異世界刑事~刑事達が異世界で事件捜査~ 第5話

第5話 静寂の寝室<1>

−−大通り

タラグマ山を下りた二人は大通りを歩いてみる事にした。そこでどんな亜人《デミヒューマン》がいるのかをよく観察する事ができたし、露店を見て回る事で現実世界とのギャップを体験する事ができた。

「海外の露店でも見て回ってるみたいだな」

和司は周囲を見渡しながら物珍しそうに歩いている。亜人《デミヒューマン》達をジロジロ見ているせいか彼等にかなりの頻度で睨まれる。絡まれそうになるんじゃないかと弘也はヒヤヒヤしながら見ていた。

通りを行き交う住民達に混じって大抵が魔法の杖か、それらしき広つばのキャペリン帽を被っている人物がそこら中を歩いている。魔法都市だった頃の名残なのか、この街には多くの魔法使いが集まって来ている様だ。時折冒険者のパーティと思われる集団が二人の前後から現れては去っていく。

「ファロス地区って商業地区なんだな」

弘也は地図を広げて場所を確認した。この街で人が多く集まる場所の一つらしい。

「病院に銀行もあるのか?見た感じの文明水準より近代的な施設があるんだな」

「銀行は中世のイタリアにもあったんだ。中世ヨーロッパみたいなこの街にあっても不思議じゃない。むしろ病院がある事の方が驚きだ。回復魔法やアイテムがセオリーのはずだけど。発達が遅れてるのか?」

「何でもゲームと同じって訳じゃないだろう。住民だって風邪位はひくだろうし」

「俺達も銀行に口座作っておこう。クエストで得た報酬を全額持ち歩く訳にはいかないからな」

二人は銀行に入ってそれぞれの個人口座登録証明証を作った。これと銀行側に記録されている額を照合して入出金できるらしい。人力ではあるが現代の銀行とさほど変わりはない。

「この後武器屋と防具屋を覗いてみよう」

街の地図を広げて弘也は武器屋と防具屋の場所を確認した。

まず先に訪れたのは武器屋の方だった。拳銃や警棒ができるまでの繋ぎとして二人はそこで殺傷力のない木剣を購入した。これなら犯人に傷を負わせる事がなく確保する事ができる。

「地方の土産物屋に置いていそうな木剣だな」

「根性とか気合とか彫ってある奴か?あれ何でどこの土産物屋にも置いてあるんだろうな?」

二人は買ったばかりの木剣をベルトの左腰の部分に刺した。これなら持ち歩きやすい。

次に向かったのは防具屋だった。

「防具ってどんなのがあるんだ?」

「この手の世界ならチェインメイルやプレートアーマー。戦士が身に付ける防具だな」

「あぁ、歴史映画なんかで着ている金属製のあれか」

二人はチェインメイルを眺めた。値札には”300ゼガ”と書かれている。

「さ・・・300ゼガ」

先日もらった報酬は一人250ゼガ。そこからさっき購入した木剣に宿代、飯代等々を引くと今の手持ちではとてもじゃないが買える値段じゃない。

「防備は一番大事な物のはずなんだが・・・」

「仕方がないよ、次の機会にしよう」

どんな物が置いてあるか見て回るだけで特に何も購入する事はなく防具屋を後にした。

通りを歩いていると目の前から荷馬車が何台も走ってきた。正確には荷馬車ではない。ケンタウロスが荷台を引いている馬車だ。

「ケンタウロスって荷馬車引くんだ・・・。弓引いてるイメージしかないんだけどな」

「まぁ平和な街で仕事するならああなるんじゃないか。一応下半身は馬だし」

一般的に思い描くファンタジーの世界とは何かがズレている気がするが、そういう街なのだ、と納得する。

と、和司の目の前をボールが転がっていった。鮮やかな赤いボールは、ゆっくりと通りへ向かって転がっていく。その後を追って一人の少女が通りに飛び出してきた。元気いっぱいの彼女は、ボールに夢中で周りを全く見ていない。眼前には猛スピードで迫りくるケンタウロス。次に何が起きるか簡単に想像がつく。和司は咄嗟に少女の手をつかんで自分の方に引っ張り戻した。突然の事に慌てたケンタウロスは急ブレーキを踏んで走りを止めた。

