<スカスカ> 第1章 第10話
第1章【Opning Act】
第10話【個々の想い】
富士山麓の広いキャンプ場。4台の車が集まり、そのすぐ近くに2つのテントが立っている。焚き火がパチパチと音を奏でる。
男女混合のロックバンド『LEVORGER』の4人は、キャンプ場でのんびりとした休日を過ごしていた。
「|藤宮《ふじみや》~。病欠バンドの代わりのオープニングアクト、ScarletNightがやってくれるってさ」
銀に近い薄い色合いの金髪が特徴的な、LEVORGERのギター&コーラス担当、|風音《かざね》は、焚き火を扇ぐベース&ボーカル、藤宮にだる絡みしながら、先程送られてきた情報を伝える。
「そうか。あんなギリギリのタイミングだったけど、出演OKしてくれて良かった」
「2人も!ScarletNight、出演OKしてくれたって~!」
風音は、車の方にいるLEVORGER残りの2人、長い白銀髪のドラムス担当イルと、茶髪のギター担当|悠人《ゆうと》にも報告する。
「そう、良かった」
「ああ。紫音が新しく始めたバンド、実際に会うのが楽しみだな」
「ね」
2人も車からクーラーボックスを持って焚き火の方へ歩いてくる。
「|雨美《あまみ》さんからアー写も送られてきた。なかなか良い写真だよ。見る?」
「見る」
「見たい」
「見せて」
「どうぞ」
4人集まって、風音の携帯を覗き込む。
「あ、紫音楽しそう」
「良かった。音楽が嫌になって辞めたって聞いてたからどうなるかと思ったけど、ちゃんと笑えてるな、あいつ」
「うん。3人ともいい表情してる」
「アー写で分かるぜ。このバンド良い、ってな」
「ね」
「ライブハウスで聴く生歌は絶対良いだろうな。路上ライブをスマホで撮った動画であのクオリティだからな」
「だね。私も生歌楽しみ」
「紫音というか、ScarletNightも大変だな。こんなのに期待されまくりで」
「こんなのとか言わないの」
「ごめんごめん。悪い意味じゃないよ。…じゃ、そろそろ飯の準備でもするか」
「賛成」
◇◇◇
とある音楽スタジオでは、男女混合の5ピースバンド『Bluelose』の練習が行われていた。
「新曲、また失恋ソング?」
Blueloseのギター担当、ヒロは、作詞を担当したボーカルの|妃乃愛《ひのめ》に問いかける。
「失恋じゃない。気持ちを伝えられないだけなの」
「同じだろ」
「違う」
「…まあ、お前らが良いと思ってそうしたなら何も言わねぇよ」
Blueloseのボーカルは2人いる。ギターボーカルの|妃乃愛《ひのめ》と、ベースボーカルの|空斗《そらと》だ。
「………」
「え、黙らんといて…?」
「それよりさ、LEVORGERのツアーのレイボー公演のオープニングアクト、“幽霊船”の代わりのバンド決まったらしいね」
話題を変えに行く、キーボード担当の|凜々華《りりか》。
「ああ、聞いた。なんだっけ名前」
ドラム担当の|柊夜《しゅうや》が凜々華に返した。メンバーも、凜々華と柊夜の話に乗っかっていく。
「ScarletNightだって」
「あーそうだ、それ」
「あ、聞いたことある。SKYSHIPSのドラムが今やってるバンドなんだってな」
「は?マジ?」
ヒロの口から『SKYSHIPSのドラム』と聞いて柊夜の目の色が変わる。
「あいつ……」
「…SKYSHIPSのドラムって、紫音のことでしょ?」
「そういや柊夜と|妃乃愛《ひのめ》はあいつと仲良かったんだっけか」
「ヒロも中学で一緒だったでしょ?なんでそんな他人事みたいなの」
「女子の名前覚えるの苦手なんだよ。あと、お前らと違って俺は歳も1つ離れてるし」
「私のことは?」
「流石に仲間のことは覚えるわボケ」
「ボケとか言わないの」
「それにしても、紫音か……確か、あいつのドラムはありえねぇくらい上手かったよな」
「ああ。…同じドラマーとして尊敬してた。…あいつは天才だったから。…理論とか用語も何も分からないのに、感覚だけでいいドラム叩いちまうんだ。同じドラマーとして屈辱的ではあったけど、それでも俺はあいつのドラム好きだったな。…SKYSHIPS脱退は衝撃だったけど、またあいつのドラム聴けるのか」
