異世界刑事~刑事達が異世界で事件捜査~ 第8話
第8話 静寂の寝室<4>
――他のクエストの依頼主・自宅前
和司と弘也の二人は、ギルマスから聞き出した二つのクエストの依頼人の家を回っていた。最初のクエストを出した家。被害者の名前はヴァネッサ・ガーサイド。クエストを依頼したのは二日前の事。
「ごめんください。どなたか、いらっしゃいますか?」
和司はドアノッカーを何回か叩いた。数秒の沈黙の後、ようやく扉がわずかに開かれ、ガーサイド家の主人が顔を出した。顔色は青白く、目の焦点は合っていない。髪は整えられておらず、衣服もくたびれていた。生気が感じられない。無理もないか。自分の娘を失ったばかりなのだ。
「どちら様でしょうか?」
「自分は前川といいます」
「同じく春日です。こちらで亡くなられたお嬢様の件について、お話をうかがいに来ました」
「クエストならもう他の冒険者が受けたと聞いていますが・・・。交代、ですか?」
「いえ、そうではありません」
「私達が受けたクエストと、あなたが出されたクエストに何らかの共通点があるのではないかと考えています。その関連性を確認したく、お話をうかがえればと思いまして。少しだけ、お時間をいただけないでしょうか」
主人はしばし無言で二人を見つめていたが、やがて黙って扉を開き、招き入れる様に身を引いた。
主人に案内されて入った家の中はひどく静かだった。室内には生活感こそ残っているが、どこか時が止まっている、そんな印象を受ける。テーブルの上には使われずに乾いた茶器が置かれ、棚の上には小さな飾り人形が一つ。
「どうぞ・・・お掛けください」
「失礼します」
「あらためてうかがいます。お嬢さんが亡くなられた当時の状況を、覚えている範囲で結構です。お聞かせ願えますか?」
主人は数秒間うつむいていたが、やがて意を決した様に口を開いた。
「朝、起こしに行ったんです。普段なら朝食の時間には誰よりも早く起きてくる娘が起きてこなくて。部屋のドアを何回もノックしたんですよ。・・・それでも返事がなくて・・・。扉を開けたら・・・ベッドの上で眠ってたんです。でも、冷たかった。あの子・・・何の苦しみも、痛みもなかったみたいで・・・。本当に、ただ寝てるみたいだったんです」
「身体に傷等はありましたか?あるいは血の跡とか」
「何も。顔も穏やかでした。まるで・・・夢の中で息が止まったみたいに・・・」
和司と弘也は視線を交わす。ここまでは自分達が受けた依頼主の時と同じだ。
「お嬢さん、何歳だったんですか?」
「14・・・です」
「そうですか・・・。人生これから、って時にこんな事になって・・・。残念です」
「もし、よろしければお部屋を拝見できませんか?」
「それは・・・はい、構いませんよ。部屋も、あの時のままですし」
それは助かる。下手に荒らされては証拠になる物が採取できない。もっとも、この現場でも足痕《げそこん》は期待できそうにないのだが。
階段を上がった先、廊下の突き当たりにある扉の前で主人は一瞬立ち止まった。ノブに手をかけながら、ひと呼吸、深く息を吸う。
「どうか、あの子がいた痕跡だけは残しておいてください」
「お約束します」
「どうぞ」
部屋の中は時が止まっているかの様に整然としていた。
窓際にはレースのカーテンが揺れもせず垂れ下がり、机の上には整頓された文具と、しおりの挟まった本が一冊。その脇にはガラス細工の小瓶が並び、少女らしい繊細な趣味が伺える。ベッドは壁際に配置されており、布団はそのまま掛かっていた。枕のへこみ具合も、掛布も、当時のままである事を印象付けている。
「俺は窓の方を調べる。ヒロはベッドの方、確認してくれ」
「了解」
二人は白手をはめた。
「窓枠に目立った物は見当たらないな。少しホコリが残されてはいるが、それ以外に目立った特徴は見受けられない。足場もないし、外から侵入された形跡も、今のところ見当たらない」
「ただし、ベッドにはこいつが残っていた」
弘也はポリ袋に入れた毛を見せた。
「例の体毛か・・・」
「ありがとうございました。必ずや犯人を逮捕してみせます」
「逮捕?討伐じゃなくて?」
「我々は他の冒険者とは違うんですよ。剣や魔法ではなく、法で相手を倒すんです」
「また変な事を言う人ですね。まぁヴァネッサの敵討ちができれば何でも・・・何でもいいですよ」
「それでは失礼します」
