異世界刑事~刑事達が異世界で事件捜査~ 第9話
第9話 静寂の寝室<5>
−−遺体安置所
二人は他の二件で殺害された遺体の検視をする為に墓地に隣接された遺体安置所に足を運んだ。
中は岩のブロックで建てられた台の上にグレーの布で覆われた遺体が何列も並んでいる。埋葬される順番を待っている状態だ。室内は遺体の腐敗を押さえる為に氷系の魔法が張られていた。
「えっと・・・」
足首に紐でくくられたタグに書かれている名前を確認しながら該当する遺体を探す。
「これかな?」
ヴァネッサ・ガーサイドと書かれたタグを見付けた二人はその場で手を合わせた。身体を覆ってる布を剥がした。埋葬する時の服装だろうか。シワ一つないキレイな服だ。
「やはりか・・・」
そこには、左右対になった楕円形の皮下出血痕。双点状の刺創が残されていた。
「左頸動脈付近。深度は浅いが、外頸静脈と筋層を貫通しているな。咬傷の形状も俺達が受けたクエストと一致する」
「念の為、死斑も確認したい。せっかく衣服を着せてあげてるのに申し訳ないが・・・」
弘也は遺体の肩を支え、体位を横に向けて、衣服を捲り上げた。
「やっぱりか。死斑の形成なし。血液の重力沈下が起きていない」
「血圧の急激な消失か、血液量その物の減少・・・。あるいは、死後ただちに凍結環境に置かれたなら斑が目立たない事もあるが。それにしても不自然すぎる」
「サンドラ・オブライエンの方も見てみよう」
ヴァネッサのブラウスをキレイに直して、二人はサンドラの遺体を探した。
――酒場・フォンストリート
日が傾き一面を赤く染め上げる頃、奥の席に腰を下ろした和司と弘也は料理に手をつけぬまま、地図と検視メモを並べていた。
「最初の犠牲者、ヴァネッサ・ガーサイド。二人目の犠牲者、サンドラ・オブライエン。そして昨夜被害にあったミーナ・リュミエット。三人共に共通しているのは、左頸動脈付近に咬傷が確認された事、死斑が確認されなかった事だ」
「だが、こちらが掴んでいるのは深夜に何かが飛び去ったという証言だけ。それも曖昧で、影だったとか、音がしたとか、風が揺れたとか。犯人《ホシ》と結び付けるには無理がある」
「いや、予想はできる。頸動脈を狙ったのは失血速度が異常に高いのが理由だ。そしてその血液が現場から一滴たりとも検出できなかった。これは何らかの方法で血液を採取できたからだ」
「つまり・・・?」
「周辺住民の証言、何かが飛び去ったという件、総合的に考えると・・・」
弘也は次の一言を出すべきかどうか迷った。自分達の常識では起こり得ない事。これを言ったら「頭大丈夫か?」と言われかねない事。しかし、言わなければ話が先に進まない。弘也は決意した。
「吸血鬼・・・ヴァンパイアだな」
「・・・なるほど」
「意外だな。驚かないなんて」
「ファンタジーとかホラーとかその手の映画観てれば、おおよその見当は付くさ。そういう世界だろ、ここ」
そういえばこいつ、映画オタクだったっけ。一度部屋に行った時は棚に並んでいるDVDの数に圧倒された事もあった。洋画・邦画・アニメ・ドキュメンタリー、ジャンルを問わず綺麗にアルファベット順に並べられていた。
「恐らく犯人《ホシ》は普段はコウモリの姿で移動したんだろう。そして何らかの方法でマル害の部屋に侵入した。ベッドの上で馬乗りになった時に、はじめて人の形になったと考えられる。ベッドに体毛が付着していたのは変身の際に自然に抜け落ちたんだろうな・・・」
「14〜15歳の血液量は大体3〜4リットル。そのうちの半分を吸ってしまえば死斑は出ない」
「まぁ2リットルのミネラルウォーターなら一気飲みできなくもないが・・・。それより、気になる事がある」
「何だよ?」
「マル害の年齢だよ。ヴァネッサ・ガーサイドは14歳。サンドラ・オブライエンは15歳。ミーナ・リュミエットも14歳。年齢がかたより過ぎてると思わないか?」
ヴァンパイアは見抜けてもそこは見抜けなかったか。弘也は一度咳払いをした。
「ヴァンパイアの狙いは別にある。・・・純潔である事。つまり処女の血だ」
「なるほど、見えてきた。そのヴァンパイアも先日のゴブリン同様、つい最近になって現れた。その証拠に、それより以前に事件が発生していない。そして、そいつはイヴラクィック町近辺に潜伏している」
「そういう事になる」
「当然、今夜四件目の被害が出る可能性は高いが、条件に該当する人物があの町に何人いると思う?とてもじゃないがカバーできないぞ」
「対策を練る必要はあるが、問題は冒険者共だ」
「何もしなくても被害を出しそうだが・・・」
「こっちの邪魔をされるのが一番の問題だ」
「じゃあ先手必勝で行くか?」
「どうやって?」
「ヴァンパイアっていえばニンニクと十字架って相場が決まってるだろ。町中に広めれば退散させられるだろ」
ベタな答えに流石の弘也もガックリと肩を落とした。
「あのなぁ。十字架はキリスト教の聖なる印を意味するんだ。こっちの世界にない宗教が通じるわけないだろ」
「じゃあこっちの世界にある宗教だったらいいんだな?」
「まぁそうだけど・・・」
何かを思い付いた和司は立ち上がると、真っ直ぐにアルバートの所に進んでいった。
「アルバートさん、ちょっといいかな?」
「突然だな、何だい?」
「この国の宗教について知りたいんだ」
安直過ぎるなぁ、と弘也は頭を抱えた。
「宗教か・・・。一番に思い付くのはアムルナム教だね」
「アムルナム教?」
「この国の国教にもなっている宗教さ。信仰心の強い、弱いは人それぞれだけどね」
「アルバートさんも?」
「俺は違うけどね。国教だからって国民に強要されてるってわけでもないし」
「じゃあさ、アムルナム教には神聖な何かってあるの?」
「そこまでは分からないな。気になるなら教会に行ってみるといい」
「と、いうわけだ。ヒロ、教会に行ってみるぞ。何の手がかりもないよりは余程いい」
「しょうがない。行きますか」
二人はジャケットを羽織って外に出た。