異世界刑事~刑事達が異世界で事件捜査~ 第11話

第11話 静寂の寝室<7>

−−深夜

打ち合わせ通り和司は高台に登っていた。その近くで弘也はスタンバっている。

『こっちは高台に登ったぞ。そっちはどうだ?』

『こっちも通り三つ分は移動できる地点にいる。いつでもいいぞ、カズ』

スリングショットを持った弘也はいつでも走れる様に構えていた。雲が切れ、月がのぼり、屋根の列が白く光る。影は光で濃くなり、屋根から屋根へと走った。その姿は鳥というより布の落下だ。

『来たぞヒロ。西の方角。デカいコウモリだ。次の通りに出る』

『了解。そっちに回る』

弘也は腰に革の袋を提げ、即席のスリングショットを構えた。中身は事前に用意していた銀の弾。再生に時間が掛かる銀を命中させて撤退させる。それが今回の目的だ。

だが、黒い影は屋根の陰影に紛れ、すぐに見失いそうになる。煙突やひさしが視界を裂き、どこへ消えたのか分からなくなった。

『カズ、位置をもう一度!』

『南西から東へ、三軒分飛んだ。そろそろ高度を下げるはずだ!』

弘也は息を止めて視線を走らせる。屋根の稜線を影が動き、月明かりがその外縁をかすかに縁取った。かすかにコウモリらしき影が弘也の足元に落ちた。

『見付けたぞ!』

弘也は狙いを付けて弾を放ったが、弾はコウモリの真下で緩い軌道を描いて地面に落ちた。

『ダメだ!弾が届かない!』

『奴は必ず二階に降りる。その高さなら届くはずだ』

『それってかなりギリギリの位置じゃないか?』

『だが、それしか手がない。俺が確実にナビする。そこを狙え』

『了解。お前を信じる』

しかし通りの先で、松明の光と共に金属音が飛び込んできだ。冒険者達だ。火矢を放ち、火炎魔法を打ち出す。しかし、どれも決め手に欠ける。

「どけどけ!」

「ちょっ!お前達こそどけ!」

「人のクエスト横取りしてんじゃねぇよ!」

空へと放たれる炎は高台にいた和司からも見えた。その頃には町のあちこちで怒号が響き、完全な乱戦状態になっていた。誰が味方で誰が敵か、もはや判別すら付かない。

『何だ?!何が起きている?!ヒロ、状況を知らせ!』

『冒険者達だ!進路を塞いでる!』

『こんな時に!』

ランタンの光が散り、コウモリの陰影がぐしゃぐしゃに崩れていく。弘也は必死に視線を上げるが、明滅する光に目が惑わされ、輪郭を見失った。弘也は全然見えないヴァンパイアの姿に内心焦りを感じ始めた。

『マズい!コウモリの姿が消えた!』

黒い影は光の乱れに紛れ、二階家の窓枠へと音もなく中へ滑り込んでいた。

『何だと?!』

家の中に侵入したか。被害者が出る前に取り押さえられるか。弘也は走るスピードをさらに上げる。

『ダメだ!逃げられた!!』

「くそっ!!」

結局、ヴァンパイアを取り逃がしてしまった訳だが、南東へと飛び去っていくコウモリを和司は見逃さなかった。

「街の外れまで飛んでいった?あっちの方向に何があるんだ?」

『俺はこのままヴァンパイアが取り付いた家に行って被害を確認する』

『分かった。俺もそっちに行く』

当該の家に事情を説明して子供の部屋に入れてもらうと、ベッドに横たわったままぐったりしている娘の姿があった。まず両親が取り乱さない様に部屋の中には入れさせずにランタンの灯りで遺体の検視を始めた。
「間に合わなかった・・・」

「この二つの創の中心間距離は43ミリ。刺入角度や皮膚の張力を考えてもこれまでと同一犯の可能性が高い。他殺で間違いないだろう」
検視を終え、廊下で待つ両親に亡くなった旨を告げると、その場に泣き崩れる声が響いた。

「まさか・・・うちのメアリーが・・・」

母親の声はそこで途切れ、父親と共にその場に泣き崩れた。残されたのは、白布の上に横たわる少女の姿のみ。

「子供ばかり狙いやがって」

和司は唇を噛んだ。

外では、冒険者達が大声で言い争い、住民達も怯えた顔で戸口から覗いている。松明が揺れ、通りには恐怖と混乱のざわめきが広がっていた。
やがて、騒ぎは少しずつ遠のき、通りを覆う音も、しんと落ち着いていく。残ったのは、夜風と、すすり泣きの声だけだった。

「メアリーちゃん殺されちゃったの?」

「ダメよリリー!起きてきちゃ!早くおうちに戻って!」

「この子は?」

「うちの娘です。メアリーちゃんとは幼馴染で・・・」

「この子、何歳ですか?」

「メアリーちゃんと同じ、14歳です」

隣に住んでいて年齢も同じ。なのに、なぜリリーではなくメアリーが狙われた?違いは何だ?

和司は夜空を見上げた。その時、リリーの家の窓辺に気になる物が吊るされている事に気付いた。

「ハッシュマークがここにも・・・」

「カズ、これからどうする?」

「恐らく今夜はもう現れないだろう。宿に戻って仕切り直す」

二人は最後にもう一度、白布に覆われたメアリーへ黙礼し、通りを後にした。

−−翌朝、ギルド

「他の冒険者達を止めろ?」

突然の申し出にギルマスは目をパチクリさせた。

「あいつ等捜査の邪魔なんだよ」

「そんな事私に言われても困りますよ。依頼者がクエストを出して、それを彼等が引き受けた。ギルドとしては正式な契約を結んだ形になりますし、他人のクエストの為に契約を解除しろって言ってる様な物でしょ。無理な物は無理です」

「あんたここの統括マスターだろうが」

「えぇ、そうですよ。だからこそ、ギルドの規則は守らないといけないのです」

二人の申し出をギルマスは一蹴した。

「やっぱダメだったか」

「無理な相談ではあったと思うけどな」

「それより気になる事がある。ちょっとこれを見てくれ」

ギルマスの机の上で和司はアカッシスの地図を広げた。

「今回の事件で出現したコウモリ野郎はあの後、南西の方向に向かって飛び去っていった」

和司は事件があった家からヴァンパイアが飛び去っていった方向に向かって線を引いた。

「そこに何かあるんだろうか」

「行って確かめてみよう」

ギルマスは大きく咳払いをした。

「早く出て行ってくださいな。仕事の邪魔です」

「あぁ、すまない」

二人は顔を見合わせて苦笑いした。