異世界刑事~刑事達が異世界で事件捜査~ 第7話

第7話 静寂の寝室<3>

和司は瓦礫の残る石畳を進み、古びた屋台の前で足を止めた。店主と思しき中年男が串焼きを動かす手を止めて顔を上げる。

「何だい?兄ちゃん」

「少々お伺いしたい事があるのですが、よろしいでしょうか?」

「手短にな。今忙しいんだ」

「昨夜、この辺で何か変わった事はなかったでしょうか?どんな些細な事でも構いません」

「変わった事ねえ・・・あぁ、昨夜だけどさ、ガラスが割れたんだよ。深夜だってのに風もないのにさ。見てくれよ、あの開きっぱなしの窓」

店主が顎で指す方を見ると確かに二階の窓が割れていた。内側から風にあおられて、カーテンがふわりと揺れている。

「何時頃か覚えてますか?」

「うちは時計持ってないよ。あんな高い物、簡単に買えやしないさ」

時計が高い?こっちの世界では高価な物なのか。文明水準が違うのか?

「ガラスの破片は残ってますか?」

「とっくに捨てちまったよ。全く、迷惑な話だよ」

「じゃあ迷惑ついでにそれ、一つ貰えますか?」

「あいよ、2ゼガだ」

和司が懐から硬貨を取り出そうとした時、背後から声が掛かる。

「もしかして、その風の話・・・お前も調べてるのか?」

振り返ると、あちこちがゆがんだ鎧を着た戦士が一人、後ろには斧を背負った戦士と、杖を携えた女性が控えていた。

「これは個人的な調査なんでね。申し訳ないが、今は俺が話をしているところだ。順番は守ってくれ」

「お前、この街の衛兵とは違うんか?」

「まあ、そんなところだ。詳しく話すのは後だ。今は証言が聞きたい」

三人は顔を見合わせていた。次の瞬間、戦士二人が前へ出ようと足を踏み出す。屋台の店主が思わず一歩後ずさる中、冒険者達は無言で和司を囲んだ。しかし和司は買ったばかりの串焼きを平然と頬張る。

「情報が欲しけりゃ串焼きの一本でも買ってやるんだな。それとも何か?2ゼガも持たない位金回りが悪いのか?」

斧の男が顔をしかめたが、それを制したのはもう一人の戦士だった。表情は変えず、落ち着いた声で告げる。

「・・・お前の考えは分かった・・・だが、もし困る事があったら、俺達《青の三つ星》に声をかけてくれ。俺達はただの金目当ての連中とは違う。この町を守りたいだけだ」

男達は身を翻し、さっさと退散していった。最後にローブの女性だけがちらりと串焼きを見やり、何も言わずに後に続いた。

「串焼き一つで追い返せるなんて、あんた凄いんだな」

「あの手の連中は金にセコい。金目当てじゃないとは言ってたが、本当はどうなんだか」

店主は焼き上がった串を一本和司に向けた。

「何?」

「俺のおごりだ。持ってきな」

二本に増えたな。弘也に別けてあげたいが、渡す頃には冷めてしまってるだろう。すまん、ヒロ。和司は二本目を頬張った。

一方、弘也は裏通りを抜け、小さな庭先で草花に水をやる老婆に声を掛けた。

「すみません。少し、お時間頂けますでしょうか?」

「何かあったのかい?まさかまた空き巣じゃないだろうねぇ」

また空き巣?この辺りはそんなに空き巣が頻発してるのか?頭の中に入れておくか。老婆は警戒心を見せる事なく、笑顔で弘也を庭へと招き入れた。

「この辺りで何か不自然な事はありませんでしたか?特に昨夜。音や光、・・・何でも結構です」

老婆は花壇に注いでいたジョウロの水を止め、しばらく目を細めて考え込んだ。

「そういえばね、夜中に急に風が吹いて屋根が一瞬だけ揺れたのよ。不思議な位一瞬だけ・・・」

「一瞬、ですか?」

「えぇ。音というより・・・何ていうか、空気の揺れみたいな・・・妙な感覚だったわ」

視線を上げたその時、裏門の向こうから陽気な声が響いた。

「おっと、先客ありか?」

現れたのは三人組の冒険者達。ムダに装飾が施された槍を担いだ若い男が先頭に立ち、その後ろに腰に短剣を刺した女、そして痩身の弓使い《アーチャー》が続く。

「俺達もこの辺りのクエストを探っててさ。絶賛情報集め中。何か出てきたか?」

「お前達が何探してるのか知らないが、俺は今、話をしてる最中だ」

「分かってるって。ただ、この辺の安全は守らなきゃだろ?被害が出る前に先に叩きたいってだけさ。それが正義の味方ってもんだ」

「被害ならもう出してるぞ」

弘也は槍使いの足元を指さした。花壇の端に咲いていた小さな黄色い花が無残に踏み潰されている。流石の老婆もこれには眉間にシワが寄る。

「安っぽい正義だな」

「んだとぉ!」

その時、二階の窓が開き、若い娘が顔を出す。

「静かにしてよ!子供が寝てるのよ!」

冒険者達はハッとして顔を見合わせ、槍使いが片手を上げて謝る。

「悪かった。迷惑掛ける気はなかったんだがな」

「正義の味方になりたいなら、それに見合った振る舞いをしてほしいもんだな」

弘也の冷ややかな一言に、短剣の女が「行こ」と小声でうながす。三人は静かに庭から立ち去っていった。槍使いは口を噤み、仲間に目配せして引き下がった。軽々しく正義を語るな。弘也の心の中は怒りでいっぱいだった。

