異世界刑事~刑事達が異世界で事件捜査~ 第14話
第14話 静寂の寝室<10>
−−ハーバート・ウォルストンの屋敷
屋敷のドアをノックしてみるが返事がない。ノブにそっと手を掛けると扉は簡単に開いた。
「これって入っていいって意味だよな?」
「どうやったらそんな解釈ができるんだか」
中に入った二人はハーバートの姿を探した。明かりのない廊下は主のいない館同然、時折風が表の木々をはためかせる音を生み出している。しばらく歩くと、まるで待っていたかの様にハーバートが立っていた。
「君達、勝手に人の屋敷に入るとは無礼ではないのかね?」
「これは失礼。誰もお出にならなかった物で」
よく見るとハーバートの左肩から煙が登っている。
「それはどうされたんですか?」
「天体観測をやっていたら転んでしまいましてね。お恥ずかしい」
「転んだにしても煙が出るのは不自然ですね」
ハーバートの眉がピクリと動いた。この瞬間、二人は確信した。こいつだ。間違いない。
「巨大コウモリの正体はお前なんじゃないのか?」
ハーバートは一瞬言葉を失い、沈黙が場を包んだ。しかしその後、彼は不気味な笑みを浮かべ、冷静に言葉を紡ぎ出した。
「・・・なるほど、君達には隠し通せないようだね。仕方ない、全てを明かそう」
その言葉と共に彼の輪郭が揺らぎ、眼が赤く発光する。空気が震え、暗いエネルギーが渦巻いた。牙は鋭く伸び、漆喰の壁に影を落とす。背中から生えた翼は扉いっぱいに広がり、闇その物を抱え込んだ。
「それが本当の姿か」
「いかにも。さぁ、どちらから来るかね?」
和司はスリングショットを構え、弘也は木剣を抜いた。
「両方同時ってのは贅沢な相談かな?」
「構わないとも」
ハーバートは二人に襲いかかる。和司と弘也は木剣を巧みに使い、攻撃をかわしながら反撃の機会を伺った。和司は全神経を集中させ、弘也は剣術の技を駆使してハーバートの攻撃を受け流した。
「君達の抵抗は無駄だ!」
「無駄かどうか、試してみよう!」
ハーバートが赤い目を輝かせながら和司と弘也に襲いかかる。彼の動きは風の様に速く、鋭い爪が二人を狙って空を切る。しかし、和司と弘也は互いに背中を預け合い、息を合わせてハーバートの攻撃をかわしていた。
「これではどうかな?」
ハーバートは宙を舞い、鋭い爪を振り下ろす。弘也は瞬時に木剣で受け止めて力強く跳ね返すが、ハーバートは軽々と後方に跳び退いて体勢を立て直す。彼の顔には余裕の笑みが浮かんでいる。
「これじゃ狙えないぞ」
スリングショットを構えた和司だったが、縦横無尽に飛び回るハーバートを狙えない。弘也は剣術を駆使してハーバートの近接攻撃を次々と受け流す。ハーバートが再び爪を振りかざした瞬間、弘也はその腕を払いのけ、木剣の柄を相手の腹部に突き入れた。
「今だ!」
「よし!」
隙を見せたハーバートに放った銀の弾が肩に命中し、彼は苦痛の叫びを上げた。動きが鈍ってもなお弘也は攻撃を続け、スリングショットの援護をする。
「これで最後だ!」
和司が放った銀の弾はハーバートの胸に命中し、それを弘也が木剣で突いて身体にめり込ませた。
「くぅっ!」
「ハーバード・ウィルトン!ミーナ・リュミエット他三名殺害の容疑で逮捕する!」
胸にめり込まれた銀弾の影響で翼がだらりと垂れ、ハーバートは動きを止めて床に倒れた。
「こいつ、どうやって引き渡す?」
「棺桶か何かに入れて運ぶしかないだろうな。陽の光に晒すわけにもいかないし」
「棺桶なんて都合のいい物、探して出てくるのかよ」
二人がこの館を探した結果、人一人ギリギリ入りそうな衣装箪笥を見付けた。これをキッチンカートの台車部分だけを取り外して移送する事になった。
−−ギルド
ハーバートの引き渡しを法政院で済ませた二人はそれぞれの被害者の家に報告を済ませた後、ギルドを訪れた。
「ご苦労様でした。これが報酬の800ゼガです。それと、ハーバード・ウィルトンでしたっけ?彼の処刑の時間が通達されました」
「何でそんなに早く判決が出るんだよ?今朝逮捕したばかりだぞ。何でだ?」
ギルマスはスカートのシワを広げて椅子に座り直した。
「そもそも人間じゃありませんからね。裁判なんかありませんよ」
「裁判もないだと?」
「法政院の異類規程十三条。人に害をなすモンスターは裁判省略、日中の即時処断が可。ハーバートはこれに該当したんですよ。生け捕りにできた事は素直に称賛しますよ。ですが、法政院に引き渡した後の事はあなた達の領分ではない。違いますか?」
「だからといって即極刑ってなんだよ?いくら何でも決断早過ぎだろ」
「ヴァンパイアが二度と人を襲わない保証があるとでも?あなた達がどこの街の出身か知りませんが、この街にはこの街の法政院が定めた都市法があるんです。特にこの街は魔法都市でもありますからね。こういう事に関しては特に厳しいんです」
ギルドを出た後も、和司の怒りは収まらない。
「せっかく逮捕したってのに即極刑って何だよ!」
「ギルマスの言う通り、俺達は犯人《ホシ》を送致してクエストを完遂した。今回はそれでいいじゃないか」
「だー!!何かムシャクシャしてきた!!飲むぞ!!」
「まだ昼だぞ」
「関係あるか!金もあるんだ。一番いい酒飲んでやる!」
「水を差す様で悪いんだけどな。カズ・・・、お前何か忘れてないか?」
「何をだよ?」
「ケンタウロスの積荷の弁償代。800ゼガ、どうすんだよ?」
「・・・そういえばそんなのがあったな」
「あったよ」
「まさか・・・クエストの報酬が・・・パア・・・?」
「パアだな」
「そ・・・、そんな・・・」
和司はがっくりと膝を落とした。その肩に弘也は優しく触れた。
「安酒で我慢しろ。付き合ってやるから」
二人の噂は瞬く間に広がった。新聞の一面トップを飾ったのは、こう大書された見出しだった。
【警察を名乗る二人組、ヴァンパイアを退治】