「柊夜…」
「でも正直もったいないと思うのは私だけ?SKYSHIPS、あんなに売れてたのに…」
「あんなのは売れたとは言わない」
凜々華の言葉を突っ撥ねる空斗。
「空斗……」
「…SKYSHIPSは……結衣は、音楽にかける情熱を捨てたんだよ。だから紫音って逸材をみすみす手放すことになった」
「……」
「聴いたか?SKYSHIPSの新曲。といっても2ヶ月くらい前のだけど」
「いや…」
「1回聴いてみろよ。聴くに耐えないぜ。あいつの歌はいつからあんなスカスカな歌になっちまったんだ?」
空斗は動画サイトで『SKYSHIPS』と検索し、テーブルに携帯を投げ捨てるように置く。
「何が『Role of Rock』だよ。紫音を失ったからなのか、事務所にロックをやってもいいよって言われたからなのかは知らないけど、Jポップから突然ロックに戻ったと思ったら酷い出来でガッカリしたよ」
「……空斗。俺たちが何言ったところで負け犬の遠吠えにしかならないぞ」
「俺は結衣の音楽を尊敬してたんだよ!!」
「……」
「俺は……あいつの歌が好きだったのに……」
「……空斗…」
「俺たちBlueloseも、SKYSHIPSも、始まりは同じ、中学の軽音部だ。スタートは同じだった。けど、SKYSHIPSは凄かったんだよ。クソバンド脱却も早くて、勢い付けて、事務所とも契約して、羨ましかったけどそれでも俺は結衣の音楽を誰よりも認めているつもりだった。だからあれは当然の結果だって、俺たちが負けても仕方がない、天才の集まりだったんだって思ってた。………それが、どうだ。バズらせることしか考えてないクソみたいな音楽しかやらなくなった」
「……」
「……新曲のタイトル見てさ。俺は結衣のロックが戻ってきたんだと思って勝手に1人で舞い上がった。けど、見た目だけで中身はスカスカ。バズらせ癖が抜け切ってない。ドラムにはバンド引っ張ってこうって勢いが無い」
「結構ボロくそに言うね…」
「俺は“厄介ファン”なんだよ。……俺は結衣の1人目のファンだから。SKYSHIPSを本当の最初から応援してたんだよ。…裏切られた気分だ」
「……はぁ。空斗。時間もったいないから、下らない話は止(や)めて練習やるよ。私たちもレフト公演のオープニングアクトやるんだから」
「…そうだな。悪い」
◇◇◇
SKYSHIPSのギターボーカル、そして作詞作曲を担当する結衣は、暗い部屋で一人蹲っていた。
「分からないよ……どうすればいいの…」
期限まであと2週間を切っているにもかかわらず、新曲はまったく出来上がっていなかった。
「………中途半端な音楽じゃ…売れる売れないの問題ですらないのに」
紫音が脱退して3ヶ月以上。ドラムにはサポートを入れ、バンドとしてまた活動を再開した。それから最初に出した新曲はかなり良かった。MVは速攻で500万再生を達成し、ショート動画やティックトックでもかなりバズった。けれど、問題はその次の曲だった。
「──紫音ちゃんみたくまたメンバーに辞められても困るから、たまにはロックでも作って息抜きしてもいいんだよ」
プロデューサーにそう言われたとき、音楽に対しての昂りは何も感じなかった。ただ、「言うのが遅い」と思った。紫音はもういない。それでこんなことを突然言われても、何を思えばいいのかが分からなかった。
曲を作ろうと思っても、何も思い浮かばなかった。
「───ロックって、どうやって作るんだっけ……?」
思い出せない。確かに昔はロックバンドだったはずなのに。
時間はどんどん過ぎていく。何もしていないうちにも期限は近付いてくる。
「ッ……仕方ない……とりあえず作るしかない」
売れない曲を作る意味は無い。
誰もの耳に残って離れない中毒性の高いメロディをリズミカルに配置する。
エフェクターは歪み系のを使って、ドラムは激しく。ロックバンド感を追加していく。
「……これならロックでしょ」
タイトルを『Role of Rock』とし、結衣は曲を完成させた。
