牙を授かりし者たちの詩:イワンの亡霊編 第9章
【第9章】夜更けのダンス
『あの船ですね。
AISの発信データがおかしいです。釜山発のはずなのに、
航跡が途中で途切れてます。海上交通センターもこれは
気付くでしょうね』
「なるほどね――ここに海保船が来るな、こりゃ。
慌てず騒がず急ごう」
日和山浜海水浴場入口にクラウンを停めた優斗と夜桜は、
遠目に不審船を一艘確認した。
ドアを極力音を立てないように閉める。
ぼんやりとした月明りと、冷たい潮風が二人を迎える。
ゲートが施錠されている入口を飛び越えるために、
夜桜は優斗をフェンスの向こうへ飛ばす。着地音はほぼ出ない。
軽々と自分もフェンスを飛び越え、音も無く着地する。
「お、少しは音出るかと思ったけどさすがだな」
『えへへー当然ですよっ』
「体重があれだけあるのに大したもんだ」
『あー!女の子に体重の話は――』
「しーっ!声がでかい!」
――
セルゲイは木箱を左肩に乗せ、ゆっくりと歩みを進めていた。
通常ならば弾頭と信管は別になっているはずだが、全てセットされた
状態で木箱に入っていたため、安全性は無担保と考える事が道理であった。
しかも自分は国に捨てられた身だ。整備もまともにされていないだろう。
相棒のCZ75 SP-01は動作と銃弾、セーフティを一通り確認し、無造作に
上着の内ポケットに突っ込んである。
「こんな状態で、よく時化た海を越えてきたものだ」
皮肉交じりの嘲笑を浮かべた。
今更ながらも注意を払い、いつもより少しだけ慎重に歩く。
――
砂を静かに踏み締める音を、二人分聞きながら優斗たちは
突提へ向かって歩いている。
しばらくして夜桜のセンサーが何かをキャッチした。
『優斗さん――
前方200m付近に人影が移動中です』
「……高さは分かる?」
夜桜は探知モードの感度を上げる。
青い目が輝きを増すと同時に、首を少し俯き加減にした。
『――190cmですね』
「……何か他に特徴は?」
『スキンヘッド、肩に箱のようなものを担いでいます。
おそらく武装の一部かと』
「そうか……多分あいつだ」
優斗はUSPのセーフティを外し、銃把に手をかけ、夜桜に短く鋭く
指示を出す。
「”戦闘”準備」
『了解』
――
「……センサーに反応あり。
1名……いや、2名?」
波が堤防に叩きつけられ、白い飛沫を上げる音を聞きながら
突堤から陸地に向かって歩いていたセルゲイも、センサーに
反応を感じた。
内ポケットに突っ込んでいたCZ75 SP-01をホルスターに差し直し、
腰に巻きつけた後、セーフティをゆっくり外す。
「こんな時間に人がいるなんて……警察か」
警戒しながらも慎重に歩みを止めない。
「!?
……ククク、そうかそうか……
この感じは……あいつか」
やがて――
ぼんやりとした月明かりの下、あの雪の日を思い出させる冷たい潮風を
感じながら……
二人は再開した。
「Добрий вечір,神代」
「Добрый вечер,セルゲイ」
二人は口角を吊り上げ笑顔を作っているが、目は全く笑っていない。
「貴様なら必ずここへ来るとは思っていたよ。
足止めはあまり役に立たなかったようだな」
「……セルゲイ、あれはお前の差し金か」
「日本の警察に賄賂は通じないと教則には書いてあったがな。
時代が変わったのか」
「お前の国と一緒にするな、イワン」
セルゲイの顔が引きつる。
「俺を……その名で呼ぶな!」
叫ぶと同時にCZ75 SP-01の銃把へ手をかける。
「前にお前のアドレスにメールを送ったんだが……他の人が
”セルゲイは死んだ”
って返事を送ってきたよ。こいつはどういうことだ?」
「お前には関係ない。
私がこの国へ来たのは、弟の弔いとして神代、貴様を冥府に送ってやる
ためだ」
話を続けながら、セルゲイは肩の木箱をゆっくりと地面に置く。
「セルゲイ……あの時は俺に全く責任がなかったとは言わない……
しかし――」
「黙れ!!」
セルゲイはCZ75 SP-01を構え、優斗に狙いを定める。
優斗は内心、間に合わないと感じながらも
「落ち着け!俺を殺したところでドミトロ―は――」
――ドンッ!
CZ75 SP-01の銃口からマズルフラッシュが光る。
もはや問答無用という合図そのものだった。
しかし、マズルフラッシュが光る直前、視界が流れるのを感じた優斗は
夜桜に抱き抱えられ真横へ飛んでいた。
銃声が空しく夜空に木霊する。
『優斗さん!お怪我は!?』
「セルゲイ……!」
優斗を気遣う夜桜の腕を振り払い、優斗はUSPを抜いた。
同時に右目の弾道追跡ギミックを起動させる。
優斗の右目が青く輝きだした。
「どうしても……なのか!」
「До побачення,神代」
優斗はセルゲイへUSPの狙いをつける。
セルゲイは……それを微動だにしない。
「俺に撃たせないでくれ!セルゲイ!」
「試しに撃ってみたらどうだ?
何の信念もない、空っぽの貴様の銃弾など私には通じんよ」
優斗の表情が一瞬歪む。
指先が震えているのは力が入っているからではなかった。
「くっ!」
――バンッ
――バンッ
――キイィィィンッ
――キイィィィンッ
狙いすました優斗の射撃は、確かにセルゲイの右腕へ二発、
命中したはずだった。
しかし、謎の金属音を発しただけで、セルゲイは全く怯んでいない。
――ドンッ
――ドンッ
「何っ!?」
撃たれたはずの右腕でセルゲイは撃ち返してきた。
弾道追跡ギミック起動中の優斗には銃弾の軌跡が見える。
身体を半身だけ後ろへずらし、セルゲイの銃撃を避ける。
「どういうことだ……」
「言った通りだ。貴様の銃弾は私には通じない。
しかし……この距離で私の銃弾を避けるとは……
貴様こそ、これはどういうことだ」
『優斗さん気を付けて!その人、生体反応がありません!』
夜桜が脳内デバイスを通して叫ぶ。
「なっ!……本当にどういうことだ!」
背中に汗が一筋流れたのを感じた。
状況が掴めず狼狽する優斗を、セルゲイは銃の構えはそのままに
悠然と見下ろす。
「もしかして神代……貴様も――」
――その時
遠くから高速で海上を飛ばしながら接近してくる船の音が
聞こえてきた。
「……夜更けのダンスパーティーはここまでのようだな」
「何!?逃げるのかセルゲイ!」
「私は暇を持て余している貴様と違って、やらねばならない事がある。
貴様の正体は……冥府に送り付ける時にゆっくりと聞いてやる」
セルゲイは地面に降ろした木箱を再び肩に担ぎ上げ、悠然と歩きだした。
「待て!まだ決着は――」
『優斗さん!私たちも逃げないと!』
「何言ってるんだ夜桜!俺はまだ――」
『また、あの警部に捕まりますよ!』
「……佐嶋か。
仕方ない、俺たちも撤退だ。
セルゲイ!次は逃がさない!」
セルゲイは優斗の叫びが聞こえていないのか、潮風と大差ない音だと
感じているのか、後ろを振り向きもせず闇の中へ消えていった。
第9章 完
