異世界刑事~刑事達が異世界で事件捜査~ 第15話
第15話 旅エルフの災難<1>
−−夜、小道月明かりに沈む路地で、二人の人物・・・男と女がもみ合っていた。
「何で俺を襲うんだよ?!」
「気に入らないからさ。理由はそれで十分だろ」
淡々と告げると、女は短剣を振り上げた。男はその手を必死に掴んで抵抗する。
「往生際の悪い奴だね」
女は空いている手で相手の顔を打ち据える。
鈍い音が響き、男の身体がのけぞった。
握力が途切れた瞬間、鋭い刃が迷いなく胸を貫いた。
「ぐっ・・・」
呻き声を最後に、男は地面へと崩れ落ちる。女はただ無表情で倒れた男を見下ろしていた。
−−翌朝、酒場・フォンストリート
先のイヴラクィック町での事件から三日が経過した。ここ最近、事件は起きていない。それが一番いい事なのは確かではある。ただし、公務員の時の様に自動的に給料がもらえないのが悩みだが。二人は酒場で朝食を取っていた。店内は客で溢れ、活気に満ちている。
「今日はえらく人が多いな」
「クエストから帰ってきた冒険者達が重なったからじゃないか」
弘也はふとスープを飲んでいた手を止めた。
「なぁカズ。こっちの世界に来てもう1週間になるよな」
「今のところ戻る手がかりはなし、か」
「何か出たらすぐ知らせる様にギルマスには頼んじゃいるが、それらしき連絡もないしな・・・」
「なぁ、そろそろ和食食いたくないか?」
「味噌汁・・・」
「サバの塩焼き・・・」
「もろきゅう」
食が進まない二人に業を煮やしたメグはお玉でフライパンをガンガン叩きながら迫り寄ってきた。
「何だい何だい。二人共このメグ様の料理が食えねぇってのかい?」
「そういうわけじゃないんだ。メグの料理は確かに美味いよ。美味いんだけど・・・」
「和食・・・いや、地元の料理が食いたくなったっていうか・・・」
「ふぅん、郷土料理ってやつか。いいね、レシピ教えてよ。作ってみるからさ」
「ヒロ・・・お前味噌の作り方知ってるか?」
「いや、カズこそ醤油の作り方知ってるか?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「「ダメだぁ〜」」
二人は椅子の背に身体を投げ打った。ふと酒場の入口の方を見ると、この場には似つかわしくない金の刺繍に白いローブを着た人物が入ってきた。
「あれ?お客さんかな?いらっしゃい」
その人物はフードを取ることなく奥のカウンターにいるアルバートに話をしにいく。珍しい格好をした人物に三人の関心が引き寄せられる。
「何だろな?旅人にしては派手な格好してるが」
「巡礼か何かじゃないか?」
「私が知り得る限り、あんなローブ着る宗教なんてこの辺にないよ」
話を交わしている内に何やらこっちを指差したらしい。三人がひそひそと話していると、アルバートが視線をこちらに向ける。その手が軽く示すと、白いローブの人物が迷いなく歩み寄ってきた。
「けーさつってのはあなた達?」
「あぁ、そうだけど?」
返事をすると白いローブの人物はフードを取った。瞬間、和司と弘也は”おぉ”と感嘆の声を上げた。美しく整いすぎた顔立ち。尖った耳。絹糸のように輝く長い金髪は肩をすべり、わずかに花の匂いが漂う。豊かな胸元と引き締まった腰、すらりと伸びた脚線。完璧に近い肢体。間違いない、女性のエルフだ。この街にエルフはいるが、ここまで間近で、しかも圧倒的な存在感を放つ者を見るのは初めてだった。
「私はナスティア・バートニック」
「前川和司と」
「春日弘也です。我々に何か?」
ナスティアは神妙な面持ちで二人に話しかけた。何やら訳アリらしい。二人は話を聞く為に彼女を席に座らせた。
「酒場の外にいるあの男、見える?」
ナスティアは見えない様に酒場の外の路地裏に隠れている男を指差した。二人も気付かれない様に外を見ると、彼女が指摘しなければ気付かない様な存在感の薄い男がそこにいた。
「何かひょろっとした弱そうな男だな」
「あの男が何かしたのか?」
「いや、まだ何も。だけど二つ前の街からずっと私を付けてきてるのよ」
「「ストーカーだ」」
二人は同時に答えた。ナスティアはまるで気味の悪い物を触ったかの様な表情で身震いしている。
「だけどあんな体格なら女性でも倒せそうだ。ぶっとばせばいいじゃん」
「冗談でしょ。気持ち悪くて近寄りたくないのに」
ナスティアがキッと睨むと、和司は手を挙げて降参のジェスチャーをする。
「しかしそれならギルドでクエスト出すなり方法はいくらでもあるだろ。何で警察だと知って俺達に話を持ってきたんだよ?」
「クエストなら出したよ。けど、あいつをどうこうするのは面白くないって誰も受けなかったのよ」
「面白くないって報酬が少なかったとか?」
「報酬は多めに出したつもりよ。1,500ゼガ」
「「1,500ゼガ?!」」
前回のヴァンパイア退治の時の報酬が800ゼガ。それに比べれば破格の報酬と言っていい。一見、断る理由がなさそうに見えるが。
「困ったからギルドマスターに相談したら、”あの二人なら何とかするでしょ。女絡みの仕事には慣れてるし”って」
最初のペンダント盗難の件といい、ヴァンパイアの件といい、年齢にバラツキこそあるが、女絡みなのは確かだ。そこは否定できない。納得はできないが。
「カズ、ちょっといいか?」
弘也は丸テーブルから壁の方に和司を呼んだ。
「何だよ?」
「彼女の事、どう思う?」
「胸は大きいし、ケツも小振りながらいい形をしている。あれで可愛げの一つでもあれば言う事なしなんだけどな」
「・・・お前何の話してんだ?俺はストーカーの話をするのに呼んだんだけど」
「あぁ、そっちか。俺達の世界ならストーカー規制法でどうにかできるが、こっちの世界じゃどうかな。怪しいもんだ」
「街の外に追放するなり、遠くに飛ばすなりしないとダメだな」
「どうしたいかについては彼女に決めてもらおう。逮捕した後でも遅くないしな」
「だな」
リリリリリリンッ
その時、和司の話し貝が虹色の光を放ちながら音を立てた。自分に連絡してくる人物なんか一人しかいない。和司は貝を押した。
『お二人共、エルフのナスティアさんとは会えましたか?』
「会ったけど」
『実は先程クリエスタ町の方で別のクエストが発生したんですよ。こっちも何とかしてもらえますか?』
「エルフの警護をしながら別のクエストをするのか?」
『あ〜、そこは何とかしてください。殺人関連は専門なんでしょ。私の目の前で大見栄を切った事、忘れてませんからね』
「他の冒険者達の動きは?」
『今回は法政院絡みじゃないので、私は把握してません。じゃ、よろしく』
会話は一方的に切られた。
「どうする?」
「ナスティアの警護をしながら捜査するしかないだろうな。まぁ俺達が付いている限り、あの男も下手に手出しはできないだろう」
「じゃあ行くか」
二人はナスティアが待つテーブルに戻った。
「誰かと話してたみたいだけど、何かあったの?」
「用ができたから出かける。しかし俺達は君の警護も同時に行う。なので俺達に付いてきてもらう」
「ちょっ!一方的すぎるじゃないの!依頼主は私なのよ!」
「だがどう警護するか、方針はこっちが決める。いいな?」
ナスティアは”う〜分かったわよ”と不満げに席を立った。