───それを投稿した日の夜のこと。MVのコメント欄やエゴサ結果は、今までと比べ荒れていた。
『サムネとタイトルで遂にロックバンドとしてのSKYSHIPSが復活するのかと思ったら、詐欺だろこれ』
『ドラムに勢いがないと思うのは私だけかと思ったらみんな言ってて安心した』
『紫音さんの方が良かった』
『新曲はロックバンドっぽいだけで中身はただのバズらせポップ』
『今回だけはあまりにも酷すぎる』
『叩いてる人は何、古参ファン気取りたいやつ?』
『もうSKYSHIPSにロックは無理だよ』
「………黙れよ……」
結衣は拳を握りしめる。
「私だって……私だって頑張ったんだよ!!!バズらない曲作ったって意味が無いんだから!!!みんなだって頑張ってるのに!!!何も知らないくせに生意気なこと言うな!!!!」
────その日から、全く曲を作る気になれなくなった。
「………助けて……紫音……」
◇◇◇
───午後2時。開店前のライブハウスの前に、黎は一人突っ立っていた。
「……ここがライブハウス……」
一見喫茶店のような雰囲気。ここで本当にライブがあるのだろうか。
「……いや、私は1人目じゃないと嫌だ」
絶対に。1人目じゃないと嫌なんだ。
店の前に立てられたボードには、本日のライブの予定が書いてある。
ライブタイトルは、『LEVORGER Live Tour「この夜に走り出す」RAIN OF BOW公演』。オープン時間は18時、開演は18時30分。出演アーティストの欄には、『オープニングアクト』として『ScarletNight』の名前がある。
サインの入ったチケットを取り出して眺める。
「1番最初にライブハウスに入るのは私!」
そう意気込んだその時、CLOSEのプレートのかかった扉が開き、中から黒髪のお姉さんが出て来た。
「おじょーちゃん中学生?まだ開店前だけど何か用事?」
「あ、いえ……高校生です……」
「おじょーちゃんみたいな子がこんなところ1人でいるのは危ないよ。まだ早いけど、お店入る?」
「あの……怪しい人にはついていってはいけないって……」
「ああ、私ここのフロントの夏姫。決して怪しい人じゃないよ」
「本当ですか?」
「ほんとほんと。嘘じゃない。…って、この言い方が嘘くさいとか思わないでよ?」
「……まあ、お店から出てきましたし……」
「分かってくれてありがとう。それで、おじょーちゃんどしたの?お店入る?お姉さんで良ければ、話し相手にはなれるよ」
「あ、はい」
黎は夏姫に連れられ、店に入る。
「そのチケット、今日のでしょ。LEVORGER好きなの?」
「あ……ScarletNightです」
「お、良いねぇ。スカナイ好きなんだ」
「はい。…緋さんのソロ時代から応援してます」
「わお。古参なんだ」
「…そうですね。私が彼女を見つけた時、チャンネル登録者は0人でした。私が1人目です」
「なんと。運命感じちゃうねぇ」
「このチケットも、1枚目です。私が最初なんです」
「へぇ……って、サイン入り!?うわ、あの子もなかなか粋なことするねぇ。…こりゃライブハウスにも一番乗りで来たいワケだ」
「…そういうことです」
「なるほどね。外見に加え中身もなかなか可愛いね」
「バカにしてます?」
「してないしてない。素敵なことだと思うよ。自分がファン1号で、ずっと追いかけてるなんて」
「……そう…ですかね。……私…最近よく分からなくなってきてしまって」
「そうなの?ライブハウス一番乗りになるくらいなのに?」
「……。…少しお話聞いてくれますか?」
「ん?いいよ。おねーさんに任せなさいな。悩めるJCのお話を聞いてあげようじゃないか」
「JCじゃなくてJKです……」
「おお、失礼。悩みが幼く見えることだったらごめんね、お姉さんにはどうしようもできない。牛乳飲め」
「やっぱりバカにしてますよね」
「してないしてない!え、本当に実年齢より若く見えることで悩んでた?逆にお姉さん羨ましいけどなー」
「そんなことで悩んでないです。最近ようやく小学生だと思われなくなったのでちゃんと成長してます」
「あ、そう」
「それより、ちゃんと相談乗る気あります?」
