牙を授かりし者たちの詩:イワンの亡霊編 第4章

【第4章】取り調べ

「……ってことじゃあないんですかねぇ、神代さん」

「だから違いますって……」

優斗の取り調べは22時になっても続いていた。
取調室とはいえ、公特所属の警部におかしな真似は簡単に出来ない。
エアコンはしっかり効き、机の上にはコーヒーが入っていた空の紙コップが5つ。
夕食はデリバリーに運んでもらった。
灰皿は山盛りで、空の紙コップが2つ目の灰皿になっている。

「私もね、結構忙しいんですよ、これでも。ぱっとお話しちゃってくれませんかねぇ」

「だから、さっき見せたでしょ。俺の銃はこれ1丁だけですから」

「いやいやいやいや……あなたの部署はここみたいな田舎の署と違って普通の部署じゃないんだ。
銃の1丁や2丁、簡単に都合つくんじゃないんですかね」

「拳銃2丁なんて持ってるやついないでしょう。重くなるし、1丁あれば充分ですよ」

「拳銃2丁のうち1丁は取り寄せた爆弾の運び屋と揉めた時に落とした。で、クロスボックスを
さっき、15時ちょうどにタイマー型爆弾で吹っ飛ばした……そして状況確認で現場に戻ってきた
……ってことじゃないんですかねぇ、神代さん」

「いいえ、そんなことはしてません」

「いえね、なんでかは分からないんですが……爆破現場に薬莢が一つ落ちてたんですわ。
その……USPでしたっけ、なかなか良い銃らしいですなぁ」

「だから俺の銃じゃないですから。こっちの銃は弾全部入ってるの見せたでしょ」

佐嶋は取り調べの基本を崩さない。何度も同じ質問を繰り返し、ボロが出たところを徹底的に突く。
そして、それを十分知っている優斗も同じ答えをずっと繰り返し、たまにリズムを変えるように
同じ質問を違う言葉にし、ボロを出させようとする尋問も集中力で躱していた。

さすがに約5時間、同じことを繰り返しているため優斗にも疲労の色が窺える。
しかし、佐嶋にしてもそれは同じ様子だった。

「……ふぅ……今日はこのくらいにしときましょうかね。明日8時くらいにお呼びしますわ」

「このまま帰してもらえると嬉しいんですけどね」

「まあまあ、もう少しゆっくりしてってくださいよ。観光は出来ませんがね。
じゃあ、寝床に案内させますよ」

相変わらず冷たい目で張り付けた笑顔を浮かべながら、佐嶋は館内電話で警官2名を呼び、
優斗を仮眠室に案内させた。

「はぁ…なんでこんな面倒なことに……セルゲイの奴め」

慣れない取り調べで睡魔が襲ってきた。
ひとまず寝ようとした、その時

『優斗さん大丈夫ですか!?』

「ああ、問題ない。つーか俺の状態なんて分かってただろ」

夜桜が優斗の脳内デバイスで会話を始めた。

『そうですけどっ!会えないんですから心配するに決まってるじゃないですか……』

「そっか、悪かったな。それより佳央梨さんには連絡ついてるのか?」

脳内アバターの夜桜が頬を膨らませる。

『もう……優斗さん冷たいです……佳央梨さんとは連絡ついてますよっ』

「映像とか画像は入手出来たのか?」

『それなんですが、爆発事件周辺にカメラはあったんですけど、どうやら映像が改ざんされてる
みたいで……』

「改ざん?」

『ええ。それで……誰も映ってないんです……』

「映像改ざんか……」

『改ざんならいいけど、って佳央梨さんからです』

「どういうことだ?」

『今、解析してるから待ってて、だそうです』

「そうか…まあ、こっちは心配ないから夜桜ものんびりしてていいぞ」

『そんなわけにいかないです!』

「俺は寝るから、また明日な」

『ちょっと優斗さ──』

優斗はリンクを切って寝始めた。
リンクを切った瞬間、瞼が一気に重くなる。
硬いベッドに身を横たえ、薄れゆく意識の中に沈んでいった。

──


……
………

「────まて!もう逃げられないぞ!」

優斗は一人の男を追いかけている。

その男は────
セルゲイの弟、ドミトローだった。

「悪いようにはしない!待ってくれ!」

ドミトローは雪原の中をひた走っているが──
やがて力尽き、雪原に倒れ込んだ。

「はぁ……はぁ……やっと捕まえた」

優斗はドミトローの足元に立った。

「神代!ドミトリーは無事か!?」

セルゲイも追いついてきた。

「セルゲイ!あんたが確保してくれ」

「ドミトロー……お前……なぜ」

「セルヒー兄さん……俺……」

怯えた顔でドミトリーは後退りする。

「もういい、大丈夫だ。私がなんとかする」

セルゲイが近寄ろうとしたその時

「だめだ兄さん!来ちゃだめだ!」

ドミトローは懐から銃を取り出してセルゲイに向けた。

「ドミトロー!落ち着け!もう心配ないと言ったろう!」

「やめろ!もうやめるんだ!」

優斗はドミトローに銃を向けた。

「ごめんね、セルヒー兄さん……俺がバカだったんだ……
兄さんに迷惑はかけられないよ……」

ドミトローはセルゲイに向けた銃を自分の喉元に向け直した。

「ドミトロー!!」

セルゲイがドミトローへ走り出す光景がスローモーションのようにゆっくり流れる。
優斗はそれをただ見ていることしか出来ない。

────

「やめろおぉぉぉぉ!」

朝7時半──
優斗は仮眠室で叫びと共に飛び起きた。

「はぁ……久々にこの夢見たな……」

着ていたTシャツにはうっすらと汗が滲んでいる。
優斗はロシア派遣時の出来事を改めて思い出していた。

「あの時、俺が早く止められてたら……」

優斗はTシャツを支給品のランニングシャツに着替えながら、胸の奥からこみ上げて来る
苦々しさを打ち消そうとしていた。

「……しかし、あれはもう終わった話じゃないか」

もう少し早く止めていれば……という思いだけは、今も心の片隅に残っている。
だが今、それをここで考えていても仕方のないことだった。

優斗は軽く首を振り、その感情を棚の奥へと押し戻した。

第4章 完