異世界刑事~刑事達が異世界で事件捜査~ 第18話
第18話 旅エルフの災難<4>
−−弘也・ナスティア班
弘也に引っ張り回されたナスティアは大汗をかいていた。弘也は仕方なく日が当たらない、家と家の間にある涼し気な道を選んで歩いていく。舗装されていない砂利道は足が沈んで歩きにくいのが困る。
「ふぇ〜、やっと終わった〜。ねぇ、これ毎回やってるの〜?」
「そうだよ。刑事は足で稼ぐんだ」
「歩くだけでお金が稼げるなら楽よねぇ〜」
「そういう意味じゃない・・・。ん?!」
一瞬だが屋根の上で何かが光を反射した。弘也は瞬時に判断した。
「危ない!」
上から投擲ナイフが何本も飛び込んでくる。弘也はナスティアを突き飛ばして自分も覆いかぶさる様に飛び込んだ。その後も数本飛んできたが、あきらめたのか、弾切れなのか、それ以上の攻撃は来なくなった。
「行ったか・・・」
「あなた誰かに狙われてるの?!」
「狙われたのは君だ!」
弘也は突き飛ばして倒れたナスティアの手を引っ張って立ち上がらせた。
「これもあの男の仕業?姿を消していたのはこの為?」
「違うだろうな。屋根まで登る様な力はなさそうだし、投擲ナイフを正確に投げられるとも思えない。心当たりは?」
「ないわよ。そんな事やった覚えがないし」
屋根の上から落ちた投擲ナイフのが地面に突き刺さったまま銀色に光っている。弘也は膝をついて横から一周、撮影しながら見回した。
「素人の仕業じゃないな・・・」
溜め息をつきながら弘也は地面に刺さった投擲ナイフをハンカチ越しに慎重に抜いて回った。
「さて・・・」
弘也は周囲を見回した。周りはゴミの山。焚き火で燃えた炭、紙切れ、ランプの油、鉄くず、蝋燭、火打ち石。あらゆる物が雑に置かれている。
「これは何だ?」
隙間から湯気が出ているバケツを開けると、半透明に揺れる粘りある液体が入っていた。指先を入れてみると糸を引く様に伸び、甘く獣の匂いが鼻を突いた。桶の縁には乾いた殻と湿った痕跡が混在している。
「にかわか・・・」
まず弘也はゴミの中から炭を手に取って鉄くずにこすり始めた。
「何やってるの?」
「炭を粉にしてこの投擲ナイフに付着した指紋を採取するのさ」
「シモン?」
弘也は親指を見せた。
「ここに渦巻きの文様があるだろ。この形状と同じ物を持っている人物はいない。つまり、他の場面で似た様な目にあっても同一犯かどうかが分かる」
「また同じ目に合うっての?」
「それはまだ分からないけどな」
弘也はある程度溜まった粉を投擲ナイフの持ち手に振りかけて、余分な粉をそっと掃き取った。
「本当だ。模様みたいなのが出てきた」
「問題はどうやってこれを保存するのか、だけど」
弘也は紙切れとにかわが入ったバケツを持ってきた。
「え?それ使うの?嘘でしょ」
弘也は紙切れににかわを垂らしてまんべんなく塗り広げた。
「こうすれば転写はできるはずだが」
投擲ナイフの持ち手全体を包む様に紙を当て、絶妙な指加減で紙の上をなぞった。さて、うまくいくかどうか。弘也は紙を広げた。そこには炭で形作られた指紋がきれいに写っていた。
「成功だな」
にかわは乾けば透明な膜になる。蝋で固着させれば、模様はそのまま保存できる。火打ち石で火を起こして蝋燭の炎を近付ける。とろりと垂れた蝋がにかわに転写された指紋の上を琥珀色の光で覆った。黒い渦模様はその下でくっきりと閉じ込められている。
「ストーカーとは別に何らかの脅威が迫っているのは確かだ。急いでフォンストリートに戻ろう。カズと作戦を立て直さないと」
弘也は採取した指紋と投擲ナイフを全部ハンカチで包んで回収した。
「うん・・・帰りは目立たない道通ろうよ」
「いや、こういう時は人混みに紛れるのが一番だ。誰もいない様な所は逆に襲われやすい」
まずは和司と情報共有するのが先だ。二人は人混みに紛れて街の中心へ向かった。
−−和司:フォンストリート酒場・フォンストリート
依頼人、マヤ・ドミナーによると被害者は昨夜、森の方に行くと証言していた。しかし、着用していた靴の裏にはそれらしき痕跡がなかった。いや、森の土が自分達の世界の物と同一だと思い込んでるだけかもしれない。とはいえ、現場周辺の砂と同一の物が付着していたのかどうかを鑑定しようにも機材がない。犯人《ホシ》の身体的特徴はおろか、どう揉み合ったのかも分からない。この世界で捜査するのは容易ではないな。昔の刑事達もこんな捜査をしてきたのだろうか。
ファオンストリートに戻ってみると、相変わらず満席の状態が続いている。クエストから戻ってきたわりには体力が有り余っている様だ。弘也はまだ戻ってないか。厨房ではメグが鍋を振り、カウンターではアルバートが客に酒を注いでいる。それなのに、自分だけ店内の喧騒の外に立っている様な気がした。カウンターに座って、マヤから受け取った地図を広げてそれを眺めていた。
「お隣、いいかしら?」
他に座る席がないのか、ローブ姿の人物が相席を求めてきた。
「満席だしな。どうぞ」
ローブ姿の人物がフードを取ると褐色の肌に尖った耳。女性のエルフの姿が現れた。彼女はアルバートにワインを注文して隣に座った。
「私はマーチン・ブランドル。あなたは?」
「前川和司って名前なんだけど、珍しいかな?」
「そうね。この辺じゃ聞かない名前ね。でも私、あなたの事を知ってるわよ」
「え?」
「ヴァンパイア捕まえたの、あなたでしょ」
「知ってるの?」
「新聞に載ってたからね」
はて、と和司は考えた。確かに”警察を名乗る二人組”とは書かれていたが、それが誰なのかまでは書かれていない。現に、ほとんどの住民はその事で話し掛けてこない。
「はい、お待ちどう」
アルバートはカウンター越しにワイングラスを置いた。
「昼から呑むのか?」
「周りを見てみて。皆酒盛りしてるでしょ。呑んでないのあなただけよ」
マーチンはクスリと笑った。
「今度は何を捕まえるの?」
マーチンの視線が一瞬、和司の手元の地図に落ちた。その仕草に気付いた和司は、さりげなく地図を畳む。
「仕事の話はできないな。情報を漏らすわけにはいかない」
「真面目なのね。でも、そういうの嫌いじゃないわ」
マーチンは目を細めながらもう一度笑顔を見せた。女性の笑顔はいつ見ても飽きないな。と、頬杖を付いて眺めていた。