「大丈夫か?」

少女は何が起きたか分からない表情をして見せたが、次第に自分が助けられた事に気付き、ホッとした様に息をついた。

「危ないじゃないか。左右をちゃんと見ないと」

「あ・・・ありがとうございます」

転がっていったボールを拾ってきた弘也はそれを少女に渡した。

「お嬢さん、お名前は?」

「ミ・・・ミーナです」

まだ緊張が残っているのか、彼女の声は少し震えていた。

「ミーナちゃん。次からは気を付けるんだぞ」

「ちょっと待てお前!」

通りを走っていたケンタウロスが物凄い剣幕で和司に迫る。

「せっかくの積み荷が台無しになったんだぞ!どうしてくれるんだ?!」

ケンタウロスの後ろには荷台から落ちた樽や木箱が壊れて散乱している。

「人命と荷物とどっちが大事なんだ?!」

「荷物に決まってるだろ!」

即答。予想外の答えに和司は混乱してしまう。

「俺達の稼ぎは物を運ぶ事なんだよ!物流おかしくされたら商売上がったりだ!」

「その為に人の生命が失われてもいいってのか?!」

「子供の一人や二人、どうだってんだ!・・・ったく、これだから人族は」

「人族?」

「俺達の事じゃないのか?」

なるほど、亜人《デミヒューマノイド》が混在しているから、普通の人間はそう呼ばれるのか。

「そんなに荷物が大事だってんなら俺が肩代わりしてやる!いくらだ?!」

「800ゼガだ!」

和司は数歩下がって弘也に話し掛けた。

「ヒロ、お前いくら持ってる?」

「・・・お前と変わらないと思うぞ」

開き直るしかないか。和司はケンタウロスに向かって叫んだ。

「いいだろう、払ってやる!ただし、今は手持ちがない!後日あらためて払ってやる!」

「よぉし、お前の顔は覚えたからな!きっちり払えよ!」

ケンタウロスは駆け足で走り去っていった。

「あの・・・ごめんなさい」

「気にするな」

和司がミーナの頭をポンポン撫でると、彼女は頭を下げてからボールをしっかりと抱えてその場を去っていった。

「子供が危険な目に合わなくてよかったよ」

「ちょっと待ちな」

歩こうかと向き直ったところで周囲から視線を感じた。周りの住民達がジト目で二人を見ている。

「このゴミ、誰が掃除するんだい?」

通りには散らかったままの樽や木箱が残されている。

「・・・まぁ、俺達・・・だよな」

和司と弘也は散乱した樽や木箱を見下ろして苦笑いした。

−−翌朝、酒場、フォンストリート

和司と弘也は二階の宿部屋から降り、一階にある酒場で朝食を取っていた。通りから差し込む朝の光が木製のテーブルを優しく照らしている。酒場では数人の客が静かに食事を取りながら会話を交わしている。

「それにしても、この街は不思議だよな。異世界なのに、どこか日常を感じさせるところがある」

「そりゃ異世界だからって全てが非日常という訳でもないだろ」

和司は窓の外を見つめながら、考え込む様に黙り込む。

「昨日の事、考えてるのか?」

「あぁ、子供の生命が軽く扱われる世界なんて聞いた事がないぞ」

「お前、子供の事になると神経質になるもんな」

和司の脳裏には地域課時代に遭遇した、あの事件の記憶が焼きついていた。虐待で生命を落とした四歳の少女。今もなお、彼女の顔が脳裏から離れない。その出来事がトラウマとなり、子供が絡む事件に対して誰よりも神経質になっていた。

「だけど、あのケンタウロスの言葉には俺もイラだったよ。荷物の方が大事だなんて、自分の事しか考えてないみたいじゃないか」

「あの考え方があいつだけなのか、この街の住民全員なのか。・・・何が当然なのか、分からなくなるな」

リリリリリリンッ

どこからかアナログな電話のベルの音が聞こえてきた。二人は周囲を見渡すが音がどこから鳴っているのか特定する事ができない。

「お前の腕から聞こえてくるぞ」

弘也は和司の左腕を指差した。よく見てみると腕に付けている話し貝が点滅している。音はここから鳴っている様だ。

「確かこの貝の部分を押したら話ができるんだったよな」

和司は貝を押した。何やらボソボソと小さな声がするのだが、誰が何を言っているのか全然聞こえない。

「ボリュームが小さいんじゃないのか?」

「貝をひねったら大きくなるか?」

和司は貝を思いっきり右に回した。

「ちょっと!!!話聞いてますか???!!!」

ギルマスの怒鳴り声が店内に爆音で響き渡った。朝の静かな酒場に突如として鳴り響いた大音量に、客達はフォークやスプーンを止め、一斉に二人を振り返った。

「わっバカ!ボリューム上げ過ぎだ!戻せ戻せ!」

慌てて貝を左にひねって丁度いい音量に調整する。どうにか使い方が分かったところで、あらためて話を聞き直す事になった。

「緊急の要件があります。ギルドではなく、イヴラクィック町にある依頼主の家に直接向かってください」

それだけ話すと話し貝は一方的に切られた。

「・・・依頼主って誰だ?」

「特に説明がなかったが、俺達に連絡が来たって事は何らかのクエストが出たんじゃないか?」

「行ってみるか」

二人は立ち上がってジャケットを羽織った。

「すまないメグ。完食できなくて」

「いいよいいよ。お仕事なんでしょ。頑張ってね」

客達に料理を運んでいるメグが笑顔で手を振る。

「イヴラクィック町、地図で確認できるか?」

弘也がポケットから地図を取り出し、急ぎ目的地を探す。

「ここだ。街の南西、ファロス地区を抜けた先だな」

「よし、行くぞ」

二人は足早にイブラクィック町へと急いだ。