよう。お兄ちゃんも友達つれてきて。それでみんなから情報集めて入るクラブ決めようよ。いいでしょ、二人とも」
 「いいよ。アリスは?」
 「うん、二人ともよろしくね」
私は自然と笑顔になっていた。スノウと目が合うと、彼は、上出来だニャ、という顔でウインクしてくれた。

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