ドアの前で主人は深く頭を下げていた。見えなくなるまで下げているのだろうか。気まずさを感じた二人は早めに十字路を曲がった。
「一体何なんだろうな。窓からベッドに来るまでの間には何の痕跡も残していない。なのにベッドにだけ体毛を残してる」
「残しているというより、残さざるを得なかった、って考え方はどうだ?」
「何の為に?」
「そりゃ犯人《ホシ》に直接聞くしかないだろう」
「ま、それはそうなんだけど」
「もう一つの方に行ってみよう。この二件の事件《ヤマ》と何らかの共通点があるはずだ」
地図を確認した二人は歩を進め、次なる依頼主の元へと向かっていった。
−−三件目、オブライエン家
石畳の細道を抜けた先に緑に囲まれた小ぶりな一軒家が見えてきた。外壁は塗り直されたばかりなのか、淡い青がまだ瑞々しさを残している。
「ここだな」
「ここの被害者はサンドラ・オブライエン、15歳。クエストが出たのは昨日。確認できているクエストでは第二の被害者って事になる」
和司が扉の前で足を止め、金属ノッカーを鳴らす。
「どなたですか?」
中から出てきたのは母親だろうか。30代半ばの女性だった。疲れのにじむ顔には、それでも気丈な強さが残っている。
「自分は前川といいます」
「同じく春日です。町で発生している事件について、関連調査をしております。その件でお話、うかがえますでしょうか?」
「サンドラの事でしょうか?はい・・・どうぞ。少し散らかってますが・・・」
二人はリビングに通された。母親はお茶も出さず、代わりに娘の事を静かに語り始めた。
「サンドラは15になったばかりで、文筆が好きな子でした・・・。よく紙に詩や短い話を書いていて・・・夢見がちで、でも優しくて」
「亡くなられた日の夜、娘さんに何か変わった様子は?」
「特には・・・。夕食の後、自分の部屋に戻って・・・明日までに新しい詩を考えるって言ってました。いつもの事です」
「夜中に何か変わった事とか、物音がしたとか、そういった事はありましたか?どんな些細な事でもかまいません」
「いえ・・・朝まで何も。私も夫も、朝、起こしに行くまで・・・まさか、なんて・・・」
言葉の途中で、母親の声が震えた。
「その・・・よろしければ、お嬢さんの部屋を拝見させていただけませんか。手は触れません。確認だけです」
母親は数秒間の沈黙の後、力なくうなずいた。
「失礼します」
二階にあるサンドラの部屋は整然としていた。壁際の本棚には詩集や日記帳が並び、机にはインクと羽ペン、そして広げられた一枚の紙。そこには、途中で終わった詩の一節が書かれていた。和司はその紙を手にとって、読み上げた。
「星の音に耳を澄ませて 眠る夜の舟 君の名を・・・」
「きれいな詩じゃないか」
その紙を机に戻した和司は拳を強く握りしめた。子供が殺害された事に怒りを押さえずにはいられない。
「ベッドに不審な点は見当たらない。あるとすれば・・・」
弘也は指で一本の体毛をつまみ上げた。
「ここでも出たか・・・」
「DNA鑑定ができれば同一犯だと断定できるけど・・・。現場の状況から考えるに、可能性は非常に高いだろう」
「葬儀はもう終わられたのですか?」
「いえ、まだです。お墓の場所なんかを決めたりしないといけないので、今は遺体安置所におります」
「遺体安置所か・・・。他のご遺体も念の為に検視しておきたい。行ってみよう」
二人は母親に礼を告げて家を後にした。
「そういえば・・・だけどさ」
「何だよ?」
「こっちの世界に来てから、俺もお前もまともな文章を読んだ事がない。なのにさっきの詩は読めた。何でだ?」
「転移特典、とか?」
「どこのラノベだよ・・・。ん?」
和司は思わず上を見上げた。いや、正確には上ではない。一軒の家の二階だ。そこに気になる物が吊られている。縦に二本、横に二本の線が交差した木製のレリーフが二階の窓に吊られていた。
「あれは・・・ハッシュマーク・・・だよな」
「こっちの世界にもあるんだな・・・あの記号」
「しかし何であんな所にぶら下げられてるんだ?」
「何か意味があるのかもしれないけど、今はご遺体の検視が優先だ」
「分かってる」
確かに最優先すべきは事件の早期解決。しかし、自分達はこの世界の事をほとんど知らないまま捜査している。もし、逮捕という概念がない世界だったら、自分達の存在意義が疑われる。それも後で考えればいい事か。和司は地図を広げた弘也の後を追った。