裏通りの角で和司と弘也は一度合流して、すぐに情報共有を始めた。

「そっちはどうだった?」

「屋台の店主の話では、深夜にガラスが割れたそうだ。風もないのに突然。破片は処分済みだったから回収はできなかった」

「こっちは住民の一人が屋根が一瞬揺れたと言っていた。空気の揺れの様な感覚だと」

「途中、冒険者に出くわした」

「俺もだよ。善意のつもりなんだろうが、上っ面だけだな。周囲の住民に気を配る様子が感じられない」

「こっちも似た様なもんだった。話の腰を折られて、串焼き一つで黙らせる羽目になった」

「それはそれで器用だな」

皮肉を混ぜているのか、弘也の口がほころぶ。

「ただ、一つ引っ掛かるんだよな。連中が探しているのが俺達の犯人《ホシ》と同一かどうか」

「確かに。それは知りたいところだな」

とはいえ、どうやってそれを調べる?立ち止まって考える弘也を尻目に和司はさっさと歩いていく。

「おい、どこ行くんだよ?」

「いるじゃないか。クエストに一番詳しい奴が」

あ〜、どこに行くのか見当が付くよ〜。また無茶のゴリ押ししないといいのだけれど。

−−ギルド

ギルドの執務室には分厚い書類の束と、地図が貼られた掲示板が静かに存在感を放っていた。机の奥で腕を組むギルマスは、やや面倒くさそうな顔で和司達を見ている。

「で、収穫はあったんですか?」

「現場周辺をいくつか回ってみた。夜中に風もないのにガラスが割れた、空気が揺れたって証言が複数あった。奇妙すぎる」

ギルマスは一度だけ目を閉じ、溜め息をついた。

「なるほど、確かに奇妙な事が起きてるみたいですね。法政院もこの事態を深刻に受け止める位ですし」

「法政院って?」

ギルマスは「何で知らないんだ?」と言わんばかりの表情で二人を見つめた。

「法政院というのは、検察から拘置所・裁判所を統合した行政組織です。役人・衛兵・捜査官の三つで構成されていて、検察や裁判に従事する役人、犯人の移送や拘置所での警備に当たる衛兵、重大な犯罪・事件等を処理する捜査官が存在して、組織的な犯罪が起きた場合には捜査官と役人が共同で事態の解決に動きます」

「しかしその法政院が直接動かないってのはどういう事だ?事態を深刻に思ってるんだろ?」

「彼等が動くのは街の要人や貴族といった要警護対象者が殺害された時か、組織的な犯罪行為が認められた時のみです。一般住民が死んだ程度では動きません。今回の件もいずれ要警護対象者のうちの誰かが殺害されるのではないか、と考えているからです」

「つまり今はまだ様子見ってわけか」

「ただしこれ以上の被害を事前に防止するという点では考えが一致しています。ある程度の捜査協力はやってもらえるかもしれませんが、今回はあなた達をはじめとした冒険者達でこの事件を収束させてください」

「他の冒険者もこのクエストに関わってるのか?」

ギルマスは「うっかり口を滑らせた」、と思わず口を手で覆った。

「聞き込みの時にガタガタの鎧を着た戦士とやたら豪華な槍を持った奴に出くわした」

「恐らく別に出たクエストを受けたんでしょうね。討伐対象が被ってる可能性もなくはないですが・・・」

「恐らくってあんた知らないの?」

「私はギルドの統括マスターですよ。全てのクエストに目を通してるわけではありません。冒険者のギルドなら下の階です」

ギルマスは下に行けと言わんばかりに指を下にやった。

「でも俺達はあんたが管理してるよな?」

「それは、あなた達が勝手に新しい職業を作ったせいです。ギルドのどの分類にも当てはまらないし、担当を決めるにも空きがない。仕方ないから私が見ているだけです」

「それで?ギルマスはどこまで知ってるんだ?法政院なんて言葉が出たからには、何も知らないわけないよなぁ」

「あ〜〜〜〜」

ギルマスは椅子に持たれて天井を見上げた。口を滑らせた事に全力で後悔している様子が見て取れる。

「確かに、あなた達の他にも同様のクエストが二件発生していますが・・・。何が知りたいんです?」

「その二件のクエストについて、依頼主に会いに行きたい」

「分かりました。記録を確認しますね。フルノ・バッチョ!これとこれの依頼書持ってきて!」

「はっはいっ!」

フルノ・パッチョと呼ばれた職員は慌てて下の階に降りていった。

「今回だけですよ。本来なら依頼書は個人情報に該当しますので、開示なんかしませんからね」

「分かってる。”今回”は”今回”だけだ」

この野郎、クエストのたびにヤリに来るつもりか。ギルマスの心の中で怒りがフツフツと沸き上がった。