「あるって。ちょっと脱線しちゃったね、ごめんね。あ、名前、れいちゃんであってる?チケットに書いてあったの一瞬しか見えてなくて」
「あ、黎であってます」
「そか、よかった。それで、黎ちゃんってさ、相当ギター弾けるでしょ。悩みもそれ関係?」
「え、なんで分かるんですか?」
「んー?なんでだと思う?」
「……さぁ……」
「…ま、お姉さんの話はいいのよ。黎ちゃんのお悩みを聞いてあげるって話だったからね。どんな事で悩んでるの?」
夏姫に言われ、黎は1呼吸置いて口を開く。
「…私、緋さんに一目惚れしたんです」
「…わお、まさかのリアルJKの恋バナ…?」
「それで、ずっと追いかけて来たんです。私、自分が彼女の『1人目』のファンだってことを、特別に思ってたんです。でも、少しずつ登録者も増えて、緋さんはバンドを組んで、そして人気も出始めました。……嬉しいはずなのに、なんか気に入らないんです。その時思ったんです。私はただ、『1人目』ってことに特別感を感じてただけで、ファンでも何でもなかったんじゃないか、って。直接応援の言葉もかけられないし、遠くから眺めているだけで、私は彼女のための何の力にもなれてない。そんな自分にも腹が立ちました」
「あー、古参は厄介ファンになりやすいってやつだ」
「……だから、もう一度彼女の1番になりたかったんです。ライブをやるならそのチケットの1枚目を手に入れて、ライブハウスにも1番に入りたかったんです。それで、私は満足できるはずだって。……でも、それじゃ満足できないんです」
「うわー、相当歪んでるねー」
「……だから、私は……」
「なるほど。それで、 “リードギター”志望ってことか」
「……な…何で知ってるんですか…?」
「これ、黎ちゃんでしょ」
「あ…」
夏姫は携帯の画面を見せる。画面には、動画投稿サイトの黎のチャンネル『緋の1人目』が映っていた。
「さっきの黎ちゃんの『1人目』ってワードで確信したよ。このチャンネル、うちの店長が見つけてきてね。いやぁ、なかなか凄いなと思ってたんだよね」
「……緋さんは、このこと知ってますかね…」
「さあ。私たちは何も言ってないよ。でも、緋ちゃんはエゴサしないタイプっぽいから、知らないんじゃないかな」
「…なら良かったです。…私の口から言えるので」
「そう」
「私、今日のライブが終わったら、緋さんに告白するつもりなんです。緋さんの歌は、攻撃的なのに優しいから。緋さんの歌が、きっと私に勇気をくれるはずだから。…だから、その時なら言えるかな、って……」
「……そっか。私には何もできないけど、応援してあげるよ。頑張れ、黎ちゃん。私は、君ならきっとScarletNightを最高のバンドに出来ると思うな」
「本当ですか?」
「ほんとほんと、嘘じゃない。って、この言い方が嘘くさいとか思わないでよ?」
「さっき聞きましたよ、それ」
「あははは、そうだね。使っちゃってたね、この言い回し」
「…でも、私なんかを、緋さんが仲間に入れてくれるのか……それが、それだけがどうしても不安なんです」
「…なるほどねぇ」
「…ScarletNightのアー写を見ました。3人の距離は近くて、とても私が入って行けるような空間じゃないような気がして、足が竦むんです」
「拗らせてるねぇ……最高だね!」
「最悪ですよ」
「いやいや。そうやって思い詰めて悩めるのは、いい事だと思うよ。何も無い人生を送るより、よっぽど面白い」
「…お姉さん……」
「当たって砕けろの精神で行けばいいよ。大丈夫だよ。さっき自分で言ったんでしょ?緋ちゃんの歌が勇気をくれるはずだって。…結末ばかりに気を取られてちゃ、この時を楽しめないんだよ」
「…うふふ、それもそうですね。…ありがとうございます」
「あ、笑った顔も可愛い。小学生みたい」
「………バカにしないでください」
「おっと、幼く見えるのはコンプレックスだったね。反省」
「別にコンプレックスじゃないです」
「あははは、黎ちゃん面白い子だね」
「面白くないです」
「イヤイヤ期かな?」
「違います!!」
……To be continued