異世界刑事~刑事達が異世界で事件捜査~ 第6話
第6話 静寂の寝室<2>
−−イヴラクィック町、被害者宅
イヴラクィック町の被害者宅としか言われなかったが、行ってみればどこが目的地なのか一目で分かった。この辺の住民達が家の周囲を取り囲んでいる。
「ちょっと失礼。通してください」
集まっている住民達をかき分けて家の前まで進み、ドアをノックすると家の主人が出てきた。
「あぁ、あんたらかい?クエスト受けてくれたのは」
「ギルドから連絡を受けて参りました。警視庁捜査一課の前川といいます」
「同じく春日です」
二人は条件反射で警察手帳を見せたのだが、この街では警察の知名度がゼロなのは前回で経験済み、だったか。和司はコホンッと咳払いをした。
「緊急の要件と伺ったのですが、何かありましたか?」
「うちの娘が誰かに殺されたんです」
「殺された?」
唐突に出た言葉に二人の中で思考が止まる。これが110番通報だったら真っ先にいたずらを疑うところだが、まずは主人の言った事が真実かどうか確認する必要はある。
「詳しくお話を伺えますか?まず気付いた時の事から教えてください」
話を聞いてみると、朝方起きてこない娘を呼びに行った母親が死んでいると思ったらしく、ギルドにクエスト依頼を出したらしい。ギルドで殺人といえば自分達、専門だと言ったが為にギルマスを通してクエストが回ってきたというわけだ。主人は深い溜め息をつきながら、二人を二階の部屋へ案内する事にした。部屋に向かう途中、家全体に漂う緊張感が二人に重くのしかかる。
「この部屋です」
ベッドを囲む様に家の人達だろうか?すすり泣きをしながら立っている。ベッドに横たわっているのがこの家の娘らしい。和司がベッドに目を向けた瞬間、胸の奥に冷たい物が走った。
「おい、この子・・・」
弘也も表情を硬くし、声を震わせながら言葉を続けた。
「昨日会ったミーナちゃんじゃないか・・・」
「うちのミーナをご存知で?」
「あぁ、昨日街で偶然会いまして」
二人が目にしたのは、昨日交通事故から救ったばかりの少女、ミーナの姿だった。彼女はまるで眠っているかの様に横たわっている。昨日元気に走っていた少女が今はその身体から生命の温もりを感じさせなかった。交通事故から一つの生命を救ったというのに今、目の前で同じミーナの生命が失われている事に驚きを隠せない。平和だったはずの昨日が遠く感じる。
「一旦落ち着こうか」
家の人達に部屋から出ていってもらって二人は白手をはめると被害者、ミーナの側に立って両手を合わせた。目を静かに閉じて両手を合わせる事で一度気持ちを落ち着かせる。
「足痕《げそこん》の採取は難しそうだな」
「こうも踏み荒らされてるんじゃな・・・。機材もないし」
二人はまず遺体の周辺に不自然な点がないか探し始めた和司と弘也は床に顔を寄せながら何か落ちていないか探していく。それが終わってから変死体の確認に移る。
「ご遺体の腰部左右側に何か付着しているな・・・何だこれ、繊維片?」
弘也はベッドに付着しているいくつかの繊維片を拾い上げてチャック付きのポリ袋に入れた。それをスマホのルーペアプリで様々な方向から観察してみる。
「体毛?人間の体毛には見えないな。しかしこれが遺体の左右に付着しているところを見るに、犯人《ホシ》は馬乗りになって殺害に及んだ様に見える」
「馬乗りになって殺害した?どんな殺害方法だよ?」
「そりゃこっちが聞きたいよ」
「ヒロ、検視はできるか?」
「専門じゃないから細かい事は無理だけど、やってみよう」
「すみません、お嬢さんのご遺体に触れて構いませんか?ご遺体から何か手掛かりが見付からないか調べたいんです」
「どうして・・・、どうしてこの子がこんな目に・・・」
家主の声はかすれていたが、うなずきと共に了承が示された。弘也はスマホの方位計アプリを出した。
「遺体は完全な仰臥位。頭部から足先まで真っ直ぐに伸びており、左右への傾きも見られない。頭部の向きは南東で、ベッド自体の配置とも一致している。体幹との傾きは約8度。睡眠中に何らかの異変が起きた可能性が高い。着衣に乱れはなく、室内にも争った形跡は見当たらない。
目立つ外傷は左側の頸部。頸動脈付近に約3ミリ径の穿刺創が二つ認められる。創縁は鋭利で、深さは15〜20ミリ程度。形状から見て、凶器は細身の錐状器物と推定される。二つの創の中心間距離は43ミリ。刺入角度や皮膚の張力を考慮しても、動物の咬傷との一致性が高い。
現時点で生体反応の有無要するが、刺創は致命傷であり、死後ではなく生前に受けた物と判断される」
」
「咬傷・・・咬傷ねぇ」
二人はしゃがんで被害者の首元をよく観察してスマホで咬傷を撮影した。弘也は遺体を触ってみたり身体のあちこちを観察したりしていた。
「死後硬直は下肢にまで及ぶ。ご遺体をひっくり返すぞ、手伝ってくれ」
二人はミーナの遺体の両方と両足を持ってベッドの上でうつ伏せに返した。弘也は裏返した遺体の背中の方を見ていく。
「おかしいな。死斑が出ていない。死後硬直の進行状況から見て、少なくとも死後10時間前後は経過しているはずだ。普通なら重力で血液の沈下が起きて背面に紫紅色の死斑が現れるはずだ。それが、全く見られない」
和司も背部に手を当てながら、皮膚温や色調を確認する。確かに何をやっても変色しない。
「死斑が現れていないという事は・・・血液が沈下していない、あるいは死後すぐに何らかの要因で変質・消失した?」
「可能性としては血液が急速に喪失した為、沈下すべき血液その物がほとんど残っていなかったという推測もできる」
弘也はあらためて背部に外傷や皮膚の異常を探すが、特に目立つ損傷は見付からない。
「他に着衣の乱れや外傷は認められず。致命傷はやはり左頸部の二か所の刺創。深さ、位置、出血量から判断しても、これは明らかに他殺だ」
「じゃあ死因は出血性ショックによる失血死か?」
「そうなるな」
和司はベッドの上から周辺を見回した。
「しかし、それならかなりの量の血液が身体から出た事になるよな。頸動脈ならなおさらだ。それなのに血痕がどこにも見当たらないってどういう事だ?」
外に出た二人はミーナの部屋の場所を確認しに庭に回った。庭には手入れされた低木と踏み石の通路があり、その奥に見上げる様な二階建ての構造がある。窓は全て出窓で窓の下から半分位の高さまで柵が設けられている。各階の窓と窓の間には等間隔で仕切りが区切られた柱がある。
「この建物の高さといい、壁の形状といい、ボルタリング経験者なら登れそうな構造してるな」e
「普通の人間じゃ無理でも、飛行できる魔法か何かを使えば話は別だけど」
弘也は腕を組みながら、屋根の軒下と窓の上部を見比べる。
「犯人《ホシ》は空・壁面から現れた・・・。あるいは内部関係者。選択肢が多すぎるな。だが、いずれにせよ誰かが不審な行動を取ってミーナちゃんを狙った可能性が高い」
「周辺住民に聞き込み入れてみよう。目撃者が出てくるといいんだけど」
「俺は通りに面した側を回る。お前は裏手の家を頼む」
「了解。何かあったら連絡する」
二人は足早に別れて、それぞれ近隣住民への聞き込みを開始した。