牙を授かりし者たちの詩:イワンの亡霊編 第1章

【プロローグ】

この世界には、戦いしか知らない“詩人”がいる。

殺しの技術、タバコの匂い、硝煙の熱──

すべてをその胸に宿して、それでも彼らは生きる。

牙を授かった者たちが綴る、孤独と決意のバラード。

牙を授かりし者たちの詩─因縁の亡霊に鎮魂の銃弾を─

【イワンの亡霊編】

──

【第1章】過去からの亡霊

ドバイ市郊外・廃墟ビル地下にある“闇の倉庫”

男が静かに歩み寄る。
スキンヘッド、無表情。
左目の赤い義眼がゆっくりと動いた。

巨漢の黒人傭兵が振り返る。

「……ああ、お前か」

男は答えない。ただ、手を出す。

「相変わらずだな、白狼(ベーリィ・ヴォルク)」

やれやれというジェスチャーを交えながら黒人傭兵がコンテナを開けると、
中には……

– 都市環境対応型爆薬(携帯可能・高威力)
– 多目的タイマー式起爆装置(EMP対応)
– 遠隔トリガー(義体内に接続可)
– ナノセラミック製運搬ケース(空港X線非検知)

そして──

H&K USP Compactが一丁。
そのUSPには刻印がある……

【KAMISHIRO CUSTOM】

「これでいいか?いつものBombは分かるが、お前にしちゃずいぶん
可愛らしい得物だな。
言う通りやっといたが、この刻印はなんなんだ?」

男は傭兵には目もくれず

「……Молодец」

一言だけ告げるとすぐさま踵を返した。

傭兵は再び、やれやれのジェスチャーで男の背中を見送った。

──

バンコク・中華街裏通りの老舗理髪店

店主の老人が、揉み手をしながら男を出迎える。
そして、醜悪な微笑みを浮かべながら話し始めた。

「ヤポーニヤ、ですか……また面倒な国へ」

「……貴様にとっては、ただの紙切れだろう」

老人は机の引き出しから数枚のパスポートを取り出す。
男は1枚を選ぶ。顔写真は、少しだけ若返っている。

店主は恭しく民間旅券を手渡しながら尋ねる。

「キリル・ヴィチ、41歳、観光目的──これでよろしいか?」

「……俺に歳は関係ない」

パスポートを握る手に、傷痕が浮かぶ。
中をさっと確認すると男はすぐに立ち去る。

「またのご来店をお待ちしてます……」

店主は薄気味悪い愛想笑いで男を見送った。

──

関西国際空港

午前9時20分──
バンコク発の航空機が薄曇りの関空へ時間通りに着陸した。

やがて、ざわつく観光客の群れに紛れ、その機に搭乗していた巨大な男が
国際線ロビーを悠然と歩いている。

『入国審査通過──身体障害者対応、確認済み』

入国時の職業申告は“身体障害を持つ外国人作家”だった。

着ていたのは春物のスーツとスプリングコートだけ。
男はスーツケースを引くフリをしながら、その中に分解された義腕とUSPとナイフ、
そして「赤い雪の記憶」を詰め込んでいた。

ロビーの天井に設置された監視カメラに一瞥をくれる。

しかし──

その巨体はカメラには映っていない。

ガラス越しに、搭乗していた航空機が滑走路を離れようとしている。
それを一瞥した男は無表情のまま、ゆっくりと左義眼の表示を切り替えた。

ドォォォォォン!!!!!──

関空の滑走路に、巨大な爆発が轟く。
炎と黒煙が吹き上がる中、警報音と悲鳴が混ざり合う。
空港が騒然となるなか、男は一瞬口角が上がったが、すぐさま無表情に戻る。
スーツケースを引き、一切振り返らず出口へと向かう。

背後で炎上する機体が、無表情とは正反対の男の内面を映し出すように
背中を朱色に染めていた。

──

公務特任第4課・ブリーフィングルーム

その頃……

優斗・佳央莉・夜桜の4課メンバーはテレビ速報の中継を観ていた。

佳央莉は長官補佐の仕事も増え、なにかあればすぐ会議に駆り出される。
ちなみに……未だに真壁騒動の査問中だ。

「ひどいことするわね……無差別テロかしら」

速報第一報のため、詳細が分からない優斗は何となくテレビを観ている
ように見えるが──

右目の義眼ユニットで、モニター越しに異常個所がないかをチェックしている。

「テロなら俺たちの出番かもしれないですね」

優斗と佳央莉にコーヒー、そして自分用の天然水を持ってきた夜桜は
テーブルにトレーごと置いた後、

『よいしょ、っと。』

優斗のとなりのソファに、ちょこんと座る。

『でも、ここって関空ですよね。どうやって行くんですか?
飛行機はしばらく使えないし……』

大惨事になった関空の様子をテレビで観ていた3人だったが、
優斗のプライベート用スマホが不意に鳴った。
未登録の番号だったが、一応出てみる。

「……はい、神代です」

「……Привіт、神代。久しぶりだな」

ウクライナ訛りの英語の声に、優斗の表情が凍り付く。

「!?……貴様、生きていたのか……」

「元気そうで何よりだ。日本到着の合図は受け取ってくれたかね」

「どういう事だ……」

「なに、ちょっとした花火を打ち上げてみたんだが……なかなか美しかったぞ」

「まさか……貴様が!」

「神代、思い出すなぁ……あの雪の日を。
あの赤い雪は私の頭から消える事はない」

「……復讐に来たのか、セルゲイ……!」

「今、この国は桜の季節らしいな。
美しい雪を、貴様は私の愛する弟の血で赤く染めてくれたが……
今度は桜の美しい花弁を、貴様の血で赤く染め上げる番だ。よく覚えておけ」

「セルゲイ!今どこにいるんだ!」

「まあ、このまま貴様を始末したのでは弟の手向けには少し寂しい。
貴様を始末する前に盛大な花火で弟を送ってやるつもりだ」

「待て!何をする気だ!」

「次の花火を楽しみにしててくれ。そして、花火の仕掛人は神代……
貴様という事になる。楽しみに待ってろ」

「何を言っている!おい!今どこだ!」

電話はすでに切れていた。

電話の様子を見ていた夜桜と佳央莉は心配そうに優斗に尋ねる。

『優斗さん……どうしたんですか?』

「なんか、ただ事じゃない雰囲気だったけど……何かあったの?」

優斗はスマホを握りしめ、テレビに映る爆破された飛行機を見つめていた。
その目には怒りの炎が渦巻いている。

「因縁のあった男が……亡霊になって……過去から復讐のために……
この国へ来たんです……!」

第1章 完