異世界刑事~刑事達が異世界で事件捜査~ 第12話

第12話 静寂の寝室<8>

−−翌朝、イヴラクィック町、南西

丘を一つ回り込むと、風の帯が急に広がった。家並みが切れ、黒い庭園と高い生垣、その奥に一つの邸が見えてきた。窓はほとんど鎧戸で塞がれている。

「嫌な静けさだな」

二人のネクタイが風にあおられて激しく宙を舞う。

「ここは風が強いな。犯人《ホシ》が滑って来るには絶好の場所だ」

歩みを進めていくと一つの古い館にたどり着いた。

館の壁一面には蔦や曲がりくねった木の枝で覆われており、言われてみないとそれが建物だと認識できない。生垣の切れ目から覗く土は乾き、昨夜の露が拭われた様な弧を描いている。

和司はネクタイを押さえ、庭の周囲を一周してみた。所々の角、雨樋、漆喰の割れ目。至る所に爪の浅い擦り痕。

「人の気配はなさそうだが・・・一応入ってみるか」

和司がドアノッカーを叩くと、すぐに中から人が出てきた。

「ここに住んでおりますハーバート・ウォルストンです」

「警視庁捜査一課の前川といいます」

「同じく春日です」

二人は反射的に警察手帳を見せたが、主人のハーバートはそれに顔を近付けてじっと見入った。

「けーさつ?」

「あぁ、この街の治安を維持する者と思ってください」

「治安を・・・ですか。それがうちとどんな関係が?」

「数日前からこの一帯で発生した件で、お尋ねしたい事がありまして。少しお時間をいただけますか?」

「分かりました。立ち話もなんです。中へどうぞ」

ハーバートはひとまず二人を中に通した。カビ臭く湿った空気が辺りを漂う。廊下には蝋燭一本置かれてなく、薄暗い空間が続く。二人は案内されたのは居間だった。対面に置かれたソファに二人は腰掛けた。

「先程の治安の話の続きを聞かせてください。うちがどう関係してるのでしょうか?治安を乱した覚えはありませんが」

和司と弘也は顔を見合わせてどう説明すべきか考えた。

「実はイブラクウィック町で発生した連続不審死事件で周辺に注意を呼びかけているところです。それと、昨夜犯行に及んだと思われる巨大なコウモリがこちらの方角に向かって飛び去ったのを確認しました。今日はその件で目撃していないかお話を聞きに来たんです」

「昨夜・・・ですか。私は何も見てませんね。何せ出かけていたのですから」

「深夜にお出かけ?ちなみにどちらに?」

「私は夜の星を観察してるんですよ」

「職業は天文学者なんですか?」

「そこまで本格的な物ではありませんが」

差し支えなければ、ここを何時頃出られましたか?」

「出たのは・・・そうですね、22時過ぎ、戻りは明け方前。場所は南の丘です」

「南の丘は畑地が続いていた様に見えました。灯りは?」

「持ちません。暗順応が肝心ですので」

「では足元は?」

「慣れていますから」

「観測記録は付けておられますか。星図に印を入れるとか、日付と天候の控え等」

「特には。眺めるのが好きなだけで」

弘也は部屋を見渡した。暗順応。確かに言われてみれば室内には灯りの一つもない。少し試してみるか。弘也が立ち上がってカーテンを開けると、それを見たハーバートは思わず身構えた。

「何なんですかあなたは!人の家のカーテンを勝手に開けるとは!」

「勝手に触った事についてはお詫びします」

弘也はすぐカーテンを戻し、頭を下げた。だがハーバートの怒気は引かない。肩がわずかに上下している。

「これ以上話す事はない!帰れ!」

「すみません、失礼します」

激昂したハーバートをこれ以上刺激しない為に二人はそそくさと邸の外に出て街に戻る事にした。歩きながら二人はハーバートについて話を進める。

「なぁヒロ、カーテンを開けたのには何か理由があるんだろ?」

「ヴァンパイアの弱点は太陽に弱い事なんだ。だから試しにカーテンを開けて様子を確かめてみた」

それで何の関連性もない行動を起こしたのか、と和司は納得した。

「あの慌て様を見るに、限りなくクロに近いな。館の中に灯りの一つもなかったし」

和司はふと、足を止めた。

「ヴァンパイアってのはどうやったらなれるんだ?遺伝的な物か?体質か?」

「何らかの秘術で儀式を行う、かな。自発的になるケースが多いけど」

「メリットはあるのか?」

「不死の存在になれる。デメリットはさっき説明した通り太陽に弱くなる事だ。だから昼間はヴァンパイアとしての活動はできない」

「太陽に弱くなるって事は日中は家の外に出られない。引きこもりって奴か」

「あの男がヴァンパイアと同一人物である事が証明できれば逮捕できる」

「体毛をDNA鑑定したいが機材がないんじゃどうにもならないな。他の方法で同一人物だと証明させないと」

「ひとまず畑の方を見に行ってみよう。何か分かるかもしれない」

二人は急いで南の丘と邸の外周確認へ向かった。